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7の扉 グロッシュラー

私達の目的

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何から話そうか。


思ったよりも可愛らしい部屋、ホンワリと温かくなるこの色合い。
しかし私は少し、緊張していた。

どう、話したらいいのか、話してくれるのか、解って、もらえるのか。
期待もあるけど、不安も大きい。

全く、話が通じない可能性だって、あるだろうから。



でも、私は解っていた。

彼女に、本当の事を言って欲しいのなら。

私も、本当の事を言わなければならない。


でも、私には言えない事も、ある。

だけど。

多分、アラルエティーの一番の目的は、きっと「あの人」だろうから。


それなら、私の目的だって。

そう、「同じ」だから。


正面に座る、銀灰の瞳を見る。

くりくりと可愛い瞳は、彼女を少し幼く見せてより一層毅然としている時との差を感じさせる。

多分、私が話し始めるのを待っている彼女も緊張しているのだろう。

なら、とりあえずは単刀直入に言った方が、いい。

ややこしいのは、私が、苦手なのだ。


「あの、ね。」

ピクリと動く、青い髪。

今日も見事な空色のウェーブは、天然なのだろうか。不規則な曲線が艶と共に下りている。
それを目で追いながらも、まず心に浮かんだ言葉を、正直に、伝えてみる事にした。


「私の目的は、あの青の彼とずっと一緒にいる事なんだけど。」

何コレ。
めっちゃ、恥ずかしいんですけど。

しかし、相手は真剣な顔で聞いている。

頑張れ、私。

「この前、言ってたでしょう?アラルエティーは、あの人と結婚?ん?結婚なの?まぁそれはいいや。あの人と、一緒にいたいんだよね?それで、祭祀なんだけど。」

「うん。」

どうやら話を聞く態勢になってくれた様だ。

キラリと光った彼女のブレスレットを見て、再び話し始める。

「これはアラルエティーの分のローブ。舞うのは、知ってるよね?」

「うん。」

「じゃあ、これで。…………で。なんだけど。」


えっ。

これ、何をどこまで言おうか、訊こうか。
私のミッション自体は、終わったんだけど。

できれば。

その、話が、したい。


大事な、話。

多分、私達の未来を決める、話だ。



そうか。

自分でそう、思って気が付いたけど。

この、祭祀は。
私達の、運命を決める祭祀なのだ。

なんとなくで、決めるとか。
なんとかなる、とかじゃなくて。

真面目に、話し合わなきゃいけない。

私達、二人ともが。

これから、幸せになりたいのなら。


未だ私から外されていない銀灰の瞳は、真剣だ。
しかし、その中には少し、投げやりの様な色も見える。

なんだろう。
少し、曇った色が、見えるのだ。


「ねえ。」

「なに。」

「幸せに、なりたいよね?」

「は?」

しかし、私の期待を裏切ってその銀灰の瞳は冷ややかに揺れていた。

「何を、言っているの?祭祀の話?」

「いや、これから?なんて言うか………多分、今度の祭祀がなるかで。私達の道も、変わると思うから。」

いきなり冷たくなったその表情に戸惑いながらも、自分の考えを話す。

だが、アラルエティーの返事は私が全く想像していない、話だった。


「あなた、相当おめでたいわね?「この祭祀で私達の道が変わる」?変えられるものなら、変えてみたいけれど。残念ながら、決まっているわ。もう、既にね。」

「………どういう事?」

「私が、何故、どうして、ここへいるのか。知っては、いるわよね?まあ、あなたが原因みたいなものだし?」

それについては、何も言えない。

でも、アラルエティーがそう言うって事は。

知ってるんだ。

あの人が私の事を「青の少女」だと、思っていて自分が代わりを務める為に、連れてこられた事。


分かっているとは、思ってたけど。

自分が少し、ショックを受けている事に驚く。

そうして私がぐるぐるしている間にも、アラルエティーの話は続いていた。


「残念ながら。この、祭祀が終われば私はここへ残されて、あなたは向こうに連れて行かれる。そして、あの人と結婚するのよ。あの彼とは、お別れをしておく事ね。」


瞬間、自分がぐらり、と揺れたのが分かった。



ああ。

駄目だ、駄目だ。

大丈夫、落ち着いて。
そんな事にはならないし、させない。

ここで、暴走はできない。


ぐるぐると自分の中で黒い何かが渦巻き始め、身体が熱くなってくる。

駄目。抑えて。

大丈夫、だから。



「大丈夫だ。はあいつがさせないだろうよ。」

その時、耳元で聞き慣れた声が聞こえて。

フッ、と力が抜けたのが分かった。


大きく、深呼吸する。

目を閉じたまま、少し肩を回して何度か深く、呼吸をするとまず目を開けて玉虫色を視界に入れた。
安定剤代わりだ。

良かった………ベイルートさん、いてくれて。


自分の状態を再確認して、再び正面を見る。

嘲笑う様な顔か。
馬鹿にする様な顔か。
それとも、憐れみの顔か。

そんな顔を、見る事になるのかと思っていたけれど。

意外にも、正面の顔は傷付いた顔だった。


ああ、諸刃の剣って事ね………。

そう、納得したけれど。


しかし私は正面の瞳を見て、ある事に気が付いた。
多分、納得していないのは彼女も同じなのだ。

その、銀灰の瞳からは。

少しだけ、その瞳を潤ませるものが、出ていたからだ。



しばらくその瞳をじっと見ていた私は、やっぱりある事に気が付いた。

アラルエティーが、誤魔化す様に沢山瞬きをしながら視線を彷徨わせている間、彼女の様子を観察していた私。

白いブラウスに空色の髪が掛かって、その長い髪はテーブルに置かれた彼女の手にも、掛かっている。
その、手がぐっと、掴んでいるもの。

それは多分、あの人に貰ったブレスレットだ。

それ見て不意に口を突いて出る、言葉。

「やっぱり、私達だって幸せになるべきだよ。それが、難しいとしても。頑張らない、理由にはならない。」

「幸せな頭の中ね。」

「そうだよ。悪い?でも、やってみないと分からないじゃない。」

「そんなのいつだって、同じよ。また、どうせ、裏切られて終わり。」

「そんな、事ない。」

ポロリと口から出た言葉に、すぐに返ってきた返事。

それは彼女の本心だろうし、きっと頑張った事があった筈なんだ。
でも、何度も。

その希望は打ち砕かれたのだろう。


結局、同じなの………?

ロウワも、貴石も、銀の家ですら………?


どうして?

何が、誰が邪魔している?


ムッとしている正面の顔は、しかし悔しさも含んで彼女が完全には諦めていない事を示している。

それなら。
一緒に、できない?

難しいかな?
何が?
どう、すれば一番いい?


、光は。

彼女には、届かなかった………?



待って。
そうだ、彼女はあの光を見た筈だ。

とりあえず、少しずつ切り崩してみよう。
そう、何事も一歩ずつ。

進んで行くしか、ないから。


そうして私は冷めたお茶を一口飲むと、「うん。美味い。」と言って再び口を開いた。




「あなた、何なの?何がしたいの?」

うん?

しかし、私が話し始める前にそう言い始めた彼女。
でも、私の目的は始めに言ったと思うんだけど……?

「ヨル。多分、この世界は。一部の者以外は結局、同じなんだ。みんな、少なからず何かに縛られ生きている。その、程度は違えども。お前のが、気になるんだろうな。」

ふむ。

絶妙な解説が耳元で始まり、もういっそ常にここに居てくれないかと思ってしまう瞬間である。

確かに、この世界では。

裏の無い、善意自体が疑われる事が多い。
そもそもの前提が違うので、私は怪しい人物に見えるに違いない。

それ踏まえて、再び考え始めた。

正面の瞳を、真っ直ぐに見つめながら。




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