透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

作戦準備

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硬く絞った布を、幾つか。

乾いた端切れと、細い棒。

「こんなもんで、いいよね?」


トレーに乗せて、それを寝室まで一気に運ぶ。

「さて。」

ぼんやりとした曇りの寝室は、程良い光の差し具合で細かい所も良く見えそうだ。

腕まくりをして、出窓に小物を移していく。

何しろ、細かい物が沢山ある。
丁寧に一つ一つ、拭きながらそれらを寄せて、上から一段ずつ拭いていく。


そう、私は掃除を始めている。

本当は、シリーがやってくれるから私はやらなくていいんだけど。

でも、未だローブの縫製やその他の事で忙しいだろうと「そろそろ行きましょうか?」というシリーの申し出を断ったのは、先日だ。

あの、アラルエティーのローブの話になった時。
そう言ってくれたシリーに「大丈夫」と地階やローブの事をお願いした私。

まだまだ気焔が自室へ戻る予定も無いし、私は自分の事を自分でやるのは、普通なのである。

「本当は、お嬢様じゃないしね…。」


それに、本当のことを言えば。

アラルエティーに、ローブを渡す時。

どう、話そうかどうやって話を持っていったらいいのか、考え事をしながらひたすら掃除をしているのである。

まあ、ある意味現実逃避なのだ。


「なんか、どう言っても微妙な、気がする………。」

先日からぐるぐるして、とうとう行き詰まった私はここの所掃除にハマっていた。

キッチンから始まり、洗面室、ダイニング、そして今日から寝室に手をつけ始めた。

何故だか今回、目につく所から順に気になってしまい、お茶をしながらテーブルを磨き始めたり、窓を拭き始めたり。
お風呂に入りながら棚の整理を裸のまま始めて、クシャミをしていたり。

お掃除モードに入った自分が、気の済むまで止まらない事は分かっている。


「ま、テスト前じゃないから、いいでしょ。」

そんな事を呟きつつ、お気に入り棚の順を並べ替えるのに、時間を費やしていた。



「あら。今度はこっちなのね。」

「あ、おかえり。どうだった?」

音も無く朝に声を掛けられるのは、慣れている。
小物から目を離さずに、そう答えるのはいつもの事だ。

「まあ、特に問題無いわよ。ただ、人が増えてるからテトゥアンは大変そうだけどね。食堂はやっぱり忙しいみたい。」

「ああ、そうか………それは大変だね…。」

最近はこうして朝が地階の様子を報告してくれるので、私も安心だ。

多分、行く暇が全く、無い訳じゃない。
しかし何しろあそこの入り口は深緑の館の脇にあるし、今は人が増えている。
人がいない隙を狙って、あの入り口から入る事自体が、難しいのだ。


「それにしても、集中し過ぎて逆に考えてないでしょ?」

「うっ。………バレてる。」

「もうすぐ持ってくって言ってたわよ?私は伝えたからね?」

「はぁい。」

ローブが来たら、きっともうそんなに時間は無い。

アラルエティーだって、きっとあれを羽織って練習したいだろうし?
うん?
どうかな??

「何しろまぁ、程々にね。」

「うん。」

そう、返事はしたものの。


「とりあえず、終わらせよ。」

まだ一番下の段が、残っている。

まずは目の前を片付けるという名目で、再び、現実逃避に戻ったのだった。





まだ使える端切れを洗って、小さい物は捨てて…。

片付けをしつつ、分別していく。

小さいこれは、細かくした拭き布だ。
古くなったものを掃除に使うのである。

「このくらい小さいと細かい所が………ん?」

「なに?どうしたの?」

「閃いたかもしんない。」

「え?ウソ。やだ。」

「ちょっと。まだ何も言ってないし、凄いいい案かも知れないよ?」

「何よ?」

失礼しちゃうなぁ。


そうしてその閃きを午後から行動に移すべく、張り切って話を始めた。









「吾輩は。賛成はできかねるが。まあ言っても聞かぬのであろうな。」

解ってるんじゃん。

その言葉を背中で聞きながら、アーチ橋を渡る。


午後のグロッシュラーも曖昧な晴れで、雲が多いながらも明るく、いいお天気である。

まだ、季節一つ越すか越さないか。

私がここへ来てから、そう経ってはいないのだけれど。

青が見えない事に不満はあるが、大分雲とも仲良くなってきた気がする。
白と灰色の間を行き来する、その様々な雲達を眺めながら向かっているのは旧い、神殿。

その、池に用がある。

先日、あの畑への扉を出した際、半分独り言の祈りが光になった。

そう、それならば。

きっと石が、ある筈なのだ。


「でもこの間レナと来た時は見えなかったんだよね…。」

そう、あの時も池をチラリと確認はしたと思う。
でも、よく見た訳じゃ、ない。

そして私が欲しい、石は。

小さな石なのだ。
小さくて、きっと空色の、キラキラした石。

もしかしてそれならば、池の水と同化して見え難かったのかもしれない。
それに、「祈った」という程、祈ってもいなかったので小さな石の可能性がある。

そう思って、探しに来たのである。


「あ、ほら。着いたよ。」

そう言って駆け始めた私を、微妙な眼差しで見ている金色。

うん、気付かなかった事にしよう。

そうして私は回廊脇をぐるりと周って、池を目指してスキップしていた。
そう、自分のアイディアに浮かれていたのだ。





「石を、付ければ良いんだよ!」

「は?石?」

「そう!私、どうしようかと思ってたんだけど。すれば。アラルエティーに光を集めることができるじゃん!あったまいい~♪」

「…嫌な予感。」

あくまで危険な案だと思っている朝を横目に、私はその思い付いた計画を頭の中でシュミレーションしていた。


祭祀で、二手に分かれて、祈る。

それはいい。
しかし、普通に考えて光が降るとしたら。

「こっち」に多色の光が、しかも大量に降る可能性が高い。
いくら離れていたとしても、空から降るのだ。
向こうからも見える可能性は、高いだろう。

それに、私には使命がある。


「そう、アラルエティーと恋話大作戦よ。」

「はあ?やっぱり怪しいじゃない。」

「いやいや、朝。だってあの子、多分あの人が好きだからってだけで青の少女やってるんだよ?それって、凄くない??」

「そうなの?」

「うん、多分。」

「多分?怪しいわね。依るの見立てでしょう?」

「いやだって。ちゃんと、話したもん。」

「まあそれはいいわ、とりあえず。で、祭祀と恋話と石の関係は何よ?意味分かんないけど。」

「まあまぁ。聞いて下さいよ。とりあえず座れば?」

「はいはい。」

そうして粗方片付いた出窓に二人で腰掛け、計画を話し始めた。
とりあえず朝を納得させられなければ。

あの金色を落とせない事は、確実だからだ。


「だからさ、あの扉を作った時祈ったのが中途半端だったから。小さい石が、できてるんじゃないかって思って。で、その石をさ、私が預かったローブに付けるワケよ。多分、その私の石が付いていれば。に、光を降らせる事は可能だと思うんだよねぇ。」

「成る程。分からなくは、ないわね。」

「でしょう?」

「で?恋話は何なのよ?」

「あ、それ!そもそもさ、この祭祀で前回と全く違う結果が出ちゃったら。私達、どちらかの所為になるか二手に分かれたから?か、とかどっちかだと思わない?みんな、どう思うかな?」

「そうねぇ………。」

「それでもし、アラルエティーの方にちょっとしか光が降らなかったら。あの人、容赦無く切り捨てそうな感じがするんだよね…。若しくはそのまま青の少女として形式的に祭り上げ続けて、その隙を狙ってこっちに来そう的な………。」

「ふむ。」

「だから。結局のところ、アラルエティーに沢山、光が降れば。「この子が青の少女なんだ!」ってアリススプリングスも思ってさ?うまく行ったり、しないかなぁと思って。」

「……………無理じゃない?」

「え。なんで。」

「だって。そもそも、依るに目を付けてここに来たんでしょう?あの子は「そのフリ」をしてるだけなんだから。」

「でもさぁ。結局、「本当の青の少女」が誰か、なんて。誰にも、分かんなくない??」

「………ゴリ押せば。なんとか、なる………?まあ、私達は。始めから見てるからね。依るだと思うけど。ここで見てる分には、まだ………判るけど………分かんなかったら相当ニブイわよ。」

「そうかな………。まあでも、可能性があるならば。やったもん勝ちでしょう。うん。」

「でもその案自体は、いいと思う。少なくとも他の人は信じるでしょうね。」

「でしょ??いいよね??!」


「何の話だ?」

そこへ、本命が登場した。

そうして私は朝の援護も得て、無事金色を説得できたのである。


そして、ここ旧い神殿へやって来て池を見に行くところ。

ああ、もしこれで石が無かったら。
どうしよう?
また、祈っちゃう?

それも、いいな…………。


「ほら。行くぞ。」

いつの間にか考え込み、立ち止まっていたらしい。

背後から来た金色に手を引かれ、もう見えている池へと歩く。


今日も綺麗な水が、モコモコと湧き上がっているのが見えてきた。


あの石屈の中で見た、不思議な揺り籠の様な空間。
あれを見てからはこの水が灰色の大地から湧き出している事が、自然に感じられる。

きっと、今日もあそこではコポコポと心地よい音が響いて。

何か、揺らめく透明なものが生まれているのだろう。

それが、何かはまだ分からないし。
でもきっと、素敵なものだとは思うのだけれど。

「出て、来れるといいねぇ。」

「…………ほら。」

「ありがと。」

池のほとりに座らせてくれた手を離し、水の中を覗き込む。

色は、見えない。

見えないけれど、きっと、ある。

何故だかそう知っていた私は、そのままじっと目を凝らしていた。



そう、きっと。

私の望んだ通りに。

小さく煌めく石が、隠れていることを知っていたから。








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