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7の扉 グロッシュラー
二階の礼拝室で
しおりを挟む「で。実際の所、どうなの?」
「えっ…………。いません、よ。うん。」
「うそぉ。今、ちょっと迷ったでしょう?」
「いえ、そんな事は…………。」
「ふぅん?でも、いいんだよ?全然。その方が毎日楽しいだろうし。」
「ヨルは、楽しいんですか?」
「……………やだ!もう!」
私はバシッと、シリーの背中を叩いたのだけれど彼女の笑いは収まらなかった。
楽しそうにクスクスと一頻り笑うと、「そうですね、最近は…」と頬に手を当てながら話し始めた。
その日の、朝。
深緑の絨毯を感じながら、視界のローブが散っていくのを見ていた、食堂の入り口。
気焔を待ちながら、「人が増えたなぁ」と思いつつもその彩りの良いローブ達を眺めてぐるぐるしていた。
そう、私はまだ悩んでいた。
あの、件について。
その後、「ふぅむ?」と唸りながら歩いていると、階段を降りて来るシリーが見えた。
「いた!」
ぐるぐるしていた私は「いい相談役がいた!」と、早速礼拝帰りのシリーを捕まえて再び二階の礼拝室に籠る事にしたのだ。
若干、気焔の目が「程々にしろよ」と言っていた気もしなくないが、「大丈夫」と言って背中を押しておいた。
何しろ、場所がここなら心配は少ない。
朝の明るい光が差し込むこの小さな礼拝室は、相も変わらず爽やかな空間である。
何も無い、白い部屋に降り注ぐ午前の光は明るく室内を照らして、奥の壁と床に一本走る線がその境目を知らせている。
しかしどちらも真っ白なので、光が当たっている今は私達が白い光に包まれている様だ。
多分、少し時間が経つとどちらかが少し翳るのだろうけど。
その不思議な時間を楽しみながら、私達は窓側の階段に腰掛け話をしていた。
と言うか、私がシリーをつかまえて話を聞く&相談する&事情聴取をしているのである。
そもそも私は、今日も食堂でアラルエティーの様子を見ていたのだが、やはり話し掛けるタイミングが無くトボトボと食堂を後にしていた。
どう、声を掛けるか。
どう話せば、彼女は本音を言いそうなのか。
そもそも、話はできるのか。
何しろ、判断材料が、少ない。
「レナを呼ぶ訳にもいかないしなぁ………でも恋話って万国共通だよね?」
そんな事をブツブツ言いながらも図書室へ行くか、一旦部屋へ戻るか悩んでいたら適役を見つけたのである。
「そっか。じゃあそれはまた、追々。」
シリーの好きな人を追究するのを止めた私は、話を聞きながら目の前の石を見ていた。
うん?また、少し変化したかな?
以前、一人ここに篭っていた時の色を思い出そうとしていると同時に「大分変化してきましたよ」と言うシリーの話が耳に飛び込んでくる。
いかん、私は話を聞きに来たんだよ。
石の観察は、また後だ。
「うん、それで?」
くるりと飴色の瞳に視線を移し、続きを促す。
「みんな、石の扱いも上手くなってきたところにシェランが戻って来て、リュディアさんも来てくれて。凄いですよ。何かもう、色々。」
そうか、シリーからするとシェランは「戻ってきた」なんだもんね。
不思議な気分でその話を、聞く。
どうやらシェランは元々リーダーだったらしく、子供達も安心して色々習っている様だ。
「あの、何だか色々凄いまじない道具もあるんですけど。何しろ、子供達には難しい物も多くて。でもデービスなんかはずっとそれを弄ってます。」
再びクスクスと笑い出したシリーを見て、造船所の楽しそうな光景が目に浮かぶ。
何しろ、楽しくやれているなら何よりだ。
「今は主に防御の呪文から、それができた子は何か力を撃ち出す方法を教わってます。」
「え?大丈夫なの?」
あのシェランとベオグラードの様子が思い浮かんで、やや焦る私にニッコリとシリーが言う。
「シェランと、ウイントフークさんが。「その方がいいだろう」って、言ってました。子供達は反射や思ったままで動く事が多いので、その方が力は出しやすくて使いやすいみたいです。あの、まじないの使い方の時もそうでしたけど。」
「成る程………って言うか、ウイントフークさん??」
「はい。時々来てくれますよ?シュレジエンさんと話してたり、あとはレシフェとイストリアさんもこの間来てました。」
「なにそれ、楽しそう………。」
「フフッ、ヨルは祭祀まで忙しいですもんね?今度のローブも綺麗ですよ?」
そう、春の祭祀は春の祭祀で、また新しくローブを仕立てるのだそうだ。
以前は春も冬も、これ迄の物を使っていたらしいが「舞」をやる事になってあの石が付いたローブにしたらしい。
当たり前の事なのかと思っていたけれど、どうやら新しく手配された事だった様だ。
でもこんな情緒のあるローブを作らせるのは、ミストラスさんかな………。
シャラリ、シャラリと自分の周囲で鳴るあの美しい音。
それを思い出すと、なんだかまた回りたくなってきた。
いかん。
「ありがとう、またきっと綺麗なんだろうね。」
「勿論。仕上がったらまた持って行きます。」
「シリーも忙しそうだね?」
「いいえ。あの二人が来てくれてから、寧ろ楽ですよ?それに、あの二人………。」
「えっ。なに?なに??」
「いえ。」
「何よぅ、いい感じなの?どうなの?シェラン告白したかな??」
「あら、知ってるんですか?」
「うん、だから大丈夫、言ってごらんなさい。」
「フフッ。いや、仲良いですよ?あとは本人に聞いて下さい。でも私はお似合いだと、思いますけど。」
シリーのその言葉を聞いて、思わず立ち上がる。
「やっぱり??いいよね?なら、暫くそっとしとこうか………。」
急激に上がったテンションが、その後の事を想像してヒュンと下がる。
そう、祭祀が終わったら。
多分、リュディアは帰らなければならないだろう。
ストン、と再び腰を下ろした私に優しい微笑みを向けるシリー。
なんとなく、言いたい事が分かるのだろう。
その優しい瞳を見て、ポツリ、ポツリと話し始めた。
「みんな、が。それぞれ自由に、好きな人と居られるといいんだけどね。」
「あっちでも、こっちでも、「身分」とか「決まり」?しきたり、とかなのかな?それでみんな、悩んでて。もう、古いものは変えちゃえばいいと思うんだけど。そうも、いかないものなのかなぁ。」
「………そうですね。」
灰色のローブを撫でる、白い手を見る。
以前よりはふっくらとして、優しいシリー、そのものの手。
「変えたくない人が多いんでしょうけど。少なくとも、私達は「変わって良かった」と、思っていますよ?」
その声に籠る実感に、胸が熱くなる。
「以前は、「どうせ捨て駒だ」と戦闘訓練を嫌がっていたグラーツも。よく小さい子にも教えているし、多分、分かってきたんだろうと、思います。ヨルが、ここを守ろうとしている事を。」
「私には、まだどうすればいいのか分かりませんが。ヨルの、道がはっきり見えているならそれでいいと思いますけどね?大丈夫ですよ。」
具体的に私が何をしようとしているのか、多分シリーは知らない。
でも、多分これ迄の、私を見て「大丈夫」と言ってくれる彼女。
その優しさに包まれて、思わず涙が出そうになる。
いやいや、待って。
私、大人になるし。
まだ、相談あるし。
これまでだったら、泣いていただろうけど。
ぐっと堪えて、私は本題に入る事にした。
「ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しい。」
深呼吸して、お礼を言う。
頷くシリーは再び優しく笑うと、私の話を待っていた。
多分、何か言いたい事があるとこの空気から悟ったのだろう。
「あのね、もう一つのローブの事なんだけど………。」
そう、春の祭祀は二人で舞うから。
シリーは二つ、ローブを縫っているのだ。
「会ったこと、ある?」
「はい。普段会えるような人ではありませんから、この前調整に一度、会っただけですけど。あとは完成時に確認するくらいだと思います。」
「そう………。ねえ、その時は何処で?部屋?他に誰かいた?」
私の沢山の質問に、顎に手を当て考え出したシリー。
くるくる動く飴色の瞳が可愛い。
それに、美味しそう。
お姉さんだけど、優しい雰囲気のシリーはやはり可愛らしいのだ。
うーん、なんかフワフワしたワンピースとか着せたいなぁ………。
シリーに考えてもらっている間、いつもの様に脱線している私は一人、想像を巡らせていた。
「あれは確か、ここの奥の部屋でしたね。どうしてなんだろうな、と思ったんですけどもう一人、銀ローブの男の人がいたから、「成る程」と思った記憶があります。」
「ほう、ほう!」
あ、興奮して白い魔法使いみたくなっちゃった。
「それで??その人、どんな感じだった??」
「そうですね………。でも、どちらかと言うと「冷たかった」ですかね…?その、女の子の方は「見て欲しい」って感じだったんですけど割と素っ気なかったです。ちょっと見てて可哀想だったし………。まあ、私が感じた事なので、違うかもしれないですけど。」
「うーーーーん。そう、かぁ………。」
「やっぱり?そうなんですか?」
「うん。脈無しかなぁ………。でもな…祭祀で上手くやれば………。」
そもそも、アラルエティーは私の話を聞いてくれるだろうか。
出来れば、二人きりで話したいのだけれど。
うんうん、唸り出した私にその時、救世主が舞い降りた。
「あの、もしおかしくなければ。こんなの、どうですか?」
再び、その優しい茶色を見上げる。
そう、膝を抱えて唸り既に私はコロリと転がっても、いた。
「もうすぐローブが完成するんですけど。その人の分も、ヨルに預けましょうか?」
なに、その天使の様な提案は。
ガバリと起き上がった私に驚くシリーを無視して、思いっきり抱きついた。
「シリー、天才!それいい!ありがとう!」
きゃあきゃあ一頻り騒いだ後、一応自分の中で確認をする。
後でラガシュかミストラス辺りにも確認するが、今の所シリーが私にローブを預けた所で問題は思い当たらなかった。
「よし。作戦成功だね!いや、これからやるのか…。でも二人になったら、こっちのものよ!」
「あまり、無理しないで下さいよ?」
何の事か、解っているのかいないのか。
しかしみんなと同じ様に心配される事を嬉しく思いながら再びお礼を言う。
そうしてまた私達は地階の話や、子供達の話に戻り、再びお腹が鳴る迄はずっとそこに座っていたのだった。
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