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7の扉 グロッシュラー
レナの、理由
しおりを挟む「かなり迷ったの。本当は。これを見せなくても、あんたの祈りは届きそうだし、いい方向には行くんだと思う。」
「でも。私の中で、「この場所」が。重かったのかも、しれない。ただあんたを巻き込みたかっただけなのかも。酷いよね。それも。だって、そんないい場所でもないし。ここには、誰も、来ないから。知ってる人は、殆どいない。」
ポツリ、ポツリと話されるレナの言葉に、頷くしかない。
私達が座るこの壁際は、丁度影になっている。
どこから差しているのか、きちんと昼間の光は曇りながらもあって「あの場所」は光の中、こちらは影。
ぼんやりと区切られたその光景を見ているうちに、大分私の頭も働くようになってきた。
そう、だから気が付いてしまった。
回路が、繋がることを拒んだ事実に。
この場所がエルバの言っていた「置かれる」場所だと、いうこと。
確かに。
あの、ギリギリの場所ならば。
落ちるのかも、しれない。
でも。
「ここに風は吹かない」。
風化はしないし、風にも動かされない。
どのくらい。
あそこにあって。
どう。
なるのか。
考えたくはない。
でも。
レナが言った「ただの事実」という言葉の意味が、解る。
そして、「本当のこと」の意味も。
私がする事は、それを知ること。
「事実」として受け入れること。
しなくていいのはここを恐れること。
無駄に怒ること。
「ただ、泣く」こともしたくはないけど。
「ちょっとだけ………。」
「まあ、それは、ね。」
きっと分かっていたであろう、レナが差し出したハンカチを顔に当て、一頻りは、泣いた。
「それは、あんたの必要な所よ。」
そんな、レナの言葉を聞きながら。
「さあ、もう大丈夫?」
「うん。ごめん、ありがとう。」
ハンカチを奪おうとするレナに「流石に洗って返す」とポケットに仕舞う。
それに、また出番が無いとも限らない。
それを見て苦笑したレナは、私の様子をもう一度確認すると再び話を始めた。
「エルバから、聞いたと思うけど。ここが、どうって言うんじゃなくて、ただ。見ておいて、欲しかったの。」
言葉を選んで話す、レナの様子を見て頷く。
「ありがとう。確かに、祈りには。私には。必要だよ。」
「レナがさっき、言ってくれたけど。「本当のこと」を探してるから。気持ちでは、分かったつもりでいても。実際見ないと分からない事も沢山あるし。その、迷ってくれるレナの気持ちは、嬉しいし。なんか、上手く言えないけど。」
「うん。ありがとう。ごめん。でも、ありがとう。」
普段、ごめんなんて、言わないレナ。
でもそれは、彼女が「謝らなきゃいけないこと」をしないからだ。
一本筋が通ってて。
私が、カッコいいと思っている、レナ。
その彼女が「ごめん」を沢山言って。
でも「ありがとう」もあって。
「いや、私がありがとう、だよ。」
なんだか胸がいっぱいで、そんな事しか、言えなかった。
「でも。これは。「重い」ね。」
「うん、「重い」よ。」
私の言葉に、頷きながらそう返す。
しばらく、二人でその空間を見つめていた。
どのくらいか、分からないけど。
私は、出来るだけ心を空っぽにして。
何かを、思ってしまえば。
再び、止め処なく涙が出てしまうだろう。
そうじゃなくて。
この、「事実」を受け止めるために。
ただ、見るんだ。
この白い、空間に浮かぶ、あの異質な。
目を、逸らしてしまいそうになる、「事実」を。
大丈夫。
できる。
その分も。
祈るから。
繋いでいたレナの手が離れ、心配になった私は茶の瞳を覗き込む。
翳りの色は、見えない。
「それで、もう一つ、あるんだけど。聞いてくれる?」
「勿論。」
そうして再び彼女が話し始めたのは、珍しく私への相談、だった。
「あのね。店を、やるじゃない?」
「うん。」
「やっぱり、色々、あるのよ。これ………あんたに言っていいかしらね…でもエルバが「大分分かったと思う」とか言ってたけど…………ヨルよ??」
「えっ。何の話??とりあえず、言って?大丈夫だから。」
レナはきっと私がお子ちゃまだから、どう話していいか分からないに違いない。
でも、私は「あの子」が夢に出てくるようになって。
なんとなくだけど、気持ちが、解って。
「多分、私、大人になってる筈だから。」
その、私の言葉に少し笑うレナ。
「まあ、そうね。ここまで来たんだから、言うわ。」
そう言って、言葉を選びつつも話し始めた。
「あの、ね。私達の店の話だけど。あの祭祀の後、前向きなった姉さんも、いた。でも、勿論ならなかった姉さんも、いたのよ。「結局、変わらない」って「ここからは出られない」って。」
「…………うん。」
分かっていた、話だ。
でも実際にレナの口から静かに語られるその話は、私の身体を固くするには充分な内容だ。
ギュッと拳を握りながら、続きを聞いていた。
「やっぱり、妬みが出始めたの。前向きになった姉さんに嫌がらせをしたり、ああ、でもあそこにも順位があるから。幸いにも、一番上の姉さんの一人が、賛成してくれてるからそう酷くは、無いの。でもさ。」
「「あんたにはわからない」って、言われちゃって。「この状況になった事がない」から、そう、言えるんだって。そう言われちゃうとね…………考えるわ。でも。」
「うん。」
「一時、悔しくて客をとってやろうかと思ったわよ。でも、それは、出来なかった。出来なかったって言うか「やっても意味がない」事だと、思ったの。」
「うん。」
「だって。その、姉さんを見返す為だけに。私が、自分を虐めて、いい事なんて何も無いと思った。「じゃあ、同じになりました。さあ、話を聞いてください」、そんな事言ったって。聞かないやつは、聞かないのよ。絶対、文句を言うの。それは、普段を見てたら分かるし。」
「うん。」
「大体さぁ、そうやって私を同じ目に合わせて。それで、「じゃあ話を聞いてあげます」とか、胸がすく思いをする奴なんて。そんなの、そっちが間違ってない??なに?「同じ窯の飯を食った仲間だから」とか?でもさ、私はそんな安くないのよ。姉さんが安いとか、そういう事じゃなくて。私が、私を安くしたくないの。それとこれとは、話が違う。」
「姉さん達が、そうしなきゃいけなかった状況は、解るし大変だと思う。可哀想と言うのも失礼な気がする。でも。だからって。」
「ねえ。変えられる未来を、「そっち」に、引き摺られて。「変えない」選択なんて、間違ってるよね?」
私に訴えかけてくる、綺麗な瞳。
その、真っ直ぐな瞳に圧倒されながらも返事をする。
ポツリ、ポツリと。
何故だか、私の中から出てくる言葉を拾って、それをレナに伝えるのだ。
「そうね。「間違ってる」。だって。望まぬ、それは。あなたを壊すから。そんな事は、しなくていい。」
「もう、「そう」なってしまったものは。仕方がないでは、済まされないのだけど。同じくらいの、それ以上の、時間をかけて。癒して、いくしかないのだと、思う。」
「だって、「本当に」「心から」「そう」思っている人はいない。ただ、渇いてしまっているだけ。それは、満たされないと、戻らないもの。私達にできることは、癒すこと。それだけ。ただ、ひたすら無駄だと思えても、それを続ける事だけ。」
「必ず。夜は来て、眠れるしまた、また朝は来る。残念だけど、どれだけ辛くても。ただ、それならば、癒やし続ければ。きっと、満たされる日も来るという事。あなたが償う事では、無いのだけど。」
「志が、あるのなら。お願いしたい。みんなの、為に。」
くりくりとしたレナの茶の瞳が、更に丸く、なっている。
「ヨル、だよね?」
ニコリと、微笑むとどうやら私は自分の拳が解かれている事に気が付いた。
うん?
どうやら半分、夢心地だった様だ。
しかし、口から出た内容は紛れもなく私が紡いだ言葉だ。
「うん。だから。私達は、ただ、ひたすら。癒やせば、いいって事よ!」
「あっ。うん。そう、ね。うん?ああ、ありがと。」
ややレナが混乱しているが、まぁいいだろう。
レナが、話していた事。
それは当然起こり得る事で、人はそんなに綺麗じゃいられない。
光を、見たくたって。
眩しい、人だっているんだ。
見たくない人だって、いるんだ。
「でも、あくまで。私の、最終目標は。「みんなが」、笑う事だから。」
その、笑う事が「嘲笑う」とか「他人の不幸を笑う」事で、いい訳がなくて。
みんなが、お互いを思いやって、笑い合う事。
そうじゃなきゃ。
「できる」「できない」の、前に。
「目指さなきゃ、できない」んだ。
何事も。
始めから、諦めたら。
終わり。
だから。
私の、理想は絶対に、曲げられないんだ。
どうしても無理なら、出来るだけの方法を考えればいい。
始めは駄目でも、最終的にそうなれば、いい。
なにしろ、諦めたら。
「無かったこと」に、なるから。
また「見ないフリ」に、なってしまうから。
「あるのよ、いるのよ。私達、みんな生きてるし、幸せになるのよ。その、権利があるよ。みんな、全員に。」
「う、うん。」
私の勢いに、少しホッとした様子のレナ。
「やっぱあんたはそうでなくちゃね。」と言っている。
うん、「どう」なんだろうか。
「まあ、でも。なんにせよ。やる事は、決まったわね。私は、このままやるだけ。あんたは、祈る。」
「え?手伝うよ?」
「…………ありがたいけど。気持ちだけ、貰っとくわ。前も、言ったけど。複雑な事でもあるし、あんたはやる事が多過ぎよ。他人の事なのに。私を信用しなさい。」
「いや、信用してない訳じゃなくて………。」
「分かってるわよ。だから。ここでは、私とレシフェに花を持たせといて。あんたは祈って、向こうにも行くんでしょ?心配くらい、させなさいよ。抱え込みすぎよ。」
「…………うん。ありがとう。」
「それに。石は沢山、卸してもらいますから。これからかなり、必要になるわよ?こっち手伝ってる暇無いくらい、祈らないと。」
「そ、それはそうかも…………でも祭祀で出来る分と………。」
「また配ったりするんでしょ?足りるの??」
「うわ………計算係が不在だから………。」
「仕方が無いわね。どれ。」
レナが小石を拾ってきて、灰色の地面に計算を始める。
灰色の細かい砂、今はまだ堅い大地。
それを見ながら、祈ればあの石は協力してくれるだろうか、再び緑は見れるだろうか、と想いが巡っていく。
「ちょっと!聞いてるの??!」
「あ、ごめんごめん。」
「だから…………。」
風が吹かないこの大地にも、空気が変わり何かが入れ替わったような光が差す。
まだ、少しあそこは怖いけれど。
大丈夫、きっと。
私達は、進める筈だ。
明るい灰色の中で小石が描く線を、「それもまた美しい」と思い眺めること。
友達と、未来について話ができること。
一つ一つを、こうして悩んで、進むこと。
レナの計算が段々雑になってきて、私も絵を描き始めた。
とりあえず、ハートをいっぱい、描く。
「何コレ。」
「癒しよ。愛の印よ。」
「何それ。ヨルが言うとウケる。」
そうして、私達のアレコレはレシフェが探しに来るまで続いたのであった。
まあ、最後には全く関係ない話をして脱線していた事は、言うまでも、ないんだけどね?
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