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7の扉 グロッシュラー
エルバの希望
しおりを挟むそうして私はかいつまんで、この世界に来てからの行動を説明していった。
説明しろと、言われた訳じゃない。
けれどもその「手紙」を守ってくれていた彼女には、私の通って来た道や、これからどうしようかと思っている事をきちんと話しておく必要があると、そう思ったからだ。
一通り話を聞いた後、黙り込んだエルバ。
そうしてまたしげしげと私を眺めると、何かスッキリした様な顔をしている。
「だから、か。この間の祭祀で踊っていたのはお前さんかね。」
「はい。」
エルバはどの辺にいたのだろうか。
きっと今迄気が付かなかったのなら、あの正面の色が沢山あった辺りか。
何しろ人数がい過ぎて、私は全てを把握していた訳じゃない。
貴石の人達には。
どう、見えただろうか。
「何しろあれは、凄かったね。あれからうちの子達も、変わったよ。勿論、変わらない子もいるが、この閉塞感から少しは抜け出せたんじゃないかな。ありがとうね。」
「………いいえ。」
何も、言えない。
思っていた事は、沢山あった筈だけど。
訊きたい事も。
でも、「あの話」を聞いて、私の中であの子が馴染んで。
少しだけ、分かった気がする貴石のこと。
だから、「今」私が言える事はなんにも無いんだって。
解るんだ。
エルバはそんな私を見ながら、穏やかな青を細めると話を続ける。
「全部、ディディのお陰さ。ずっと、彼女を見てたからね、私は。おばさんの事を全て信じる事もなかったし、いつも物事を外側から見る様に気を付けていた。それに、昔とは変わってきたんだよ。やはり、この狭い世界ではきっとね。限界が、ある。」
「限界?」
「そう。血の近い結婚もあるし、ここだっていつまでもデヴァイの手が届かないって訳じゃ無い。やはり、向こうの女達からすればいいものじゃ無いだろうよ。そんな色々なものが渦巻いた場所から来る男達、力の強い女が集められた貴石、まじないのバランス。色んな部分で、狂ってきてる。しかしね、ここの女達はより短命だ。どうしたって「負」を受け止める事が多いからね。やはり、無理があるんだよ。これは終わらせなきゃいけない事だし、その上「先が無い」という事は。人を、駄目にする。」
「…………。」
「何にもない。なんにも、無いんだよ。少し、良かったとしても一時だけ。必ず、終わりが来る。そりゃね?人間、いつかは死ぬし、終わりが来るよ。でもさ。それは、「人が人である」からして耐え得るものであって、「人として生きられない」ならば。それはもう、何処に意味を見出せばいいのか。解らなくなる。」
「何も、考えない。人形で居るしかないのか。人で在りたいと、思ってしまったなら生きられない、人生とはなんだ?…………ああ、お前さんが思い悩むことでは無いよ。考えなくて、いい。それは、お前さんにとっても辛い事だ。まあ、考えない様にすれば何処かへ行ってくれる、考えならば。楽なのだろうけどね?」
私の中で、やはり言っていたあの子。
「何故生きるのか」
私は答えられるけど。
私が、あの子だったら。
答えられるだろうか。
何一つ、思い通りにならない世界で。
私は、「私」で、在れるだろうか。
プルプルと、頭を振った。
この状態で考えても、解らない。
時代も、状況も違うし。
話し始めたエルバの声に、一旦思考を戻した。
「少しだけどね。変えていった、ここも。何故だか私だけは、長生きだったから自然とここを仕切る様になった。図太いからかね?」
そう言ってケラケラと笑う。
「どうしても駄目な日は断れること。基本、同じ子を選ぶこと。「人として」最低ラインのことだ。きちんと「付き合い」をしてもらう事にした。それならまだ。救いも、あろうよ。女の子達が消える事は大分減ってきた。」
あ。
この辺聞いちゃいけないやつだ。
私の変化が分かるのだろう、再び懐へ入れる金色。
それを目を細めながら見るエルバに、さっきよりは恥ずかしい私。
だが話はやはり、私が懐へいた方がいい方向に舵を切っている。
「私から、お願いが一つ。あるよ。」
「なんで、しょう?」
徐ろに座り直したエルバに、私もきちんとしようと動いたが金色に捕らえられた。
何かまずい、お願いなのだろうか。
「私が思う事は一つだけだ。何より、あの祭祀を見て。ピッタリだと、思ったよ。」
「ここのね。沢山の子達に祈って欲しいんだ。さっきも少し、話したけど。どうしてなのか、男に「どうか」されてしまったのか。居なくなった子も、死んだ子も、沢山いるんだ。しかしみんな、墓も無い。体が残った子は、島の端にある場所に置かれる。そうしていつの間にか、無くなる。消えるのか、空の中に落ちるのか。どう、なるのかは誰も知らない。」
私を抑える腕に、金色が通った。
強張った身体が、少しだけホワリとする。
「古い、これも迷信かもしれないけど。「きちんと死ねなかった」者は、輪の中に戻れないと言われているんだ。」
「………輪廻、の?」
「そう。死んだ事がないから、本当にあるのかは分からない。私だって殆どここから出た事すら、無いからね。でもねぇ。ここまで、歳を取ると信じたくもなるってもんだ。「次がある」って、ね。次はあんたの世界にでも生まれてみたいもんだね?」
「ここで死んだ子や消えた子が、「きちんと死んだ」のかどうかと言えば、分からない。そもそも「きちんと死ぬ」って、何だ?でも私が思う、きちんとは「人として死ぬ」事だと思うよ。自分が、どうあって、何をして、どうやって、死ぬか。選べること、せめて希望を持てること。きっと、あの子達は今も何処にも行けていない筈だ。」
ああ。
駄目だ 嫌だ
私の中で誰かが泣いているのが解る。
どうしようもない、何処にも行きようのない、想いだけが彷徨って。
その、「想い」は、最後。
何処へ行くのだろうか。
消えてしまうのだろうか?
それとも、何処にも無い帰る場所を探して、彷徨い続けるのだろうか。
もう、エルバの顔は見えない。
私の顔はハンカチで塞がれていたし、嗚咽が漏れない様にするので必死だ。
泣いても、いいんだろうけど。
いいんだろうけど、恵まれているこの私が。
こんな状態で、いいのだろうかとも、思う。
「我慢する事はないよ。お前さんはそうなんだね。だから、あんな光が降るんだろう。その、あなたにお願いしたい。おや、名前も聞いていなかったね?なんと言うんだい?」
優しく尋ねてくれるエルバの声に、更に私の嗚咽が止まらない。
だって。
こんな事って、無い。
あっていいわけが、無いんだ。
夢から覚めた時の事を思い出して、あの焦燥感が戻ってくる。
白い森、静かに思う心の中は。
もう泣き疲れてしまったような、諦めてしまったような、でも、信じているような。
それを思い出すと、どうしたって、走り出したくなってしまうんだ。
なんで?
どうして?
どうしてこうなってるの?
誰の所為?何の、為?
でも誰かがそれをしたいからって、やっていい事じゃ、なくない?
なんでもやっていい事なんて、ある?
力があるから?
お金?権力?
どうしてここへ閉じ込められて。
受け入れたくも無いものを、受け入れて。
欲しくないものはあるのに、欲しいものはない。
「欲しいもの」すら、わからない。
持っているのは自分の「からだ」だけ。
「なかみ」はどこ?
あるの?
失くしてしまった?
持っていては。
生きては、行けなかった?
ああ、解る。
「なかみ」を殺さなくては。
「そとがわ」も死んでしまう。
でも「なかみ」のない「そとがわ」は、生きている?
生きているって、なに?
息をしていること?
食事をすること?
寝て、起きて、食べて、排泄して、また寝れば。
「生きている」状態では、ある。
でもただそれだけを続けるのなら。
それに「なかみ」は要らない。
そこに「なかみ」があったなら。
耐えられない、筈なんだ。
だって
私達は。
「なかみ」が備わっていて「こころ」もあって、そして「想い」を持ってしまう、「人」といういきものだから。
そうだよね?
そうじゃ、ない?
そうして自分の中から戻って来た私は、問いに、ハッキリと答える。
「私の名前は十津國、依る。14歳の中学二年生です。いや、もう15かもだけど。」
涙が、止まった。
私は、私のやるべき事が分かったからだ。
そうして金色の懐から這い出した私は、エルバに言う。
「分かりました。今回の祭祀。しかと、承りました。「何の為に祈るのか」。「何の為に生まれたのか」「何の為に生きているのか」「何の為に」。「生まれて」「死んでゆくのか」。これまで積み重なった想い、全部。全部、戻せるか分かんないけど、でも。いや、できる。できると思ったらできる。やるんだよ。一つも溢して、いい訳がない。」
「人でなくていい人なんていない。その、やり場のない思いを仕方が無いで済ませたくない。世界の所為だ。時代の所為だ。そんなの、納得できない。じゃあ運が悪かったって事なの?誰が決めるの?勝手に乗せられたレールの上で飼われて死ぬの?」
「今更、どうしようもないのは当然だけど。終わった事だから、昔の事だからって、無かった事には出来ない。これからできる、出来得る最高のことは、最低でも、やらなきゃならない。そうじゃ、ないと。………そうでも、ないと。」
「生きた」意味が、無かったなんて。
そんなこと、あっていい筈がない。
「無かったこと」になっていい人、忘れられていい人なんて。
いるわけが、無いんだ。
「なんだろう、どう、なるのかは分からないけど。やります。この「想い」を飛ばすには、最高の舞台の筈ですから。」
止まっていた涙がまた、じんわりとしてきたのが分かる。
床に座ったままポカンと口を開けているエルバに、「心配するな。何とかする。」と謎に請け負っている金色。
暴走するなと言いたいのだろう。
でも。
でもさ?
ここ、暴走していい、所だよね?
祈りに変える、所だよね?
私の中の、何かも言っている。
「大丈夫。祈りが。変えてくれるから。」
そう、それを信じて。
祈ってやろうじゃ、ないか。
そうして溜息を吐いている背後を見ない様にして、大きく息を吐くと、再びエルバと話し始めた。
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