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7の扉 グロッシュラー
エルバ
しおりを挟む「これは。私が墓まで持って行こうと思っていた、話だけれど。」
そう言って始まった、エルバの話。
深い青の瞳は、私を真っ直ぐ捉えたまま言葉を続ける。
キッチリと組まれた、その皺々の手が。
その言葉の重みを、更に印象付けた。
「誰にも、話した事はない。セフィラ以外には。まぁ他人にする様な話じゃ無いからね。このまま秘密を抱えて死ぬのかと思っていた。少しは、悩んだよ。どう、すればいいのか。でもどうしようもない話でも、ある。しかしお前さんが来たと、いう事は。多少は想いも、届いたのだろうかね。」
再び深く、溜息を吐いて休んでいるエルバを見ていると、話してもらって大丈夫なのか心配になってきた。
この世界の人は短命と言うのはデヴァイだけの、事なのか。
中でもきっと最高齢に近そうなこの人は、幾つくらいなのだろうか。
紺色の髪を纏めてお団子にし、キッチリと縛られた様子と、力強いその瞳からは年齢の事など感じられないのだけど。
そんな私の心配を他所に、エルバは再び早口で話し始めた。
もしかしたら基本的に、早口なのかも知れない。
「あんた、その「色」はそのままにしてるのかい?普段は隠しているのか、ちゃんと。」
そう、訊かれた事で自分に髪留めが付いていない事に今気が付いた。
「あ。」
「何しろ急いで来たからな。」
「そっか、ごめん………?」
未だ何故ここに居るのか、よく分かっていない私はとりあえず謝っておいた。
気焔が勝手に連れてきた訳では無いであろう事だけは、分かるからだ。
「普段はまじないで隠しています。」
それを聞いて、明らかにホッとしているエルバ。
この、私の姿の事を訊いてくると、いう事は。
エルバは事情を詳しく、知っているに違いない。
「なら、いいんだ。いつだって、その「色」は。争いの、種だったからね。そう、何故私がお前さんの事を判るかと言うと。」
そう言って言葉を切り、向かいに座った私を再びまじまじと見る。
さっきよりは近くにいるからなのか、よりじっくり見ている気が、しなくもない。
そうして首を傾げながら、少し呆れた様にこう言った。
「ふぅ。…………それにしても。どうして、あんた達はそんなにそっくりなんだい?血が繋がっているとはいえ、姉妹みたいじゃないか。こんなの、すぐにバレちまう。」
「え?でも………うーん?」
「そうさね。まぁ、姿を知る者は大抵死んだ。ここの女達は皆短命だし、デヴァイもそこそこだ。しかし、数人いる事は、いるだろうよ。会った事は無いかい?」
「………あり、ます。フローレス先生、とか。」
「ふぅん?いい人だったのかね?何しろ、男はまずい。今も生きてる奴が、いたかどうか………。」
そう言って何やらぶつぶつ呟き出し、一度部屋から出て何やら帳面を持ってきたエルバ。
パラパラめくりながら「これはもういない、こない、死んだ…ここはまだ…」と恐ろしい事を呟いている。
チラリと金の瞳を確かめた後で、とりあえずは話の続きを待っていた。
「ううん?ここの家は………今、誰だったか………。これだけかね?そう、か。一つならまだ…油断は出来ない。」
「あの。何か、物騒な話が聞こえますけど………。」
「物騒なのはあいつらだよ。私はその場には、いなかったから分からないけど。結局、ディディは石になった。あの、男の所為で。」
「え」
待って?
まずい。
なん か
ま ず
い
う………ん?
白、い?
「大丈夫、か?」
そうして次に、私が目を覚ましたのは。
なんだか見慣れた気がする、三角屋根の部屋だった。
覗き込んでいる金色の瞳に安心しながらも、「金の瞳………」と私の中の何かが言っている。
なんだろう。
そう、確か声が聞こえて…ここへ来たのではなかったか?
なんの?
何と言っていた?
どんな?声、だった?
何を「確かめたかった」?
自分の中で答えを探しながらも、頭がうまく働かないのが判る。
その時、扉が開く音がしてふと目線を移した。
開いた扉の前に立っているのはエルバで、その手には何かトレーが、ある。
しかし、その瞳は。
再び私達に釘付けになって、立ち止まっていたのだ。
私がチラリと気焔を確認した所で、エルバも「ハッ」としたのが分かる。
そうして後手に扉を閉めると、私の膝にトレーを置きながら再びの大きな溜息を吐いた。
「それにしても。また、金色の瞳が二つもあって。心臓に悪いね。それもお前さんは、セフィラよりディディに似ている。この部屋でこの景色を再び見るとはね。まだ、生きてて良かったよ。長生きは、してみるもんだ。お前さんはきちんと見つけた様だしね。」
まだ、頭がボーッとしている。
エルバの言った意味が、ボーッとしているから分からないのか、それとも普通に分からないのか。
頭を働かせようと少し振ると、やはり痛い。
「無理をするな。」
気焔に支えられベッドに背を付けると、ズイと押されたトレーの食事に手をつける事にした。
確かにお腹が空いている所為も、大きいかもしれない。
特に私の場合は、お腹が空くと力が出ないからだ。
とりあえず「腹が減っては…」とそのお粥の様なものを食べて腹拵えをする事にした。
そうして少しずつ、お粥を掬っていると。
なんだか、この、光景に覚えがある様な気がする。
この、部屋で。
こうして、トレーに乗ったお粥の。
匙を持って?
ゆっくりと、食べて、いた………?
匙が止まっていたのだろう、私の手からパッと取ると、皿の中の残りを集めだしたエルバ。
その、空色の瞳。
そう、ここまで深く、ない空色の瞳とお粥、あの時はまだ小さくてこうして気を回すのは私の役目だった………。
「エル?」
その、私の声を聞いて。
顔を上げたエルバは、さっきまでとは違う、瞳をしていた。
そう、まだ何も知らない。
純粋な、空色の、羽ばたけそうな瞳だ。
しかしそれは、一瞬で。
パッと深い、青に戻ったエルバは私にお皿を持たせると、ベッドの下に座った。
そう、普通ならば椅子がある筈の部屋の中には、天井が低い為に低く作られた家具とベッドがあった。
所謂日本式の様な、床に座るスタイルになっている、この部屋。
一抹の懐かしさは、これの所為か?と思いつつも、何か言いたそうなエルバに視線を戻した。
「さっきは悪かったね。きちんと説明しよう。落ち着いて、聞いておくれよ?」
その言い方からして、きちんと説明されたところで衝撃的な内容なのだろう。
コクリと頷いて、側にある服をギュッと握った。
「いざという時に。間に合って良かったな。」
そうポソリと呟いた気焔に頷きつつも、薄くなっている肩のアザにそっと触れておいた。
「ディディは子供を取り上げられたけれど、それはある意味分かっている事だった。気丈に振る舞っていたんだ、あの日までは。」
初っ端からドスンとした内容が来て、既に金色は私を懐に入れた。
勿論、異論はない。
危険だ、この話は。
私にはそれが充分過ぎる程、解っていた。
「子供が一人でよかったのか、反対されていたのか。どうしてあの男が来なくなったのかは、私達には知る術は無い。でも多分、ディディは解っていたみたいだけど。仕方が無いと、言っていた。その代わりに、「この子を守らなきゃ」と、こっそり手紙を書いていた。それをきちんとセフィラに渡すのは私の役目だと思っていた。」
淡々と話すエルバ。
簡潔に話されてゆくこの話を、きちんと聞こうと思ったら何日か、かかりそうである。
「頼まれた訳じゃない。しかしまだ小さかった私は事情が分からないだろうとディディの世話をする事が多かったし、手紙を書いている所も見ていた。それを、あの男からもらった本に挟む所も。今思えば。分かるようにしたんだと思う。見つけてもらわなきゃ、意味が無いからね。小さかった私の前でそれをしていたのは、まだおばさんに毒されていなかったからだろうと、思う。」
部屋の中を、視線が泳ぐ。
小さな机の上には、少しだけ本があった。
あれの、事だろうか。
「そうして少しずつ回復していったある日、違う男が来た。まずいと、思った。でも私にはどうする事も出来なかった。明らかに身分の高そうな男で、思った通りディディの部屋へ行ったんだ。でも。」
「もう、気が付いた時には男はディディがいないと騒いでいたし、おばさんは凄い剣幕だったし、私は隅で震えていただけ。今でもハッキリ、思い出せる。あの日、あの男が来てディディは消えた。」
「部屋の中で、何があったのかは分からずじまいだ。どうやら、服はあったらしい。本当に、本人だけが煙の様に消えたと言うんだ。まぁ嘘か本当かは分からない。私達には男を追求する手段は無くて、そんな事は他にも沢山あった。理不尽な事や、姉さんが消える事、おかしくなる事。そんなのは、普通にあったんだ。だからその時も、秘密裏に処理されたんだろう。後から調べても記録は全く残っていなかった。」
「でもね?隠されていてその日にデヴァイへ行く筈だっだ、セフィラの手の中には。白い、石があった。今迄持っていなかった、ものがね。私にはピンと来た。キッチリ隠して、迎えに来たものに伝えた。これを奪ったなら、お前は一生、まじないが使えないだろうと。まぁ呪ったとも言うね。」
少しだけ胸が空いた様に話すエルバ。
確かにフローレスは「始めから白い石を持っていた」と言っていた。
まさか、本当に?
そう、だと。
私でも、思う。
ぐっとまた金色の服を握り直して、続きを聞くべくその青い瞳を見つめて、いた。
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