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7の扉 グロッシュラー
役者
しおりを挟む厚い雲が晴れ、室内には明るい光が差してきた。
その光の変化で、今日は灯りが点いていないのだと今頃知れる、この白い部屋。
雲が厚い日は昼間でも、点いている時はあるのだ。今日はウェストファリアの気分だろうか。
チラリと未だメモを続けている白い魔法使いに目線を飛ばすと、その手がピタリと止まった。
そうして青緑の瞳が、見える。
顔を上げた、ウェストファリアが見ているのは。
ベオ様と、リュディアだ。
「ウェストファリアだ。」
そう、言いながら二人に握手を求めるように手を出した白い魔法使い。
まだしっかり口を塞いでいる私は「あ。」と思ったのだけれど、二人は何も疑う事なく順に握手をして「よろしくお願いします。」と言った。
うん、そうだよね………二人ともいい子だから断るとか、無いよね。
しかし別に、害があるわけでも無い。
満足そうに微笑んで、メモに戻ったウェストファリアを見ながらちゃっかりしてるなぁ、と思っていた頃。
私達の頭上では、未だ大人達の緊迫感は続いていた。
「このまま行けば、何れバランスは崩れる。」
「………まぁ、そう、だろうな。」
「君は、その時。どう、する?抑え切れると、思うか?」
「…………。」
「私の提案は。まず、一つはバランスを整える事。もう一つは。きちんと前に進める様にする事、だ。何しろ変化は避けられないが。それに対応して、「生きて」ゆく必要がある。」
「………。」
「データとしては、揃ってるんだよ。そろそろ君の所も、交代だろう?この世界は未だ灰色だし、まじないは落ちている。そろそろなのか、保つかどうか、という所に現れた「青の少女」。喉から手が出る程、欲しいだろうが。あの馬鹿のように、本気で争いを始めてはならない事、それは解るな?」
「…………ああ。」
「よろしい。要件を言おう。君は今度の祭祀の為にここへ来たかと思うのだが。実は今回も、趣向を変える、予定でいる。場所を、二つに分けるんだ。そうして「あの子」と「この子」、二手に分ける。その時、この子側に君が配置される事。それにもう一つの銀の家の、この子の後見も一緒に配置されるようにする事。この手配を頼みたい。」
「二手に、別れる………?」
「そう、だ。向こうの古い神殿とこちら、分けて祈る。島全体に力が巡るだろうな。解るだろう?どちらが、得か。」
ここへきて、全員、いや、金色と白いふさふさ以外の視線がグッと私に刺さる。
まだ口を塞いでいる私は、なんとなく縮こまっておいた。
「その手配を私にさせる理由は?」
「面倒だからだよ。君達の駆け引きは君達の方が得意だろう?上手くやってくれ。でないとアリスがこちらへ来る事になる。それは君も、避けたいよね?」
「まあ、な。………それは解った。」
「ありがとう。それに、その位はやってもらわないと、旨みだけは取れまいよ。君は多くの力が受けられるだろうし、秘密も知れて、且つこの子からのウケも、良くなる。いい事づくめだ。」
「………そう、だな。」
「細かい事は、また別で詰めよう。大きく二つのお願いの一つはその、祭祀の手配。そしてもう一つは後見を認める事、そしてその件でアリススプリングスを牽制する事。反対するだろうからな。後押しして欲しい。君がそうすれば、ミストラスはこの子の味方だ、後は大丈夫だろうよ。」
チラリと私を見るブラッドフォード。
あの、私を確かめた彼は。
結局、どういう判断を下したのだろうか。
少し考えて彼は、こう言った。
「触らぬ神に祟りなし、か。」
え。
それって私のこと?
「そうだ。」
丁度いいタイミングのイストリアの返事に、若干、お尻が浮く。
ブラッドフォードが大きな溜息を吐いた所で、一気に場の空気が凪いだ。
「交渉成立」という事だろうか。
すぐそこにある灰色の瞳を確認すると「大丈夫ですよ」と言っているので、そういう事でいいのだろう。
私達も顔を見合わせて、ホッとし、笑顔が出た。
なんならリュディアは少し、泣きそうである。
て、言うか?
結局、私達お兄さんを呼び出す役目だけって事で、いいのかな?
そう思いつつも、残された一つの疑問がある事に気が付く。
そう、私にとっては大事な疑問。
しかしその問い掛けをしたのはブラッドフォードだった。
「それで?その、後見とやらは銀の家に相応しいのか?納得、させられるんだろうな?」
そうそう、それ!
血に煩そうなこの世界の人が、納得する後見って、誰??
しかも、私とこれからずっと一緒って事だよね………。
え?まさか?
ウソでしょ?
それは、無い、多分。
「見てるだけ」って言ってたし、イストリアさんとの接点はない筈だ。
うーーーーん???
私とブラッドフォードが迷子になっている所に、ノックの音が、する。
このタイミングで、現れる、人とは。
もしかしなくても、イストリアが呼んだその後見、という人なのではないか。
シン、とする室内、全員の視線が扉へ注がれたその瞬間。
「ごめん、待った?」
聞き慣れた声が、する。
「「は?!」」
流石にブラッドフォードと私が、同時にそう言った。
しかし、ツッコミたくもなるってものだろう。
「誰も居ない?!」と思ったら目線を下げると入ってきたのは、しっぽを揺らした朝だったのだ。
そうして開かれた扉から入ってきた朝に脱力していると、目の端に人影が映る。
もう一人、入ってきたのだ。
「……………成る、程。」
そう、言ったのはブラッドフォード。
対して私は。
そう、叫ばない様、しっかりと口を押さえていた私を誰か褒めて欲しい。
そうして同時に流れてきた涙。
「やっぱりな。おい、アレをなんとかしろ。」
そう言って金色に指示を出しているのは、なんと白のローブを纏ったウイントフークだった。
使い物にならなくなった私は金色の懐に収められ、壁際で大人しくしている。
まだ、ちょこちょこ涙と鼻水は出ているけど。
嗚咽は止まったので、ヨシとしよう。うん。
私が抜けた所にウイントフークが座っているので、長椅子は狭そうである。
しかし信者であるリュディアがそれを気にする筈もないし、なんならウイントフークがデヴァイへ来ると気が付いてからは顔がヤバい。
完全に、シャットの休憩室と同じ顔だ。
しかしブラッドフォードの手前、態度は抑えている様である。
そう、そして意外な事に。
ウイントフークはやはりここでも有名人だった。
そもそもいつの間に連絡を取っていたのかとイストリアに突っ込みたかったが、それはこの際置いておこう。
今度お店に行った時、ゆっくり聞けばいい。
順に挨拶をしているみんなを見ながら、私は少し離れたこの場所から、勝手な想像を膨らませていた。
ウェストファリアは言わずもがな、仲が良さそうだ。イストリアと三人でいるところを見ると、親子か、家族か、と思う程全く違和感が無い。
最初に白い魔法使いを見た時に、感じたあの、アレは。
間違い無かった、という事だろう。
ブラッドフォードは仏頂面でそのまま本棚の前に立っていて、しかし異議を唱えない所を見ると多分文句のつけようが無いのだと思う。
デヴァイでもウイントフーク製のまじない道具はかなり活躍しているのだろう。
以前あのガラクタ部屋で話していた、ハーシェルとの会話が思い出される。
ウイントフークを私が連れて行ってしまったら…その想像は途中で止めておくのが懸命だ。
クテシフォンは「久しぶりだな。」と言われていて、話の内容からしてデヴァイでの顔見知りといったところだろうか。
ウイントフークはデヴァイでも色々やっていたと言うし、そう言った意味ではどのくらいの実力なのか、皆がよく知る人物としては確かに適任なのだろう。
イストリアの目の付け所の鋭さに、ただ驚く事しか出来ない。
ラガシュに関しては、「お噂には、かねがね。」と言っていたので青の家でも伝説のオタクとして有名なのかもしれないと、思った。
何しろこの人のまじない道具のファンは、多いからだ。
最後にふと、気になってくるりと首を回した。
「知ってたの?」
「まあ。」
「そうだよね………。」
朝が連れてきた事も含め、私以外は知っていたと見て間違いないのだろう。
一人蚊帳の外な感じは否めないが、きっと私がソワソワし過ぎるから、内緒にされていたに違いない。
何しろまだ胸が一杯で、自分でもまだ金色の懐にいる必要があると思うくらいだ。
少し落ち着こう、と思いつつもじっとその懐かしい水色の髪を眺めていた。
「貴女は、うちの父とはどういった関係だ?」
少しずつ落ち着いてきた私の耳に、ブラッドフォードの声が入ってくる。
「なぁに、古い知り合いだよ。だからという事も、ある。うちの子は、役に立つと思うよ。君のお父さんの為にもね。」
「研究はまさか………。」
「あまり期待しすぎない方が、いい。有ったら、儲けもの、くらいのものだろう。それよりもあの子に秘訣でも聞いた方が早いかも知れんな。」
「そうなのか?ふぅん?」
「ちょっとお前さん、手を。」
「はい?」
「ふむ。ほうほう。兄弟ではやはり少しは、ふむ。」
「気にしないでくれ。しかし向こうの家は、そうは行かないだろうがな。面倒だろうがこれまで通り、向こう側だと思っていてくれた方が、いい。ここに居るのは白の家の変わり者だから。」
「………成る程。手続きは、どうする?」
「その辺はフェアバンクスが手を回すだろう。あそこの家の事だからな。まぁ家自体はあるんだし、もう少し人を手配すれば何とかなるだろう。忙しくなるな?」
そう言って、ウイントフークの背中をバシバシと叩き始めたイストリア。
うん?この二人、もう会ってるの?
今、会ったの?
どっち??
イストリアさんの事だから、どっちの可能性もあるな??
そうしてまた私がぐるぐるし始めた所で、ある程度話は纏まり一度解散する程になった様だ。
ブラッドフォード、ベオ様、リュディアは館へ滞在するらしく一度そちらへ。
ウイントフークはイストリアの所へ滞在するとの事。
それを聞いて再び顔がおかしくなった私を、ローブへ仕舞う金色。
みんなが禁書室を出て行くのが、気配で分かる。
「またな。」
「あとでね。」
ベオ様とリュディアの声、私の頭に触れたのはウイントフークだろう。
そうして足音と気配が無くなった所で、「では。」と気焔がそのまま飛んだのが、分かった。
私は、頭が疲れていた。
嬉しいのと、感動したのと、これから大変そうだったのが心強くなったのと、そうして役者が揃い始めた事で、祭祀が近づいている実感がヒシヒシと迫ってきたのと。
そう、私にはチャージが必要だ。
気焔がそのままベッドに寝かせてくれたのが分かって、何もかもが面倒になっていた私はそのまま彼を引き寄せて、目だけでお願いする。
そうしてそのまま、静かにゆっくり、金色で満たされながら眠りに落ちていった。
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