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7の扉 グロッシュラー

取り引き

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「一人、遅れているが。先に、始めていようか。」


そう、言ったイストリア。


ウェストファリアが空いている椅子に腰掛け、クテシフォンが立ち上がるがそれを手で制したイストリア。

そのまま窓側の、みんなを見渡し易い位置に立っている。

それ以外の布陣の、変更は無い。


急に静かになった白い部屋の、なんとなく張り詰めた空気。

大人達の、雰囲気の探り合いはしかし一方的にブラッドフォードへ向いているのが分かって、なんだかおかしな感じだ。

多分、その理由は。

あの本棚の前に立つ銀ローブの彼が。

この部屋の中では身分が一番、高いのだろうけれど配置がは、なっていないからであろう。


今現在、この部屋では。

確実に、主導権はイストリア、若しくはウェストファリアが握っている事が、判る。

私から見ると、完全にブラッドフォードが呼び出された様な形だ。

あの人は、それを承知でここへ来たのだろうか。
それとも………?



静かな部屋の中、一瞬だけ窓の外を濃い雲が過ったのだろう。

フッと、暗くなる室内。

瞬間、ブラッドフォードからピリリとした何かが出た気がして、ドキリとしてしまった。


え?
これって、何の集まりだっけ?
別に、揉め事じゃ、無いよね??


そんな中、始めに口を開いたのはそのブラッドフォードだった。


が。大丈夫だと言うから、来てみればこれは。何の真似だ?」

そう言って、口を閉じる。

しかし格上の筈の彼の問いかけに、答える者は誰も無い。

チラリとベオ様に視線を投げたけれど「兄上が怒っている」と顔に書いてあるだけで、何ら事情を知っている感じはしない。
しかし、彼がここへ来ることを「大丈夫」と言っていたのは事実なのだろう。
少し、申し訳なさそうな色が、見て取れた。


「いや?何の真似も、どうもこうも、していないじゃないか?話し合いを、したかっただけ、だ。証拠にここにはあなたよりも下の、白と青の家しか居ない。まぁ、は友達だそうだからな?銀の家同士、という事で良かろう?」 


えっ、なになに?
ホントに揉め事なの?!

言葉だけ聞くとなんて事ないイストリアの話だが、声色だけ聞くと完全にまずい。

「一応、お前の家が一番強いのだろう?うん?」的な雰囲気で、ある。

何だかやる気、満々だ。
ブラッドフォードを、どうする気なのだろうか。


「今の力は、分からない」と言った時にウズウズしていたウェストファリアは、やはりみんなを見ながらメモをしていた。
その様子に少しだけホッとした私も、辺りを少し観察し始める。
見るだけでも、ある程度は分かるのだろうか。

しかし実際には、見えそうで見えないそのメモ紙を、チラチラと見ながら黙っていることしか出来ない。

多分、いや確実に。

今一番、喋らない方がいいのは私だろうから。



そうして大人達の睨み合いに決別した私は、久しぶりのリュディアの横顔とベオ様のサラサラの髪を見ながらシャットの事を思い出していた。

そう言えば「兄上、女癖」の話もどうなったんだっけ?後でベオ様に誤解かどうか聞いてみなきゃ。
シェランも居れば、完璧なのに。

ん?もう一人って?

シェランかな?いや、違うか………じゃあ誰?
ミストラスさん?ダーダネルス?
違うな………
まさか………アリススプリングス?!

いや、これも無い、な………。



そんな微妙な、予想をしている時。

私のぐるぐるの外では、既に話し合いは始まっていた。



「話が、あるのだろう?」

「グラディオライトは、元気か?」

「………ああ。今回は私が名代だ。もう後継の準備は始まっているからな。」

「ふむ。確かにこの子よりは、お前さんに向いているだろうな?この子は、素直過ぎる。お前さんはのかな?あの、男に。」

「…………何が、言いたい?」

「いやいやまさか、銀の家と事を構えようとして呼び出した訳ではないよ。流石にね?ただ、ね?お願い事が、ある。」

「お願い事、というような雰囲気では無いがな。」

「いや。君にもね?現状把握をする、機会は必要じゃないか?少なくとも、は。思っているよ。」


ふと、顔を上げると気焔と目が合った。

茶の瞳に、戻っている。

「どうしてだろう」とは思ったものの、きっと危険は無いのだと分かって少し安心した。

我に返ってみても、まだ場の空気は緊迫していたからだ。


それに。
隣のリュディアが、可哀想な事になってるんですけど………。


きっとこんな場に慣れていないであろうリュディアが、緊張の余りプルプルしているのが分かる。
この状況、いつまで続くのだろうか。
て言うか、私達が呼ばれた意味、なに??


しかしそんな私達をお構いなしに、目の前の話は進んでいた。


「現状把握。どういう事だ?」

「ふむ。君は、この、状況をどう思うかね?、ここで。君は。何を、思う?」

そう言って、ぐるりと部屋の中を見渡すイストリア。

それと一緒にブラッドフォードの瞳もぐるりと一周、した。


多分、全員がブラッドフォードを見ていて。
イストリアの話の流れから、力の話をしているのだと私は思ったのだけれど。
どう、だろうか。

ブラッドフォードは最後にチラリと私の顔を見て、溜息を吐くと「要求はなんだ?」と言った。


「ふむ。解って頂けて、良かったよ。君は馬鹿では無いと思うのだが。なんだろうね?」

「何がだ。周りくどいのは止めろ。」

「ふむ。では単刀直入に言おう。」

そう言ってツカツカと前に進んできたイストリアは、私達のテーブルの前、丁度ラガシュの向かい側に、立った。


「ランペトゥーザは君の所の子だね?あの子が今、「この島の原動力」の研究をしている。この、ヨルが協力してね?」

「そこで、だ。私は、その原動力を知っている。この子達にも、教えよう。それ即ち、君にも知れるという事だ。」

ブラッドフォードは驚愕の表情だ。

この人も、この島がどうして浮いているのか考えなかったクチなのだろうか。

「このご時世、これを教えるという事は。の、事だよ?解るよね?それで、その代わりと言ってはなんだが。一つ、協力して欲しい事が、ある。」

「………協力?」

ややボーッとしてるきらいはあるものの、きちんとそこは受け答えをしているブラッドフォード。

チラリと隣を見ると、リュディアとベオ様は割とポカンとしつつも少し楽しそうになって来ているのが分かる。
二人とも、やはりこの島の秘密には興味があるようだ。

そんな余所見をしている私の上から、イストリアの衝撃の要求が降って来たのはその時だった。


「そう。この子はフェアバンクスの家だ。今デヴァイには誰も人を置いていない。それに、あそこは子供も無いし人材が少ないんだ。それで、だね。私が手配した人物をフェアバンクスの養子としてこの子の後見にする。それに、賛成して欲しいんだ。」

「へっ?」

慌てて口を塞いだが、時既に遅し。

緊迫した空気の中に、私の間抜けな声が響いてしまった。

向かい側のクテシフォンだけは温かい目をしているが、大体その他の人は「ほれ見たことか」という顔である。

いや、白い魔法使いだけは、まだメモをしているけれど。


みんなの視線の中、「もう絶対喋りません」という顔で口を塞いでいる私は、頷いて続きを促した。


「どうしたって、この後この子はデヴァイへ行く事になる。その時流石に一人という訳には、いかないだろう?何処の家にやるにも問題が起こる。なら、このやり方が一番いい。それに、君の所にもメリットは、あると思うよ?この子に協力しておけば。は、解るだろう?」

腕を組んだまま、考え込んでいるブラッドフォード。
「いや、…」と口を開きかけた時に、思い出した様にイストリアがこう言った。

「ああ、グラディオライトには話を通しておいた。「君の決定に任せる」と、言っていたよ。ね、彼は。」

そう、イストリアが言った時。

ブワリとブラッドフォードの雰囲気が変わって、隣の気焔が少し、動いた。

それを構わず、たたみかける様に続けるイストリア。

「それに、私達はラピスは勿論、シャットにだって伝手は、ある。研究だって、実験だって君らよりは全然、いいよ。知りたい事は、沢山あるだろう?」



「………何故、そこまでする?」

少し、考えた後そう言うブラッドフォード。
確かにここまで聞いた話だけだと、なんだか上手い話の様な気もする。
彼が疑うのも、無理はないかもしれない。

しかし勿論、それは一方が旨いだけの話ではなかった。


言うなれば、全ての。

この世界の人たちの為の、話だったのだ。
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