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7の扉 グロッシュラー
夢
しおりを挟むそうしてヴィルは。
これまで一か月に一度かどうか、という訪問を週に一度程度には訪ねてくるようになった。
単純に嬉しくもあったけれど。
彼と溶け合う度に、彼の抱える重いものや暗い色が溶け込んできて。
哀しくもあり、そして癒したいとも、思った。
だから結局、嬉しかった。
その「辛い事があると私のところに来てくれる」という彼の不幸によって齎される私の幸福という、矛盾。
でも。
それに目を瞑るくらいには。
私も彼を欲していて。
そうして私達はお互いへの何かを深めていった。
それが、何かは。
言葉には、できないけど。
だって。
私には世間で言う「愛」なんてものは、分からなかったし。
そんな「言葉」で表せる様なものでも、なかった。
私達の、関係は。
そう、人が人を赦し全てを受け入れ全てを委ねるだなんて。
そんな事が、この世に存在するのかと。
自分が「そう」なるまでは、分からなかったし知らなかった。
私は彼でもあって、彼は私でもあって。
しかしお互いは個でも、ある。
でも、私達は溶け合い過ぎて、共有する部分も多く。
まるでこれまでの様に、別別のものなのだと分けて考える事はできなくなっていた。
そう、もうこの半身なしでは。
前に進んで行けないと。
知って、しまったのだ。
「月のものは、どうした?」
嫌な予感がした。
おばさんに、そう訊かれて瞬時に感じてしまったのだ。
「あの時」。
ある日私達が「お互いになりた過ぎて」特に離れる事に苦労した日。
私は自分の中に何かを感じていた。
「それ」が「なに」か。
その、おばさんの一言で悟ったのだ。
瞬時に湧き上がる絶望と希望。
しかしまだ。その時は。
「絶望」の方が大きかった。
姉さんたちはいつも、言っていたから。
「あれ」ができると暫く会えなくなる
確か、そう言っていたはずだ。
確かめた訳ではない。
だが、私には判っていた。
彼と溶け合う事によって、よりわかる様になった自分のこと、自分以外のこと。
そして、お決まりの物語には用意されている結末があること。
私には、目を瞑っていた現実が待っていた。
見ないようにしていた、結末。
凡そ、自分達の物語が幸せな結末を迎えない事は解っていた。
解って、いた。けれど。
いっときの、夢くらいは。
赦されると、赦されたいと思っていたのだ。
そうして私の予想通り、彼は姿を見せなくなった。
あの、勘のいいおばさんが。
私の変化を見逃す筈は、無かったからだ。
よって、彼が来ない理由は彼の意志ではないことも私は知っていた。
だから。
絶望は隣に置いておき、この子を。
「どう」するのか、考えねばならなかった。
通常、ここで生まれた子供たちは。
男ならば、どこかへ連れてゆかれ女ならば。
私と同じ、運命を辿るだろう。
しかし。
私達は「特別な色」で。
「通常」とは違う扱いをされる事も、分かっていた。
寧ろ、その為に。
彼をここへ寄越したのだろうと。
今なら、判る。
それであれば、私も考えねばならない。
どう、すれば。
この子を、守れるのかを。
そうして私は、余りある時間を使って書き残しておく事にした。
もし、この子が。
道に、迷ってしまったなら。
大丈夫と、背中を押してあげる為に。
「自分の選択」をできる、ように。
多分、私ができる、事なんてこのくらいだ。
そう、本能的に。
「私」が「この子を育てる」事ができない事は、分かりたくないけれど解っても、いた。
「それ」は。
考えてはいけないことで。
考えれば、前に進めないこと。
そんな事は、沢山あって。
何故、この子を私が育てられないのか。
何故、私はここから出られないのか。
何故、私に自由は無いのか。
何故、私はここに、いるのか。
何故、私は選べないのか。
何故、私はあの人と共に、在れないのか。
何故、私は、生まれて。
何の為に。生きて いるのか。
私は。何なのか。
人のカタチをした、籠の鳥なのか。
みんながみんな、それぞれの籠の中にいて。
全てが籠の中の鳥なのか。
人のカタチをした、「人」は存在するのか。
何が。
いけないのだろうか。
生まれた場所?
この色?
「女」という性?
それとも時の所為か。
わからない。
しかし、一つだけ。
解ることがある。
この子を同じ様にさせたくないこと。
人のカタチをした「人」として、生きて欲しいこと。
そうして、願わくば。
自分を赦し合える、「人」と出会って欲しいこと。
私にまじないは使えないけれど。
もし、できるのならば。
この子が幸せになる、まじないをかける。
この、手紙がこの子の味方になり。
背中を押す未来まで、きちんと残るように。
願いを込めて。
それからはずっと。
この子の服を縫って過ごした。
ひとつだけ。
私達ができる、贈り物を込めて。
全部の服に、刺繍をしておいた。
「セフィラ」と。
このまじないは、無視できないだろう。
これで、いい。
私の中のヴィルも、言っている。
「もう、誰も呼ぶことのない名だけれど。」
そう言って自分の名前を教えてくれた、ヴィル。
同じく、私のことを名で呼ぶ人もいなかった。
私達は、その「色」で呼ばれていたからだ。
何故、自分に名前があったのか。
こうなって、解った。
一つ、自分のことを知ったのだ。
そう、私の服にも。
一つだけ、名前が刺繍されているものがあったからだ。
だから私は自分の呼ばれることのない名前を持っていた。
今はもう。
呼んでくれる人には、会えないけれど。
いつかまた、どこかで会えたなら。
そう、願わずには、いられない。
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