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7の扉 グロッシュラー
私のお願い
しおりを挟む「一言で言えば。私の、古語の師匠なんですけど。」
既に笑っているイストリアの前で、そう切り出した私。
真剣に話しているつもりなのだが、それが逆に可笑しいらしい。
どうした事だろうか。
「古語の、師匠?」
クスクス笑いながら、訊き返される。
「そうなんです。古語以外にも色々な文字を研究しているらしいんですけど。それで私があの本を見つけて、トリルなら知っているかと思って、見せたんですけどやっぱり解らないって言ってて。もし、イストリアさんが良ければ。教えてあげて、くれませんか?」
箱舟の側、子供達がまだ片付けをしている中私達はそれを見守りつつ、話をしていた。
この煙玉の様なものは、あまり散らからない様に改良する必要があるだろう。
そんな事を思いつつも、イストリアの返事を待つ。
しかしイストリアからの返事は、至極当然ながら私がすっかり忘れていたものだった。
「いやね?君のお願いなら、何でも聞く気ではいるけれど。その子には何か、おいしい所が、あるのかね?」
うん?おいしい??
「イストリアさんの………利点って、事ですよね?」
私の返答に頷くイストリア。
確かに、いつも自分のお願いをしていた私はその視点がスッポリ抜けていた事に気が付いた。
しかし、これを勝手に頼んでいるのも、私なのだ。
もし駄目と言われた場合の事も考えて、トリルにはまだ言っていない話。
さて、どうお願いしようか………。
少し、考えてみたけれど私の考える事なんて高が知れている。
そう、とりあえずは正直に話す事にした。
「自分がそうしたかったから」と、そのままの事実を話したのだ。
「………まぁ、成る程ね。」
そう言って少し考え込んでいるイストリア。
「うーん、でも絶対、いいと思うんですよね………。」
隣でいつもの様に独り言を呟き出す、私。
思考がダダ漏れなのはここが造船所だから、というのも大きいだろう。
グロッシュラーの中でも、安全な場所のうちの一つだから。
「トリルならすぐ覚えるだろうし、なんてったってきっと読んだ本の数は随一………ん?でもイストリアさんも確か全部読んだって言ってた、な?それで二人で訳をやったらめっちゃ捗りそうだしなんならデヴァイにある青の本も含めて全部この二人に任せちゃえば一番良くない?みたいな、結局私が全部読めなそうだし…………。」
「…………ん?ヨル?」
「でもイストリアさんにも都合ってもんがあるのは、分かる。うん。うん?はい?」
一拍遅れて反応、した。
「今、青の本って言ったかい?」
「はい、トリルは青の家の子ですから。言ってませんでしたっけ?因みに私がちょっとおかしな事も、知ってます。」
おかしい、と言うのは語弊があるかもしれないけれど。
多分、トリルはきっと核心近くにいる筈だ。
いつも余計な事は、言わないけれど。
いや?でも興味が無いのかもね?
それもまたあり得そうな話で、一人深く頷いているとイストリアも何やら頷いている。
「成る程。君の言いたい事は、解った。それなら協力しよう。結局、近い将来お願いする事になるだろうからな。」
「?ありがとうございます!」
イストリアの言った意味の、半分はよく分からなかったけど。
とりあえずミッション一つ目を完了させて、ぴょんぴょん飛び跳ねていた、私。
よし、やったね!
これで、そっち系の私が苦手な所は解決!
次は………。
こっちの方が、難題だな??
そう、思い出してピタリと跳ねるのを止めた私を「どうした?」と見ているイストリア。
その、薄茶の瞳を見つめながら、箱舟を背にぐるぐるしていた。
だって。
あの、「核」の話だ。
普通に考えて、教えてくれないと思う。
ただ、私がランペトゥーザに嘘を吐きたくない、「だけ」で。
話していい、内容じゃないのは、解る。
足元の煙玉の滓を見つめながら、そう、思う。
小さな紙屑の様に見える燃え滓の灰を、試しに靴でそっと踏むとすぐに灰になり、灰色の地面と同化した。
何も無かった様に、なる床。
それを見て、「やっぱり」と思う。
でも、ダメ元。
そう、思ってキュッと結んだ口のまま顔を上げた。
何事も、やってみないと分からない、ってね?
それが、私の仕事の筈だ。
「あ、の。」
顔を上げて見た、イストリアの顔は次は何の話が出るのかと、楽しそうだ。
それを見て、私も自然と笑顔で話が出来る。
やっぱり、いいなイストリアさんは。
子供達の先生に、ピッタリだ。
そう思いつつ、口を開いた。
「私の友達で。ランペトゥーザという銀の家の子が、いるんですけど。その子が「この島が何で浮いているのか」を研究しています。多分、彼だけじゃ結論には、辿り着かないだろうけど。」
そう言って言葉を切った、私。
イストリアは「銀の家の友達…」と呟いている。
「はい。それで。私のまじないが強いからって、協力をする約束をしてたんです。まだ、あそこを知る前に。それで………私は、知ってしまったものを、嘘を吐いて隠しておきたくなくて。解っているんです、あれはそう、人に話してはいけないものだって。でも。」
「なんか、そうじゃなくて。「知ってる人だけ、知っていればいい」とか、そういうのを辞めないと、いけないんじゃないかって。そりゃ、この、今の状態で悪い人には知らせちゃ駄目なのは解るんですけど。ランペトゥーザは、大丈夫だしなんて言うか…………ああ、自分の脳みそを呪う日が…。」
言いたい事が行方不明になり、頭を抱えてアブアブ言い出した私を、腕組みして見ているイストリア。
変な格好になりつつも、反応が気になって顔を見ていた私は、彼女が辺りをキョロキョロし出した事に気が付いた。
ん?誰も、いなくなってるな………??
多分、片付けが終わったからだろう。
子供達の姿は既に無く、船の上から微かに声が聞こえてくる。
造船の作業に戻ったに違いない。
イストリアは周りを見渡しつつも「クテシフォンか?」と呟いている。
クテシフォン、さん?
用事、あるのかな?
そうして一緒にキョロキョロし出した私の腕を掴むと、「行こう」と言ってスタスタと歩き出した。
少し、話し声が聞こえる。
扉の付いた、いつもの小部屋の前。
イストリアは私の顔をチラリと見ると、そのまま「トントン」とノックをした。
静かになる室内、カチリと扉が開く。
「なんだ。ノックなんかして、誰かと思ったじゃないか。」
そう言いながらも扉を開けてくれたのはシュレジエンだ。
この二人は、以前から知り合いなのだろうか。
私の視線に気が付いたシュレジエンが教えてくれる。
「まあ、意外と大概の場所には出入りしてるんだよ。」
そう言っている所を見ると、イストリアの行動範囲に造船所は含まれていたと見て正解だろう。
それに、二人は歳も近そうだ。
シャットにも二人とも滞在歴があるし、意外と古い付き合いなのかも知れない。
今度ゆっくり聞いてみようと思いつつ、小部屋にいつもの位置で、座った。
しかし、この間よりはマシだけど流石に大人三人いると狭いね………。
「で?どうした?もう帰るのか?」
気安そうにイストリアへそう言うシュレジエン。
最近ラガシュの丁寧なやり取りを見たばかりなので、なんだか面白い。
「いや。ちょっと訊きたい事があってね?セイアの事なんだが。」
そう言ってくるりとクテシフォンに向き直った。
まさか自分に話が来るとは、思っていなかったのだろう。クテシフォンがやや慌てている。
こちらもまだイストリアには丁寧な様だ。
でも、同じ白の家だから………何か違うアレコレが、あるのかもしれないけど??
でも家が同じなら歳の順だよね?
私の頭の中が散らかってきた所で、始まったのは何故だか銀の家の、話だった。
「ランペトゥーザっていうのは、どこの家の子だ?」
??
「確か、グラディオライトですね。」
誰??
「ほう、ほう!なら、いいな。よし、ヨル。作戦が決まった。いつなら決行出来るかな………。」
「えっ?何の話ですか??」
さっきから、全く解っていない私。
でも多分、この場にいるみんなイストリア以外は。
何の話をしているのか、解っていない顔をしている。
クテシフォン、シュレジエンとも目を合わせて、安心した私。
良かったぁ………また私だけじゃなくて。
そんな私達を見渡しつつ、ニヤリとしたイストリアは悪い顔をして「さて?」とクテシフォンを問い詰め始めたのだった。
だ、大丈夫かな………。
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