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7の扉 グロッシュラー
再会
しおりを挟むモクモクと一面の煙、真っ白な造船所の中。
「ここで、待て。」
背後で閉まった扉、後ろ手に私を庇ったクテシフォンは扉の前で待つ様に言うと少しずつ煙の中を進んで行った。
シン、としている庫内はまだ濃い煙が多いが手前は大分見える様に、なってきた。
「大丈夫、かな………。」
「多分ね?」
うん?
今答えたのは蓮だろう、最近ちょこちょこ、喋るな?
「そうなの?なら、いいけど…。」
返事をしつつもこの子達の変化にも少し気が付いている私は、まだ煙が充満しているのをいい事に腕輪を出して眺めていた。
「うーーん?」
相変わらず、一番キラキラしているハキは喋らないけど。
意外と、他のみんなは以前よりも話したりする気がする。
「ヨル!こっちへ来なさい。」
「!はーい!」
多分、船の方だろう、クテシフォンが呼ぶ声が聞こえて安全な事が判る。
パッと腕輪を仕舞うと、薄くなってきた煙の中を小走りでかけて行った。
「何ですか、これは。」
見えてきた船の形、クテシフォンは手前で私を待っていた。
幸いな事に、煙は吸っても何ともなくてまじないなのかな?と思いながら、かけてきた私。
クテシフォンは、バサバサとローブで煙を煽ぎながらも、ついてくる様身振りで示すと奥へ歩いて行った。
ぐるりと周って、水槽のある裏側へ向かうと、徐々に子供達の声が聞こえ出す。
キャッキャと盛り上がる声は、元気な事を示していて、安堵した私。
まだ薄く煙が残る中、橙の水槽が見えてきた。
その前に立つ白いローブはイストリアだろう、子供達に何か指示を出している。
何かを、片付けている様だ。
そうしてナザレともう一人の男の人。
デービスではない人がいるのを見て、ピタリと足を止めた私。
それに気が付いていないクテシフォンはそのまま真っ直ぐ進んでいて、しかし途中でシュレジエンに呼び止められていた。
「ああ、これも中々良かったぞ?」
「そうか?しかし、派手過ぎないか?」
ぐるりと見渡しながらそう、返事をしているクテシフォン。
何をしていたのか、知っていたという事なのだろう。新しい道具でも、作っているのだろうか。
知らない人がいるので、迂闊に近づけない私はその場でゆっくりと造船所の中を観察していた。
もう、殆ど煙が無くなった船の裏側は天窓からあの「曇っているけど晴れ」の光が差して、大分明るく、よく見える。
うん?
あの、人………??
目を凝らして、その知らない男の人を見ていた私。
突然「ポン」と肩に手を置かれ、「う、ひゃっ!!」と飛び上がってしまった。
「す、すまない。」
私の肩に手を置いたのはデービスで、謝る彼の手元を見ると虹色の鱗を持っている。
「あ!」
「そう、この間レシフェが持ってきた。」
そう言ってニヤリとするデービスに、何を作るのか聞いていなかった事を思い出した。
彼の手のひらには、中々の数の虹色の鱗がある。
それに、もう片方の手に何か袋を持っているのを私は見逃さなかった。
もし、あれも幻の魚の、鱗だったら…?
それこそ、シャットで見たシュツットガルトの小さな庭に、引けを取らないくらいの量だ。
「レシフェ、よくこんなに集めたね………。」
「確かに。でも今は前よりやり易いと、言っていたからな。」
そう返事をして、袋を上げて見せるデービス。
やはり中身は鱗なのだろう。
「で、これは何にそんなに使うんですか?」
「勿論、コレだよ。」
そう言って箱舟を指すデービスに、複雑な気持ちになる。
「それはいいですね!」
そう相槌を打ちながらも、それ以上詳細を聞く気には、なれなかった。
いつもだったら、「どこにどう使うのか」色々な事が、気になるのだろうけど。
「この船は飛ばない」というか「飛ばしては、いけない」と、思ってしまってから。
どうしても、やるせない気持ちになるからだ。
兎に角、この船の目的も。
ハッキリ、させなきゃいけない。
デービスやナザレ、シュレジエンの為にも。
子供達の、為にも。
しかしなんだか気分が良かった私は、「もし事が終わったら、楽しむ為に飛ばしたいな?」とも思っていた。
だってここの人達は、本気でこれを飛ばす為に。
沢山の、労力を使っているからだ。
ここ、空だし?
もし自由に飛ばせれば、めっちゃ楽しい遊びになるよね?
うん、そういう使い方がいいよ。
今迄だったら。
人を、犠牲にして飛ばすしか無かったこの船だけど。
みんなで祈れば、「それ」で飛ばせるかもしれないしね?
「うーん、アリよりの、あり。」
「また、独り言か?」
うん?
何処かで聞いた声、それも私をよく知る様なこの、言い草………。
くるりと振り返った私の目に飛び込んできたのは、見覚えのある薄茶の髪と、懐かしい灰色の瞳。
「シェラン!!来てたの?」
バシバシ彼を叩きながらくるくる回る私を苦笑しながらも、一緒に回ってくれるシェラン。
「元気そうだな?良かったよ、心配してた。」
「え?心配?」
回るのを止めて、改めてその灰色の瞳を、見た。
最近、よく見ているラガシュの灰色よりも一段濃い灰色のシェランの瞳。
こうして比べてみると、色々な灰色があるね………。
「相変わらずだな。いや、ラピスに戻った後ここへ行くと言っていただろ?そりゃあ、心配はするさ。ここには貴石もある。しかし、どうなってるんだ?」
その視線は私の銀ローブに注がれている。
確かに。
シェランは元はデヴァイの人間だ。
凡その事は解っているのだろう、だから一番初めに気になったに、違いないのだ。
とりあえず隅っこに連れて行って、コソコソと大体の経緯を説明した私。
私がシェランを仲間だと言っていたからか、それを咎める人は誰も居なく気焔がいなくて良かった、なんて思ってしまった。
そう、シェランにもそれを訊かれたからだ。
「気焔はどうした?大丈夫か、こうしていて?」
「うん、今日はクテシフォンさんがいるから二人で来たんだよ。気焔はね、今はネイアになってるから仕事があるの。一応。多分。よく、わかんないけど。」
「ふぅん?」
「ねぇ、それより!ベオ様とリュディアはいつ、来るの?ていうか、リュディアと、どうなの??」
途中から会話の内容が怪しくなってきた私は、グフグフ言わない様に口元を隠しつつ、コソコソと耳打ちする。
それを聞いたシェランは少し苦い顔をしながら、色々と話し始めた。
「来る事は、出来ると思う。今回はなにやら祭祀がデカイんだって?ヨルの所為か?ああ、それなら…うん。リュディアも何か「話してみるから」と帰ったけど。どうだろうな。まあ、あまり期待しないでおく。俺は今はロウワだからな。」
ああ、シェランはロウワになるのか………。
でも、石は持ってたよね?
私の漏れ出していた疑問に、返事が来る。
「俺は一応、デヴァイから来た。取り上げられる事は無かったが力があったからこいつらの世話をする役目だったし、大方シュレジエンの後を継がせようとしていたんじゃないか?今、考えるとそうなのかもな、と思う。」
「成る程。」
チラリと目線を投げた先には大人達が揃って、何かを話している。
確かにシュレジエンは50代だと思う。
デヴァイ以外の人は、私の世界と同じくらい生きれるのだろうか。
ふっと、暗い予測が過った所で大人達の視線が、こちらへ向いた。
「行こう。」
シュレジエンの手招きに、そう言ったシェラン。
「うん。また、話聞かせてね?」
そう言って、二人でみんなの中に戻った。
そうして色々と「なぜこうなっていたのか」の説明と子供達の戦闘訓練、武器について色々聞いた、私。
どうやら新しく作った、煙玉の様なものらしい「それ」はもう少し改良の必要があるらしくイストリアがちょっと楽しそうだ。
主にそれはシェランとレシフェがここでやる予定だったらしいのだが、首を突っ込む気満々である。
まぁ、楽しそうだしきっとイストリアさんが入った方が面白いものが出来そうだから、私は賛成なんだけど。
て、いうかシェランにウイントフークさんのお母さんだって言ったらまた拝むんじゃないだろうか。
想像だけで大分笑った私は、イストリアに声を掛けられるまで一人クスクスと怪しく笑っていた。
「で?君は私に、用があったんじゃないのか?」
確かに。
シェランに会って、すっかり飛んでいたけれど。
今日の本命はイストリアに約束を取り付ける事なのである。
すぐに脱線してしまう自分を恨めしく思いつつも、「いや、シェランはしょうがない」と言い訳しつつ「コホン」と咳払いをした。
「あの。お願いが二つ、あって。まず白の本の事なんですけど。」
「うん?それは、あれの事かい?」
そう、私はまだそれを私が見つけている事は言っていない。
「はい。実は、以前ダーダネルスと図書室で見つけていたんです。何か、私にアピールしている本があるなぁって、思って。それが、アレだったんですけど。今は、見つけられなくなったら困るから禁書室に置いてあります。あの、テーブルにあったんですよ?見ました??」
「いや、まさか。あの、山の中にあるとはね!ハハッ、いやぁやはりそういう事かね?それで?どう、した?」
確かにまさかあの山に無造作に積まれているとは、思わなかったのだろう。
クスクスと笑い続けるイストリアにトリルの事をお願いしてみる。
「あの、私の友達が。あの本に、と言うか「文字」が好きな子が、いて。イストリアさんとも話が合うと、思うんですけどあの本の文字を、教えてもらう事って。出来ますか、ね………?」
最後は少し、恐る恐る、訊いてみた。
あの本の、重要性は。
解っている、つもりだけど。
初めて聞く、その名前にイストリアはどう、反応するだろうか。
「ふぅん?」
キラリと光った、薄茶の瞳。
少し、楽しそうな色を宿したその瞳でイストリアはこう言った。
「で?その子は。どんな、子なんだい?」
その色と、返事を聞いて。
ほっと息を吐いて、笑顔になった私。
そうしてとりあえず、ミッションの一つ目をやっと話し始めたのだった。
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