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7の扉 グロッシュラー
行動開始
しおりを挟む「また、だ………。」
ぼんやりとした感覚、何とも言えない不安感、自分の手足の感覚を確かめて、やっといつもの匂いにホッと息を吐く。
夢、だよね…………?
ズッと、鼻を啜った所で隣の金色が動いた。
「どう、した?」
いつもの様に「ポン」と胸元から取り出されて、私を確かめる、金の石。
そうして何も言わずに、流れていた涙を拭っている。
寝ながら泣いている私を見て、彼はどう思うのだろうか。
これは、あの時私が手を取った「あの子」と何か、関係があるのか。
私が最近、金色で満たされている事と、何か関係があるのか。
流石の私も、なんとなく感付いては、いた。
多分、気焔は私が暴走しない様に金色を補給している筈だ。
チラリと見上げる、その瞳は今日も朝の光に縁取られて美しく光っている。
私はいつも、ベッドの奥側で寝ている。
気焔が窓を背にして、私を囲っている形なので逆光になるのだが、窓から差す、光が。
彼の金髪を縁取り、影になる顔、その中で自然と燃えている金色の瞳。
朝だからなのか、薄く金色に煌めく焔がとても綺麗でいつまでも眺めていられそうだ。
うん、確かこんな………。
いや、少し違う金色をじっと、眺めていたような………?
一抹の不安が過った所で、「大丈夫か?」とすぐに声を掛けられた。
「うん、でも…。少し、だけ。」
そう言って、金の瞳にそう訴えるとチカラがすっと、流し込まれる。
うん、落ち着く………。
う、うん?
ちょ、ちょっとって?
言った、よね??
「ね、え!」
ぐっと金色の胸を押して、逃げ出した私。
ちょっと今日は、ハッキリしてもらおうじゃ、ないの。
「ねえ?なんで最近、こうなの?そんなに満タンにしておかないと、危険なわけ?」
キロリと睨んで言ったつもりだけど、金色はそんなのどこ吹く風だ。
小さな溜息を吐いて、仕方の無い目をしている。
私の髪をいつもの様に弄りながら、少し考えた後。
「覚えていないのか?」
そう、言う気焔。
「え?何が?」
その私の返事を聞いて更に変化した、金の瞳。
あっ。
また。
止めて?その、目。
馬鹿だと思ってるでしょう?
いや、多分、私が、忘れてるんだろうけど。
それは、もう100%ね………。
うーーん?何か、あったっけな………?
ぐるぐるしている間にも、サラリサラリと髪が気持ちいい。
この、ベッドの中で朝のまったりとした時間、考え事をしようと頑張っている私の頭を邪魔しているのは間違いない。
「以前、覚えているだろう?」
私が思考をとっくに放棄した頃、諦めた気焔の声が聞こえてきた。
「あの、夜。お前が帰ってきてから吾輩からチカラを注ぐ事が出来なくなっていた。未だ、その状態だ。いざという時にそれでは困るからな。その状態を覆すには、吾輩で満たしておくのが一番だろう。」
…………。
「我輩で満たしておく」
いや、そのセリフやばく無いですか、そこの人。
私だけ?
なに?
私だけなの?!
まさか、また私の反応見て揶揄ってるとか?!
意を決して、一瞬だけ顔を上げ瞳を確認する。
ええ~~~!!!?
普通、なんですけど?!
ある意味、揶揄ってるよりタチが悪くない??
あああぁぁ…………。
とりあえず、無に。
無に、なるんだ。そうだ。うん。
ゆっくりと撫でられているその、手の動きが感じられる様になってきた、頃。
気焔の言っていた「いざという時、それでは困る」という本題にやっと辿り着いた私。
色んな意味で恥ずかしくなってきて、頭の中のピンクの雲をぐいぐいと端っこに押しやった。
「何か、まずい事に、なりそう?」
ピタリと手が止まり、私も返事を待つ。
しかし気焔は具体的な事は、何も言わなかった。
「抑えれるのに越した事はない、という事だ。あまり心配しなくていい。」
そう言って再び髪を撫で始めた気焔。
私も、それ以上は聞かなかった。
これから起こるであろう事、やらなくてはいけない事は沢山ある。
きっと、この時間は貴重な筈だ。
本能的にそれが解っていた私は、充分にそれをチャージするべく、ぐりぐりと懐に潜り込んで行ったのだった。
そうしてどうやら、神殿の雰囲気とみんなの様子で、アリススプリングスがこちらに到着したと知れたのはそれからすぐの事だった。
それと共に、本格化してきた春の祭祀の準備と図書室の賑やかさ。
そう、実はアリススプリングスが一旦帰還してからは落ち着いていた図書室が。
再び、人が増え騒めき始めたのだ。
「今度の祭祀で、本家から来る人が増えているからなんでしょうね。」
そう言って諦めの表情を見せていたトリルだが、私達のネイアスペースはまだそれに侵されてはいなかった。
たまに、迷い込んでくるセイアがいなかった訳では無い。
しかし、守りを固めたラガシュと気焔、ダーダネルスに追い払われる事が殆どだったのだ。
そうして物々しくも、私達の祭祀研究と祝詞、プラス私の企みは少しずつ進行していた。
「石の調子は、どうですか?」
背の高い大柄な彼の前に、くるりと周って顔を見ながら訊いてみる。
「こら、前を見て歩きなさい。」
先生らしく私を咎めるのは、一緒に造船所へ向かってくれているクテシフォンだ。
幾つかある、やりたい事の中に「白の本」の翻訳と「ランペトゥーザに本当のことを教える」がある私。
その、どちらもイストリアの協力や許可が必要なのだ。
そのイストリアは現在、造船所で子供達に勉強を教えてくれているので、今日は力の指導があるクテシフォンと一緒に向かっている所なのである。
「あの、雪が降る日を予想するより雨が降る日を予想する方が難しくないですか?」
真っ白な雲が多い今日の空は、比較的気持ちよく過ごせる貴重な日だ。
灰色が濃いと何だか暗い気分になりがちだし、いつもはもっとまだらな濃淡の雲が追いかけっこをしているグロッシュラーの空。
こうして白い雲ばかりだと、空は見えなくとも今日が晴れなのだと錯覚してしまいそうに、なる。
「天気がいい、曇り」という微妙な矛盾を感じながらも、明るい空に気を良くして歩いている私。
そんな私を見て、同じ様に空を見上げたクテシフォンはこう教えてくれた。
「どうしてなのかは分からないが、ほぼ同じ日に雨は降るんだよ。私も昔は不思議に思ったな、そういえば。すっかり慣れてそれが自然なのだと思っていた。慣れというのは怖いな。」
「そうですね………どうしてなのか、イストリアさんは知ってるかな?でもまぁ、便利ですよね?」
「まあ。そうでは、あるな?」
クテシフォンの言葉に色々思いつつも、灰色の石畳を進む私達。
途中、あの館が見えた時にだけ、私を少し隠す様にして歩いたクテシフォンは、その後はリラックスしている様に見える。
辺りをゆっくりと見ながら歩いていた彼の口から、初めの質問の答えが聞こえてきたのは大きな灰色の建物が見え始めた頃だった。
「確かに、この石は。持つと、影響があるだろうな。」
確かめる様に言う、その言葉。
どういう、意味だろうか。
私の顔を見て、続きを話し始めるクテシフォン。
また丸っと顔に、出ていたのだろう。
「いや、何と言ったら、いいのか。兎に角これまでに持っていた石とは明らかに違う。何と言うか………「生きてる」感じがするんだ。」
「えっ?」
生きてる?
確かに。「生きて」は、いると思う。
あの、みんなに配った石たちは話す事は無いけれど。
そう、「生きて」はいるのだから。
「それなら、大成功ですね?きっと、クテシフォンさんのいい味方になってくれる筈です。たまに話し掛けてあげて下さい。聞いてますから。あ、毎日でもいいですよ?」
ピョンと飛び跳ねながらそう言う私を、目を丸くしながら見ているクテシフォン。
しかし言いたい事は、解ってくれた様だ。
「分かったよ。しかし、これを持って勘違いする奴が出ないといいのだが。」
「?」
「いや、「生きてる」事も、そうなんだがやはりこれまでの石よりも力は強いと思う。「強い」、と言うよりは「通りやすい」とか「自分の一部」の感じが近いか?何しろ、すぐに思った事が出来る。これは便利だがやはり、危険とも背中合わせだからな。」
そう言って、カツンと石畳の小石を蹴る、白い靴。
もう目の前に造船所への小道が見えてきた。
「まあ、祭祀後に配るのなら「誰に」という部分では銀の家の思惑が入るかも知れない。だから逆に、無分別に配る事にはならないかも、しれないな?」
「成る程。そういう事も、ありますね………。」
確かに、それはそれで利点があるかもしれない。
でも。
一つ、思った。
既に小道を歩き始めた、大きな白いローブの後ろ姿。
いつの間にか、協力してくれている彼だから。
石も、きっと彼に協力している筈なんだ。
嬉しくなって、大きな後ろ姿を追いかけながら小走りで進む。
その時、突然建物の中で「ドン!」と大きな音がした。
「えっ?!」
「どうした?!ヨル、離れるな!」
明らかに造船所内から聞こえてきた、その爆音に走り出したクテシフォン、それを追いかける私。
「ちょ、待って………。」
勿論、脚も長い上に速い彼に追いつくのは至難の技だ。
大きな扉の前に着いた彼が、まだ走っている私にチラリと視線を投げると扉に手を掛けるのが見える。
それを見て、ローブとスカートをたくし上げ、走り出した私。
誰も、いないし?
いや、クテシフォンさん、いるけどいいよね?!
そう、とりあえずは必死で扉へと向かっていたのだ。
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