透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

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思えばきっと、私たちは。

二人とも、子供過ぎたし、世間を知らな過ぎた。
二人とも、籠の中の、小さな鳥だったから。

でも仕方が無いと、思う。

時間を重ねる中で、少しずつ判ってきたお互いのこと。
二人とも特別で、そしてその特別な「色」が故に、自由が無かったこと。


それでも、幸せだったのかも、しれない。

その限られた生きる範囲の中に、「お互い」が。

含まれて、いたのだから。








いつも、不思議に思っていた。

私は、教えられていた。おばさんや、姉さんたちから。

「男の人が来たら、こうしなさい」

「こうすれば喜ぶよ」

「任せていればいいから」

「口ごたえや逆らってはいけないよ」

おばさんや姉さんたちが、身振り手振りで教えてくれる「それ」に、どんな意味があるのかは
しばらく分からなかった。


まず、彼が「男の人」だと分かったのが大分遅かったから。それもある。


そうしてその後も。

おばさんや姉さんたちが言う「男の人が近づいてきたら」という状況に、全くならなかったからだ。


それならそれでいいのだろうと、勝手に思っていた私は、一向に変わらない私達の様子を訝しんだおばさんに問い詰められた。

「お前まさか、ただ本を読んで話をしているだけなんじゃないだろうね?」

その剣幕と、表情に「そうです」と正直に言ってはいけない事は分かった。

とりあえず曖昧に、微笑んでおいたけど。
おばさんの追及が、これだけで終わらない事は充分に分かっていた。


私は、彼との関係を変えたくなかった。
今のままで充分だったし、やっとの事で慣れてきたその心地よい関係を壊すのが怖かったからだ。

そう、姉さんたちがいつも言っていたから。

「飽きて、来なくなってしまった」と。

「飽きる」とは、どうしてなのだろうか。


彼とだったら。
いつまででも、話していられる。

いつもそう、思っていた私は「その意味」が分かっていなかったのだ。








しかし、そんな私達の関係が変わったのは。

ある、夜の事だった。


基本的にここに来る男の人は、夜に来る人の方が多い。
昼に来る、人もいる。

彼はいつも、昼間に部屋を訪れていた。



しかし、あの、夜。

あの、妙に雲が暗かった、闇夜の日に。

明らかに憔悴した彼が、屋根裏を訪れた。


私は、何と言っていいのか全く分からなかった。
彼が悲しんでいるのか、落ち込んでいるのか、怒っているのか。
悔しがっているのか、憤っているのか、はたまた絶望しているのか。

それとも、その、全てなのか。

全く、分からなかったし、もし判ったとしても私はかける言葉を持ち合わせては、いなかった。


だって、ここには。

絶望も悲しみも、怒りも悔しさも、焦燥も嫉妬も、もっともっと、沢山の暗い色が渦巻いていたけれど。

それは当たり前の事だったし、その中でも、生きたければ。
ただ、顔を上げて進むしか、無かったから。


私達には。
逃げ場も、行き場も、休む場所も無くて。
それぞれがいろんな思いを抱えながら、生きている。
それが、当たり前だったから。


そして、そんな中でも、彼に出会えた私は幸せだったのだろうと、今なら解る。

もっと、一緒にいたいと思っていた彼に何か言葉を掛けたいと。
思っては、いたから。

この、仄暗い闇の世界でも。

あなたが存在しているだけで、私が、幸せなのだと。
伝えたいと、思ってはいた。

でも、勇気の無かった私は。
口を開く事は、できなかった。


その時は、ただ。

彼の、暗い色に支配された金色の瞳を見つめている事だけしか、できなかったのだ。





そう、その時彼は私の部屋に、来て。

ただ、私のことをじっと見て、いた。

私も、彼をじっと見つめていた。

その、私の瞳に似た金の瞳に映る沢山の、色。

今までに見た事のない色が、渦巻いて彼が苦しんでいるのが、解って。

その、どうしようも無い行き場のない、やり場のない思いを。

もしかしたら、私にぶつければ楽になるのかもしれないと。

思っている事も、解って。

でも、それが「正しいこと」なのかどうか、「私を傷付けるのではないか」と彼が迷っているのも、同時に見えて。

でも、それが、逆に。

「辛いのならば、私に手を伸ばして欲しい」と。

「私が」思ってしまったんだ。


そうして私は言葉には、出来なかったけれど。

精一杯の想いを自分の瞳に、映した。

そう、初めて。

「手を伸ばして?」と私が、誘う瞳をして彼を見たのだ。





そうしてきっと、その仄暗い色を払拭する為に彼は私に手を伸ばした。


その時、初めて。

私はその手をすんなりと受け入れた。


だって。

その、彼の瞳を美しい金色に戻せるのは私だけだと知っていたし、その仄暗い色は。
私にもよく馴染んだ、色だったからだ。


私達の、距離は。

そして、ゼロになった。




触れられた後の事は、正直あまり覚えていない。

私は、彼が私を求めるのに応えるのが精一杯だったし、私達はどちらがどちらなのか、分からないくらいは、混ざり合って。

朝になり、どちらが、どちらなのか。

分けて、離れる事に苦労したくらいだったから。




そうして一度、溶け合うことを知ってしまった私達は。

その二人だけの空間が、唯一私達の息の出来る場所だという事に気がつく事と、なった。


私達は全てを赦し合うという事を、知ってしまった。

それは、夢のように心地の良い空間で。

しかし目が覚めると、仄暗い現実へ戻らなくてはならない、やはり夢でもあって。

でも、一度味わうと、もう戻れない。

知らなかった、頃には。



それが幸か不幸かと言えば。

「幸せだった」と言いたい、と思う。

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