透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

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薄明かりを感じる。

朝だろうか。


ゆっくりと目を開けると、窓から差し込む光が美しく空間を過ぎる。

窓の側の小さなベッド。
その窓からは雲しか見えず、それもいつもの光景だ。
なんとなく、それを眺めて物音で起き出す。

いつまでもベッドに入っていると、叱られる。
習慣でパッと起き、着替えをした。



質素な朝食後は再び小さな屋根裏へ帰る。

そう、私の部屋はここ、小さな三角の狭い屋根裏。
記憶の限り、この部屋と食堂以外は頭の中には存在しない。

起きて、眺めて、食べて、寝て、起きて食べてまた、寝る。

明るくなったらとりあえず身体を起こしておいて、暗い時は寝転がっていればいい。


 「お前は、とっておきだから。」

そう、いつもおばさんが言うけれどこのまま取っておかれたら私も姉さんやおばさんになるのだろうか。
ずっと、この部屋で。

ただ、毎日雲を眺めるだけ。

それだけで。








 「やっとお前の使い道が決まったよ。これまでとっておいた甲斐があったもんだ。」

そう、おばさんが嬉しそうに言ったのはいつだったか。

それから少しして、一人の人が部屋に来るようになった。
この、狭い部屋に。

私は何も、言わなかった。
その人も、何も言わなかったし何を言えばいいのか分からなかったからだ。

そうしてその人は時々この屋根裏へ来る様になった。

何も話さないし、何をするわけでも無い。

でもおばさんの機嫌が良かったから、それはどうでも良かった。
私の食事も、少し豪華になったし。


そうしているうちに、私はその人に少し慣れて、その人を見る事が出来る様になっていた。

白っぽい金の髪に金の瞳のその人は、見ている分には飽きなかった。

そう、彼は私に似ていた。

おばさんの話から、彼が「男の人」だと気が付いたのは大分後になってからだ。
私は「男の人」を見たことが無かったし、その人は言われなければ判らない程度には女の人に見えたから。

長い髪、背は高いけれどおばさんよりは横に大きくない。
背が高いお姉さんかと思っていた。新しい、人なのかと。

おばさんが私に話し相手でも、と気まぐれでも起こしたのかと思っていたけど当たらずとも遠からず、ただその人が「男の人」だったと、いう事だ。

その時は、そう思っていた。







彼はいつも、何かを私に持ってきてくれた。

初めは本だ。

流石に本だけは与えられていた私は、嬉しかった。
部屋から出られない私は、館にある本は全て読んでしまっていたからだ。

ただ、無言でズイと机に置かれたその本をどうしていいのか分からなかった私は、そのままにしておいた。
彼が帰ってから、その本がまだそこに置かれている事に気がついて「そうなのか」と気が付いたのだ。
おばさんは「本じゃなくてもっといいものを強請りなさい」と言っていたけど。

本の次は、筆や便箋、綺麗なカード、不思議な小さな細工物。
どれも私の好きな本に出てくる不思議なものに見えて、見る度に顔が緩むのを知られていただろうか。
隠していた、つもりだけれど。


彼が持ってきてくれるものは、どれも私好みでおばさんは変な顔をしていたけれど私は嬉しかった。

やっと彼の顔が見れる様になり、顔を見るのに慣れてきて、とうとう口を開いて最初に出たのは本のお礼だった。
ずっと、言わなければいけないとは、思っていた。

けれども、私にとっての「言葉」とはそう簡単に発せられるものではなかった。

おばさんには「出来るだけ喋るな」「変なことを言うと来なくなるかもしれないよ」と、そう言われていたからだ。


そう、お礼を言える頃には。

私は、彼の来訪を心待ちにしていたのだ。







「今日は、来ないのかな。」

屋根裏から、雲を眺める。

何かを探して窓の外を見る事なんて、無かった。

ただ、ただ流れてゆく白い雲、何も無い世界。
青い空を見たことがあると思ったのは、本の世界だったのか。
それとも私の夢の中か。

毎日目が覚める度に、空が白い事に違和感を覚えていたのは、何故だったか。

彼が来るようになってから、何故だか思い出される青い、空。

それが恋しくなると共に、彼に会いたくなるのは何故だろうか。
白と、金色で彩られた彼に青の要素は無いというのに。

もっと、話してみたら。
触れて、みれば。


その答えが、分かるのだろうか。



いつか。

彼と青い空が見れるだろうか。










そうして私の生活の中に、「彼を待つ時間」が加わった。

「彼に会う時間」ではなく、「彼を待つ時間」なのは、その時間の方が圧倒的に長いからだ。

それに比べれば、「彼に会う時間」など瞬き程の瞬間でしか、なかった。


ただただ過ぎてゆく時間、想いだけが、募って。

少しだけ、少しずつ交わした言葉から彼も思っている事が知れる。


私達が「もっと」と求め合うのに、そう時間は掛からなかった。

そう、それは必然の様に、感じられたのだ。




思えばそれも。

全ては彼等の思惑の内だったかも、しれないけれど。



それでも、良かった。

それ程には、私達はお互い、一人きりだったからだ。

そう、出会う、前までは。




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