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7の扉 グロッシュラー
私について 5
しおりを挟むひらり、ひらりと人の影を縫って歩く白い髪が見え隠れする。
私から、逃げているのだろうか。
それとも、ただ歩いているのだろうか。
しかし、いつもあの子を見つけると焦ってしまう私の心は、落ち着いていた。
未だ、嘗てなく。
焦らず、歩いてあの子を探す。
何故だか私は、自分はあの子を捕まえることが出来ると思っていた。
そう、知っていたのだ。
この後、あの子と話をしなければならない。
だから。
自分の中の確信を持って、ゆっくりと歩いて行く。
寧ろ、探してはいない。
多分、痺れを切らして向こうから会いにくる筈だ。
だって。
多分、私が「彼女の望む結末」を齎すものである事をきっと、知っているから。
この、蒔かれた種は。
誰かの差金でも、思惑でも、
敷かれたレールでも、なくて。
ただ、「その時」、「その場」にいた「私達」のうちの誰かが、全力で考えて行動した結果なのだと解ったから。
そうする事で、「繋がる」事を信じて、各々がそれぞれのやるべき事を、やったから、今こうなっている事がよーく、解ったからだ。
「だから、あなたは私じゃないし、私もあなたでもないし、セフィラでもないし、姫様でもない。私は、私。だから。」
「心配しないで?出てきて?行こう、あの人の所へ。」
ああ、それも、そうなんだ。
瞬間、じわりと自分の中に拡がった何かの意味が解って、また今度は目元がジワリとする。
「何それ。フフッ、私達、みんな。それぞれが、対を求めて、旅をしてるなんて。」
「でも、納得。解った。どこ?行こう?一緒に。大丈夫、もう私も怖くないから。解ったから。会いに、行こう?」
そう、なんだ。
あの、白い森「輪廻の森」と言われたティレニアで、私に接触してきた彼女。
あの時も。
私に「何の為に旅をしているのか」「何の為に生まれて、死んでいくのか」そんな事を言っていた。
何の為に生まれて。
死んでいくのかは、解らない。まだ。
だって私はまだそう長い事生きてはいないし、この「私」を楽しみきっていないし、きっともっと、もっと。
悲しいことも、嫌なことも、寂しいことも、あるに違いない。
でもその分の、楽しみや喜び、感動したり美しいものを見ること、美味しいものを食べること。
沢山の経験が私を待っているに違いないのだ。
それに。
一つ、一つだけ解ったことは、ある。
うん。
ヤバ…………。
なんで?
なんでチラッと思い出しただけで、こんな顔が熱いの??どうして?
凄くない?あの、金色。
ここに、居ないのに。
ああ、でも私の頭の中だから。
いる。
どこだろう?
そう言えば見てないけど…………。
そう、一つだけしっかりと解った事があるのだ。
「何の為に旅をしているのか」
勿論、家の為だし、みんなの為もある。
でも、私は大きな声で、言った筈だ。
「私は私の為に、旅をしている」と。
もっと人生楽しみたいし、「運命の恋」なんてしてみたい、そう思った。
いやいや。
顔の熱さが尋常じゃないよ…………。
両頬を手で挟み、少し自分を落ち着かせる。
「解るよ。その、気持ち。一番、欲しいもの。」
そう、解ってしまった。
彼女が未だ、森を彷徨う理由。
セフィラが何故、この世界を出て私の世界へ旅立ったのか。
それ程の、強い「想い」、人を突き動かすものの正体。
「フローレス先生の言ってた事は、当たってたってことだ………。」
一人、納得してその場に佇み呟いていた、私。
でもきっと、この空間の中であれば。
届いている筈なのだ、私の声は。
私の頭の中の人々は、意志を持ってそれぞれが動いていて私を見ると微笑み、また会話に戻ってゆく。
その自然な様子を嬉しく思い、みんなの様子を見渡しながら、一人歩く。
ふと、視線を正面に戻した時。
真っ直ぐ、少し先の正面にあの子が、いた。
白くて長い、ストレートの髪。
やはり前髪は長くて、瞳は確認できない。
私が初めに着ていたものと似た、ワンピース 。
服も、肌も、白くてその半袖から伸びた細くて白い手と、裸足の足。
あの子が。そうなのだろうか。
貴石の女性には全く見えないので、「そうだろう」とは思っていたけれど、自分でも半信半疑で、しかし真っ直ぐ進んだ。
正面に立ち、何となく手を、伸ばした。
握手のような、感じだ。
その、幽霊の様なまじないの様な、何とも現実感の無い彼女の存在を、確かめたかったのかも知れない。
スッと、手が上がる。
しかし私の期待とは裏腹に、彼女はその手を取らず自分の前髪を上げた。
やっぱり………。
その、瞳は金と青。
今の私より、少し濃い青が入っている。
しかしあの、森の中でチラリと見えたその顔は。
やはり、私にそっくりだった。
よく知らない人が見たら、私だと思うに違いない、という位は似ていると思う。
手を、取る気は無いのかな………。
この白い彼女の扱いに困った私。
でも、なんでか、分かんないけど。
多分、私は私の中にこの彼女をも持っていて。
(血が繋がっているから?)
きっとセフィラもどこかに、ある筈なんだ。
(出会ってはいないから、ここにはいないけど。)
そうして姫様も、まだ隅っこにいる。
(うん、どうやら大人しくしているみたい。)
その、細胞なのか、血なのか、想いなのかは、分からないけど。
「でも、やっぱり「想い」かなぁ。」
多分、どれも当たってもいて、外れてもいるのだろう。
今、一番に私が思う、繋がりと積み重ね、導かれてきた、その原因とは。
「還りたい、って事なんだよね……?」
その、白い彼女に向かってポツリと呟く。
私達の中に在って。
中枢であり、軸であり、芯であって積み重ねていく事で増して、「かたち」になるもの。
「発現」するもの。
「なにか」になるもの。
それはやっぱり、「想い」だ。
その想っていることの芯が「あるべき場所に還りたい」という事なのだろう。
では「想い」とは?
私は「想い」は「チカラ」になる、と思っているけど?
どうして?
どうして、なんだろうか。
目に、見えないそれが私たちの力になって、作用すること。
それを信じられる、いや信じているのは何故だ?
ふっと、場面が変わり自然の山や川、森の中の谷などが頭の中に浮かんでくる。
そう、人は自然と共に暮らしてきて。
しかし時に抗えないその激しさを畏怖し、崇めてきた。
そのうち「人」を崇めることも増え。
「自然」に、「人」に、祈り共に歩んできたんだ。
それが私達にとって何らかの影響を及ぼしていると、信じてきたからだ。
そう「信じて」。
私の生きる世界ではもうあまり信じられていない「神」とか「自然に祈ること」「祟りがある」とか、目に見えない、科学で証明できない事柄。
しかしきっと、それが信じられていた時間はとても、とても長くて。
むしろ「無い」とする時間の方がまだ短いだろう。
それに未だ「祟り」や「呪い」を恐れる人はいるだろうし、幽霊は私もいると思う。
自分が怖がりだからだけど。
それにそもそも、「見えない」「そこに無い」からと言って全てが「無いもの」「嘘」だと決めつけるのは横暴で無知だ。
結局「本当のことはわからない」のだから。
だから「ある」と思ったっていいし、「何を信じて」「どうするのか」は自分が決める事で自分しか、決められないのだ。
「だからだよね…………。」
多分、根拠なく私がいつも突っ走っている理由。
「こうしなきゃいけない」「こうしたい」「そんなの嫌だ」
色々なこと、窮屈かもしれない考え、我が儘かもしれない思いや行動も、全部。
多分、全部が繋がっていて、私は自分が自分の道を決められること、変えられることを知っているから。
「祈り」や「想い」が「チカラ」になって、私を助ける事を知っている。
それをすると気持ちが良くなって、私が元気になるからだ。
普段から何かに対して祈って、思って、自分が「どうしたいのか」解っていれば、自ずとそれが近づくそれと同じで。
一年に一度、神様に、神社に行ってちょっとお願いしてみたって。
そんなのはいい映画を見て次の日、日常に戻るのと同じで。
少しだけ遠くを見て「想い」を持ち、それに向かって、真っ直ぐ進む。
時に「願って」「祈って」気持ちを改め直したり再確認したりすること。
そうして「積み重ねて」いくこと。
『真摯に想うこと』
それに意味が無いなんて。
「思いたくないんだ。」
そう、それか。
信じているのも勿論だけど。
「私」が「思いたくない」んだ。
意味が無いって。
だって。
そんなの。
どんなに努力したって運命は決まってるとか。
お金が無いと、何もできないとか。
生まれた場所や時間で、人生が決まるとか。
「生きる」事に対して、「あたり」と「はずれ」があるなんて思いたくないんだ。
目の前の白い少女は既に手を下ろし、ただ私の正面に立っている。
もう、表情は見えない。
いつの間にか辺りは再び人々が騒めく灰色の空間に戻っていて、そこにはあの石柱が、出現していた。
なんにもないなんてこと、なかった。
沢山の人がいて。
本当は多分一つで、繋がってて。
私は今、ここグロッシュラーのこの石の上にいて。
まだ、分からない。
その、私が「この世界を変えたい」と思う、理由。
イストリアに納得してもらう、理由だ。
「割りに合わない」と言われた。
でも、待って?
「割りに合わない」って、なんだろう?
「割り」?って「見返り」って事だよね?
要る?見返り。要らないよね?うん。
それなら?納得してもらえる?
でも「どうして」が必要なのか………。
そうだ。
彼女はきっと私を心配して、言っている筈なんだ。ただ闇雲に反対しているわけではない。
「ねぇ。手を、取って?きっと、あなたと一緒なら解る。」
ここに、こうして、いて。
多分彼女と話さなきゃ、と思ったのならきっと、彼女が答えを持っていると、思った。
だから。
「大丈夫。」
そう言って、もう一度ズイと手を差し出したんだ。
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