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7の扉 グロッシュラー
私について 2
しおりを挟むパチンと外して、テーブルに置いた。
その様だけでも、充分異質な事が判るキラリと光るアキの輝き。
さっきよりもハッキリと差し込む光に照らされて、「こんなに綺麗だったっけ?」と私が思ってしまう程の、石だ。
これについても、訊かれてしまうだろうか。
何処から、入手したのか。
でも腕輪に関しては細かく訊かれていない。
だから、大丈夫…かな?
ドキドキしつつもそんな予想をして、斜め向かいの顔を見る。
しかし、予想に反してイストリアの目は、私に釘付けだった。
え。
ん?
どう、なんだろ、これ。
大きく見開かれている、瞳。
眉は瞳と共に上がっていて、口は固く結ばれている。水色のアーチを描く眉の毛並み、薄茶の瞳の中央は少し赤みがある茶だ。
神経質そうな細い鼻筋がウイントフークとよく似ている事に、今気が付く。
微動だにしないそのパーツを見て、急にイストリアが何か違うものにでもなったのかと不思議な気分になってしまった。
しかし吃驚しているとも少し違う、なんとも言えない表情だ。
どう声を掛けていいのか分からなかった私は、自分の三つ編みを弄びながらその瞳の変化を楽しんでいた。
ああ、段々落ちてきたみたいだね…そんなに?アレかなぁ?
でも確かにここに来てからはまた少し薄くなった気もしないでもないんだけど、銀ローブの所為かと思ってたわ…。
何もしてないんだけどな?
ああ、でもあの人が出てるからかも………それはあるよね、多分。
そうして自分の髪を確かめる。
ここは上から光が差しているのでどうしたって普通の室内よりは、色が飛んで見えるに違いない。
イストリアが動かないので、髪留めをつける事にした。
アキを手に取り、キラリと反射させる。
この美しい金褐色の石は、優しい光の中でも守りの波動を保っている様で、見ているだけでも安心できる。
それにくっ付いている箒星のしっぽの様なデザインが、ともすれば堅苦しく古びた印象のアキを私に合う様に中和して可愛く纏めている。
そのしっぽの部分の遊色を、光に当てようと顔を上げるとイストリアが動き出した事に気が付いた。
「大丈夫、ですか………?」
動いたけれども喋るわけでもないイストリアは相変わらず私の事を見つめていて、その瞳になんだか既視感を覚える。
でも、当たり前だ。
だってイストリアはあの人の母親なのだから。
「まさか………長と比べたいとか実験したいとか思ってませんよね………?」
そう、私が言った瞬間、やっと我に返った様なイストリア。
プルプル頭を振ってから、お茶を一口、飲んだ。
「何だか君と話していると、お茶を飲むのを忘れるな………。」
少し疲れた様子のイストリア。
どう、したのだろうか。
私の所為??
この、髪?確かに、今はここで見るとほぼ白いけど??本当はもうちょっと水色なの………。
でも確かに。
お茶を飲むのは忘れて冷めがちだよね、私達は。
それは、ある。
そうしてイストリアは、同意を示して頷く私を見ながら、しみじみと語り出した。
「いやしかし。これで謎が解けたよ。」
名探偵か、とツッコミたかったがそんな雰囲気ではない。
お茶のお代わりを貰いつつ、その真剣な瞳を見ていた。
何故かは分からないけれど、疲れている様でいて清々しさもある色を映していたからだ。
「いや、ね?君が「青の少女」だろう、というのはかなり早い段階で私の中ではあったんだ。あの子の家に頻繁に出入りする青色の少女。あれよあれよという間に何故かシャットに行く事になって。ああ、この子はここにも来るだろうなと思って、いた。」
「それでね?以前ここへ来た時に。あの、祭祀で入り口が現れた話をしただろう?時代が、来たと。それが何故、判ったのかと言うと私が研究していた祭祀の事が大きい。青の本も全て、読んだ。それに、あの本も。今ね、パズルのピースがピタリと嵌ったんだよ。」
段々、興奮してきたイストリア。
「あの本」って、なんだろう?
「これ、私の予想だけれど多分これが真実だろうな。あの、恋文はここに繋がっていたか。ああ、感動だな!」
「恋文??」
「そうさ。長と、誰か貴石の娘の間に生まれたのがあの青の本の筆者だ。正式な妻ではない人の子供だから、ちょっと複雑なんだよ。でも正直昔の事過ぎて、確信が持てなかった。もう、長以外はみんな亡くなっているしね。でもこれで確実だろうな………。うん、そう、か。」
「あの、何が、確実なんですか?」
長が私の曾祖父なのは、分かるけどそれの事かな?
しかしイストリアから返ってきたのはまた質問だった。
「君の、その、まあ祖母になるのだろうね?その人はラピスに滞在していた事があるね?人形を作った事は?」
ドクンと心臓が跳ねた。
あれ。これは………内緒にしなきゃ、いけない部分の話。
だけど。
多分。
私に、深く関係のある話であるに違いないのは、判る。
どう、しようか。
気焔はいない。
朝も、いない。ベイルートもいないし、話してもいいかどうか、相談出来る人はここにいないのだ。
私が「姫様を探している事」をこの世界で知っている人は、未だ誰もいない。
えっ。これって?
ルールとか、あるんだっけ?
言っちゃ駄目って事は、言われてないけど「あの瞳」をされて………。
それってやっぱり駄目だって事だよね?
気焔………は危ない。なんか。色んな意味で。
でも、イストリアの話は聞きたい。
言ったら………、事件起こるかな??
どうだろう。
でも、もし取り返しのつかない事に、なったら。
それは、まずい。
それだけは、避けねばならない。
うーーーーーん?
「言っても、いいんじゃない?」
その時、突然聞こえてきたその言葉。
確実にみんなのうちの誰かな事は分かって、パッと腕を捲る。
「だって、セフィラが人形を作る事、それ自体は不思議じゃない。ラピスでは慣習でも、あるし。現にハーシェルの所にはベールがあったでしょう?」
そう言ったのは、藍だ。
「確かに、そうだけど………。」
まだ間抜けな私が見逃している事が、あるかもしれない。
いつだって、調子に乗るとミスをする私。
この世界でも中々の失敗をしてきているのだ。
しかも、今回の事は間違えてしまったら取り返しのつかない事になる可能性だって、ある。
どうなるのかは分からないけど、それはきっと私が自分で始末をつけられる範囲では無いであろう事だけは、判る。
私の不安を分かっているのだろう、藍が背中を押してくれる。
「この人を疑う理由は無いし、私が見ても大丈夫だから、大丈夫よ。それに。」
「依るがこれから進む為には、必要よ。」
それ以上は聞けなかった。
そのキッパリとした口調で藍がこれ以上言えないであろう事と、しかしそれが私にとって大切である事が分かったからだ。
私が石と話す様子を興味深く見つめていたイストリアはしかし、それについては何も言わずに私の返事を待っている。
それなら。
きちんと、話してきちんと、真っ直ぐ前に進めという事なのだろう。
そうして私は、話の続きを聞くために一つ、頷いた。
優しく細められたその瞳は了承の意を示して、続きが始まる。
その「イストリアの予想」として始まった話は、私にはほぼ事実の様に、聞こえた。
「多分、始まりは長と貴石の女性の恋だ。長は記録によると青の家に産まれた。この世界での、初めての金の瞳で。そう、今の君の様な瞳なのだろうね。私は、あの絵でしか知らないが。」
私はアキをまだ、手に持ったままだ。
イストリアは少し、楽しそうに私の瞳を見つめると続きを話し始める。
「そしてその金の瞳と彼の持つ黒の石のその組み合わせによって、金の家が作られたんだ。彼が初代だけどまだ存命でしかし正妻との間に、子は無い。だから貴石へ通ったと言われているが、私の研究ではあの二人は元々恋仲だったのではないかと、思っている。それが、あの「白の本」に関わってくる訳だけども。」
それって………。
アレ、の事だよね?
私の顔の疑問系に気が付いたイストリアはきちんと説明してくれる。まさか私があの本を見つけているとはきっと思っていないに違いない。
「「白の本」とは、私が勝手に呼んでいるだけだが。まあ青の本とお仲間だからね。あれは。そう、あれは親子の本なのだよ。あー、本当にスッキリした。」
いや、全然解らない。
何が、スッキリしたのだろうか。
「いやね?ごめんなさいね?………ちょっと、長年の謎が解けたからスッキリしたのと安堵したのと、結局はちゃんと幸せになってくれて最後に君が回収に来たと言う事なのだろうな………。凄くないか?これは。世紀の………発見?じゃ、ないな。なんだ?世紀の………まあ、恋なのか愛なのか。いや、愛とは。何なのだろうな。」
えっ。
ちょっと待って。余計、解らない。
「説明して下さい………もう、こんがらがってます。」
正直にギブアップを伝えて、早く答えを教えて欲しいと、乞う。
もう、無理。
気になる。
なに?どういう事?どうしてここに来てフローレスと話していた様な「恋とは」みたいな話に、なった訳??
もう、全っ然、わかんないんだけど????
そうして再び、イストリアの興奮冷めやらぬ話は始まったのだった。
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