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7の扉 グロッシュラー
私のこと
しおりを挟む「へっ?私、ですか?」
我ながら間抜けな返事が出たものである。
「そう、分かっている、というか知っている、と言うか。君の「中」には、あの人もいるだろう?」
改めて言われると。
なんだか隠したい様な気持ちになるけれど、イストリアはもう姫様に会っている。
それに、何の違和感もなく受け入れてくれたのだ。
その彼女が言う、「私のこと」とは。
何を、指しているのだろうか。
ゆっくりとお茶を飲みながら、少し考える風で再び口を開くイストリア。
私と同じ様に、自分の中で確認しながら訊いている、そんな感じだ。
「君はね。君自身が素直で真っ直ぐな子なのだろうが、少し大人過ぎるんだ。だから、本音を言えば私はあの時君がああなってあの人が出てきた事、嬉しかったけどね?ああして、嫌な事から逃げたり、休んだり、愚痴を言ったりというのは必要な事だ。バランスの取れた大人になるためにはね。まぁ私自身バランスの取れた大人と言うものは、どんなものかとも思っているが。」
「ああ、君がそう言ってくれたのは嬉しかったよ。ありがとう。そう、在りたいとは思っている。しかしね。」
カチリとカップを置くイストリア。
そうして一息吐くと腕組みをして、深く腰掛けた。
「大抵何処かでバランスを崩すのだよ。「私の場合」はそれはここに居る事だと思っている。自分の事を優先するのは悪いことでは無いと思っているけど、あの子に対して後悔が無い訳じゃあ、無いからね。」
「…………。」
「でも君の場合。「あの人」がいたから、大人びているのかとも思ったが、「あれ」はそんなものでは無さそうだ。私達、人の理や常識、手順や方法など気にも留めないだろうな。だから。」
「多分、君の中にはまだ何かあるんじゃないかと思ったんだけどね?いや、分からないけど。」
「……………私の、中。」
「そう。まぁ、そんなの分からないかも知れない。自分の事って、一番見えないからね。君の思う君と、周りが思う君も。違うだろうし、同じ所もある。」
「しかし君が子供達の事を考え、「私に」教師役を頼む、それも君自身がそれを考え君が、頼みに来る。普通はね?15程度の子供が考えるような事ではないよ。それとも君の世界では、それは当然の事なのか。分からないけど、だからこそ君の中に何かがあるのではないかと、思ってしまったんだ。そもそも君自身が不思議に満ちているしね?」
「しかしきっと、それはこれからの君を助けるだろうしデヴァイへ行くとなると事態はもっと複雑に、なる。君の中には「何」があって「どう」なっているのか。それが判れば。これからの指針にはなるかも知れない。」
その、イストリアの言葉を聞いて。
私の頭の中はぐるぐると急回転して、いた。
私の中の、私?
あの人以外の?
「誰」か、いるって事?
それとも何か、ある??
無意識のうちに自分を抱えていたらしい。
ギュッと掴んだ二の腕の感覚で、我に返る。
「大丈夫。怖がる事は何も無いよ。」
その言葉を聞いて、自分が怖がっていた事が、分かる。
不安な顔をしているのだろう、イストリアは私を見てこう続けた。
「君は少し特別で、「あの人」がもう中にいるからね。少し不安も、怖さもあるだろう。でも、人はね。どっかしらみんなおかしくて、変わっていて、自分の知らない自分がいるものだ。特段おかしな事では無いよ。私は君を見ていて、何故「あの人」が君に入っているのかは、とても良く、分かるよ。」
「考えてごらん?普段の君と、知らない事なのに知っている気がする、自然とそうしてしまうような時の、君。別に、「あの人」の様に別の人が入っている訳では無いと思う。これまで出会った人、もの、こと、取り巻く世界、沢山の事が影響して判断している筈なんだ。どうして、子供達を助けるのか。ネイアに石を配るのか。どうして、君が。光を、降らせたのか。」
「救いたいと、手助けしたいと、思うのは何故だと思う?君はこの世界に関係の無い子だ。放っておいてもいいし、至極面倒なこの事態を放っておけない理由はなんだ?君が、お節介なだけか?それにしたって、割りに合わない。そう、割りに合わなすぎるんだ。これからの事は君の身すら、危険に晒す。」
「大義名分がなければいけない、という事では、無いのだが。」
少し、曇ったその瞳。
「貴石にも、行くのだろう?あそこはそれが無ければ。あまり、お勧めしたく無いのだが。」
「大義名分…………。」
「と、いうか、ね。君の、その真っ直ぐさと正義感だけならば。辞めておいた方が、いい。」
そう、はっきりと言ったイストリア。
賛成してくれると思っていた、イストリアが。
反対、しているのだ。
私の頭の中はごちゃごちゃで、ぐるぐるもしていて、頭はぎゅうぎゅうだけれど身体は指先から、恐ろしく冷えていた。
静かな中二階は天窓の明かりがスワッグに遮られて、少しぼんやりとした空間に感じられる。
さっき迄の楽しい空間とは違い、くぐもった様に感じる自分の呼吸。
その、ぼんやりが「私」の頭の中なのか、現実を知りたくない無意識の私の「中」なのか。
分からない。
頭の中も固まりいつものぐるぐるも、していない。
それすら、止まってしまったのだ。
何も考えられない。
どのくらい、止まっていただろうか。
でも、駄目だ。
私はここで、諦めるわけにはいかない。
それだけは、分かる。
訊かなきゃ、どうして、なのか。
胸が重い。
身体が固くて、動かないし涙も出ない。
しかし、自然と顔が上がって薄茶の瞳と目が合った。
それを見た、その瞬間ふわりと宿る、感覚。
ああ、大丈夫だ。
少しだけ胸の中が溶ける。
その目が、私の事を心配しているのが解ったからだ。
自然と口が開いた。
「何故ですか。理由を、教えて下さい。」
「そうだね。まぁ、少し、気分を変えようか。」
そう言ってイストリアは立ち上がり、お茶の葉を変え始めた。
少しずつ色が判って、この中二階にはまだドライにする前のハーブや花達が沢山下がっているのが目に入ってきた。
どうやら私は少し、浮かれていたのだろう。
ここに来ること、イストリアに相談できること。
きっと自由に話せてスッキリする、何か素敵なアドバイスが貰えるだろう、そう思って浮かれていたんだ。
今ならそれが、よく、解る。
新しく淹れてくれたハーブティーはすっきりとした紅で甘酸っぱい香りが強い。
その注がれる紅を見ながら、私は不思議と静かな気持ちだった。
さっき迄は、混乱していたけど。
でも、多分。
私が心配に思っていた、その貴石の重たい部分。
「私には解らないかも」と少し恐れていたその未経験のこと。
解らない私が行っても逆効果かも知れないということ。
でもやるしかないという気持ち、その気持ちだけで進めるのか、進んでいいのか、という不安。
多分、それなんだと思う。
闇雲に突っ込んで行っていい場所じゃないし、相手があることだ。
私が傷付くとか、結局何も出来ない、とかそんな事じゃなくて。
多分、貴石にも迷惑がかかって、それが各方向にも影響して。
「そう、なんだよね………。ホント、私って…。」
「アホ…………。いや、馬鹿?」
クスクスと笑う声が聞こえてくる。
いつの間にか下に行っていたらしいイストリアが階段を上がってきた。
その、手に持っていたものをテーブルにトントンと置いていく。
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「持って行くといい。代金だ。」
「え?何のですか??」
ん?私が払う方だよね??
そんな私の顔を見てニヤッと笑うとイストリアは腰掛けながら、こう言った。
「これから、君がやるであろう「こと」の代金だよ。私の店のものは半永久的に無料にしよう。さあ、始めようか。」
そう言ってお茶を飲み始めたイストリア。
私は、これから始まる話を聞く準備をする為にテーブルの上のそれらを眺めて、いた。
きっと私の気分を上げる為に、今持って来てくれたのだと分かっていたからだ。
そうして「私のこと」を考え、貴石へ行ける様にする、相談が始まった。
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