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7の扉 グロッシュラー
お昼ごはん
しおりを挟むずっと、まじない空間にいたからなのか食堂の騒めきが耳に新鮮に感じられる。
珍しい組み合わせの四人で食堂にやって来た私達は、いつもの様に奥の席に陣取っていた。
とは言っても「ちょっと、来い。」と気焔が言い、私とトリルの事を置いて二人は食事を取りに行ってしまった。
もしかしたら秘密の話でもあるのだろうと、そう気にしていない私は何故かウキウキして食堂の様子を見渡していた。
「ヨル、流石に目立ちますよ?」
「大丈夫………多分。」
そう、この前アリススプリングスが帰った、と聞いてから「ブラッドフォードも帰りましたよ。」とラガシュが言っていたのを聞いたのだ。
あの二人がいないという事は、かなり今迄の日常に近い生活が送れるに違いない。
そう、目下私にとって影響がある部分が食事中の視線だったから。
礼拝も二階に行く様にしたし、基本的に図書室か造船所でしか動いていない私。
でも結局そうすると、普段姿を見せるのが食堂のみ、という事になる。
結局アラルエティーがいたとしても、私が銀ローブの女子なのは同じなのだ。
やはり見られる事が多い事に、変わりはない。
それが何故だかあの二人がいる間は顕著だった。
ラガシュが言うには。
「あの二人はヨルを見に来たのだと、みんな知っているからですよ。」
と、言う事なのだが。
ていうか?
何で?
婚約者、いるし??
気焔がいても「あの二人」と、どうこうなる事があり得るからみんな興味があるって事??
そんなの、あり??
それに、あの二人だって。
わざわざ、「見にくる」ようなものなの??
デヴァイの常識、ワカラナイ。
そう思って落ち着きのない食事時間を我慢して過ごしていたのだ。
そうして今日。
「やっぱり。結構、違う。」
危うく「ウフフ」まで言いそうだったけれど、慌てて飲み込んだ。
そんな私達に近づく人影が見えたからだ。
あの、赤いローブは…………。
「お久しぶりです。変わりは、ありませんか?」
中々の早足で近づいて来たセレベスはそう言ってペコリとお辞儀をする。
隣にいるのはエンリルだ。
彼に会うのも久しぶりだが、赤ローブなので勿論親戚なのだろう。
「久しぶり。」
そう言って笑う彼も、セレベスも何か言いたそうだ。
しかしすぐに、彼らが早足でやって来た理由を知る事にはなったのだけれど。
「何してる。」
あ。
ピリリとした声。
ヤバいヤバい、そんな声じゃなくても大丈夫だよぉぉ………。
そう思っている私の事など、知ってはいるのだろうがお構いなしの気焔は、すぐに私の視界を遮った。
持って来た私の分と自分のトレーをテーブルに置き、私達の間に立ったのだ。
いやいや、大丈夫?
感じ悪く、なっちゃわない?
チラリと隣のトリルを見たけれど多分自分の分を求めてラガシュを探しているのだろう。
こっちの事などお構い無しだ。
逆にそれを見て何だか安心してしまった私は、とりあえず青い背中をじっと見ていた。
うん、それしか見えないとも言うけれど。
しかし話し声は聞こえない。
珍しいな?
エンリルなんかは、気焔でも関係無く喋りそうだけど?
いや、まさか………。
少し金色の様子が心配になった私は、立ち上がり気焔の様子を確認する。
「うん、大丈夫、だね………。」
未だ真っ直ぐ赤ローブを見ている彼の瞳を確認すべく、頬に手を当てこちらを向かせた。
うん、オッケー異常無し。
「失礼しました。」
そう言って二人に微笑むと、そのまま椅子に戻る。
「やりますね………。」
「え?」
トリルがコソコソ私に耳打ちしてくる内容が解らなくて、聞き返していると何かを呟いてあの二人が去って行くのが見えた。
とりあえず、揉め事にならなくてよかったぁ………。
「いやぁ、これからはその手でいきましょう。」
何だか楽しそうな声と「カチャン」とトレーの置く音。
そうして全員の分が揃った食事。
揶揄う様な瞳のラガシュは「さ、食べましょう。」と勧めながら、自分は楽しげに話し始めたのだった。
「わざと、黙っていたのですか?」
「そんな事はない。あの二人が何も言わなかっただけだ。」
そんな会話が目の前で繰り広げられていて、トリルはたまに私の様子を伺っている。
私は気焔とラガシュ、トリルの青ローブに囲まれてるなぁなんて思いながら、今日も美味しい昼食に舌鼓を打っていた。
そうして、少し。
視線を感じて隣を見ると、何かに諦めた顔をして小さな溜息を吐いたトリルはライスボールを突いている私に、小声でこう言った。
「何か、あったんですか?」
「ん?何が?」
「いえ。なんだか、以前より親密度が増してないかと思いまして。なんとなくですけど。」
「え?!」
「「シッ!」」
私の声に、男二人がくるりと向いて注意する。
口を押さえて無言で頷く私を確認すると、また二人は会話に戻って行ったけど。
良かった、この話は聴かれると何だか気まずい。
でも、気焔はきっと解っているんだろうけど。
少し、深呼吸して目だけで周囲を確認した。
多分、大丈夫。
二人が再び話し始めた所を見ても、大丈夫だと判断したのだろう、そのまま祭祀の詳細を詰めている様だ。
私は少し、トリルの方に椅子を寄せると小さな声で話を聞く。
トリルが興味深い話を始めたからだ。
「で、何が?どう、アレなの?」
「いや、仲がいいのは良い事です。それでも噂を払拭するには至らなかった様ですが。」
「噂?」
「そうです。元々、アリススプリングスがヨルを見に来てるんじゃないかとは、みんな思っていたと思うんですけど。」
「うん。」
「ブラッドフォードも来たじゃないですか。そもそも二人も来ないんですよ、いつもは。銀からは、誰か一人が通例です。で、二人が見に来て。しかも暫く滞在して。その間、色々まぁ図書室とかで話を聞かれた人もいたんです。まあ、ただいるだけでは無いと思ってましたけど。そもそもあの人達に訊かれて、断れる人はいませんからね。」
「………?でも、そんな訊く様な事、ある??」
全く、心当たりが無い。
気焔だって、いるし………?
「いや、婚約者と言っても青ですからね。だからかどうなのか、私達にはほぼ接触してきていません。他の家だけです。彼の評判や、他にヨルへちょっかい出している人がいないかは、訊いていた様ですよ。まぁ、表立って行ったのはシュマルカルデンのみですからね。彼が諦めたのかどうかは、知りませんけど。」
えっ?
そうなの??
てっきり、あの後何も無いのでもうその話は終わったものだと思っていた私。
でも…………?
「でも、何で私ばっかり?アラルエティーは??折角来たのに…………。」
うん?
言い方おかしいな?
私が一人まごまごしていると、トリルから残念なお知らせが来た。
「あの人は。多分、近過ぎるんだと思いますよ?アリススプリングスには。ブラッドフォードには、良いかもしれませんけど。婚約者いないんですかね?私は興味ないので知らないですけど…………。」
チラリと視線をラガシュに移したトリルは、器用にパンに野菜を挟んでいる。
「これ、入れたら美味しいよ。」
ハムに似た薄くスライスされた肉を、トリルの皿に移しつつ最後の一つのライスボールに、ナイフを入れる。
「今日はお肉。」とウキウキしながら口に運ぼうとすると、再び残念なお知らせが今度はラガシュから齎された。
「以前、言いませんでしたっけ?ヨルが手に入るなら、誰と婚約していようとも破棄する事は容易いですよ。しかし思ったよりもアッサリ、帰ったのが気になるんですよね…。」
「確かにそれはありますね。でも、アレの所為じゃありませんか?打診があったのでしょう?」
「そうなんですよ。いいんだか、悪いんだか。まあ、僕は出して貰おうと思っていましたから、どちらかと言えば助かったのかな?反対している人もいましたしね。」
その、「出す」という言葉を聞いて扉の事だと分かった内容。
反対しているというのは、ミストラスの事だろう。もしかしたら、気焔もかもしれないけど。
それにしても聞いては、いたけれど。
デヴァイから打診があったって、どういう事なんだろうか。
だってアラルエティーが………まぁその辺は暗黙の了解的な?
それって「ヨルが出したのは知っているから次も出せ」って言われてるって事だよね?
そんなの、アリ??
彼女はそれを聞いて、どう思っただろうか。
しかも、好きな人から。直接かは、分からないけど彼がそう言ったであろう事は容易に推測出来る。
なんか…………。
私にこんな事思われるの嫌かもしれないけど、流石に居た堪れない気分だよ。
一回、ちゃんと話してみたいけど、話が通じるだろうか………?
恋話は全世界共通だとは、思うんだけどな………?
エローラさーん!!
「依る。」
ぐるぐるして手が止まっている私に、少し硬い声が聞こえた。
ハッとして「ごめん。」と食べ始めたのだけれど、どうやら彼の言いたい事は少し違った様だ。
その横の、ラガシュの様子を見ても、判る。
周囲を警戒している灰色の瞳を見て「ここ食堂だよね?」と思わなくもなかったが、きっと理由があるのだろう。
辺りをキョロキョロしないように気を付けて、大人しく食べる事に集中した。
とりあえず急いで食べ終わり、ラガシュが手早く全員分のトレーを片付けに行った。
私達は気焔の背後に隠れる様にして、出口へ歩く。勿論、トリルにヒソヒソと理由を訊きながらだ。
「どうしたの?」
「いや、多分周りに人が集まって来ていたので。それでじゃないですかね?」
「ふぅん?」
人が集まる?それだけ??
あの二人の様子を見ていると、もっと切羽詰まった感じがしたんだけどな?
気焔はそのまま入り口で待たずに、スタスタと深緑の廊下を進んでいる。
きっと安全な所まで行かないと教えてくれないだろうと思い、そのまま青ローブについて行く。
途中で追いついて来たラガシュと一緒に、とりあえずは図書室奥のあの小ぢんまりした空間に到着した。
そのスペースを一瞥すると「では、またですねヨル。」とトリルは本棚に紛れて行く。
私はそれを見送りつつも「何だかややこしい話になりそうだなぁ」と心の準備をするのであった。
うん。
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