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7の扉 グロッシュラー
ラガシュとミストラス
しおりを挟む灰青の館へ向かった私達は、階段を上っていた。
廊下よりも薄い絨毯をサクサクと踏み、上がって行く。
三階へ行くのは久しぶりだ。
多分、あのミストラスに急にお茶に呼ばれて以来。
再び同じ部屋へ行くのだけれど、あの時はそうキョロキョロする余裕がなかった私は新鮮な気持ちで三階を楽しんでいた。
一番初めに到着した時の、暗い廊下の様子。
シンプルだけどきちんとした壁の装飾と厚みのある絨毯、窓からの光が届かない場所にはきちんとまじないの灯りが点る廊下。
少しの懐かしさと共に、ふと思い出した事がある。
ハーシェルのローブだ。
結局…………。
赤いローブがまた脳裏に過ぎる。
あの二人はどういう立ち位置なのだろうか。クテシフォンが警戒している以上、近づかない方がいいのは分かる。
「でもな………。」
ハーシェルのローブ。
それだけは、返して欲しいのだけど。
「失礼します。」
そうこうしているうちに、ラガシュが部屋の扉を叩いていた。
ウェストファリアに許可は取ったとはいえ、ミストラスは部屋にいるのだろうか。
「カチリ」と音がして、開いた扉からは以前と同じ灰ローブの男性が顔を覗かせる。
少しの隙間からラガシュと背後にいる私達を確認すると「お待ち下さい。」と一度扉は閉じられた。
「ここに来るのはミストラスさんには伝えてるんですか?」
「ああ、一応言付けはしてあるので在室しているとは思いますよ。支度をしているのでしょう。」
それは、あの選べるお茶の事だろうか。
急にソワソワし出した私の手をグッと引く気焔。
分かってる、我が儘言わずにみんなが選んだ茶葉にするから!
見上げて「パチン」とウインクしておいたけど、余計に不安そうなのは何故だろうか。
「お待たせ致しました。」
しかし再び扉が開いた事で私の意識はすぐに、あのミストラスに合う渋い銀の部屋に移っていたのだけど。
「今日はやはり青かな。」
私の顔を見ながら少し楽しそうにそう言うミストラス。
侍従の男性はお茶の支度だけをすると、隣の部屋へ下がっている。多分、この前と同じくそう指示してあったのだろう。
私達へお茶を振る舞うためにミストラスはいそいそと支度をしている。
意外にもラガシュは本棚の前で腕組みをし、端から端まで眺めているし、それを咎めるでもないミストラス。
この二人はどういった関係なのだろうか。
私的には、青ローブがこの部屋に来たらかしこまらなきゃいけないと思ってたんだけど??
しかしミストラスの本棚が気になる気持ちはよーく分かるし、本人が気にしていない様子なので私は目の前のお茶に集中する事にした。
ミストラスが「青」と言っているのは、二人が青ローブだからだろう。
私の隣でミストラスを凝視する気焔の事も、特に気にする様子はない。
もしかしたら、祭祀の時の様子と婚約の事を知っているなら、これが普通だと思っているのかもしれないけど。
そんな事をつらつら考えながら、銀灰の壁と落ち着いた黒のモールディングを伝って渋茶の棚を観察する。
あれは確か食事の鐘が入っている引き出し…。
あの取手もいい細工だなぁ。しかも一個一個、違うんだけど!ちょっと後で近くで見たいな、アレは…。
若い、葉の香りが漂ってきてハッと気が付いた。
なんて事…。
お茶を入れる様子を見ようと思っていたのに、部屋に気を取られてすっかり忘れていた。
ミストラスは絶妙なタイミングでお湯を注ぎ、そして茶葉を取り出すのだ。
それに、こんなにお茶の種類があるのは多分、この部屋くらいだろう。パミールの部屋も何種類かあるけれど、前回とはお茶の銘柄が違う事に気が付いていた私。
そう、前回は五種類あった茶葉だが今日は三種類。袋が違うので銘柄が異なる事が判る。
青と緑と黒に近い紺があり、その中から青を選んだミストラス。
色にぴったりな若い、葉の香りが爽やかだ。
お茶の香りが届いたのか、ラガシュが席へ戻ってきた。
装飾が素敵な四角いテーブル。
私と気焔が隣で向かい側にミストラスとラガシュが座っている。
前回灰色だった茶器は、春を意識してか白地に薄い青の模様のものに変わっている。幾つ種類を持っているのか、とても気になるところだ。
取手と飲み口の緩やかなカーブを眺めながら、早速手に取り香りを楽しんだ。
何故だか男達は、お互い様子を見あっていたからだ。
まぁ、私は熱いうちにいただきますけどね…。
香りを楽しみ、そのまま口を付ける。
チラリと目線を上げて見ても、まだ三人はお互い様子を見ているのだろうか、誰も口を開かなかった。
しかし、険悪な雰囲気という訳でもないので放っておいてお茶を楽しんでいる、という形である。
さて、これからどうしようか。
みんなが話さないなら、私も部屋を見たいんだけど………?
「まず、どちらを主に立てるかなんですが。」
始めに口を開いたのはラガシュだった。
「ミストラスはどう考えていますか?やはり、あちらを?」
「私自身は。ヨルに、やってもらおうと思っていました。舞も、そのままで力が沢山降りるに越した事は、ないですし。しかし。」
一旦言葉を切ったミストラス。私の方を見ながら続きを話し始める。
「アリススプリングスがアラルエティーにやらせろと言ってきた。多分、断れないでしょう。一旦報告しにデヴァイへ帰っている筈です。また来る、とは言っていましたが。」
あの人がデヴァイへ帰ったなんて、初耳だ。
でも確かに最近見ないとは、思ってた。アラルエティー、寂しがってそうだな………。
しかしそんな私の呑気な考えとは全く逆の方向に、話は進み出した。
そう、そもそもよく分からない問題を二人が真剣に話し始めたのだ。
結局、歴史をきちんと勉強する時間の無かった私にとっては、余計にちんぷんかんぷんになる、その話を。
「あなたは、どうしたいんです?」
「私はヨルに舞ってもらいたいが?その方が効率もいい。しかし、扉を出すのには反対だ。」
「何故です?あれが出た方が力は降りるでしょう。」
「………。「何に祈るのか」。それが崩れると困るのは世界の方だろう。」
「まあ、そうかもしれませんが。しかしあれが見える者はそう多くない。それに僕たちはあれがなんなのか、確かめる必要がある。」
「どうやって確かめる?前回あの状態だったのだぞ?」
「対策すればいけますよ、多分。」
えっ。
ちょっと、こっち見ないで??
ラガシュの視線に、ミストラスもこちらを見る。
お陰で、とばっちりがこっちに来た。
「ヨル。ヨルは、どうですか?何にせよ、祈るのはあなただ。…………そうだな、二人でやる、か。」
二人?
アラルエティーと、って事?
それはそれで面白そうだけど。
チラリと隣の金色を確認する。
しかし、意外にも目を閉じ腕を組んでいる気焔。
寝ては、ない、よね??
でも多分。
金色の瞳が見られない様にしているのだ思うけど。
ラガシュは私達の様子を楽しそうに見ながら、「二人で祈る」のには乗り気の姿勢を示した。
なんだか他意がありそうな気は、するんだけど。
「確かに二人だと先方も駄目とは言わないでしょうね。逆にヨルの事も見られるから歓迎するんじゃないですか?もし何かあってもあちらの所為にしておけばいいですし。」
「そうです。それはいいが、扉を出すのは危険だ。一度だけなら、まぐれもありえます。次も出せば、そもそもヨルが余計に狙われますよ?確認に出させる様なものです。」
「しかし、結局あれは避けては通れないもの。それならデヴァイからの干渉がないうちに明確にしておくべきです。」
「明確にしてどうする?あれが、神だと言うのですか?全員に?私達が今迄祈っていたものが、虚像だとでも?」
ああ、これだ。
ミストラスの、心配事。
以前、この部屋で聞いた彼のややこしいながらも私が受け取った、メッセージとは。
確か「長のために祈らないと世界が存続できない」、そう言っていた筈だ。
だから、ミストラス的には再び扉が出て「あれこそが神」という状態になるのを避けたいのだ。
確かに、あれを見て「神以外のもの」を想像する方が難しいと思う。
それに、今迄祈っていたものが「偽物」だったとみんなが思ってしまったら。
どう、なるのかは想像したくない。
でも、私は不思議に思っている事がある。
それはラガシュが「扉を出したい」と譲らない事。
あれを出す事が危険に繋がる事は、彼だって分かっている筈だ。
いつもならば、私に危険が及ぶ様な事は反対するだろう。
その、彼が扉を出したい、理由。
なんだろうな………?
ここで訊いても、教えてくれないかな?
私がぐるぐるしている間にも、二人の話は続いていく。
気焔は相変わらず瞳を閉じたままだ。
それに、なんだか。
二人の話が、微妙に噛み合ってない気がするんだけど………?
「実際。そうなんだから、仕方がないでしょう。いつまでもそうしている訳には、いかないんだ。僕たちには、時間が無い。」
「あなた………。そうですか。青の家は昔から、そうだ。何かを隠しているし、自分達だけ解っていればいい様なフリをして、一体何をしているのです?しかし長が世界を支えているのは紛れもない、事実だ。」
「だから。それが間違ってるんですよ。そもそも、本来世界は一人の人間に支えられる様なものじゃ、ない。あり得ないでしょう?そんなの。」
「しかし。長の力は強大だ。それで………。」
「その「強大な力」を何をどうして手に入れて維持してるいると思ってるんですか。まさかタダで「そうなってる」と思う程、おめでたくはないでしょうに。」
「………。」
えっ。
なに?
何かが代償になってるって、事だよね??
隣を伺うと少しだけ瞳が開き、金色が見えまた閉じた。
えーーーー。
なになに?どうなってるの??
私、なんか部外者っぽくなってるけど、大丈夫???
祭祀の話をしに来たんじゃなかったっけ?
しかし間に入れる雰囲気でも、ない。
そうして少し、この場を投げ出したい私はしばらくテーブルの彫刻を観察する事にしたのだった。
うん。
この部屋、現実逃避に事欠かないからね。
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