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7の扉 グロッシュラー
春の祭祀について
しおりを挟む「ミストラスに、聞かなきゃならないでしょうね。」
そう言って祭祀の本を持ったまま、ぐるぐると周っているラガシュ。
本棚奥のネイアスペースは、今日も緩やかな光が入り本を読むには丁度いい塩梅だ。
眠くならなければ、だけど。
私は礼拝室を出た後、気焔に送られて再び図書室の奥に座っていた。
ラガシュがいるので、気焔はまたどこかへ行ってしまった。朝は足元でまた丸くなっているけれど。
勿論、トリルも一緒だ。
ここの所、トリルの定位置もここらしい。会いたい時に探す手間が省けて、以前よりも楽かも知れないと思った私。
以前はセイアの一人掛けの机にいる事が多かったが、やはりここよりは人が多いのでその時々で場所が違ったからだ。
ぐるぐる周っているラガシュは放っておいて、トリルと春の祭祀のページを追っていく。
「ヨルの祝詞解釈は特殊ですもんね?意訳で伝えときますんで、この原文と照らし合わせていい様にまたやって下さい。」
そう言った後、首を傾げるトリル。
なんだか可愛くてクスクスと笑っているとラガシュが戻ってきた。
「やはり、そう思います?」
「です、ね?」
謎の会話を始めた二人を今度は私がキョトンとして見る番だ。
一体何が、「そう」なのだろうか。
「いや、ヨルが解釈して祈って、舞ったから、「ああ」なったんですよね?春の祭祀は、あの子が舞うなら。」
「そうならない可能性が高いという事だな。」
「そう」?「どう」??
余計「???」状態の私に、独り言の様に説明していくトリル。
きっと口に出しつつ、考えているのだろう。
「いや、アラルエティーが祈るのは、いいんですけど。それで多分ヨルは「どっちが祈ってもいい」とか言って、どこでもきっと祈れば光は降るんだろうけど…問題は。」
チロリと視線が送られてくる。
「何かしら、「こっち」から発せられているのがバレた時、です。」
「御明察。しかし冬はヨル自身から光が降りた訳じゃない。空からだ。でもヨル自身も光ってたけれど。いやしかし、あれだけ派手だったものを抑えられるのか………。」
ああ、また周りだしたよ………。
そのラガシュの様子を見ながら、トリルの意訳を写していく。
間違えない様、気を付けつつも口は勿論動くのである。
「ねえ、結局春も冬みたいな感じなの?何か違う所って、ある??」
そもそも、何をするのかもよく分からない。
冬の祭祀の時に、春もあると知ったくらいだ。
行事予定を廊下にでも貼っておいてくれないだろうか。
若しくは食堂のメニューとかね…………。
ニヤニヤしつつも書き写していると、私の単語の合間を見ながらいいタイミングで説明を始めるトリル。
時々顔を上げながらその淡い茶の瞳を確認する。
トリルは祭祀の説明をしつつも、私の単語間違いまで指摘してくれるからだ。
ウイントフークかウェストファリアの秘書でもやったらいいんじゃないだろうか。
いや、ウイントフークには朝がいるからどちらかと言えばウェストファリアだな………。
私がそんな下らない事を考えている間にも、トリルは春の祭祀について説明をしてくれている。
「基本的にはやはり礼拝堂なんですよ。でも、冬の祭祀であれだけの力が降った。春も外でやらない理由が無いですよ。………強いて言うなら………。」
「ら?」
私が聞き返すと顎に手を当てたまま、またコテンと首を傾げてこう言った。
「雨が降ってるから濡れる事くらいですかね?」
「えっ!雨?もしかして、冬みたいに「雨が降ったらその時やる」みたいな感じなの??」
流石にそれは急すぎるんじゃないだろうか。
しかし、よく考えてみれば雪も雨も急に降ってくる事には違いないのだけれど。
「そうですね……。でも大体冬の祭祀と同じく、降る時期自体は決まってます。もう少し、先ですけどもう春にはなりますからね…早いものです。」
「ほんと、それは言える…………。」
なんだか二人でしみじみしてしまう。
本格的に寒くなる前にここ、グロッシュラーに来てまだ季節はそう巡ってはいない。
「でもそれにしては、色々あったよね…。」
「はい。楽しかったですけど?正直、春の祭祀も楽しみですよ?私としては、ヨルが大っぴらに祈ってくれた方が楽しめますけど。隠さなきゃいけないとなると、焦りの方が大きそうです。」
「間違いないな……………。」
まだぐるぐる周っているラガシュの相槌が何故だか入ってきた。
聞いてなかったと思うんだけと?
青いローブが視界の隅をずっと周っているので、少し煩くなってきた私はトリルに視線を戻し、窓の方を向く。
これで青ローブが視界から消えた。うん。
「春は、また同じように祈って力を貰うだけなの?」
「まぁ、そうですね。祝詞が少し、春っぽいですよ?やはり昔、豊かだった時の名残りなんでしょうか。冬よりは楽しいかもしれません。訳すのも。」
「そうなんだ……それは楽しみ!」
楽しみも勿論あるけれど、またあの作業をするかと思うとやや気が重い。
でも、冬の時やって感じた事。
それは、やはり「言葉」が違えば効果というか「結果」が違うのかもしれないという事。
もし少し違う解釈になってしまったら。
今迄と、全く違う結果になる事も、あるって事だよね………?
すると、いつの間にか私の隣に座っていたラガシュが開いたページを指しこう言った。
「一応、ミストラスには訊きますけど。もし、自由に祈っていい事になればいつもの様に訳をして下さい。もし変化なしを彼が望めば。」
「ヨルは「祈っているフリ」の方がいいかもしれない。多分彼も貴方には「祈って欲しい」と言うと思いますけどね?」
「やっぱり訳自体はやりましょう」とか言ってるけど。
キラキラした灰色の瞳に捕まらない様に、開かれている本の頁を覗き込む。
「これは祝詞です。春も外でやったら…雨の中………どうなりますかね?雨の中に光が降るなんて、冬よりも明るい中なのでどれだけ光が降るのか、雨粒がさぞ美し………」
「ヨルは?嫌ですか?また、真ん中で祈るのは。」
ラガシュの暴走を打ち切って、トリルが私に訊く。
勿論、私の望みだけで言えば、いつも通りなのだけど。
「ミストラスさんが。自由にやっていい、って言うのであれば。やりたいのは山々。でも、どうだろうね……?次は扉を出す予定は無いから、あんなに混乱しないと思うんだけど…。」
「「えっ!!」」
えっ?
何その、驚きは??
二人が同じ様に驚いたので、それに私が驚いてしまった。ラガシュの顔が、面白いけど。
「扉、出さないんですか?」
「だって。もう、子供達には「可能性の扉」は開いたし、またあれが出そうになっても困るから………?」
困る、よね??
何故二人が、何にガッカリしているのかよく分からないけれど、そうホイホイ出さない方がいい事は流石の私も、解る。
一応、止める立場なんじゃないの?とラガシュの顔を見ると、心底残念そうな顔をしていた。
なんなのだ、この人は。
「いや、正直。僕は予言と歴史を研究しているので、あの扉が何の扉なのか。気になるんですよね。(神の出てくる、扉なのか)。」
最後、とても小さな声で耳打ちされる。
多分、向かい側のトリルには内容がバレていると思うけど。
しかし確かに、それは私も気になっている。
でも、な…………。
それを確かめる為にまた扉を出して、そしてそれをまたシンと「あの人」に閉じてもらうのは。
「違うと、思うんだよね…………。」
向かい側のトリルは既に手元の本に吸い込まれている。
その様子を見つつ、考え事をしている私は隣のラガシュが自分を見ている事には、気が付いていた。
でも、敢えて見ない事に、したけれど。
絶対、「何が違うんです?」って訊いてくるもん。そっちは教えられないんだ。
しかしやはり、私にとっても「あの扉」が何だったのか、いや、可能性の扉ではあるのだけれど、あの「内側」に確かにいた、強大な「何か」とは。
このまま、分からないまま、進むべきなのか。
もう一度、扉を出し考えるべきなのか。
これって、シンに訊いた方がいいの?
あの人、普段何してるんだろう?
全然、姿見ないんだけど??
これもミストラスさんに訊いた方が早いのかな………?
だって探しても何か見つからなそうな気がする。
「扉。扉、かぁ…………。」
隣の煩い視線を感じながら、真剣に考える事にした。
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