透明の「扉」を開けて

美黎

文字の大きさ
上 下
277 / 1,700
7の扉 グロッシュラー

春の祭祀について

しおりを挟む

「ミストラスに、聞かなきゃならないでしょうね。」

そう言って祭祀の本を持ったまま、ぐるぐると周っているラガシュ。

本棚奥のネイアスペースは、今日も緩やかな光が入り本を読むには丁度いい塩梅だ。
眠くならなければ、だけど。


私は礼拝室を出た後、気焔に送られて再び図書室の奥に座っていた。
ラガシュがいるので、気焔はまたどこかへ行ってしまった。朝は足元でまた丸くなっているけれど。

勿論、トリルも一緒だ。
ここの所、トリルの定位置もここらしい。会いたい時に探す手間が省けて、以前よりも楽かも知れないと思った私。
以前はセイアの一人掛けの机にいる事が多かったが、やはりここよりは人が多いのでその時々で場所が違ったからだ。

ぐるぐる周っているラガシュは放っておいて、トリルと春の祭祀のページを追っていく。


「ヨルの祝詞解釈は特殊ですもんね?意訳で伝えときますんで、この原文と照らし合わせてまたやって下さい。」

そう言った後、首を傾げるトリル。
なんだか可愛くてクスクスと笑っているとラガシュが戻ってきた。

「やはり、思います?」

「です、ね?」

謎の会話を始めた二人を今度は私がキョトンとして見る番だ。
一体何が、「そう」なのだろうか。

「いや、解釈して祈って、舞ったから、「ああ」なったんですよね?春の祭祀は、あの子が舞うなら。」

ならない可能性が高いという事だな。」

「そう」?「どう」??

余計「???」状態の私に、独り言の様に説明していくトリル。
きっと口に出しつつ、考えているのだろう。

「いや、アラルエティーが祈るのは、いいんですけど。それで多分ヨルは「どっちが祈ってもいい」とか言って、どこでもきっと祈れば光は降るんだろうけど…問題は。」

チロリと視線が送られてくる。

「何かしら、「こっち」から発せられているのがバレた時、です。」

「御明察。しかし冬はヨル自身から光が降りた訳じゃない。空からだ。でもヨル自身も光ってたけれど。いやしかし、あれだけ派手だったものを抑えられるのか………。」

ああ、また周りだしたよ………。


そのラガシュの様子を見ながら、トリルの意訳を写していく。
間違えない様、気を付けつつも口は勿論動くのである。

「ねえ、結局春も冬みたいな感じなの?何か違う所って、ある??」

そもそも、何をするのかもよく分からない。
冬の祭祀の時に、春もあると知ったくらいだ。
行事予定を廊下にでも貼っておいてくれないだろうか。

若しくは食堂のメニューとかね…………。


ニヤニヤしつつも書き写していると、私の単語の合間を見ながらいいタイミングで説明を始めるトリル。
時々顔を上げながらその淡い茶の瞳を確認する。
トリルは祭祀の説明をしつつも、私の単語間違いまで指摘してくれるからだ。
ウイントフークかウェストファリアの秘書でもやったらいいんじゃないだろうか。

いや、ウイントフークには朝がいるからどちらかと言えばウェストファリアだな………。


私がそんな下らない事を考えている間にも、トリルは春の祭祀について説明をしてくれている。

「基本的にはやはり礼拝堂なんですよ。でも、冬の祭祀であれだけの力が降った。春も外でやらない理由が無いですよ。………強いて言うなら………。」

「ら?」

私が聞き返すと顎に手を当てたまま、またコテンと首を傾げてこう言った。

「雨が降ってるから濡れる事くらいですかね?」

「えっ!雨?もしかして、冬みたいに「雨が降ったらその時やる」みたいな感じなの??」

流石にそれは急すぎるんじゃないだろうか。

しかし、よく考えてみれば雪も雨も急に降ってくる事には違いないのだけれど。

「そうですね……。でも大体冬の祭祀と同じく、降る時期自体は決まってます。もう少し、先ですけどもう春にはなりますからね…早いものです。」

「ほんと、それは言える…………。」

なんだか二人でしみじみしてしまう。


本格的に寒くなる前にここ、グロッシュラーに来てまだ季節はそう巡ってはいない。

「でもそれにしては、色々あったよね…。」

「はい。楽しかったですけど?正直、春の祭祀も楽しみですよ?私としては、ヨルが大っぴらに祈ってくれた方が楽しめますけど。隠さなきゃいけないとなると、焦りの方が大きそうです。」

「間違いないな……………。」

まだぐるぐる周っているラガシュの相槌が何故だか入ってきた。
聞いてなかったと思うんだけと?

青いローブが視界の隅をずっと周っているので、少し煩くなってきた私はトリルに視線を戻し、窓の方を向く。
これで青ローブが視界から消えた。うん。


「春は、また同じように祈って力を貰うだけなの?」

「まぁ、そうですね。祝詞が少し、春っぽいですよ?やはり昔、豊かだった時の名残りなんでしょうか。冬よりは楽しいかもしれません。訳すのも。」

「そうなんだ……それは楽しみ!」

楽しみも勿論あるけれど、またあの作業をするかと思うとやや気が重い。

でも、冬の時やって感じた事。

それは、やはり「言葉」が違えば効果というか「結果」が違うのかもしれないという事。
もし少し違う解釈になってしまったら。

今迄と、全く違う結果になる事も、あるって事だよね………?


すると、いつの間にか私の隣に座っていたラガシュが開いたページを指しこう言った。

「一応、ミストラスには訊きますけど。もし、自由に祈っていい事になればいつもの様に訳をして下さい。もし変化なしを彼が望めば。」

「ヨルは「祈っているフリ」の方がいいかもしれない。多分彼も貴方には「祈って欲しい」と言うと思いますけどね?」

「やっぱり訳自体はやりましょう」とか言ってるけど。
キラキラした灰色の瞳に捕まらない様に、開かれている本の頁を覗き込む。

「これは祝詞です。春も外でやったら…雨の中………どうなりますかね?雨の中に光が降るなんて、冬よりも明るい中なのでどれだけ光が降るのか、雨粒がさぞ美し………」
「ヨルは?嫌ですか?また、真ん中で祈るのは。」

ラガシュの暴走を打ち切って、トリルが私に訊く。

勿論、私の望みだけで言えば、いつも通りなのだけど。

「ミストラスさんが。自由にやっていい、って言うのであれば。やりたいのは山々。でも、どうだろうね……?次は扉を出す予定は無いから、あんなに混乱しないと思うんだけど…。」

「「えっ!!」」

えっ?

何その、驚きは??

二人が同じ様に驚いたので、それに私が驚いてしまった。ラガシュの顔が、面白いけど。

「扉、出さないんですか?」

「だって。もう、子供達には「可能性の扉」は開いたし、またが出そうになっても困るから………?」

困る、よね??

何故二人が、何にガッカリしているのかよく分からないけれど、そうホイホイ出さない方がいい事は流石の私も、解る。

一応、止める立場なんじゃないの?とラガシュの顔を見ると、心底残念そうな顔をしていた。
なんなのだ、この人は。


「いや、正直。僕は予言と歴史を研究しているので、あの扉が扉なのか。気になるんですよね。(神の出てくる、扉なのか)。」

最後、とても小さな声で耳打ちされる。

多分、向かい側のトリルには内容がバレていると思うけど。


しかし確かに、それは私も気になっている。

でも、な…………。

を確かめる為にまた扉を出して、そしてそれをまたシンと「あの人」に閉じてもらうのは。

「違うと、思うんだよね…………。」


向かい側のトリルは既に手元の本に吸い込まれている。
その様子を見つつ、考え事をしている私は隣のラガシュが自分を見ている事には、気が付いていた。

でも、敢えて見ない事に、したけれど。

絶対、「何が違うんです?」って訊いてくるもん。は教えられないんだ。


しかしやはり、私にとっても「あの扉」が何だったのか、いや、可能性の扉ではあるのだけれど、あの「内側」に確かに、強大な「何か」とは。

このまま、分からないまま、進むべきなのか。

もう一度、扉を出し考えるべきなのか。


これって、シンに訊いた方がいいの?

あの人、普段何してるんだろう?
全然、姿見ないんだけど??
これもミストラスさんに訊いた方が早いのかな………?
だって探しても何か見つからなそうな気がする。


「扉。扉、かぁ…………。」

隣の煩い視線を感じながら、真剣に考える事にした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

皇帝はダメホストだった?!物の怪を巡る世界救済劇

ならる
ライト文芸
〇帝都最大の歓楽街に出没する、新皇帝そっくりの男――問い詰めると、その正体はかつて売上最低のダメホストだった。  山奥の里で育った羽漣。彼女の里は女しかおらず、羽漣が13歳になったある日、物の怪が湧き出る鬼門、そして世界の真実を聞かされることになる。一方、雷を操る異能の一族、雷光神社に生まれながらも、ある事件から家を飛び出した昴也。だが、新皇帝の背後に潜む陰謀と、それを追う少年との出会いが、彼を国家を揺るがす戦いへと引き込む――。  中世までは歴史が同じだったけれど、それ以降は武士と異能使いが共存する世界となって歴史がずれてしまい、物の怪がはびこるようになった日本、倭国での冒険譚。 ◯本小説は、部分的にOpen AI社によるツールであるChat GPTを使用して作成されています。 本小説は、OpenAI社による利用規約に遵守して作成されており、当該規約への違反行為はありません。 https://openai.com/ja-JP/policies/terms-of-use/ ◯本小説はカクヨムにも掲載予定ですが、主戦場はアルファポリスです。皆さんの応援が励みになります!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...