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7の扉 グロッシュラー
期限
しおりを挟む最近、漠然と思っていること。
それは、この扉での旅が終盤に近づいている、という事だ。
何となく、全体が見えてきて。
この扉での石、ハキももう私の手元にある。
いや、まだ分からない部分は勿論多いのだけれど、何しろここグロッシュラーは。
次の扉に関連している事柄が、多過ぎるのだ。
「デヴァイへ行かないと解らない」
その事実が私の中で徐々に大きくなってきて、それはもう確信でも、ある。
ただ、まだ行けない事も、判る。
「そう、「まだ」。「今」じゃないんだよ………。」
行かなければ解らない事も多いが、まだここでの私は走り出したばかりなのだ。
やっと周りが見える様になったか、というところ。まだ六分目か七分目くらい。
ただ、長く居過ぎるのもまずい。
これからやるべき事を精査して、優先順位を付けなければならないのだろう。
簡単には、出来なそうだけれど。
急に「カンカンカンカン」と言い出したヤカンに驚いて振り向き、思い出した。
久しぶりにゆっくりお茶を飲もうとしてヤカンを火にかけ、窓の外を見ていたら案の定すっかり忘れていたのだ。
「いやぁ、これ作ってもらって正解だよね………。」
火を止め、ポットの支度をしながらしみじみ思う。
考え事をすると、すぐ周りが見えなくなる。
もし、これが普通のヤカンならば既に噴きこぼれて大変な事になっていただろう。
「ウイントフークブレンドが久しぶりなんて、私忙し過ぎかも。」
サクサクと袋を振り、コロコロと茶葉が転がり落ちる。
拘りの適量を見極めると、袋を閉じすぐにお湯を注いだ。ダージリンの様な味がするけれど、固めてある所為か熱湯が向くからだ。
「しかし、セカンドフラッシュよりはスッキリしてファーストフラッシュよりはまろやかなんだよね………。」
いい、香りがしてきた。
それが感じられるという事は、まだ私は大丈夫。
ゆっくりとこの香り、味を楽しんで、また元気をチャージして。
「ちょっと一回、図書室だよね………。」
物事の整理もしたいし、何しろ研究も進んでない。
それに。
何となくだけど、「次に何かあるとしたら」それは春の祭祀の様な気がするのだ。
青い紋様が描かれたカップを眺め、季節の移り変わりを感じる。
時間は確実に流れていてあまり自然の無い、このグロッシュラーでも感じること。
暖かく、なっているのだ。
その時々の気分で選ぶカップだが、自分が気温や季節に影響される事は分かっている。
金や赤を選ぶ事が多い、冬。
しかしこの頃はやはり白か、青なのだ。
「ふぅーーん。」
飲み口の薄さを確かめながら、温かいうちにポットを空にする。
「どう、した?」
寝室から現れた彼は、私の声が聞こえていたのだろう、少し心配の色が見て取れるいつもの金の瞳。
そのまま窓際に立つ彼を見ながら「眼福」と思っている私を、心配している。
ある意味、正解。
「大丈夫、何でもないよ?今日は図書室行かなきゃなぁと、思って。」
半分納得した様な気焔は、そのまま窓の外に視線を移す。多分、このまま待つのだろう。
それを見た私も、茶器を片付け身支度をチェックする。
朝の礼拝が無いと、大分のんびり出来るのだ。
「じゃ、行きましょうか。」
丁度朝が出てきて、先に猫用扉を潜り私もローブを手に取る。
気焔が開けてくれた扉を出て、鍵をかけると「あ。」と忘れ物、いや忘れ虫?に気が付いた。
「朝?ベイルートさん、寝てた?」
既に階段を下ろうとしていた朝は「いなかったわよ」と言って下りていく。
「ふぅん?どこ行ったんだろ?」
また、何か調べてくれてるのかな??
そう思いつつも、鍵をポケットに入れながら急いで後を追った。
お腹、空いたしね!
「ねぇ、気分転換に寄って行って、いい?」
朝食後の深緑の館は、一日で一番、活気がある時間帯だ。
今から朝食へ行く者、食後に授業へ行く者、図書室から出てくるネイア、譲渡室へ寄って行くセイア。
ついでに用事を済まそうとする人から、ここへ目的があり来る人迄一番人が多い時間帯なのである。
そんな一階の騒めきを抜けて、階段を上りながら私が指したのは正面にあるシンプルな扉だ。
そう、ロウワと子供達用の礼拝室。
近頃図書室もそこそこ騒がしいので、一人静かに考え事をしたかった私は扉を見た瞬間「ここだ!」と思い出したのだ。
あの、静かな白い空間と小さなアーチのある礼拝室。
それに、ここならほぼ人が来る事は無い。
「あったよ、ゆっくり考えれる場所。」
本当は天空の門なんかも、場所としては最適だ。
しかし「あの木」が伸びてからは、誰かしらが見に来る事が多くて私は「あまり近づくな」と言われている。
階段を上り切ると、くるりと振り返って金の瞳を確認しようと探す。
「ん?」
「………待て。」
振り返るとそこにあったのは、青ローブではなく白ローブの魔法使いの姿だった。
いや、正確に言うと「気焔の肩に手を置いている疲れた白い魔法使い」だったけれど。
どうしたんだろうな…………??
「食堂から呼んでおったのだぞ?」
「すみません、全然気が付かなかったです………。」
ウェストファリアは食堂で見かけた私達を追いかけて来ていたらしい。
今日は特に人が多いと思っていたので、全く気が付かなかった。
私の意図を察した気焔が礼拝室へ私達を促し、今は三人で礼拝室の石を囲んでいるところ。
何故この形になったのか、私は自然と窓からの明かりに光る、この大きな石を見たかっただけなのだが、何故か二人もついて来たのだ。
「して?これが?」
やはり、ウェストファリアはこれが何かある、と思ったのだろう。
なんか、「なんでもないです」って言うの、悪いな………。
しかし、仕方が無いので正直に言う。
「いえ、私はただ「ここ」が考え事に丁度いいなぁと思いまして………深い意味は、ありません。」
「そうか。いや、図書室を探すより捕まえた方が早いかと思ってな?クテシフォンに赤ローブが接触してきた。私の所へ来い、と言ったらその後音沙汰は無いが一応知らせておく。以前もクテシフォンが「赤は怪しい」と言っておったからな。」
赤ローブはあの若者コンビだろう。
「あの、接触、って………?」
「いや、ハッキリとは言わなかったらしいがクテシフォンが新しい石を何処からか手に入れた事、それを知ったのだろう。「最近力が強くなったらしいな?」と確信的な口調だったとは、言っていた。気を付けておけ。」
最後の言葉は、気焔に向けて言ったウェストファリア。
それだけ伝えるともう用は済んだと、出て行こうとする背中を追いかけた。
「あの!」
「どうした?」
振り返るより早く、前に回り込んで青緑の瞳を捕らえる。
整理したい事、考える事のうちの一つに聞きたい事があったのだ。
本当は、本人に尋くのが一番いいとは思うけれど。そもそもの前提が、可能な事なのか、その質問を本人に尋いてもいいものかどうか。
その、判断がつかなかったから。
「あの、アドバイス下さい。」
そう言って見上げる私を、面白そうに見ている白い魔法使い。
そういえば禁書室の外で会うのは、久しぶりだ。
礼拝室と白い魔法使いの組み合わせに「ジャンル違い?」と可笑しな思いを抱きつつ、質問を引っ張り出す。
余計な事を考えてしまったので、少しまた頭の中で並べ直して口を開いた。
「子供達の、事なんですけど。文字を教えたいんです。できれば簡単な、計算なんかも。後は…何だろうな?地階以外の、常識?いや、常識は微妙…………。」
ポロリと出た言葉に、頷くウェストファリア。
多分私の言いたい事は解るのだろう。
「それで、先生が欲しくて。始めは、レナがどうかな?と思ったんですけど、あ?レナ知ってますか?あの、祭祀でレシフェと一緒に後始末をしてたと思うんですけど………。」
頷くウェストファリア。
「でも、レナは店もあるし…。一番適任なのはイストリアさんだと思うんですけど。どう、ですかね?頼んでも、いいと思いますか?内緒だけど…………。」
そう、私は前回イストリアの店に行った時「一番の適任者いた!」と閃いたのである。
しかし、イストリアは誰にも見つからないように、隠れているのだ。
しかも自分の好きな事を、する為に。
私がお願いする事で、迷惑にならないか、そもそも了承してくれた所で神殿には来れるのか。
問題は沢山ある気がするけれど、条件で考えるとすれば。
あの光を受け取り、これから新しい道を歩み出す子供達に勉強以外の事も、教えて欲しいと思うのは。
やはり、イストリアが適任なのだ。
「あんな人、いないんですよ………他に。」
いつの間にか視線は外れ、正面は白いローブの、ひだのみ。
ぐるぐるしながらブツブツ呟く私に、ウェストファリアはこう言った。
「まあ、いずれ光は当たろうぞ。いい、機会じゃと思うがな?頼む事、それは悪くはない。「お前さんから」という所が、また面白い。いいのではないか?」
あれ。
完っ全に面白がる方向。
意外にもウェストファリアは反対はせず、私に「お前さんが頼むから面白いんじゃ。」と言って逆に勧めて来たのだ。
「いつまでもあそこに閉じこもる訳には、いくまいて?あれ程のものが。私だってここへ居るのだ。そろそろ時間だ。お前さんが来たからな。」
また顔に出ていたのだろう、ウェストファリアはそのまま続ける。
「時間は、止める事は出来ない。これは、自然の流れじゃ。川の流れと、同じ。お前さんはここへ辿り着いて、風を起こし、その風を受け方々、動き始めた。停滞していた輪が、回り始めたのじゃ。巨大な、「輪」がな。あれ程の者、黙って置いておく訳にはいかん。世界を変える為には。一人でも多くの者が必要なのだ。」
優しく微笑む瞳は最後にこう、付け足した。
「狡いんじゃよ。散々今迄好きな事だけしてたのだから、引っ張り出してもバチは当たるまいよ。私の為にも、引っ張り出しておくれ?ああ、勉強には造船所を使うといい。その辺りはクテシフォンに頼むか………。」
そう言いながら、顎髭を撫で扉を開く。
「伝えておく」とニヤリとしてそのまま礼拝室を出て行った。
「大丈夫、かな…………。」
白い後ろ姿を見送り、嬉しさと心配が半々の私はそう、ポツリと呟いた。
「いいのでは、ないか?その方が、会い易かろう。」
そうか。
その件も、あったね?
何の事だか、ピンと来て自分がそれをすっかり忘れていた事にも気が付く。
くるりと振り返って、パッと飛び込んだ。
「すっかり、忘れてた!」
ウイントフークさん、来るかな?来ないかな?でも、シャットにも来たもんね??
「…………コラ。」
急にハイテンションで胸元にぐりぐりしている私を嗜める気焔。
イストリアと、ウイントフークの話は。
気焔にハッキリとは言っていない。
でも多分、私のダダ漏れ的な所から、出てたんだろうなぁ…………。
チラリと上を見上げると、金色の瞳が「どうした?」と応えてくれる。
それが何だかよく分からないけれど、無性に嬉しくなって、再び懐へ顔を埋めたのだった。
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