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7の扉 グロッシュラー
幻の魚
しおりを挟む多分、レシフェは私を待っていてくれたのかも、しれない。
子供達の騒めきの中、少しずつ落ち着いてきた私。
ハンカチの裏で少し、気持ちを落ち着けてもう涙は出ない事を再確認した。
待ってるよね…………?
チラリ、とハンカチから右目を出すとバッチリデービスと目が合う。
思わず、笑ってしまった。
「フフッ、フフ!」
「お?いいな?じゃあ、やるか。」
「やった!!」
「早く、早く!」
「凄いの?見せて?」
「どこにいるの??」
私が笑ったのが判ったレシフェは、子供達を制しながら半歩、下がる。
逆に少し下がっていたデービスがレシフェに近寄っていて、また笑いが込み上げてきた。
そうしてまた一頻り、笑っている間にもレシフェはポケットに手を入れて自分の石を出した。
あ。
あれだ。
レシフェはティラナを攫った時に、謎の空間を作ってそこにティラナを入れていた筈だ。
私が入っていないから詳しくは分からない。
けれど、普通に過ごせていたらしいのできっとレシフェは自分が自由に出来る空間を持っているのだろう。
なんか、ブラックホールも創れるし?
空間、みたいなのが得意なのかな?
しかしあの空間は人には、見えない。
案の定、子供達は「どこ?」「まだなの?」と言ってキョロキョロしていて、それもまた見ていて可愛い。
私は絶対、「それ」がもう水槽の上にあると思っていたので「そこであろう場所」の辺りをじっと、見つめていた。
再び雲が動いて光の道が揺らぎ、少しだけ空間のズレが判る。
あの辺だね………。
じっと、目を凝らすがまだ何も、見えない。
この前は「なんかあるな?」とは、思ったんだけどなぁ…。
レシフェは慎重に動かしているのだろう、子供達を相手にせず少しずつ石に力を込めているのが判る。
デービスと子供達は、水槽の周りをぐるぐる、回り始めてしまった。
「なんか、シュールだな………。」
天窓から柔らかく降り注ぐ光の中、橙の水がキラキラ揺蕩っていてその周りを子供達と大人一人が、楽しそうに回っているのだ。
何の行事だろうか。
「うーん。でも、そろそろ…。」
幻の魚、見たいんだけど。
あ、そうそういえば多分これ用意してくれたのグレフグ君だよね??
今度お礼、言わなきゃ………次いつ行けるかな………。
ん?
一人ぐるぐる楽しい想像をしていた、瞬間。
少しだけ、空間に違和感が走った。
来る。
アタリをつけていた水の上にじっと、目を凝らす。
「あ!」
私の声に、全員の動きが止まった。
その、声と同時に水槽の上の空間に亀裂が入り、
パリパリと一部が剥がれ落ちる様に橙へ落ちて行く。
その剥がれ落ちた光るカケラが鱗だと認識した時には、同時に魚も水槽へ飛び込んでいた。
橙の飛沫と共に泳ぎ出したその、虹色の鱗に歓声が上がる。
「キラキラ!」「凄!!」
「わあ!綺麗~!」
「いっぱい、いるね!」
「これは………。」
「凄いね。」
思い思いの子供達の歓声と、年長組の静かに驚くギャップが面白い。
見事に鱗をキラキラと反射させながら、泳ぐ三匹の魚。
そう、「いっぱいいる」と言う程はいないのだが鱗が橙の水に反射して三匹が回っているだけでもかなり美しい、橙の空間になっているのだ。
水の中に降り注ぐ光に更に反射して、まるで水槽は万華鏡の様になっている。
「あれ、一回川の中見てみたかったな…ん?でもベオ様と居たのが川の下の迷路だから…………??」
興奮冷めやらぬ子供達の中で独り言を言っていると、朝がタイムリーに迎えに来てくれる。
「そろそろ、ヤバくない?」
「あ。」
そう言って、「ぐう」と鳴ったお腹を抑えた私。
そうだ、レシフェとエレファンティネが持っていたバスケットの中身!
私とした事が、あれからすっかり気を取られて結局朝食を食べそこねていた事に気が付いたのだ。
「あれ、船の中?」
「多分ね。レシフェも呼んで、行きましょ。もう暫く、あれはあのままでしょ。」
そう言って橙の水槽をチラリと見る。
「確かに。じゃ、ちょっと呼んでくる!」
しっぽを揺らしながら先に船に向かった朝を見て、急速にお腹が空いてきた。
レシフェは大丈夫だろうか?
そうしてレシフェに声を掛け、私たちはいつもの小部屋へ向かったのだった。
「で?お前、結局どうする?」
サンドイッチを頬張りながらレシフェが言う。
今日はレシフェが用意してくれたのだろう、懐かしのあの飲み物がある。
シャットの臙脂の部屋で飲んだ、あの少し甘くて元気になるやつ。カシャカシャと蓋を開けて飲むと、なんだか懐かしい味がした。
今日は幻の魚、レシフェ、レシフェのお弁当となんだかシャットを思い出す日だなぁ…。
そんな事を考えていたら、再び「この質問」が降ってきたのだ。
しかし流石の私も今は、レシフェがどういう意味でそう質問しているのかは、解る。
「石、ね…………。」
そう言ってまた、考え始めた。
結局問題は、あの子達があの石を持つ事で狙われる可能性があるという事だろう。
でも、クテシフォンが今は石を持っている事、それはもう公然の事実だ。
出来れば、狙わずに直接クテシフォンに聞いて欲しいものだが、そう上手くは行かない可能性だってある。
でも、あのグラーツの返事を聞いた後に私からみんなに「石が欲しいか」訊くのは違うと思う。
今、みんなはやる気できっとこれからどんどん前進していく筈だ。
勿論、「いる」と言うに決まっているし本心である事は間違いないだろう。
それと、危険がある事はまた別の話だ。
私がぐるぐるしていると、レシフェが突然こう言った。
「お前がしたいようにしろよ?あまり他の事は考えなくて、いい。」
隅で立っている金色に目をやると、無言で頷いている。
「そうだ」という事なのだろう。
うーん。
「私の」したいように?
そんなの…………。
初めっから、決まってる。
配りたいに、決まってるじゃん。
でも、それで危険に晒すとすれば…………。
偽善、なのだろうか。
自己満足、なのだろうか。
欺瞞、なのだろうか。
わからない。
結局、私は石を配りたくて、みんなに元気になって欲しくて、世界がカラフルになる事を望んでいる。
しかし、それが結局は危険を招くものだったら?
それは、あの子達のために、なるの??
でも「危険を避けるために、石を諦める」のも違うのは解る。
私だって「危ないから駄目」なんて言われたら嫌だ。
もう、子供じゃない。
自分の身を守る事…………うーん、出来てない時あるな…………。そう、危険を避ける為に戦うのもちょっとズレるんだよね………そんな事じゃなくてさぁ、なんか、もっと、こう…………。
でもさ。
あの子達、なんも、悪くないよね?
そもそも、悪い奴の所為であの子達が我慢しなきゃいけないなんて、おかしくない??
なんで?
誰?
どいつが、危険なんだ?
自分の思考が危ない方にスライドしたのが、判ってハッとする。
ちょ、もしかして、もしかする?
駄目だよ、危ないのは。
平和に解決しないと意味ないんだから。
自分の中の「もう一人」に心の中で言い聞かせる。
力は、禍根を生む。
結局、根本を解決しないとどうにも、ならないのだ。特に、根深い問題ほど。
「パシン」というジュースを開ける音で我に返った。
正面に座って食べ終わりジュースを飲んでいるレシフェを、見る。
その横に立っている、金色の瞳も。
一息吐いて、扉を一瞬確認したレシフェ。
徐ろに、再び口を開いた。
「俺は、お前を信じてる。」
えっ。
何の、話?
再び私の表情を見て微笑みながら、レシフェは話を続ける。
「だ、か、ら。解るよ。心配なのも。でも、やりたいのも。やっていいって、言ってるだろ?「担当」が違うんだよ、「担当」が。」
「?」
「お前は、石を配ってキラキラ降らしてりゃいいって事。俺らが。その他の事はやるんだよ。お前、聞いてんのか俺の話を。いつも言ってるだろう。」
「それは、そうなんだけど………。」
「一人で全部背負い込むな。まぁ性格上仕方ないんだろうが、お前、俺らの有能さを知らないのか?しかも、今はその「本部長」とやらにウェストファリア、イストリアも加わった。ん?加わったよな?まぁその辺もう大丈夫だろ。みんな、お前を放っておける訳無いんだからな。」
同じ色の瞳が、クシャッと笑う。
「俺らを信じろ。大丈夫だから。ある意味でお前を利用しているんだぞ?俺らは。そんな、大層なもんじゃ、ない。だからお前は好きに種を蒔けばいいの。育てるのは、俺らの役目。行きたい場所に行って、好きな所に蒔けば、いい。そしてそれが、お前自身がいい、と思うそれこそが「在りたい」と願う、様ならば。」
「俺らはそれを目印に、進むんだよ。お前の武器はその素直さと俺らには無い発想だ。だから余計な事は考えるな。大丈夫だから。なんだっけ?「星」になるんだろ?シュレジエンが言ってたぞ?「ピッタリだな」って。」
そんな事、言ってくれてたんだ。
なんだか胸がいっぱいで、言葉が出てこない。
ただ、みんなが私を信頼してくれていて、私もみんなを信じればいいということ、それだけは解った。
「ま、少し考えてから来い。どっちにしても俺らはお前が望む、方向に。」
レシフェはジュースを飲み干すと、そう言って小部屋を出て行った。
残された私は、なんとなく金の瞳を見つめる。
気焔は何も喋らなかったけど。
きっと、私の想いは伝わっている筈だ。
美しく揺れる、小さな焔を見つめながらそう思っていた。
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