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7の扉 グロッシュラー

エレファンティネの瞳

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「で?お前、これ結局、するんだ?」


遠くで手を振る子供達が見える。

造船所の大きな入り口を潜ったところで、レシフェにそう、訊かれた私。

子供達に手を振り返すと、浮かんだ疑問を口にする。

、って?何が?」

「やっぱりか。」

そう言って溜息を吐き、ついでに頭を抱えるポーズまでするレシフェ。

気焔はもう船の方へ行ってしまった様だ。
造船所はあまり危険が無いし、大きな扉も私達が入るとすぐに閉まる仕組みになっている。
もしかしたらシュレジエンの所に行ったのかもしれない。

そんな事を思いながらも、レシフェの言葉の意味を、考え始めた。



そんなに、問題ある事なの??
するのか、って配るに決まってるじゃない??
違うの??


私が大きな船を見つめてぐるぐるしていると、突然エレファンティネが口を開いた。

声も、ふんわりしている。

「あなた。それ、本当に「あげる」つもりなの?」

「…………?は、い。」

私は言われている意味が、分からなかった。



遠くに聞こえる子供達の声。意外と明るい倉庫内に暗い、雰囲気は無い。

今日も私が造った雲が見える窓からは、鈍い陽光が広く差し込んでいるからだ。


しかし、何故だかそのエレファンティネの言葉から。
少し、暗い響きを聴き取ったのは気の所為なのだろうか。

注意深く、その正面にある赤茶色の瞳を見つめる。
そうして気が付く、違和感。


ああ、何か「違う」。


「何か」は、分からないけど。

どこか、いい家のお嬢様なのかと思っていた彼女のその瞳の奥が。

例えようの無い、複雑で深い、色に燃えていたからだ。



ある意味アラルエティーが私の中での「いいお嬢さん」の基準だった。
厳しいが、その中で素直に守られて育った、純粋培養のお嬢様。
でも、その無邪気な感じも、少し高慢な感じも、全く感じない、彼女から感じるもの。

それはアラルエティーとは真逆の、幾重にも重なる、複雑な色なのだ。


その深く積み重なる色を確かめながら、私は一人ぐるぐるしていた。

良く見ると古びた灰色ローブは元はいいものだろうが、年季が入っている事が近くで見るとより判る。
髪に艶はあるが、唇は少しひび割れている。
もしかしたら髪はオイルなどを使って艶を出しているが、唇は塗ってもすぐに乾くのだろう。
私もすぐひび割れて血が出るので、よく分かるのだ。

全体的な雰囲気は柔らかく、洗練された様な物腰なのだけど。

どうしたって隠せない細かい部分は、あるのだ。

そしてその、瞳の色は。

私の、想像も出来ない沢山の混沌とした色を含んでいた。

そう、一言では言い表せない、どちらかと言えば「負」の、色。


でも、な…………。

「アリス、なんとかとは違うんだよね…………。」

ポロリと漏れた、心の声。

しかし、エレファンティネの眉がピクリと動いた。

「知って、るの?」

ん?なんで??

彼女の瞳を見るが、さっきよりも更に複雑になった気がして全く感情が読めない。

「いえ、知ってる、と言う程知らないですけど。挨拶程度です。?」

少し、息を吐いたエレファンティネは一息ついてこう言った。

「で?何が、あの人と「違う」の?」

ん?そこ??
ていうか、最初の質問、何だっけ??


少し、考えてみたけど思い出せない。

なら、とりあえずはこの質問か…………。
えーと、「何が」違うのか?

「そりゃ、「色」ですよ。いや、あなたの瞳は赤茶色でよく見るととても深く、複雑です。パッと見ると明るいんですけどね。その、深い色を見てあの人のまじないの色に、似てるかなって思ったんですけど………。」

「なぁに?」

少し、急かされているようだ。

どっちなんだろう?いいの?駄目なの?
似てる方がいいのかな?そんな事ある??

彼女の様子を見て、慎重に口を開く。
嘘を、言うつもりはさらさら無いんだけど。

どっちにしたってショックだったら、私もショックだし。
それに、この深い瞳に対して。

私は慎重に、誠実に応えなければならないと思ったからだ。


「似てるには似てるんです。色の、種類は同じだし。でも、私の持論で言えば。」

「あの人の、色は「悪い」んですけどあなたの色は「深い」んですよね。深くて、複雑だ。どうすればそんな深い色が出せるんだろうな………?」


もっと、深い色を混ぜればいいのか。
それとも、色数?今日絵の具を作って実験してみようか?
それとも人の瞳だからやっぱりお家が複雑とか?
背景の、話?
私より年上だから、人生経験の差って言っちゃえばそれまでなんだけど。
でもそれも性格にも寄るだろうしな…。

でも、深さは……………。



「オイ。」


「おい?おーい、ヨル?」


「こ!ら!!」
「ひゃっ!!」

いきなり耳元でレシフェに叫ばれて、飛び上がった私。
耳を抑えながらも、驚き過ぎて脚のバタバタが治らない。

「ちょ!なに?なんなの??」

焦って辺りを見回したが、エレファンティネがいない。

「え?どこ?行っちゃったの??トイレ??」

「アホ。…………帰ったよ。」

え?なんで??


フッと、脚が落ち着いて辺りを見渡すといつもの明るい、造船所の風景だ。
遠くには、子供達の元気な声。

もしかして?私の、所為??

ぐるぐるして、すぐ思い当たる事がある。

「て、言うか。私、もしかしてずっと放置してぐるぐるしちゃってたかな???」

すると、レシフェも私の真正面に来て視界の箱舟を消した。
丁度、私と箱舟との間に壁の様に立つ彼もまた、何かを考えている様だ。


さっき迄のエレファンティネの空気と、レシフェの表情。

そこから私は自分の話す場面では無い事を読み取って、大人しく待っていた。


多分、この位置で私達だけの、限られた空間で。

きっと大きな声で言えない話が、始まるのだろうから。




私を見て、石の袋を見て、私を見て、箱舟の方を見て、私を見て足元を、見る。
その、落ち着かない視線。

しばらくレシフェの目線を追っていたが、諦めた。
そうしてただ、彼の濃い灰色の髪を見ていた。
ティラナに似た、ふわふわした髪。

今日はちゃんと、まじない使ってるな…。



「お前。」

「ん?」

思ったより早く、話は始まった。
さっきよりも顔は明るく、見える。

どう、なのだろうか。

て、言うか。実際、何の話なの??

「貴石に、行くんだろう?」


え?そこ??

全く予想外の変化球が飛んで来て、私はとりあえずあまり考えずに返事をしていたんだと、思う。

ある意味これも、いつも通りなんだけど。

「う、ん。駄目?レシフェも、反対?」

「俺は。別に、「いい」と思う。寧ろ、「行け」とも思う。は。反対、したと思うがな?てか、まだしてんのか?俺は、「いいと思うけど」って言ったけどな?その様子だと何も聞いてないだろう。」

レシフェの言葉にただコクコクと頷く。

確かに全く聞いていない。

「まあ、あいつの気持ちもわからんでも無いけどな。そりゃ、好きな女を、好き好んで危険に放り込みたい奴はいないだろうよ。」

「でもな。問題は、「その女」が。「おまえ」だ、って事なんだよな。」

「???」

全然、分からない。

きっと私は変な顔をしているのだろう。
ちょっとレシフェの顔が綻んだ。


「俺は。「おまえ」を知ってるからな。どうしたって、「期待」するんだ。俺も、駄目だと思うがな?こんな、まだ子供のお前にそんな期待をしてあそこに放り込むなんて。俺だってまだ自分の落とし前をつけてねぇのに。情けないな。」

「ただ、簡単な事じゃないのは、お前も解るから。今迄、躊躇してたんだろう?」

「……………。」

「で、もだ。まぁ仕方が無い事にお前は多分「青の少女」で力も持ってる。しかも、俺らの想像の範疇を超えた、力だ。ま、何とかしちまうんじゃねえか、って期待するのは仕方無いとも、思う。言い訳だけどな。」

「ぶっちゃけ、お前一人あそこに放り込んで何とかなるとは思ってねえよ。お前は魔法使いでもないし、そもそもそんな事は、望んでない。」


何度も、レシフェに言われた言葉だ。

しっかりと、私を見据える茶の瞳が私の涙腺君を呼び起こす。

。周りが、変わるんだよ。それが、お前の最大の謎で面白い所だよな。あの、癒し石と同じだよ。なんかこう、じわじわっと、波及して周りが勝手に変わってくんだ。真ん中に、お前が、いるだけで。大きなまじないで全てを変えるなんてのは結局、保たない。人を「自ら変わりたいと思える」ように変えていくんだ。………不思議なもんだよな。」

「そう、俺達は。お前が。進んで行ける、社会を創らなければいけない。お前は、火をつけて煽げば、それで、いいのさ。どっちに転ぶかも正直、自業自得だ。なんでも思い切り、やれ。」

そう言って、似た笑顔でクシャッと笑うレシフェ。

喜んでいいのか、何だか、よく分からないけど。
どちらかと言えば、褒められてるのは解るんだけど。


何だか胸の辺りがホンワリ、してくる。
何か、温かい、チカラが。

湧いてくる、みたいに。

「ま、危険が無い様守るのは何処にいたって一緒だし、お前は自由にやらせておくのが一番いいのはあいつも解ってんだよ。あとは、もう少し。時間が、必要って事なのかもな。」


ヤバい。
めっちゃ、泣きそう。

なんでか、分かんないけど。

涙を堪えて、下を向いたが慌てて、上を向く。
滴が落ちたら、負けだ。

そう、決めたし、私。
「成長する」って。
すぐ泣かないで、ちゃんと、考えるんだ。



多分、私の中で貴石は「どうしていいか分からない場所」の筆頭なんだろうと、思う。

だから。

レナに「任せろ」って言われた時。
寂しかったけど、安心もしたんだ。

でも、そんな自分もやっぱり嫌で。
でも、私に出来ることなんて多分、無い。
それも、分かる。
石を配る事なら、出来るかもだけど。


そう、だからやっぱり「強くなりたい」と思った時も。

「避けては通れない」と、思ったんだ。

だって、結局。


   貴石と、地階は、同じだから。



好きな人だっていなかった。
恋愛も分かんないし、誰かと付き合った事もない。男女の事なんて、勿論。

そんな、私が。

レナ曰く「あんたの来る所じゃ無いわ」という貴石で、何が出来るのか。

場違いで、浮くと思う。
何を言えば傷付けてしまうのか、それも分からない。

でも、だからってそれを。

素通りする訳には、いかないのだ。

涙が出ていないのを確認して、自分の手のひらに視線を移した。
いつの間にか、ギュッと握られていた手のひらには爪の跡がくっきりと残っている。

ジワリと血が通い赤くなる様を見て、「変化する」事を、思う。



実は少し、いや、沢山。
この間ヤキモチというものを焼いて。
恋心も僅かながら、知って。

あの、正体不明のモヤモヤ感。

やり場のない、気持ち。
何処にもぶつけようの無い、フラストレーション。

なんとなく、だけど。
それが溜まっているのなら。
何かは分からなくても、何かを悩んでいたり溜め込んでいるものが、ある筈なんだ。
あの、地階の子達と一緒で。

だからもし、出来るならば。

私が、スッキリする手伝いをしたいと思ったのだ。

何も出来ないからって、何もしないのは違う。

きちんと、見て、何が必要なのか、必要ないのか、訊けば、いいんだ。
断られたら、また考えればいい。

うん。そう。

傍観は、無視と、同義なんだ。


そこまで考えると、また私の思考は漏れ出し始めた様だった。


「そう、少しずつだよ。…全部は無理だし、受け入れてもらえるかも、分かんないしね…。」

「なんだ、お前は俄然やる気だな?ま、あとは。あいつ、次第だな?」

そう言ってくるりと振り返ったレシフェの向こうに、金髪が近づいて来るのが見える。

「おーおー、俺は先行くわ。魚、出すから早く来いよ?」

「え?ちょっと、待ってよ。」

しかしレシフェの脚は速かった。

「えーー?」

「何が、えー、なのだ?」

やば。

視界の大部分を占めてきた金色に、ピントを合わせる。

怒っては、無い?

まぁ怒られる様な事は、してないんだけど。


もしかしたら、やはり気焔が反対していると聞いて後ろめたかったのかも、しれない。


承知、してくれるだろうか。

効果あるか、分かんないけど。
「好きなら、絶対、効果アリ!」と言うレナの言葉を、信じて。

久しぶりに、教えてもらった「上目遣い」をしてみたので、ある。

うん。



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