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7の扉 グロッシュラー
私のできること
しおりを挟むお気に入りのカップでお茶も飲んで、片付けも、した。
お風呂から出て、時間は結構経っている。
きっと、待ってる。
それは、分かっていた。
「え、なんだろうね、これ。」
別に、悪い事もしていない。
あ、ブラッドフォードには何となくバレたけど。
「そうじゃなくて、何だろな………。」
顎に手を当て、首を捻っていた。
なにか、したい。
私の、金の石のために。
それは、分かる。
でも、何をしていいのかさっぱり思いつかないし、別にそれが今日じゃなくても構わないんだろうけど。
何故だか、扉の前で開けるのを躊躇しているので、ある。
どうしたものか。
何か、良い案を思いついてから、扉を開けたいのだけど。
しかし、とうとう痺れを切らしたのか先に目の前の扉が、開いた。
「あ。」
「何をしている?大丈夫か?」
「ごめん。大丈夫だよ………。」
曖昧に微笑んで、サッと寝室へ入る。
目を、合わせられなかった。
まずい。
気にしているだろうか。
私が、心配かけない様にしなきゃいけないのに…。何、してんだろ。
駄目だよね………。
分かってるんだけど。
寝室には、誰もいなかった。
朝もいないし、ロココのカップには何も入ってはいない。
二人、きりだ。
何故だか、心臓が早鐘の様になり自分が緊張しているのが、判る。
全然、意味は分からないけど。
でも、どう、すれば良いのかだけは判っていた。
だって、きっと。
原因は。
この人、だからだ。
くるり、と振り返って金の瞳を正面から見つめる。
何故だか燃えている金の瞳は、私の事を心配しているのだろうか。
昼間は、ああだったし。
気焔の、「恐れ」とやらも解決していないだろうし。
ダイニングより大きな窓からは、薄い雲の明かりが差し込む。
白い床、壁と、私のお気に入り棚、ベッドの上の星天蓋、色々なものを映し出すその夜の明かりは、いつだって一際、私の金色を際立たせるのだ。
部屋の中に並べられている、どんなお気に入りよりも。
キラキラした私の雲から落ちた、まだ光を放つ星屑よりも。
何よりも美しい、私の前に立つ、その存在。
この、人ならざるものが望む、癒しなんて。
私には、与える事が出来ない。
そう、漠然と感じてしまった。
そのままずっと、正面の気焔を見ていた。
彼は微動だにしなくて、私も、動けない。
動いて行くのは雲だけで、その濃淡できっと奥に在るのであろう、月の明かりが揺れて流れてゆく。
明るく照らされ、そして曇り、しかし中に焔を飼う光る瞳はずっと私を見つめて、揺ら揺らと燃えていた。
何も、考えていなかった。
ただ、彼の中の焔を見ていた、それだけ。
それだけだけど、何だか少し自分が変化した、気がする。
何だろうな?
薄明かりの中、自分の手のひらを広げた。
うん、いつもと同じだ。
でも、何だかさっきよりも身体が軽い気がするのだ。
そうしてまた、顔を上げた。
同じ、顔がある。
金の髪は薄明かりに透けて、とても綺麗だ。
鼻筋の通った濃いめの顔は、やんちゃな雰囲気だけれど今は、真剣な表情。
私の、所為だろう。
そういえば何でか今日はアラビアンナイトな気焔。
今、気が付いた。
どうやら、彼の事を見ている様で見ていなかったらしい。
「そりゃ、不安にもなるか………。」
謎の、不安に取り憑かれて。
分からない事だらけの、この、世界で。
でも、私達にはお互いが、いて。
しかも、お互いが「大切」に、思っていて。
う、まずい。
顔が、絶対、かなり、大分、赤い気がする………。
絶対、変な顔になってる………。
しかし正面の金の瞳は、私を離さなかった。
ヤバいヤバい、あっ、わ、笑ってる…気付いたんだ!ちょ、なら、離して?
止めて?
その瞳、逸らしてくれない???
しかしあぶあぶしている私が面白いのだろう、気焔は目を逸らさない。
勿論、それで私も目を、逸らせないのだ。
むぅぅ。
恥ずかしさで、ジワリと瞳が滲んできた。
手が、伸びてくる。
いつもの、大きな、私を守ってくれるその手。
頬に添えられたその手に、私の手を重ねる。
そうしてついでに、クレームも言う。
「やめて。」
「…………分かった。」
失笑しつつも、細められた瞳で私は息を吐く。
伸びている手に、やっと視線を移してもう一息。
恥ずかしさから逃げるために、ぐいぐいと気焔を押してベッドに座らせる。
そうして、私も懐に収まった。
うん、とりあえず、これで。
顔は、見えない。
でも、くっ付いてるから。
安心、だし。
そうして再び、考え始めた。
そもそも、なんでこうなったんだっけ?
気焔が綺麗すぎて、私が見てたら………なんか目が逸らせなくなったんだっけ??
うーん?
まあ、それはいいとして。
そう、まずは。ブラッドフォードの件、かな??
その後、………聞いてみる??
とりあえず、話すか…。やな方から、先に。
そうしてモゾモゾと動き出し、顔を上げた。
さっきよりは幾分柔らかなその瞳は、しかし未だ静かな焔を内包していて近くで見ると、より美しいのだ。
「あの、ね?」
その小さな揺らぎを見つめながら、話し始めた。
彼の様子を見ながら、というよりは焔の様子を観察していた。
だって、この焔は。
きっと、気焔そのものだから。
「あの、ラガシュと話す、前ね?ブラッドフォードと、話してて。あっ、うん、なんか図書室にいてね?多分、通りかがったんだと思うけど。うん、偶然…多分。偶然だよ。うん。」
「それで、本について教えて貰ってて。その、話の流れで………?うん?まぁ、やっぱり色々知っててあの人自身は多分、私を「青の少女」だと思ってて。だから、石を創った………のは………ちょ、っと、待って!」
瞳の中が、どんどん燃え出して手が付けられなくなりそうだ。
「違うの!大丈夫だから!だから………ねぇ、なに?私って、そんなに頼りない?」
彼の両腕をギュッと掴み、真正面から訴える。
何だか、違う方向に話が行ってる気は、した。
でも。
「そんなに、ダメ?そりゃ、今迄散々、心配かけたり危険な事になったりとかしてるけど、でも、それは………そう、しなきゃいけないから…いや、そう、したいからで。結果として心配かけてるけど。大丈夫、なんだよ。分かる?」
「大、丈、夫、なの。私は私で、やりたい事もある。だって、やらなきゃ。「私」じゃないんだよ。それは、解るよね?だってあなたは。」
「言ったよ?「そんな私だから。護ると、決めた」って。それ、嘘じゃないでしょう?気焔の、ホントの、本音だよね?」
揺れる、焔。
でも、いいんだ。揺らしておけ。
消えないのは、分かってる。
だって、それが。
「不死鳥の焔」なんだから。
「大丈夫。私、さっき。気焔には、敵わないかも、って思っちゃったけど。あなたに、私が与える安心なんて。無い、って思っちゃったけど。分かった。ある。あげる。私。」
「そう、私を。ぜんぶ。それしか、無いから。」
あ。
そう、言った瞬間私は焔に包まれ、大きな畝る橙の中にいた。
「綺麗…………。」
その、小さな紅の部屋は幾重もの炎の羽の様なものに囲まれてブワリ、フワリと揺れている。
色の揺らぎと、空間の揺らぎ、それが彼の心の中だという事は分かって私はただただその美しい揺らぎの中、身を委ねる。
紅
朱
金
橙
赤
黄金
様々な大小の炎がそれぞれ踊って、お互いを鼓舞している様に見える、この、美しい檻。
このまま、囲われて出られないのだろうか。
いや、そんな事には、ならない。
それは、判る。
きっと外では色々と何かを消化しているのだろう。
それなら。
私は私で、少し愉しんでしまおうか。
そんな、出来心だった。
そうっと、一番綺麗に見える気焔の瞳の色に近い、黄金の炎を捕まえようと手を伸ばす。
だって、私は燃えないし。
多分、熱くも、無い筈だ。
ちょっと、手に乗せたり………。
できるんじゃ、ない?
ふわりと、その黄金の羽を掴んだ、その瞬間。
「きゃ………!あっ!」
指先に、鈍い感触があった。
ズズッとその指から侵入したその炎に飲まれる所までは、覚えている。
「…………………ん…なん、か…。」
入って、くる………?
「コラ!………あぁ、」
少し、遠くで気焔の怒った様な声が、聞こえた。
でも、その後は。
目覚めると、私は仏頂面の金の瞳に見つめられていたのだった。
うん、ある意味、いつも通り??
「ねぇ?ごめん、ね?」
少し、身体を動かすとなんとなく怠い気がする。
なんでだろう?
あの、炎の所為?
でも、あんなちっちゃいヤツで何かなるかなぁ??
身体の具合を確かめながら、天蓋の星を見つけここがいつものベッドだという事が、分かる。
「どう、なったの?あれ、やっぱり触っちゃ駄目だった?」
何も答えない気焔に、再び質問する。
見た感じは、落ち着いてるみたい、だけど?
何だか微妙な色を含む、その瞳は。
また、仕方のない様なものを見る目を、しているのだ。
んん?
なに?やらかした??
でも?…………なんとも、ない、よ?
しかしよーく、確かめると身体は怠いがチカラは漲っている気が、する。
んん?
んんん?
だって……………?
チカラ、が。え?嘘だよね??
なんで?
どういう事?!
再び、顔が熱くなる。
パッと、手で顔を覆って指の隙間から金の瞳を確認する。
まだ、仕方のない様なものを見て、いる。
これ、は…………。
??
寝てる間に?チカラ?入れ、られたの??
んん?
なんで?
全然、分からない。
でも。
私の中に、金の焔があるのは、何となく判る。
しかも、結構な量。
え、ええーーーーーーーー?????
寝ている間に、そんな事するとは思えない。
と、いう事は。
多分、あの、小さな炎だ。
あれが。多分、私の中に、入って。
「どう」なったのかは、分からないけどチカラになった事だけは、確かだ。
「…………結果、オーライ??」
「阿呆。」
「え?違うの?いいよね?なんで?」
その、私の口を煩そうに塞ぐと再びチカラを注ぎ込まれた。
少し、だけど。
「………な、んで?」
恥ずかしいんですけど??!
これ以上、されない様にガードする。
「しかし、「これでいい」のだろう?」
悪戯っぽく言う、その瞳は。
くっ、悔しい………!
嬉しいけど、悔しくて恥ずかしいけど、嬉しいのが悔しいの!!
心の中でそう、思いながら「おやすみっ!」と言ってコロリと背を向ける。
ふわりと、背後から金の焔に包まれた。
「もう、勝手にして…………。」
いつの間にか、帰っていた朝の呟きが聞こえてくる。
また少し顔が熱くなったけれど、朝に何かを言い返そうと考えているうちに、いつの間にやら眠りに落ちていたのだった。
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