透明の「扉」を開けて

美黎

文字の大きさ
上 下
263 / 1,751
7の扉 グロッシュラー

銀と青

しおりを挟む

どう、答えようか。


有無を言わせない空気を放つ、ブラッドフォード。
しかし何故だかその瞳から、恐怖は感じなかった。


どう、答えようか。
何を、言えばいいのか。
隠さなければいけない事は、何か。

一瞬で、沢山の想いが頭の中を駆け巡る。
そのまま彼を見つめて少し、考えた。

目は、逸らしたくなかったから。




だが、時間が経つにつれなんだか責められている様な、理不尽な、気がしてきた。


だって。

別に、私は悪い事をしている訳じゃあない。

「お前は、なんだ?」と言われたって。


いやいや、落ち着いて。
この人だって、きっと得体の知れない者に疑いを抱くのは当然の事なんだ。

でも。


   "私が何者か?"


そんなの、私だって、知りたい。

握る拳に、力が入る。


だって、結局。

息を吸って、口を開く。

「私が、「青の少女」かどうなのか、解らないし、今迄も、これからも。」

少し、声が震えた。

「私は、私がと思う事をする、それだけ。」


やっと言葉を絞り出して、真っ直ぐ見つめてやった。喉が渇いて掠れ、毅然と話せなかった事が悔しい。


そして少し、複雑に変化する青い瞳。
先刻迄の警戒の色は薄れたが、そこには見慣れぬ色があった。
どんな意図かは、読めないけれど。

でも、私は「変わりたい」って決めたんだ。
敵か、味方か。いい人なのか悪い人なのか。
分からないけどこの人が私を「確かめようとしている」のは、判る。

それなら、私は「私」を見せるだけだ。


だって。

私には、それしか無いんだから。



「何をしているのです。」


シン、とした空間に聞き慣れた声が響いたのはその時だった。





静かなこの本の森の中で、急に通った大きな声。

当の本人はブラッドフォードを睨みながらツカツカ近づいて来るけど、私は誰かに叱られやしないかと、ヒヤヒヤして辺りを確認していた。


しかし、叱る筆頭の筈の、この人が。

その、大きな声を出した、張本人なのだ。


うーん、だから??
誰も、来ないかな?
怒られ………ないよね???


正直、私は焦っていた。

だってきっと、ラガシュ自身はこの銀の家に対して「こんな口」を利いていい筈が無いのだ。
でも、私がここにいる事で怒っているのは、分かる。

ん?
怒ってる、の?これ?
焦ってる??

しかしラガシュの厳しい表情を見ると、「怒っている」に、近いのだと思う。


髪型の似た二人の、青い髪、薄茶の髪と灰色の瞳、青い瞳を交互に見ながら焦る私。


でも、な………。

やっぱり、青ローブに青髪で灰色の瞳はトーンが揃ってとても綺麗だし、銀ローブに金に近い茶髪の青い瞳。
これも、いい。
どっちもサラ髪だし、やっぱり色が綺麗って事は素晴らしいよね?
うん、私の世界もこの位の髪色があるといいんだけどなぁ………。なんていうか、天然ならではの………。


「分かっている。何も、無い。なあ?」

「ん?」

ラガシュが現れた事で、いつの間にやら張り詰めた空気は私の中からどこかへ行っていた。
そうしてどうやら、代わりに色の妄想に浸かっていた様だ。

「あ、はい。うん、大丈夫なの。教えてもらってた、だけです。はい。」

ブラッドフォードの意図を飲み込んで、咄嗟にラガシュへ半笑いで取り繕う、私。

チロリと向けられた瞳は、私の頭が何処かへ行っていた事に気が付いた色だ。

うん、多分。
………大丈夫、そう?



開きっぱなしだった茶の本を「パタン」と閉じると、立ち上がったブラッドフォード。

私を見ると「分かった。また、な。」と銀のローブを翻し、本棚の森へと消えて行った。









「で?どうして、あんな事になってたんです?」


ううっ。
来ると思ってたけど、やっぱり…。


そう、ブラッドフォードが去るとやはりお説教タイムがやってきた。

「カタン」と正面に座ったラガシュの瞳は、あの怪しげな灰色になっていて私を逃さないという恐ろしい意志が伝わってくる。

なんだろうな、この人のこの感じは…。
他の誰に怒られている時とも違う、なんだかお母さんに怒られてるみたいな、感じ。

ブラッドフォードが閉じて行った茶の本に視線を落としながら、言い訳を考えつつも思い付かない。

ん?でも?
別に、言い訳しなくて良くない?

何故だか「怒られる!」と思うと反射的に言い訳を探してしまうのは、私がまだまだ子供だという事だろうか。

そんな事を思いつつも、とりあえずは正直にあった事を話し始めた。

ちょっと、まずい話にはなったんだけど。
でも、「話をしていただけ」なのは事実なのだ。


「始めは、トリルと居たんですよ?でも、私がこの本を見て悩んでたら「茶の家の事だ」って、教えてくれて…他にも………まぁ………色々………。」

なんだか顔が上げられない。

するとソワソワと動く手と、小さな溜息が聞こえた。

「怒ってませんよ。…いや、少しは怒ってるかな?彼だって、アリススプリングスと変わらないんですよ?解ってます??」

心配、してくれてるんだ。

忙しなく動く指が、それを訴えている。

「ごめん、なさい………。」

申し訳なさそうな顔をしてチラリと視線を投げると、もう、いつもの灰色の瞳がそこにあった。

「まったく………あなたは本当、目が離せませんね?彼は、何処へ行ったのです?いつもピッタリくっ付いているのにこんな時に…。」
「ピッタリって………。」

「いや、ピッタリでしょう?」

私のツッコミに即座に返してくるラガシュ。

しかし、そのラガシュの返しで私は思い出してしまった。

そう、その「ピッタリ」と言っている彼が「気焔をトリルの婚約者に」と考えていた張本人で、ある事を。



急に自分の事を睨み始めた私を、面白いものでも見る様に眺め始めたラガシュ。

「おやおや、どうしたのですか?」みたいな顔をして腕を組んでいる。
忘れて、いるのだろうか。
それとも、私が知らないと思ってる??

わざわざ言うのは、悪手なの…?


どう、しようか。

少しずつ辺りに人の気配がし出した。

茶の本を見つめながら考えているのだけれど、正面のラガシュが私を見ているのは分かる。

そうして、通り過ぎる足取りがゆっくりになったり少し遠くで立ち止まったり。
周りが気には、なる。

でも、多分。
この問題を持ち帰っても何も、解決しない事は解っていた。
わざわざ、言う様な事じゃないのかも、しれない。

でも。


勢いでパッと顔を上げる。
案の定、私を見ているラガシュは少し笑っていて私が何を言うのか楽しみにしているのだろう。
それに少し、ムッとしながら口を開いた。

「今から言うのは、私の愚痴ですけど。」

もう…。

完全に笑っているラガシュに遠慮するのは辞めにした。

なんか、私だって文句言ってもいいと思うんだよね?うん、知らなかったとはいえ。
なんか、楽しそうだし?私は全然、楽しくないんですけど?!クレームだよ、クレーム。

段々鼻息が荒くなってきた。

「あの、トリルの婚約者の件。聞いちゃって………まあ、なる前だったんでしょうけど…私も言ってなかったし、てか言えないけど…。本人の意向を聞かないで、物事を進めるのは良くないと思います!私だって!…………後から、聞いて。」

ヤバ………。

止め処なく溢れてくる感情が、涙となって出てきそうだ。しかし、泣きたく、ない。
それを抑えようと我慢して顔が熱くなってきた。
なんだかまずい、気がする。

まずいまずい、抑えなきゃ………。

「ヨル、…。」

その、ラガシュの呼び掛けと同時に「パッ」と私の目が塞がれた。

「すみません、そんなつもりは。」

少し、楽しそうな声。

揶揄う様なその調子に、少し不機嫌な声が上から降ってくる。

「…片付けておけ。」

そう言って気焔は私を支え立たせ、青の本を持った。


目を塞がれていたのは一瞬だったが、少し眩しさを感じてそのまま気焔の手を掴む。

思いの外、チカラが漏れていたのかもしれない。
しかし、当のラガシュはケロリとして「本当、すみませんでした。」と私達を笑顔で見送っていた。


何やら図書室に来ただけなのに、疲れた私は気焔に凭れつつホッと息を吐く。

「大丈夫か?」
「………うん。でも、部屋へ帰ろう?」

私の顔を見て無言で頷くと、食堂を素通りして灰青の館へ向かう。


今迄、深緑の中にいたからだろうか。

やけに、神殿の廊下が真っ白に目に映った。





しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...