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7の扉 グロッシュラー
トリルと日記と
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すっかり忘れてた。
深緑の絨毯、深茶の机、灰色の窓枠。
机の上に積まれた本は大小様々で、私の読めない文字ばかりだ。
赤、青、臙脂、茶が多い中で、少し黒。
これってまじないの色、関係ありそうだよね………。黒…?うーん?
そんなトリルの横に積んである、本のラインナップを見ながら私の頭は少し、諦めモードだった。
うん。まぁ。
だって。はい。トリル、だから。
日記を渡した瞬間から、もう一度も顔を上げていないトリル。
目が、凄い勢いで左右へ文字を追っているのが、分かる。
そう、アレは、こっちの文字で書かれている部分も勿論、ある。
そこを、とりあえずは読んでいるのだろう。
時折頷きながら、ページを捲る手は止まる事がなかった。
日本語で書かれている事を思い出したのはいいが、この状態のトリルから本を取り上げる事なんて出来る訳がない。
「ま、いっか。」
トリル、だし。
そう思ってキッパリ諦めると、私もそこに積んである本を見てみようかと一冊ずつ手に取ってみる。
以前、トリルは「まじないで出来てる」と言っていた、ここの本。
紙自体は紙なんだろうが、まじないが通してあるという事なのだろう。そうするとやはり、この「色」がまじないの色の可能性は高い。
ウェストファリアなら、知っているだろうか。
パラパラとページをめくり、意外と中身は読める物もある事が分かる。
赤や、青い本は普通の古語なのだ。
「ふぅん?………これとか、料理の本なんだけど。まぁ流石にみんながみんな、難しい事研究してる訳じゃないか…。」
赤の本は、所謂レシピ本だった。
しかも、意外と見知った食材が出てくるから面白い。
ケルや、リプ、チュンなんかも出てくるのだ。
「えー、ここも昔は………。」
いたの、かな?
確かに、緑はあったっぽかった。
動物も?いたの??チュンはウサギだから………ピューイとかも居たのかな?
それとも交易が盛んだった?今よりも拓けた感じで取引してたとか??
でもデヴァイは外、無いんだよね………。
やっぱり、意味が分からない。
とりあえず、赤い本を置いて黒い本を手に取る。
「ん?」
え?ウソ!?これって??
少し大きめの、黒い本。
それに描かれていたのはどこかで見たタッチの、繊細な絵。
細い線に細密な水彩画の様なその絵は、多分禁書室で見た、あのカードの絵ではなかろうか。
もしかして?
ここにあるなら、知っているかもしれないとパッと顔を上げる。
うん、まぁ。そうだよね。
やはり、まだだ。
トリルの様子を確認すると、諦めて黒い本はまた積み上げておく。
とりあえず、後で聞けばいい。
そうして私は次に茶の本を手に取った。
こちらはどうやら、名前らしきものが羅列されている。
しかしそれが、モノの名前なのか、人の名前なのか。
「結構、長いから人の名前だと思うんだけどな………?」
「それは茶の家の家系図と名前の記録だな。」
ん?
突然降ってきた、落ち着いた声。
視界の端に黒い靴が入り、誰かが側に来たのが判る。男性だ。
少し緊張気味に顔を上げた。
だって、ここは。
あまり人が来ない様にしてある、ネイアスペースだから。
「あ。お兄さん。」
緊張した割には、間の抜けた顔をしていたに違いない、私。
そう、顔を上げると傍らに立っていたのはあのベオ様にそっくりな彼だった。
名前、何だっけ…………?
私がそんな事をぐるぐると考えていると、お兄さんは続きを話し始める。
「名前はある程度決まっている。あまり奇抜な名は付けられん。家によっても傾向があるからな。だから、記録に残さないと銀の家にしか許されない名を茶が付けると、とんでも無い事に、なる。」
「えっ?そうなんですか?」
へぇ~。普通に、面白い。
でも、名付けする人にとっては大変だろうけど。
いや?簡単なのか??
でも、みんなおんなじだとややこしくない??
「ここ、座っても?」
「………はい、どうぞ?」
ぐるぐるしている私は、話半分で返事をする。
そうして感じた疑問をついでにポロポロと、彼に零していた。
「でも、親戚中同じ名前がいっぱい、とかにならないんですか?」
「つける前にある程度調べるからな。そう、多くない。亡くなっていれば問題無いしな。」
「そっか………。まあ、でもこれだけあればそんなに困らないのかな??もし、銀の家の名前を付けちゃったらどう、なるんですか?」
「今は、もう無いがな。周知されている。大昔はまぁ力にして消されるだろうな。記録は無いが、「そういうこと」だろうという、記述は幾つか見て取れる。」
「………。それって。あの、ロウワが最終的に………。」
石に、されると。
シリーは言っていた。
それと、同じなのだろうか。
「あまりに昔の事は知る由もないが。俺も、そこからそう思っただけだ。」
この人もやっぱり、知ってるんだ。
改めて、隣に座る彼に少し驚きつつも少し懐かしい青い瞳とサラサラの髪を見つめてしまった。
こうして、少し話をすると。
やはり、似ているとは言っても「彼は彼」でベオ様とは全然違う事が、分かる。
纏っている雰囲気は堅く、容易には崩れそうにないしっかりと意志を持った瞳。
少し、歳は離れているのだろうベオ様が子供っぽく思える、落ち着いた人だ。
いや、でもあれはベオ様の性格の所為か…。
でも、聞いてたみたいに。
なんか、「女にだらしない」感じがしないんだけど………?
まぁ、でも私のその辺のカンなんて当てにならないけどね………。
私を観察する様に見ている瞳に、特別な色は見えない。
あのアリススプリングスや、ある意味ラガシュなんかも、ちょっと特殊な目で見てくるけれど。
この人は、ただ私の事を「どんなものか」検分しているだけなんだ。多分。
そう、判断した私はあまり気にする事なく疑問を口にした。
本当だったら。
銀の家の人には、訊かない方がいいであろう、質問を。
「あなたは、どう思いますか?その、ロウワの事。」
それだけ言って、じっと青い瞳を見つめる。
大人、だからだろうか。
ベオ様よりも深い、その瞳は揺らぐ事はないけれど、きっと頭の中では沢山の考えが巡っているであろう事が見て取れる。
即答する事なく、きちんと考えている事が分かって、また一つ「この人」というものが判った。
だってきっと。
デヴァイにとっての、「普通」の銀の家としての回答。
それは、私にとって好ましいものではないだろうから。
考えているという事は、きっと「それ以外」の答えが返ってくる筈なんだ。
多分。
期待、してもいいのかな…………?
そうして暫く。
手を顎に当て考え込む彼から目を離し一息、「ふぅ」と辺りに目をやった。
「あっ。」
向かい側の、トリルが。
大きな本を立てて、隠れているのが分かる。
なんか、ちょっと面白いんだけど。
「大丈夫だよ…………。」
コソコソと言ってみたが、首を振って本の陰から出てこないトリル。
「え?帰る?」
「無理無理。今日はお暇する事にします。」
「う、うん、分かった。ごめん、またね?」
ヒラヒラと手を振り、手早く本を纏めると席を立つトリル。
「これ。また、見せて下さい。」
それだけは、しっかり言って日記を寄越す。
確かに、私もトリルの意見は是非聞きたい。
無言で頷いて、受け取った。
そうして静かに、且つ足早に去って行ったトリルにも全く気付かず考えているブラッドフォード。
そう、彼の名はブラッドフォードだ。
さっき、思い出した。だって、なんとなくベオグラードと似ているからベオ様の本名から思い出したのだ。
「フフッ、本名って………ウケる。」
一人思い出し笑いをしていると、どうやら考え終わった様でブラッドフォードがこちらを見ているのに、気が付く。
「コホン。」
ちょっと、体裁を整えて彼の方に向き直った。
「君の。「石」が、あれば。変えられるのかも、しれないな?」
えっ。
慌てて、表情を取り繕うとしたけれど多分まるっと、顔に出ていたと思う。
「え?なんで?知ってるの??私が、石を創った事を??」
きっと、そんな顔をしていただろう。
そのまま彼は、続きを話し始めた。
「あの、祭祀で。爆けなかった石が、あると聞いた。アラルエティーがユレヒドールの館で力を込めた、ネイアの石の核になっているとも。」
「しかし、それを用意したのはアリスの家では、無い。という事は、「それ」はあの子の石では無いという事。それに、俺は。」
じっと、見つめられる。
妙に、力のある吸い込まれそうな、青い瞳。
なんだろう、この人の、「なんでも知ってそう」な感じ。
白い魔法使いに、似ている様な、そんな感じだ。
「俺、自身は。アリスの事が無くてもあの祭祀を見ていればあれがお前の仕業だという事が、判る。そこに、爆けなかった、石。そしてクテシフォンの石。ネイアは石を持たない筈だ。色も、おかしい。」
徐々に瞳の色が深くなり、私をじっと睨んだ。
「お前は、なんだ?」
急に、空気が変わる。
検分していただけの瞳に、疑いの色が見え私の肌がザワリとした。
細窓から差し込む、薄い光の中。
光を受ける薄茶の髪が、透けて金色に見え余計に深い青が強調される。その瞳は、私を捕らえて離さない。
静かな、この深緑の森で辺りに人の気配は全く無く、私はただその深い青を見つめていた。
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