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7の扉 グロッシュラー
イストリアと風
しおりを挟む「え?そうだったの??!」
「ああ。だから、彼女に預かってもらうのが一番いいし、安全だろう。」
池の周りに蹲み込んでいた私達の話題は、このカラフルな石たちを何処に保管しておくか、という話だった。
「俺もすっかりその事は頭に無かったんだ。まぁ祭祀で色々あり過ぎたからな?でも、この前少しお前抜きで話していただろう?それでな………。」
以前、私の創った石が消えてしまった、件。
なんと、その「犯人」はイストリアだった。
レシフェの話によると、イストリアはたまに外に出る際、この旧い神殿を通る。
ここは、殆ど人は来ない。
神殿の倒壊が進まない様、点検がてら見回って貴石へ出掛けたりするのが習慣らしく、どうやらその時池で見つけたらしい。
かなり、びっくりしたみたいだけど。
とりあえず調べようと持って帰って、保管してあるそうだ。
「でも、お前が来た事は知っていた様だからまぁそうじゃないかとは思ってたみたいだな。かなり、「解ってる」しお前は……まぁ初対面だよなぁ………なんだろうな、この、既視感………。」
あ。そうか。
ハタと気が付く。
そう言えば。
ウイントフークさんのお母さんだって、私と朝しか知らないんだ。もしかしたら、気焔は知ってるかもだけど。
もう、言ってもいい気もするが流石に「秘密」と言われているので本人の許可は必要だろう。
とりあえずそれは保留にしておいて、私は池に手を入れ始めた。
イストリアの所へ石を、持って行くならば。
これらを全部、掬い上げなきゃいけないからだ。
「なんとなくだけど、俺らは手を入れない方がいい気がするんだよな………。」
「正解だ。」
気焔が何故、キッパリ言い切るのかは分からないけど。
なんでだろうな…?
しかしその、作業自体は楽しいので私はレシフェが何処からか出した袋に、カラフルな石たちをひょいひょいと入れていた。
結構な数があるので、手早くやらないとかなり疲れそうだ。
途中でクテシフォンに視線を飛ばすが、まだ手のひらにある石を開いたり、握ったりして見ているのが、分かる。
それを見てまたきゅっと切なくなった私は、なんだかゆっくり味わって欲しくて急ぐのをやめた。
いざとなったら気焔に手伝ってもらおっと。
多分、彼なら。
大丈夫だと、感じるからだ。
この、石たちに触れても。
しかし、結局全部袋に入れ終わってもクテシフォンはまだ、その状態だった。
少しずつ雲に灰色が混じり出して、そろそろ夕方近いのが分かる。
白い神殿の影がくっきり浮き上がり始め、私達以外に誰もいないこの空間が急に寂しく感じられるこの、時間帯。
確かに、もういい時間だろう。
レシフェと気焔は二人、何やら相談していたが、私はクテシフォンをじっと見て、いた。
本当は、声を掛けた方がいいのは解っていた。
でも。
この、ほんのりと橙が忍び寄る旧い神殿と白いローブのクテシフォン。
クテシフォンのローブにも影がくっきりと線を描き背の高い彼がまた、大きく見えた事に安堵する。
きっと、少しずつ、消化しているんだ。
そう感じられた事が嬉しくなって少し、ニヤニヤしてしまう。
さて、と切り替えてくるりと振り返ると、二人がこっちを見ていたので少しびっくりした。
「な、なに??」
「いや。お前ら、二人でひょいっと行って来いよ。俺はこいつを見届けたら帰るからさ。」
「え?いいの?」
チラリと金の瞳を確認する。
さっきの話はそれだったのだろう、そのまま頷く気焔にホッと安心した。
木も、伸びたし。
扉の、事とか。なんだか、色々。
少し、イストリアと話したかったのだ。
「では。行くか。」
「うん。じゃあ………お願いね?」
チラリとクテシフォンを見るが、やっぱりさっきと同じ動きだ。
クスクスと笑ってレシフェに手を振ると、気焔に手を引かれまた瓦礫の方へ向かう。
「あれ?朝は?ベイルートさん??」
あれ?
どこ行っちゃったんだろう?
神殿出る時迄は、留まってたよね??
二人とも何処かへ調べに行ったのだろうか。
しかし気焔がさしたる心配をしていない様なので、私も少し安心する。
多分、大丈夫なのだろう。
そう納得すると手を引かれるまま、金髪の後ろ姿を眺めていた。
「いらっしゃい。待ってたよ。」
紫藤に染まる魔女の店の扉を叩くと、やはり知っていたのだろうイストリアが迎えてくれる。
「また、面白そうなものを持ってきたじゃないか。」
そう言って中に招き入れられた私達。
「んん?なんかちょっと、違いますね??」
「そう?この前あれから畑の生育が良くてね?ちょっと、ハーブが多いのかもしれない。」
入った瞬間、大量の吊り下げられたハーブに迎えられる。
前回はハーブティーやスワッグの場所だった、前方のコーナー。そこにもこれからドライにされようというハーブ達が、所狭しと吊り下げられているのだ。
横から、上からと。
まだ色が鮮やかに残る、ハーブの花や葉は香りもフレッシュで「これはこれでいいよね…」と呟きつつ、イストリアについて行く。
「ああ、すまないが石はそこの棚に並べておいてもらえるか?君なら、大丈夫だろう?」
袋を持っている気焔に、そう説明するイストリア。
指した先には鍵のかかるガラス戸棚がある。
「厳重ですね?」
そう尋ねた私に、微笑みながら答えてくれる。
「大事な、預かり物だからね。ここは、誰でも来られる訳じゃないが。「この石」がまだ、どういった存在になるのか。それに、君の石が何に、どう、作用するのかまだ分からないからね。あの棚には簡単なまじないがかかってる。何しろ癒しの効果もあるのだろう?知らない間に周りが変化してたら、つまらないじゃないか?」
うん?
癒し効果ってなんで知ってるんだろう??
レシフェかな?
首を傾げつつ、扉を開け石を並べ始める気焔を見ていた。結構な数、あるからだ。
「さあ、君はこちらへおいで。」
手伝おうかと思っていた私を呼んだイストリアは、既にお茶の支度を始めている。
始めからそのつもりだったのだろう、私も気焔に任せて中二階へ向かう事にした。
気焔には悪いけど。
私もイストリアと、話したかったからだ。
まぁ気焔は気にしてないと思うけどね………。
注がれるハーブティーが弧を描く様子をじっと、見つめていた。
チラリとイストリアを見ると、微笑んで頷いているので私が訊きたい事を聞け、という事なのだろう。
正直、訊きたい事は沢山あり過ぎて私の頭の中は優先順位がぐるぐるしていた。
そうして半分、独り言になりながらも質問は口から滑り出ていく。
私が迷っている分、含めて全部。
聞いて欲しいと、思ったからだ。
「私、まだまだ解らない事が沢山あって。誰が、どう、思って動いているとか、派閥とか、柵とか。だから、石をどう配るのかとか、そんなのはウェストファリアさんにお任せだし、それでいいんですけど…。」
「「誰に」配るのかは、私が決めて、いいですよね?何となくだけど、そこは私が決めていいし、決めなきゃいけない事だと、思うんです。駄目ですかね?」
ああ、やっぱりこの瞳、似ている。
イストリアの瞳を見つめて、そう思う。
キラキラと、彼よりは薄く輝くその瞳は、色こそ少し違うが楽しそうに煌めく様子とその瞳に宿る、意志。
それが、おんなじなんだ。
だだ、この人の正しいと思うままに、心の赴くままに進んでいるその瞳。
だから。
私もこの人に、素直に真っ直ぐ、訊く事ができる。
イストリアは多分、考えては、いない。
ただ、私の事を楽しそうに見ているだけだ。
「うん、いいんじゃないか?」
思った通りの返事が返ってきて嬉しくなった私は、頷いてまた続きを喋り出す。
そう、自由に話せるこの空間では思っている事がペラペラと、口から滑り出てきてしまうのだ。
「判断するのに、少し、時間はかかると思うんですけど。やっぱり、そうします。私もゆっくり考えて、誰に、どの、石がいいか………楽しみだなぁ…フフ。」
「みんな、やっぱり迷ってて。その、迷っている中でも、やっぱり前に進みたくて。その迷いを持ちながらでも、前に進める力になってくれたらいいな、と思うんです。ネイアも、ロウワも。」
「友達も、みんな「変えたい」って言ってくれた。とりあえず、スタートは出来たんです。多分。ちょっと、年上の人達は大変かもだけど………。」
クテシフォンの顔が浮かぶ。
迷っていた。
もう、レシフェと神殿へ帰ったろうか。
男二人で灰色の夕暮れを歩く後ろ姿を想像して、少し笑ってしまうけど。
でも、それでも、やっぱり。
彼なら。
きっと、最終的にはあの、石と馴染んで。
きっと、受け入れられる筈なんだ。
「「正解」は、無いよ。だから、「失敗」も無い。君は、人生に「無駄」など無いと知っているだろう?損得で生きている訳じゃあない、君ならば。」
そう、イストリアが言う。
「敷かれたレールの上を歩む事しか許されない者たちの「普通」を変える事は、容易ではないよ。」
やっぱり、無理だろうか。
多分顔に出ていたのだろう、イストリアはまた笑いながら口を開いた。
「いやね?実は私は、「この石は君が配ってる」と公言しても、いいと思ってる。絶対、その方が面白いと思うんだけどなぁ………。」
「えっ………………。」
多分、私の目がまんまるになるのと、気焔が振り向くのが同時だったんだと思う。
「大丈夫」と気焔を手で制して、イストリアはまた笑う。
この人の、こういう所がいい。
また、ふわりと部屋に風が通った気がした。
「あのね。私は。いい機会だと、思うよ?まぁ危険は、あるよ。多分。勿論。しかし、それは今でもそうだしそれは根本的な解決には、ならない。逃げ、隠れ続ける事はね。」
「だからなんだ。丁度いいよ。この、石。申し分ない色と質、この世界には存在しない、特別な、もの。「判断材料」としては、申し分ない。君にとっての、敵か、味方か。「その人」が、「本当に欲しているもの」が何なのか。よーく解ると、思うんだが。」
……………………………確かに。
そう、思ってしまった私はひしひしと下の方からのプレッシャーを感じつつも、イストリアのアイディアをぐるぐると検討し始めて、いた。
うん、見ないように、しておこう。
うん。
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