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7の扉 グロッシュラー
禁書室
しおりを挟む「まぁお前さんの心配も、解る。私の事など殆ど知らんだろうからな。」
声が、聞こえる。
白い魔法使いだ。
?ふんわり、暖かい。きっと気焔にまだ包まれてるんだ。
何となく、自分は何処かに行っていたのだと思う。
少しずつ世界が戻ってきて、目を開けていないけど自分が今長椅子に座っていて、気焔に抱えられているのが分かる。
何の話をしてるんだろう?
まだ何となくぼんやりする頭で、そのまま話を聞いていた。
「何が、心配じゃ?誰かに、話すことか?それとも、お前さんらを利用する事か。まぁ色々、在るじゃろうが。」
気焔は何も、喋らない。
ただ私を抱える腕が、まだ少し固くてきっとまだなのだという事が分かる。
私はすぐに、人を信用しちゃうけど。
この人は、違うんだ。
まだ会って日の浅い、いくらウイントフークに似ていると言ったって。すぐに同じ様に、ホイホイ信用は出来ないんだろう。
白い魔法使いは返事を待っていた訳ではないのだろう、そのまま続けて話し始めた。
それは、私がいつか聞いた白い魔法使いの「色の変化」についての話だった。
「お前さんは、「持っている」のじゃろうが。大体、人の色などは変わってしまうものなんじゃよ。そう、その時々で周囲の影響を受けたり自分自身で変えることもある。まぁしかし凡そは流れのままに、緩り変化、するもの。それ即ち自然で当然の流れじゃ。誰が起こした流れであろうとも。この世界の、これまではな。」
「誰しもが知らず知らずのうちに影響を受け変化し、渦に飲み込まれていく。その、「安定」は在るが「なにか」が失われてゆく、世界。それが分かるか?お前さんは。「不動の者」よ。」
ああ、この人は。
「石」だという事は知らないとしても、気焔がそういうものだとは認識しているんだ。
静かに金色の彼に向かって話す白い魔法使いは、あの人の色が見えているのだろうか。
私はくるくると「自分の意思で変化する者」。
でも、そう、彼は。
何が、どうあったって「金の石」なんだ。
その時々で色は多少変化し、金から黄、橙から赤まで唸り、燃える焔。
しかし、そこに在る「核」はいつだって、最高に美しく輝く、あの、初めて見た時のままの宝石なんだ。
それは、似て非なるもの。
私は、この世界のものではないが。
柔らかく変化はして、溶け込み交わりつつ、そうして周りに影響を与える風を起こしていく者。
でも、彼は。
いつでも「そこ」に在るけれど決して変わる事なく在り続ける、「不動」でいて「不可侵」の存在。
彼は、それが解るんだ。
「なに」という事が知れなくとも。
私達が「柔」だとすれば「固」の存在の彼が。
私達とは決して、「交わらない」という事を。
暫く部屋は、静かだった。
腕の中なので、そう緊張はしていない私。
焔に包まれたままだったが、かなり薄い靄なので他の人に見えてるかどうかは分からない。
でも白い魔法使いは、色が分かるからなぁ………。
きっとこれもバレて、そう言っているんじゃないだろうか。
気焔の腕から少しずつだけれど、硬さが取れてきて場の空気が緩み始めたのが、判る。
視線で会話でもしていたのだろうか、気焔のため息混じりの声が聞こえた。
「見る、だけだぞ。」
「分かっておる。そう、野暮な事はせんよ。私が死ぬ前に、ここに来てくれて良かった。私は「色の変化」を追い求めているだけ。もう、見る事のないと思っていたこの世界の変化の、この時に。居合わせた事、幸運に思うぞ。」
その、厚みのある声に以前話した時の流れの話を思い出す。
何者も、流れ、消えていくこの「世界」で。
白い魔法使いも。
私だって。
いつかはいなくなり、しかし時間は流れ、同じ様に過ぎて行く、日常。
その、中でも。
「この人」は。
一人で、そこに「在る」のだろうか。
ふと、今迄頭の片隅にあったその話が、私の真ん中にやってくる。じわりと、薄い焔が侵食した気がして胸がホワッと、する。
イストリアとも、チラリと話したけれど。
「私達」が、ずっと、一緒にいられる方法。
その、「ずっと」とは。
しかし私の頭がこれ以上の推考を拒んだ。
包んでいる焔が急速に冷えた気すらして、これ以上考える事を本能が拒否する。
分かってる。今は、まだ。
駄目だ。まだ、しまっておこう。この想いは。
とりあえず、「今」じゃ、ない。
そうして頭を意識的に切り替える。
瞼に意識を集中して、起きる準備を、した。
ぼんやりと二人の姿が思い浮かんでそこにいるのだという意識がハッキリしてきた。
時間の長さは、違うんだろうけど。
なんだかこの二人は、似ているな…………?
結局もって、彼等がどういった合意をしたのかはよく分からない。
「なに」を見るだけなのか。
それも、分からないけど。
白い魔法使いの口調から、これ以上の詮索はしないであろう事が分かるので、私はそーっと、目を開け始めた。
そう、「今起きました」的な感じだ。
ん?
ちょ、っと、もしかして………?
そっと、目を開けたのだけれど。
既に二人の視線は私に注がれていて、さっきの「見るだけ」が私の事だったのだと解る。
気焔はいつもの色に戻っていて、やっと揺れる瞳が見れた。瞳の中で揺らぐ焔の色が、落ち着いて濃い黄色位になっている。
ホッと息を吐き安心してくるりと向き直ると、やっぱり楽しそうな青緑の瞳が、あった。
うん、なんだろうね………。
詮索はしないんだけど、純粋に何色になるのか興味はあるんだろうし、きっと私が「黄色なら出来るから大丈夫」って言った事、覚えてるんだろうな…………。
「それで?木は、どうなった?」
そんな私達の視線のやり取りを、中断する様に気焔が言う。
白い魔法使いは少し目を細めると、「もうすぐ戻るじゃろうて、少し待て。」と言った。
きっとクテシフォンが戻るのだろう。
でも見張りしてるんじゃなかったっけ?
交代してくるのかな………?
興味本位で彷徨いて、あの辺落ちたら危ないしね………。
そうして白い魔法使いは立ち上がり、いつもの様に本と資料の山の中へ歩いて行った。
「ああ、やっぱりか。」
禁書室に入ってきたクテシフォンは、開口一番私を見ると、そう言った。
パサリと払ったフードからはサラリとした濃灰の髪が現れる。クテシフォンは力の割に、髪色が濃いのだと思う。
ツカツカと白い靴音を響かせながら、自然に私の隣、長椅子に腰掛けた。
気焔はもう、いつもの壁際だ。
グゥ
「あ。」
ヤバ。
思わず口を押さえた私の顔を見て微笑む青い瞳。
きっとあっちの二人には聞こえていないだろうが、流石に隣には聞こえたのだろう。
ちょっと………。恥ずかしいな………。
「フフ。で、どうでした?外はもう、大丈夫でした?」
誤魔化す様に質問した私に頷きながら、顔を上げ奥のウェストファリアを確認している。
私も一緒に白い魔法使いを見ながら、クテシフォンの報告に耳を傾けた。
「しばらくは昼間も見回りする事にしました。流石に常駐するには人手が足りません。見た所、多分「普通の木」であろうと思いますので。しかし、あれはどこからだ?」
後半私に対しての質問になっている、クテシフォン。
でも私はそのクテシフォンの報告が何か気になってそれをぐるぐる考えていた。
「普通の木」?って??
普通じゃない、木もあるの?
何が違和感なのか、それも分からなくてなんとなく壁際へ視線を送る。
するとポツリと気焔が言った。
「ここには。無いだろう。」
え?
くるりと、クテシフォンを見る。
隣の彼は大きく、座っていても私の首は結構上を向く形だ。
青い瞳に不思議そうに見下ろされて、なんだか思わず白いローブを掴んでしまった。
信じられな過ぎて、つい、勢い余ってしまったのだ。
「まさか。「木」、見た事無いんですか?!?」
「そうだな?ここは勿論、デヴァイにも、無いからな?あっちには、小さい「木」までいかないものなら育てられているが。」
「えーーー?!ダーダネルスも空が無いって言ってたけど??外が無いって、本当なんですか??え?意味が分かんない。どう、やって………??なに?めっちゃ広くてでっかい建物??うん??」
私が一人、混乱している間にクテシフォンは白い魔法使いに報告の続きをしている。
「特に危険などは無いと思いますが。しばらく見物には行くでしょうね。しかも、アレもあの子の仕業という事になった。それは、それでいいんだが君への対応が、どう出るか………。ダーダネルスからは、礼拝も並べられたと聞いています。ミストラスには、なんらかの働きかけをした方がいいかもしれない。」
そういえば。
すっかり、飛んでたけど。
礼拝での私の扱いは、アラルエティーと同じものだった。
まぁしかもそれが原因で、あの石が光って木が伸びたのかもしれないし?
でもなんであの石、キラキラし出したんだろう?前は、そんな事無かったよね??
私がそこ迄考えると、タイミングよく気焔が背後に付く。
まさかまた、伝わっちゃったのかな?
「あの石は。お前の、創った石を幾つか核に、している筈だ。レシフェがウイントフークに送って、造らせたものだからな。だからだろうよ。」
ん?
あれ?そうなんだ??
え?でも、いいの??
私が、石を創れること。
気焔がここで、そう言うという事はこの二人はもう知っているのだろう。
気になってふと、隣の青い瞳を確認した。
見上げた少し、翳ったその瞳は。
複雑な、色と表情を映し出している。
なんだろうな………?
駄目、だった?
私の石なんか、要らないかな?
こんな小娘の石要らないとかだったらどうしよう………。それか、何か自分の石にするには特別な条件があるとか?
うーん。分かんないな………?
「石はな。「力」じゃ。己の次に、大切な、もの。」
「それをお前さんが、創ることが、できる。それを更に、配ると、言う。「この世界」では。凡そ、すぐには信じられる事では無いのじゃよ。残念な事に、な。お前さんの所為では無い。ここの、世界の、我々の内面の問題じゃて。」
そうか。
ネイアも、ロウワも。同じ、なんだ。
きっと、セイアだって。
受け取って、くれないだろうか。
私はその問題についてぐるぐる考えていて、頭上で男達の視線が飛び交っていた事には、全く、気が付いていなかった。
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