透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

外にあったもの

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静かな空気の中、私は少し油断していたのかもしれない。


緊迫はしていたのだろう。しかしネイアが目に入らない私にとっては誰も言葉を発しない、静かな礼拝堂だ。


ダーダネルスの陰に隠れたこの場所は、背の高い彼の白いローブに丁度私達二人の顔は隠れた状態。

私と、アラルエティー、二人だけのひっそりとした空間。
私達の前にあるのは、誰も座っていない規則正しく並ぶベンチだけだ。


大分明るくなってきた外からの光が当たる、ベンチと灰色の石床。
艶々と光るその深茶のベンチを眺めていると、礼拝堂の空気が沁み入ってくる。
ここだって、祈りの場なのだ。私の心がすぐに凪いでしまうのも、仕方が無いと思う。


そこで彼女の腕を掴んでいた私は、ふと指に触れた固い感触に下を向いた。


「あ、これって………。」

マズ。

思ったより、自分の声が響いてびっくりしたのだ。完全に、油断していた。

口に手を当て向かいの銀灰の瞳を、見る。

私と一緒に下を見たアラルエティーは、パッと腕を離してその手首を押さえていた。

そこには、金の鎖に赤黒い石が嵌った腕輪があった。
それを見た、瞬間。

一瞬で「あの人から貰ったんだ」という事がパッと閃いた私。

そう、「あの色」。

多分、この勘は当たっているだろう。

腕輪を握りながら私を見る、その、瞳が。
私の昨日までの瞳と、そっくりだったからだ。


大丈夫だよ、私あの人全然、興味ないから………。

そう、思っているのだけど流石にこの声の響く場所で今言える話では無い。

警戒させちゃったかな………?
折角この前、大丈夫だって言ったばっかりなのに。

だって、もし。
アラルエティーが、「あの人」の目的を知っているのならば。

私は彼女の「ライバル」になるからだ。


いや、絶対ヤダけどね…………。



私がどうしたものかと考えあぐねていると、丁度良いタイミングで足音がカツカツと近づいてくるのが耳に飛び込んで来た。

明らかにここに向かっている足音に、全員の目が向いているであろう事がダーダネルスを見ると判る。

そうして私はこちらへの注目が逸れている隙に、白ローブから青ローブに、託された。
気焔がいつの間にか近くに来ていて、ダーダネルスがくるりと私を気焔の陰に、入れたのだ。



「ふん、やはり「青の少女」の力だな。」


響き渡るその声と、言葉。

あの人だ。

その瞬間、ダーダネルスと気焔の行動の意味が分かり、私は大人しく気焔の陰に縮こまる事にした。
もう、私達はダーダネルスから離れて入り口方向の壁際に移動し始めていたからだ。

そうしてそろり、そろりと壁際を滑っていく。


誰も何も、次の言葉を発しない礼拝堂。

気になってチラリと、アリススプリングスがいない側、アラルエティーの方に視線を飛ばす。

大丈夫かな………?
ていうか、何の話、してるの??

一瞬、垣間見えたアラルエティーの顔は、ピンと伸ばした背筋に気品のある表情をしてさっき迄とは全く違う、表情だった。

何故だか私はを見て、胸の辺りがじんわりくる。
何となく、胸が締め付けられるのは何故なのか。

いや、だって多分。あの表情の原因って。
あの人が、来たからだ。

あの人の為に、「青の少女」を演じているからなんだ。


その、アラルエティーの姿にジンとしてしまったのだ。


私だったら、あんな風に………出来ないって言うか、やるの嫌だな………。

思考が脱線した所で、チラリと振り返る。
私の金の瞳を、確認したかったのだ。

「この人の為」なら。
私も、出来るだろうか。


しかし、安心する為にいつもの金色が見たかった私の期待は見事に、裏切られた。

その、私の目に飛び込んできた意外な色に面食らう。
それは、危険がある時の硬い焔の色。
いつもは揺れる、瞳の焔も揺らぐ事のない強固な濃い橙になり、今は緊迫した空気なのだと判る。

え?

ていうか、本当に何が、あったの?
聞いちゃダメだよね…………?


私を軽く抱える様にしている、腕。
少し、それに触れると視線をこちらに向けずに、気焔は言った。

「木だ。」


あー!

思わず声が出そうになって、慌てて口を押さえる。

そっか!
伸びたんだ、やっぱり。
それで?あの、窓から見えるくらい??

天空の門って結構上にあるから、かなり伸びたって事だよね??
えー、見たいな…………。


多分、気焔は今どうやってこっそりここから出ようかと考えているのだろう。
タイミングを図っているのだ。


すると「こちらへ。」という声が聞こえて、ダーダネルスがアラルエティーをネイア達の所へ連れて行くのが見える。
多分アリススプリングスも、もうその辺にいるのだろう。

気焔が少しずつまた、入り口の方へ移動しているので分かる。


そろーり、そろりと。

私も合わせて、移動する。

全く音を発しない彼の陰にいると、安心だけど私がヘマをしない様に気を付けなければいけない。
しかし、入り口迄はそう遠くはないのだ。

焦らなければ、大丈夫………でもそれでいつも油断してヘマするんだよな………。


しかし、私の心配は杞憂に終わった。

あと一息、という所で気焔が私をローブに包み礼拝堂から出るフリをして、飛んだからだ。


あの、ブワリとする感覚を久しぶりに感じて私はただギュッと、目を瞑っていたのだった。











「ほう、ほう。」


到着したのは、白い魔法使いの禁書室だという事が、分かるこの声。


瞼に白い光を感じながら、目を開けた私の前にはあの白い部屋の細長い窓が、あった。


すぐ側の机に白い魔法使いは座っていて、突然現れた気焔に気が付いた声なのだろう。
「面白そうだ」という顔をして、こちらを見ている。

「いや、気焔は、その………」

咄嗟に謎の言い訳を口にした私を手で制す気焔。
しかし白い魔法使いはは全く気にしていない様で、突然核心に触れた。

「やはりあの木はお前さんかい。」

「えっ?」

思わず気焔と顔を見合わせるが、金色の瞳にも驚きの色が浮かんでいる。

なんで?
伸びたの、さっきだよね………?


実はアリススプリングスが駆け付ける程度は時間があったのだから、外ではそれなりに騒ぎになっていたらしいこの、「木の事件」。

白い魔法使いは、中央の椅子へ向かいながら話し出した。

「詳しく、聞かせてくれるかの?はニュルンベルクが外へ行った時点で筒抜けじゃて、クテシフォンが見張りに行っとる。セイア達も集まりよったからな。」

そんななんだ…………。

気焔に背中を押され、いつもの長椅子へ向かい、ポンと座らされる。

元々、礼拝後は図書室へ行こうと思ってたけど。でも、朝ごはん食べてから行こうと思ってたんだよね………。

少しお腹が鳴りそうになってそんな事を考えてしまった。


「さて、あれはイストリアの所から伸びたのだろう?」

またしても白い魔法使いの口から、驚きの名前が出てきて「お腹が鳴るかもしれない」という私の心配は、ポンと飛んだ。

「えっ?………あ、そう、か………?うん、まぁ
そうですよ、ね………??」

よくよく考えれば、この二人が知り合いでも全くおかしくない。

「あ。」

「そう、あやつも白の家じゃ。表立っては誰も知らんがな?「あそこ」に居るのは。」

「そうですよね…。」

チラリと背後の金の瞳を見る。

言っても、いいとは思う。何となく、確認したかっただけだ。
つるりとした長椅子の背もたれに手をかけ、何気なく振り返った。


…え?

しかし、私の予想に反してその金の瞳はまだ硬い橙を宿して、揺れは見えない。
警戒の色だ。

それを見た私は、瞬時に悟り、反射的に口を開く。

ブワリと毛穴が開く様な、感覚。


待って、違う、駄目。

きっと、大丈夫。そんな目を、しないで?


  "私が、あなたも護るから。"


「ウェストファリアさん。気焔は私を守る為に、存在しています。」


無意識に立ち上がり、少し強めの声が出る。

‥まずい。

自分が何かに突き動かされる様に、どんどん興奮しているのが、分かるのだ。

身体の中から、何かが湧き上がってくる様な。

何処からか、力が漲ってくる様な。

何かが私の身体をどんどん満たしてしてゆき、自分の中がで満たされたのが、解る。


顔が、熱い。

ふわりと顔周りの髪が舞い、威圧に近い空気が全身から炎の様にチロチロと出ているのがなんとなく、分かる。
漏れ、始めている。
視認出来るかは、わからないけど。


は、私の石。

何者にも詮索はさせないし、奪わせもしない。

何者にも壊せない、崩せない私達の道は。


瞬間、チカラが足から地面に「ドン」と繋がり自分が大地とグラウンディングしたのが、解る。

この、「建物」じゃなく。

グロッシュラーの、この灰色の、に。


駄目だ。
落ち着いて?

この人は、一緒に風を起こしてくれるの。

大丈夫、なんだよ。


誰に語りかけているのか、自分なのか「中のあの人」なのか。

分からないまま、「落ち着かなきゃ」という思いだけが頭の中をぐるぐる回る。


足から地面、そこから今にも拡がろうかというチカラを抑えようと、グッと力を入れた時「パッ」と視界を塞がれた。

「落ち着け。吾輩は大丈夫だ。」

そうだ。

大丈夫、落ち着いて?

まだ、何も起きてないし、起きない。

私達に、危険は無いしこの人は私達を離す訳じゃ、ない。


この暖かさに、とりあえずは身を委ねて?

自分にゆっくりと言い聞かせて、背後の身体に身を預ける。



そうして暫く、私は落ち着くまでふんわりと金色に包み込まれていたのだった。



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