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7の扉 グロッシュラー

アラルエティーと礼拝

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あの後、すっかり寝たフリをしたまま起きたら、もう次の日だった。

正直、私にはよくある事だ。
うん。
お腹が空いて、起きたのだ。


もぞもぞと布団を引き寄せると、隣の気焔にポンと胸元から取り出された。

「お、はよう。」

なんとなく気まずい感じで挨拶をした私に、仕方の無い目をして髪を梳く気焔。

いつもの様にゆっくりと頭を撫でられながら、梳かれる、髪。
また、ウトウトと眠くなってしまう。

すると、それを見透かした様に低い声で話し始めた。


「あの、木は今の所離れた所からは見えない。暫くは誰にも言うなよ?」

「うん……伸びるかなぁ?」

「恐らくは。しかし、歌や祈りがなければ、そう急ではあるまいよ。」


うん?でも、今日この後礼拝ですよね……?


そう思ったけど、余計な事は言わないでおく。
どうせ、祈るのだ。
伸びたら、伸びた、その時だ。


気が済んだのか、頭をポンとするとベッドから出た気焔。
しかし彼は今、この部屋に常駐している。

つい、出て行くと思って見送ろうとしていた自分に可笑しくなりながら、朝の支度をする事にした。

着替えを持って、寝室の扉を開ける。

シリーは祭祀の後、暫くお休みにしているのでここで会う事は無い。

まぁ、鉢合わせする可能性も高いしね…。
シリーには、言ってもいいと思うんだけど何か危険があるといけないしなぁ…。

地階も秘密基地になってから、そう経たずに祭祀になったので、まだそう落ち着いていない筈なのだ。
子供達の力も増えて、心配な様な心配が減った様な複雑な気分だ。
何しろ、シリーには地階にいてもらった方がいい。

「覗くなよ?」

恒例のセリフを言うと、洗面室の扉を開けた。












白い石の廊下を、コツコツ響かせながら歩く。

複雑なアーチが組み合う天井は、下から見るととても高い。
まだ朝の早い時間の上部は薄暗く、灰色の重なるアーチを見ながら時の流れを思っていた。

あの、ピンと冷えた廊下の空気が幾分和らいだ、この頃。
心なしか靴音もソフトに聞こえる気がするなぁと思いながら、春の祭祀に思いを馳せる。

春も、外でやれるだろうか?

てか、元々外だったり?……はしないかぁ………この後食堂でご飯食べて、図書室行って、トリルを捉まえて、うーん?
でもきっとあの時話したから、春の祭祀を調べ始めてる筈。うん、後で探そう。
本じゃなくて、トリルを。


私がちゃっかりトリルに便乗しようと悪巧みをしている間に、もう礼拝堂だ。

最近、アレコレバタついてたり、起きた後は礼拝を少し免除されていたので、朝の礼拝に参加するのは久しぶりだ。
やはり、午後の方が余裕はあるので最近は午後に参加する事が多かったからだ。


「うん?いつもより、人が多いね…?」

入った瞬間、そう呟いてしまった。


いつもと少し、違う景色。

まだ、始まる迄は少し時間がある筈だ。
いつもなら、半分くらいが揃う所だろうか、しかし今日はいつもの全員が揃うよりも少し、多い。

ネイアの数は、そう、変わらない。

多分、セイアが多いんだ…………。


「みんな早起きになったのかな?」なんて、そんな呑気な事を思った私は、とりあえずいつもの様に前に進んで行った。


私の足音に気が付いて、振り向いた人々がサッと道を空ける。

いつもは広いと思っていたこの、ベンチの間のスペースも少し手狭に感じる。
真ん中の道を空ける様にベンチに沿ってネイアとセイアが捌けて並ぶ。もう、みんな大体順に並んでいる様だ。

空けられた灰色の道を目で辿ると、正面の見事な空色の髪がパッと、目に入った。アラルエティーだ。


あ。
そうか。

うん?
なら、私は一番前じゃない方がいいよね?


そう瞬時に判断した私は、ゆっくりと真っ直ぐ進む。

気焔は途中で青の所に並ぶが、朝の礼拝に参加する青はいない。要するに、ネイアの最後尾だ。

そういう所が、自由だよね、なんか。
あの家。


そんな事を考えつつも、私は途中で立ち止まり、ダーダネルスの隣に立った。
見知った顔が見えて少し安心したのと、この場で銀はミストラス、アラルエティーと私しかいない。
次に並んでいるのが丁度、ダーダネルスだったのだ。

「今日は朝なんだね?」という、声に出さない私の視線に頷くダーダネルス。

私達が前方のミストラスと祭壇に視線を戻すと、丁度彼がこちらへ足を踏み出した所だった。


「ヨル、こちらへ。」

うん?

ミストラスは私に前に来る様手で促すと、そのままいつもの位置に、戻る。


え?
どこ?

いつものところ?でも、アラルエティー、いるけど??

私がいつも立っていた、ミストラスから一つ空けて、隣の位置。
そこには、今アラルエティーがいる。

でも多分、前に来いって事だよね………?


とりあえずミストラスの顔を見ながら、ゆっくり前に進む。

どっちだろう?ミストラスさん、挟むの?アラルエティーの隣??

銀のローブと薄灰色の髪が動くのを見て、アラルエティーの隣の方が当たりなのだと分かる。

そのまま進んで、隣に立った。


正面の「あの絵」と、祭壇の石、細長く大きな窓が並んでそれらを照らしている白灰の聖堂。
今日はお天気の所為か、少し壁肌が青味を帯びている。


大丈夫かな……………?

まだ、礼拝は始まらない。チラリと、隣を確認する。
しかし、当のアラルエティーは少し私を見て微笑むと、すぐに正面に向き直った。

うーん?どうなんだろうな…?

彼女の表情からは、何も読み取れなかった。


そうして私が一人ぐるぐるしている間に、礼拝の時間を示す、ミストラスの踵が鳴った。
全員が揃って、時間になると後ろを見ているミストラスが「カツン」と踵を灰色の床に打ち、礼拝のスタートを知らせるのだ。


さて、じゃあとりあえず祈りますか………。


そうしてその日の、朝の礼拝が始まった。




あ、あれ。
新しい、石だ………。

真面目に祈ろうと思っていたのに、一度跪いて顔を上げると石が目に飛び込んできた。

さっきからここには立っている筈なのに、まるで今初めてここに現れました、という様に存在をアピールしてくるその、黄色の石。

この礼拝堂の石は、ネイアの石を集めて造られた物だと、聞いていた。

でも、「あの時」爆けて。

は確か、レシフェが用意したと言っていた。と、するとウイントフーク経由か…。

何か、関係あるのかな?
なんだろう……?


以前、礼拝堂にあった石よりも黄色が少し、濃い石。
ネイア達は、またに縛られているのだろうか。

私は、石を渡す事が、出来るのか。


大きな石の中が、光を受けて何やらモヤモヤと揺れるのを、見ていた。
みんなが祈っているからだろう、少し中が揺らいでいる様に見えるのだ。


 ザッ

次の瞬間、自分一人が屈み遅れた事に気が付き慌てて合わせる。

危ない、危ない。
ちょっと集中、しないとね。


気持ちを切り替えて、目を瞑る。

ミストラスの心地良いリズムに合わせて、私も口を開き、声を乗せていく。
そう、唱えてすら、いなかったから。


そのままふわりと声を上に乗せると、丁度良くふわりと重なって、みんなの上を滑っていくのが分かる。

何故だろうか、特に意識した訳ではないけれど祭祀の時の様に重なる祝詞がふわり、ふわりと辺りを舞いみんなの間を抜けて行く。

少し、楽しくなってきた。

朗々と響くミストラスの特徴のある声、響く大きな空間、高い天井。

正面からの細長い光が閉じた目にも、美しく映る。外は、お天気がいいのだろう。
雲は、あるんだろうけど。


心地よい光も差し込んでいるのが解って、目を閉じているけれど前にある黄色の石が、反応しているのが判る。

キラキラとした、光の粒。

始めは微々たるものだった、その光が石の中で少しずつ増える。

小さなラメの様なキラキラから、線香花火のようなキラキラ、無数に煌く光が祈りを祝福している様に感じられて、空間が浄化されてきた様に思う。
もしかすると、溢れるか。


あの、青の本を見つけた時に似てるかも………?


そう気が付いて、原因が自分かも知れないと思い当たる。

「そろそろ怒られるかも」と思った、その、瞬間。


「は?!なんだあれは!」

突然大きな声が聞こえ、「礼拝中ですよ!」と注意するミストラスの声が続く。

しかしその声の主はそれを聞く事なく、そのまま祭壇を通り越して正面の窓へ進んでいた。


うん?なに??
どうしたの??

誰?何事??


もうほぼ終わりに近い祝詞も中断し、一変してザワザワとする、礼拝堂。

さっき迄のキラキラは何処へ、少し心配そうなヒソヒソ声が漂っている。


ミストラスがツカツカと窓に進み、「その場で待て。」とダーダネルスが皆に指示している。

この場では私達の次に身分が高いのは白ローブの彼で、次の黄色は既に窓へ駆け寄っている。

多分、あれはニュルンベルクだろう。

あの、背格好と自由な感じ。きっとそうに違いない。

後のネイアは茶と赤のローブのみ。セイア然りだ。
その茶ローブのネイアは私が話した事のないネイアのうちの一人。何を教えている人だろうか。


「外へ、行く。」

私が一人ぐるぐるしている間に、大きな声でそう言い残してそのままニュルンベルクが足早に出て行く。何人かの黄ローブのセイアが追って行った。


外?

一緒に窓の外を見ていた筈のミストラスが戻ってきて、ダーダネルスに指示を出している。


一体、何が起きたの??
窓の外って、何にもないよね?

………………あの、天空の門、以外は。



「銀とネイアは、残れ。あとは解散。真っ直ぐ食堂へ行くように。」

何かを話し終わったダーダネルスの指示は、こうだった。

ゾロゾロと出て行くセイアを見送りながら、隣のアラルエティーを見る。

少し不安そうだが、それを押し隠している様に、見えた。確かに来たばかりでこの、物々しい雰囲気は怖いかもしれない。
声はかけないけれど、かけやすい様に少しそのまま側で様子を伺う事にした。

私から話し掛けなければ、セーフだよね?


その後はネイア達は丸くなって集まり、気焔は何かを聞いて外へ行ってしまった。

その場に残ったのはミストラス、アラルエティー、ブリュージュと知らない茶ローブの男の人とセレベス、ダーダネルス。
ネイア以外の私達は、少し離れた場所のベンチの横で待機だ。

なんで、待たされてるのか説明はして欲しいけど。


そうして私は気が付いた。

ネイア達は丸くなって話していたのだけれど、少し離れた所にいる私達を、じっと見ていた事に。


えっ。
なに?
話、終わったのかな?


いち早くその状況に気が付いたダーダネルスが少し私を隠す様に「大丈夫ですか?」と立ち位置を変える。アラルエティーは多分まだ気が付いていなくて、礼拝堂の装飾を眺めていた。

私はそんな彼女をチラリと見て、「あの空色の髪はやっぱり凄いな」なんて呑気な事を、考えていたのだけど。


その時、バタバタと足音がして黄ローブ達が灰色の礼拝堂へ帰ってきた。

カツカツと歩を進めるニュルンベルクの視線の先は、ミストラス。

誰もが息を飲んでシン、としていた時、私の目は最後に入ってきた金色を捉えていた。


「どういう事だ?」

「私は何も、知らないが?多分、「祈り」の所為だとすれば。」


そうしてミストラスの首が、くるりとこちらを向く。


嫌な、予感。


これから何がはじまるのか、分からないけれど。
とりあえず、ダーダネルスがいてくれて良かった………。

完全に隠れている訳ではないが、人一人、間に立ってくれるだけで随分違う。


しかし隣に立つアラルエティーの顔はやや、青い。
多分、全員がこちらを凄い目で見ているのだろう、アラルエティーの表情でそれが判るのだ。

ちょっと可哀想なんだけど、ここで動いていいものか。

チラリと頭を過ぎる、その想い。


でも、決めたんだ。


そう思った時には、私の手はアラルエティーの手を引っ張っていた。
そう、彼女の意図が、目的が、何だったとしても。

私がここで、彼女をこの視線に晒す、理由にはならないんだ。

何となくだけど、好意的とは言えない、視線のまとに。


そうして私はアラルエティーもダーダネルスの陰に隠すと、この後の展開をじっと、待っていたのだった。







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