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7の扉 グロッシュラー
それぞれの、想い
しおりを挟むいつの間にか、窓から明るい光が差して部屋の中がいいお天気だ。
部屋の差し色が、若草色になっているのもあると思うけど。
外の雲は、まだ厚い。
あれからそう、変わらぬ空に期待はするけれど早々変わるものでも、ないのも分かる。
一応、グロッシュラーにも晴れと、曇りは、ある。
雨が降ると、きっと綺麗だろうに。
パミールがお代わりを入れてくれている間、そんな事をボーッと考えながら窓を見ていた。
私が座っている位置からは、パミールの部屋の全体がよく見える。
若草の差し色を楽しみながらも、机の上にあるお化粧道具が少し、増えている事に気が付いた。
祭祀後、レナに会ったのだろうか。
「パミール、あの後レナに会った?」
「ううん。」
私の視線を追って、聞きたい事が分かった様だ。
パミールは興味深い話をしてくれた。
「あの後なんだけど。あの、祭祀の場に。「全員」、いたじゃない?なんだか、こっそり通う奴が増えたらしいのよ。まぁ、普段見る事が無かった人を見て……なんて言うか…少し、変わったのかも?ね。分からないけど。」
「うん?そもそも、ネイア?セイア?って、あそこに行ってもいいんだっけ??」
私の素朴な疑問にガリアが答える。
「表向きは駄目よ。勿論。でも、うまくやって行ってる人は、いたみたい。ほら、ニュルンベルクが行ってて、パミールにあれ、くれてたでしょう?」
「ふんふん。それで、どうして?大丈夫に、なったの??」
顔を見合わせる、二人。
「詳しくは、分からないけど。」
そう言ってパミールはため息混じりに教えてくれた。
「ヨルは、人に聞いちゃ駄目よ?ほら、以前はお金があれば、行ける場所だったのよね。あそこは。でも今は。」
「なんと、門前払いの時も多いんだって!ニュルンベルクが自慢げに話してたんだけど。あの人は結構一人の人にずっと、通ってたみたいなんだけど、そもそもそういう人じゃないと「それ目的」の客は断られるらしいの。それで逆に興味が出て「俺なら」とか、チャレンジする奴が増えたみたい。」
「それに。」
ガリアが引き継いで話し始める。
「多分、今回の祭祀の話がもうデヴァイでもかなり噂になってる。まぁ、それは仕方が無いとしても貴石の「力」が上がった事も、伝わってる。それで今迄は、大して興味も抱いて無かった奴らが家からも許可が出て行ってるみたい。セイアだって、いるわよ…。もう、なんなのかしらね…。」
「まあ、勿論、一部よ?そこまでおかしな事にはなっていないと思うから、ヨルが心配することじゃ、ない。」
気を遣ってくれているのが、解る。
でも、姉さん達は大丈夫だろうか。でも二人の言う通りあまり私が直接、探る訳にはいかない。
レナに会わなきゃ。
とりあえずそれだけ、心に留めておく。
「二人も、気を付けてね?なんか……。」
「大丈夫よ。」
「うん、気を付ける。」
「で?ヨルは何か言いたい事?聞きたい事?あったんじゃないの?これの事?」
「あ、ううん、違うの。あのね…………。」
少し、モヤモヤは残るけれど。
そうしてやっと、私の神様質問が、始まった。
「二人は、歴史ってやってる?家では、何か教えられるの?あっちと、ここの関係とか。」
そもそも、デヴァイって学校とかあるのかな?
ベオ様はシャットに来るのが珍しいみたいな事、言ってたけど。
実際、その類の話を聞いた事のない私はここぞとばかりに二人に質問する。
とりあえず神がどうこう、の前に歴史を学んでいるのか、そもそも勉強というものをしているのか。
二人はそれぞれ考え出して、先に口を開いたのはパミールだった。
「私の家は。兄妹が多いせいもあるかもしれないけど、結構自由でね。あの、中では。婚約者がまじない道具をやっているせいもあって、少しは勉強したけど。でもそれぞれ家で、違うんじゃないかしら?婚約者がシャットにいた事もあるから、一通り世界の事と何となく、歴史は分かる。ザックリだけどね。」
「パミールはちょっと女の子の中では変わってるから。」
「ガリアに言われたくないけど。」
二人のやり取りにクスクス笑いつつ、ガリアを見ると頷いて話してくれる。
「うちは、本当ある意味あそこでは普通、の真ん中の家庭よ。色も茶だし、悪くはないけどよくもないし。だから、私はあんまり勉強はしてない。ここに来て、やってる感じ?」
「向こうは学校とかは、無いの?」
「「無いわね。」」
二人がハモった。
しかも食い気味に。
きっとそんな所にも不満があったのだろう、ガリアが続きを話してくれる。
「あそこは。別に、私達なんて、どうだっていいのよ。なにか、血?家?が大事で。それを続けていく事にしか、興味が無いんじゃないかしら。だから、私達女は子供を産むためだけに存在していて、勉強なんて必要無いと、思われてるんだわ。」
うん?
昔の私の世界みたいだな??
そんな時代、あったよね?
うろ覚えの、私の歴史。こんな事なら、ちゃんと真面目に授業を聞いておけば良かったと、思う。
それならもう少し参考にできたかもしれない。
ガリアの話は続く。
「半分逃げ出したくて、ここに来た。でも、今はもう帰るのも憂鬱。知れば知る程、外に出たくて、堪らないもの。シャットにだって行ってみたいし、なんならラピスにも行きたい。……だって。」
濃い、茶色のパッツン前髪から覗く、青い瞳。
それは、真っ直ぐ私を捉えていた。
「外は、穢れてるなんて。……嘘だった。それは、ヨルを見れば解るもの。」
その、強い、青に捉われて。
何かをバーンとぶつけられた様な、そんな衝撃を受けた、私。
静かな生成色の、部屋で。
ガリアの強い瞳と、静かに私を見ているパミール。目が合うと頷く彼女が「私もよ」と言ってくれているのが、解る。
額から鼻の辺りがジワリとしてきた。
ヤバい。
泣きそう。
その、ガリアの言葉が。
多分、今迄抑え付けていた自分を、肯定してくれている気が、して。
とりあえず、何が自分にできるのか、分からなくて。なにも、出来ていない気がしてて。
なんとなく、もがいていた、私でも。
何かを、感じ取ってくれた、人がいた。
その事実が、とてつもなく嬉しいのだ。
そっと、パミールがハンカチを差し出してくれてやっぱりポロポロと流れていた私の涙は無事、その生成りのハンカチに吸い込まれたのだけれど。
なんて、言っていいのか、分からない。
…分からないんだけど。
「…………ありがと。」
それだけ言うと、涙を拭って鼻をすする。
綺麗じゃないけど。
それが、いつもの私だし。
流石にこの、パミールの可愛いハンカチで鼻をかむのは、気が引ける。
そうして私は、こう、言った。
とりあえず、二人にそれだけは、言っておかなくてはいけないと思ったから。
「あの予言が。本当かどうか、私が「青の少女」なのか。本当の所は、分からないの、私も。でも。」
上手く、笑えているだろうか。
「でも、私は目的があって旅をしていて、その途中で出会った人、みんなに。幸せになって欲しいと、思ってる。出会った人、みんなに助けてもらって。私は旅を、してるから。みんなが、自分の思うように。自由に、暮らせる日が来るのなら。私はそれを助けるし、「青の少女」だって、やるよ。」
誰も、喋らなかった。
でも出会った頃よりも。
パミールの灰色の瞳は明るく輝いているし、ガリアはなんだか少し、怒っている様にも見える。
キラリとした、青の瞳。
「ヨル。」
その声を聞いて、パミールがガリアの肩を叩く。
「分かってるけど。」
「ヨルの、所為じゃないわ。」
「でも、自分が。この世界が。」
「うん、解るよ。でも、時間が、かかる。」
二人のやり取りがよく分からなくて、ハテナ顔の私。
でも、涙は引っ込んで二人の様子を眺めていた。
熱くなるガリアを、パミールが止める。
ある意味、いつもの光景だ。
「ごめんなさいね。」
そう、謝るパミールだが謝られる理由が全く、分からない。
「私達は、自分達に憤ってるのよ。仕方が無い事とはいえ、何も気付かずに、きちんと世界を見ようと、しなかった自分達に、ね。与えられていなかった、その環境もあるけれど。不満だけ、募らせたってそれだけじゃ何も、ならない。諦めてた、だけ。…………結局、長い事それを続け過ぎたのよ、みんなが、ね。昔、それをしようとした人だって、…いたのに。」
私の顔を見て、言うパミール。
もしか、しなくても。
「それが。あの、新説を研究していた人、って事よね?」
黙って、頷いた。
嘘は、つけない。
それに、二人はもう殆ど核心に、気が付いているのではないだろうか。
この世界の、しくみ。
どう、モノが流通して、誰が何を作ってそれがどこへ流れ、どこが得をして誰が得をして、その結果、誰が。
その、煽りをくらっているのか。
損をしている人がいる、搾取されている人がいて。
自分も、その輪の中の、一部で。
大きな、この「仕組み」の、歯車の。
中に、自分も組み込まれていること。
そう、原因は一つじゃない。
全部、みんな、そうなんだ。
「でも。」
私の声に顔を上げる二人。
目を逸らさずに、続ける。
だって。
「私、扉を旅してきて、思う。誰が、って言うんじゃなくて。みんななの。上手く言えないかも知れないけど。」
「みんなが。加害者であり、被害者でもあって。多分、「誰」、とかじゃなくて。」
「そう、こうなっている、大元は探さなきゃいけないんだけど。でも多分、「それをすること」が目的じゃ、駄目で。多分……」
「気が付いて、変わること、なんだと思う。」
「その、悪いやつを「えいっ」って、やっつければ、終わる訳じゃない。だから、「みんな」の問題で、多分、一番悪いのは「無関心」とか「見て見ぬ振り」なんだよ。」
「なんだかごちゃごちゃしてきちゃったけど……………。とりあえず、そんな、落ち込まないで!」
一瞬の間の、後。
顔を見合わせ笑い出す。
「なんで私達が、ヨルに励まされてんの?」
「だから、じゃない?」
「まあ、そうね!」
よく分からない事を言う二人と共に、笑う。
だって。
笑ってないと、やってられないよ。
こんな。
こんな、大きな、全部の、問題。
でも、だからこそ、「みんな」の、力が必要で。
こんな、女子会みたいな場だって。
「私たちのための」未来を話して、考える事って、必要で。
女の子だからとか、子供だからとか、世界が違うからとか、そんなのは全然関係無くて。
全部は、繋がってて、一つが良くなっても駄目で。
「「みんなで」。頑張ろうね。」
私の、頭の中と同じタイミングでガリアが、言う。
「「うん。」」
「よろしく、みんな。」
「でも、独り行動禁止だからね?気を付けてよ?とりあえず、お願いがあれば、言うから。」
「てか、そもそもまた話ズレてない?」
「気付いた?」
「ホント。ちょっと待って、本題引っ張り出すから!」
みんなでケラケラ笑いながら、言い合う。
そう、こんな時間。
こんな時間が、いっぱい、あればいいの。
パミールがまた立ち上がり、お茶の葉を取りに行ってくれる。
私もカップに残ったお茶をグッと、飲み干した。
多分、もう一杯飲んだらお昼だと思う。
私のお腹は、そう言っている。
今日は、図書室行けないかもね?
そう、思いながら。
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