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7の扉 グロッシュラー
橙のビオトープ
しおりを挟むそう、私のやりたいこと。
それはいつだって「色」がある事だ。
世の中もっと、美しいもので満たされるべきだし、色を使うことの楽しさ、色が気持ちに与える影響を知ること。
その時々に、出る色が自分の心を映し出すこと。
ここは、子供達がやっているから、余計に。
「みんなで」この船に、色を着けたいと思ったのだ。
船内を歩いても、外から見ても、装飾や細部が進んだのは嬉しいが何処もかしこも、灰色。
子供達には、まじないに色のある子も多い。
でも、何故だか行使するまじないに影響は無い様だ。
もしかしたら、「繋がれ」の時になんかあるのかな………。
つらつらと考え事をしつつ、とりあえずは水槽を作る事にした。
何にせよ、色を作るには許可が必要だから。
まだあの二人は話し合い中だし。うん。
「お待たせしました!」
バーンと登場したつもりの私に、デービスは普通に「こっちだ」といい、ナザレが笑っている。
そうそう、きっとナザレも喜ぶ筈。
私はまだナザレへのお礼をしていない。
色石なら、丁度いいと思うんだけどなぁ?
そうして案内されたのは、船の裏側で丁度入り口からは見えない奥のスペースだ。
大きな倉庫はまだまだ広い、奥がある。
確かに中々大きい水槽なので、誰かしらが来た時すぐに見つかるのはまずい。
そして私はこの倉庫の奥に小さな家なのか、小屋なのか、建物がある事に気が付いた。
今迄も多分目には入っていたのだろうが、近づく事で少し見えてきた生活感。
以前はてっきり材料などを置いてある小屋かと思っていたけれど、これはもしかすると?
くるりと振り返ってデービスを見る。
「ご名答。俺達はあそこに住んでる。」
「ふぁ~、そうなんですね。」
流石に私も学習している。
物凄く見たいけど、失礼にならない様我慢してちょっと外観だけを楽しむ。
船と同じ様な材質の部分と、木で作られた簡易的な家。
窓もきちんとあってカーテンが掛けられているのが見える。
男三人、だよね??
意外と可愛らしい色のカーテンが誰のものなのか気になったが、ここは古くからある筈だ。
どのくらい前なのかは分からないけれど。
でもきっと、後でレシフェに聞く方がいい。
そう切り替えると、水槽の板へ向かった。
「どこに、置きますか?」
そのガラス板は丁度船の裏側、だだっ広いスペースにポツンと置かれていた。
「だよなぁ。真ん中、じゃあアレか?」
「どうだろうな?」
「うーん?目立たない方がいいけど、この辺がいいかなぁ………。」
倉庫の中は一応満遍なく、まじないで明るい。
でも私は、天窓の光が届く方がいいのではないかと思った。
幻の魚は、普段あの橙の川を泳いでいる。
やっぱりシャットにも、夜もあって、朝も来るからね。
その旨を説明すると、二人とも頷いてくれた。
結果としてなんだかちょっと、真ん中にはなるけれど。
船とは少し距離を取って、丁度奥のスペースの真ん中、船寄りに、巨大水槽を設置する事にした。
ガラスをくっ付ける事自体は、そう時間はかからない筈だ。
ナザレが土台を作ってくれている間に少しだけデービスと話す。
邪魔にならない様、少しだけ箱舟の方に歩きながらどう話そうか、少し考えていた。
この人が、何を思ってこの船を造っているのか。
予測は付くけれど、一度聞いてみたかったのだ。
「デービスさんは、これ完成したらどうなると思ってます?」
二人で船を見上げながら、立ち話だ。
甲板では子供達があちこち歩いて、作業しているのが見える。
船から視線を外さずに、彼はこう答えた。
「俺がこれを受注した時、既に前任者は退いた後だった。話す事はなかったが、残された資料からは可能と不可能の間で揺れている様子が分かったよ。理論上、飛ぶ事にはなっているが。莫大な、力が必要だからな。まずそもそもそれを集めるのに何年も、かかる。」
チラリと私を見るデービス。
「二年分」というシュレジエンの言葉が頭を過ぎる。
「彼が「どんな形で」退いたのかは知らないが、多分、俺達は。」
「この、デカい船が飛ぶところを見たいだけなんだ。」
淡々と、そう話すデービス。
その静かな声に、諦めの色は無い。
そうだよね…………。
船から視線を動かさない彼に、チラリと目線を送る。
思った通り、彼等は。
純粋に、まじないで造った船を飛ばしたいだけなのだろう。
私はこの前「これは飛ばない」と思ったけれど。
多分、やろうと思えば。
「できる」よ、ねぇ………。
えっ
どうしよ。
駄目駄目。
いや。
怒られる。
でもな。
うん。
いつかは。
大丈夫な日が、来るといい。
デヴァイの、目的がハッキリして。
「これ」が利用される事が無くなれば。
「飛ばして」みたいじゃないか。
そのために造られた船なのだから。
「うん。ですよね。」
「おーい。出来たよ!」
私がそう、返事をするのとナザレが呼ぶのと。
それは殆ど、同時だった。
「はーい!行きましょう!」
デービスに声を掛け、くるりと振り返る。
さあ、出番だ。
頼まれていた、仕事をしなくちゃね!
黒っぽい、土台が組まれている。
少し、水槽より大きいであろうその土台を確認してから、ガラスを確認に行く。
ほんのり、青っぽい感じのする、分厚いガラスだ。そういやガラスは何処から調達するんだろうな?
そう思いつつも、イメージを固めていく。
幻の魚は、いつ持って来るんだろう?
レシフェ、私も連れてってくれないかな?
無理だよねぇ…………。ずるいな。
きっとグレフグ君に頼むんだろうに。
あの子は、私の魚よ?
つらつらと考え事をしながら、水槽を思い浮かべていく。
目を閉じているけれど、きっと甲板に子供達が集まってきているのが、判る。
小さな可愛い声が、コソコソと聞こえてくるからだ。一応、みんな静かにしようとしてくれているみたいだ。
その様子も思い浮かべながら、自然と口角が上がる。
そう、やっぱりまじないは楽しんでやらなくちゃ。仕上がりも違う筈だよ、きっと。
みんなが、楽しめる水槽になればいいなぁ。
絶対、綺麗だもん。
一匹じゃなくて、三匹くらい泳ぐともっといいんだけど………。高いかな??
目を瞑ったままで、スイスイ手を動かしていく。
イメージであの、大きなガラスを持ち上げるのだ。
少し、手に力を込めて。
グワっと、上に手を上げる。
感覚で、なんとなくガラスが上がったのが、分かる。
自分がまじないの中に入ったのが解って、そこからはスムーズに組み上げられる事が判る。
少し、フワフワした青い空間にいる様な感じだ。
今回のガラスが、青っぽいからかな?
えーと、どれ?
コレが下で………こっちが、横。
左右を着けて。
よっと。これで、オッケー。
うん?おしまい?
水は?入れる?
「ねぇ、藍。橙の川って、出来る?幻の魚って、普通の水でも生きるのかな?ん?ていうか、鱗を剥ぐから育てるワケじゃないの??えっ。」
そういえば、そこは聞いてない。
自分で言いながらビックリしてしまった。
でもな………どっちなんだろう?鱗だけなら、水槽は要らないよね?
「そうねぇ。何匹かお願いしたら?きっと、聞いてくれるわよ?」
「そっか。…………そうね、鱗は別で、持ってきてもらお。子供達に見せたいし。こっちは、育てる用にしよう。うん。」
藍と相談して、一応橙の水を入れてもらう。
一度、あの下の迷路に入ったので、どうやらどんな水かは解るらしい。
あの、ベオ様と迷子になった時の事だ。
それがまさか、こんな所で役に立つとは思わなかった。
「じゃあ橙の川に似たような住処にしておくわね。」
「ありがとう、お願い。」
そう言ってくれる藍に感謝して、再び目を瞑り橙の川を思い浮かべる。
あの、不思議な色合い。
流れているのかいないのか、揺ら揺らと揺れている不思議な水。
橋の上から見る光景。
シャットの、空。
煙突の景色もやっぱり、ベースは橙色だ。
キラキラした水面と鱗、あの子達が住み易いように、子供達も綺麗なものが、見られるように。
みんな、お願いね。
綺麗なものを、沢山見せてあげたいんだ。
いつも、具現化は大体宙に頼むけれど、みんなが協力してくれているのが、分かる。
蓮、藍、宙、クルシファー、ビクス。
それぞれのいろが私の周りをフワリ、フワリと舞っているのを感じる。
少し暖かい、その光に包まれてこのまじないがきっと最高に美しくて、出来上がりも素晴らしくなる事が分かる。
いつもありがとう、私の、石たち。
みんなで、光を、届けようね。
そうして、願いが終わる。
静かに目を開けると舞っていた光が腕輪に戻り、広げていた手のひらから、力がスッと抜けた気がした。
興奮した高い声が、聞こえる。
子供達の声が、徐々に耳に届く様になってきた。
どうやら私はまじないに深く、入り込んでいた様だ。現実に戻るのに、少し時間がかかった。
目の前には橙の水をたっぷりと湛えた大きな水槽。
下の方には白と銀色っぽい、大小の岩の様なもの。
きっと幻の魚の住処に違いない。
あの川底はきっと深くて見えないのだろうけど、藍が上手い事やってくれたのだろう。
隠れられる棒の様な物も幾つか見えるし、半透明の橙の水はこの世界ではとても不思議な光景だ。
そもそも、私の世界にだって橙の川は無いけどね。
「懐かしいな。」
「…………そうですね。」
デービスとナザレが頷きながら、しみじみと呟いている。
確かに、二人は元はラピスの人だけれどシャットからここへ来ている。
この色は、印象的な筈だ。
なんせ、あの世界は橙が過ぎる。
「二人は、シャットに長かったですか?」
「そうさな。俺は17からだから、シャットも長い。」
「そうなんですね………。」
デービスは見た目は40代だと思うが、いくつなのかは知らない。
ナザレの方が、10程度若いのか「シャットとここ、半々くらいですね。」と言っている。
「この色、始めはどうかと思ったんですけど、結構慣れるといいですよね。寧ろ本当、懐かしい………。」
私なんて、一年もいなかった。
でも、懐かしいと感じてしまうこの印象的な色。
二人は夕暮れ時の様に、切なくなってしまうだろうか。
「ま、お前さんがここまでやったって事は、飼育用と鱗が手に入るって事だよな?よくやった。ありがとう。」
デービスのちゃっかりとした言葉に、つい笑ってしまった。
二人は、大人だ。
私とは感じ方も違うのだろう。
この世界の人達は、割り切りもうまい気がする。
割り切り方が、うまくないとやっていけないのだろうけれど。
「やっぱり、色があるといいね。」
そのナザレの声を聞いて、「やはり色石にしよう」と改めて思った。
多分、彼は少し寂しさを感じたと、思ったから。
しかしその私達の感傷も束の間で、すぐに子供達に水槽は囲まれてしまった。
「何これ!」
「何がいるの?さかな?」
「また凄かったね!」
デービスもナザレも、子供達にすぐに囲まれてしまった。巻き込まれそうな私も、早々に輪から抜け出す。
「今日はもう、仕事は無理かもね………。」
「大丈夫だ、お嬢。俺らに時間はある。」
「確かに。フフッ」
いつの間にか側に来ていたシュレジエンと、ニヤリと顔を見合わせた。
「そうそう、二年分はこうやって有効活用しないとね。」
「お嬢もちゃっかりしてんなぁ。ん?どうした?」
「いや、レシフェに幻の魚を増やしてもらおうと思ったんですけど…?」
「ああ、帰ったよ。また来るとさ。何やらあの男は忙しそうじゃないか。」
「確かに。調整役なので。」
そう、返事をしたけれど確かにレシフェは忙しい。
ここにはウイントフークはいないし、基本的に今の立場では動き難いのは確かなのだ。
そうそうゆっくり私に付き合ってる訳にもいかないだろう。
とりあえず幻の魚は、気焔に伝言してもらおうっと。
それにしても…?
すっかり姿を見せない彼の事が少し心配になって、辺りを見渡す。
心配、というか私が不安なのかもしれない。
しかし意外と言うか何というか、気焔は物見櫓からこっちを見ていた。
手を振ると見えなくなったので、こちらに来るつもりかもしれない。
とりあえず、水槽は完成した。
みんなの喜ぶ姿を見て、顔がニヤけてしまう。
少し、手を当て頬をぐるりと回し、マッサージだ。
あとは、…………お願い、聞いてもらえるかな?
そうしてパッと手を外すと、ドキドキしながら、船へ向かって歩いて行った。
応援ありがとうございます!
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