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7の扉 グロッシュラー
風の時代
しおりを挟む「さて。」
そう言って振り返り、鏡を棚に戻したイストリア。
また、こちらを向いた彼女の手には何か違うものがある。
何か、少し大きめの箱だ。
パカリと開けられたその箱の中身は、小さな心躍る空間だった。
「わあ!」
声を上げる私を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべるとその中に入っている小さな道具を一つ、取り出した彼女。
?
ホウキ?
小さな、卓上サイズのホウキの様なその道具は、さっき入り口のスワッグコーナーにあったススキのホウキのミニバージョンに、見える。
私がそのままパチクリしていると、飲み終わったティーカップの上をひょいと一撫で。
すると、紅い澱も瞬時に綺麗になり、再び真っ白のティーカップが戻る。
「わぁ」と言っている私をそのままに、イストリアはまた新しいブレンドを用意してポットに茶葉を入れ始めた。
私の目はその、心惹かれる箱の中身と茶葉と、どちらを見ようか忙しい。
とりあえず目の前の「魔女の箱」の様なものを観察する。
それは、蓋が上にパカリと開くタイプの箱でその蓋の裏には何かの草紐で留められた幾つかの石。
束ねられた小さなハーブと何故だか乾燥オレンジも留められている。
箱の中身は、何かの実であろう茶色の丸いもの、ドライフラワー入りのキャンドル。
また別のハーブの小束が、幾つか。開いたスペースはさっきの小さいホウキが入っていたのだろう。
敷き詰められたレモングラスの様なものの上に、魔法のアイテム達が鎮座しているその様はこのまま箱をお持ち帰りして下さいと言わんばかりに見える。
これは…………私に買って帰れという事に違いない、うん。
が、しかし。
アレは…………。
もう一つ、気になっているのは茶葉だ。
既にポットに入れられてしまった、イストリアのオリジナルであろう、そのブレンド。
それはどう見てもダンゴムシに似た、「なにか」である。
私の頭の中にはもうパッと糞ブレンドが思い浮かんで、何というか、本当にセンスが似ているのかもしれないと感心すら、した。
だってきっと、味は美味しいに違いないから。
ダンゴムシから注がれるグリーンのお茶をパチクリしながら見つつ、何から質問しようかと思案する。
聞きたい事が多過ぎて、整理がつかない。
うーーーん??
どうして、此処にいるのか?
なんでウイントフークさんから、隠れてるのか…。隠れてる?のかな??でもな………。
それは何となく、分かるんだよね………。
でも、いきなりプライベートっていうか、うーん??
私が頭の中でウンウン唸っている間、イストリアと朝は既にウイントフークの話をしていた。
確かに、ウイントフークの生態に一番詳しいのは朝かもしれない。
「部屋はアレだけど、綺麗にしてるわよ?一応、何かは食べてるし。依るが来てから、忙しいだろうしね。」
「それなら良かった。あの子も私と同じで、面白いものがあればいい質だから。あ、まぁ、君たちが面白いっていう………まぁそうなんだが。」
「ま、その辺は大丈夫よ。解ってるから。」
「君はあの子に気に入られてるだろう?解るよ。」
「そうそう、私も朝がヒトだったらウイントフークさんの彼女にピッタリだと思うんですけどね。」
ぐるぐるから戻った私は、いつも思っている事がイストリアと同意見なのが嬉しくて食い気味に会話に参加する。
朝は迷惑そうな顔、してるけど。
「で、訊きたい事は決まったかい?」
柔らかく微笑む薄茶の瞳を見て、きっとなんでも訊いて大丈夫な事が、分かる。
でも一応、プライベートな事は後にしよう………。
そうして私はとりあえず、ここの入り口についてを質問する事に、した。
だってあの瓦礫が崩れなかったら、全く分からなかったであろう、ここへの入り口。
普段はどうしているのだろうか。
単純に、気になるのだ。
「あの、ここ、って。まじない空間ですよね?入り口は?あそこが崩れたのは祭祀の所為ですか?でも………光じゃ瓦礫は崩れないんじゃ………?」
なんだかんだ沢山繋がった疑問が、ズルズルと口から出る。
イストリアは少し、考えながらそれに答え始めた。
「ここは。この島の力を利用しているんだ。」
??
「えっ???」
「グロッシュラーは、巨大なまじない石の力を借りて、できているんだよ。いつ、誰が造ったのか人が造ったのかも、分からないけどね。石がこれを浮かせているのは、確かだ。それはまた今度時間がある時、おいで。畑の方に行けば分かる。」
「畑??」
確かに、ハーブや花が多過ぎるとは思った。
この、遮断されている空間でどれだけラピスと取引出来るのか。不可能だろう。
ちょっと考えれば不思議な事は、多い。
「この店」に気を取られて、気が付かなかったけど。
大分、特殊な空間なのだ。
それを、「巨大な石」が、可能にしてるっていうこと??
私の反応を楽しそうに見ながら、話を続けるイストリア。
彼女がそれを見つけたのは、偶然からだったようだ。
「私はここにいた時、あ、君と同じくセイアだった頃が私にも一応、あるんだよ。その時、この島が「なにで」浮いているのかが気になってね。片っ端から、調べたんだ。図書室、神殿、デヴァイへも帰って調べた。だがね、古いまじないの記述は何処にも、無かったんだ。」
あ、ランペトゥーザと同じ考えの人いた…。
ていうか、普通気になるよね?浮いてるんだよ、ここ。
私はこっそりと研究に協力してもらおうと思いつつ、頷いて続きを促す。
そして、イストリアが目を付けたのは私も気になっていたあの、旧い神殿の窓の下だった。
「何しろ文献的には何も、残っていなかった。もしかしたら処分されたのか、それとも、「人以外の何か」がここを、造ったのか。唯一、手掛かりと思ったのはこの島が出来た当初からあるだろう、あの旧い、神殿だけだったんだ。青い本に、地図があったろう?反対側の「門」か、こっちか、どちらかだと思い調べたんだ。」
「勿論、「門」はすぐ調べ終わる。何も見つけられなくてこっちに来た。今は、変わってしまった祈りと、旧い祭壇。あそこの記号が、鍵だったんだ。」
「鍵、ですか………?あの、階段の上、ですよね?」
パッと思い浮かんだ、円窓の下。
今尚、美しく光が差すあの、円窓の下にあった丸い図と文字。
この人は、あの文字が読めるのだろうか。
でも、だから………「ここ」にいる、って事なんだよね?
私の頭の中が見えているかの様に、イストリアは頷いて教えてくれる。
「でもね、あそこに書いてあるのはこの島が石を核としている、という事だけなんだ。入り口を開くのには「祈り」が必要だった。」
「祈り…………。」
「そう。あそこには「ことば」は書かれているけれど、方法とかは、無い。ただ、「石」が「核、芯」で「成る」という事、「祈り」が必要らしいという事。勿論、私も試した。あそこが本来の祭壇だろうから、祈ってみたり踊ってみたり。色々、試したよ?」
クスクス笑いながら教えてくれる。
多分、祝詞で「踊れ」が入っているからだと思うんだけど。
私も自然と綻んだ所で、じっと見つめられた。
しかし全く、圧は無く変わらず少し悪戯っぽい、その瞳。
なんだか私もワクワクしてきてしまった。
いいな、この人。
なんだろう………軽やか?っていうのかな。
きっと、話題はなかなか大変なこの扉の核の、話だ。
でも。
この「さあ、何が出る?楽しみだ!」という様なこのワクワクする、瞳。
彼女を取り巻く、軽やかな雰囲気。
何故この人がここにこうして、ひっそり暮らしているのか。
まだ、何も訊いていないけれど。
解る。
多分、この人は自分の好きな事、興味がある事を追求する為だけに、ここにいるのだろう。
それは、ウイントフークともやはり似ている。
少し、ハーシェルに引っ張られてラピスに足を突っ込んでいるけれど。
この人は、純粋に一人で、この世界の不思議を探究しているのだ。
誰にも邪魔されない、この、空間で。
じっと、その薄茶の瞳を見つめながら確信した。
イストリアが何故、デヴァイを出たのか、ウイントフークを置いてラピスをも、出たのか。
彼女は「自分自身の人生を生きる為」に、全てを捨て一人で、ここにいるのだろう。
自分を優先して、何もかも置いて、行く。
それについてはこの世界でも、私の世界でも批判の方が多いだろう。
我儘だと、言われると思う。
でも、な………。
私は、その「我儘の結果」を知っている。
ウイントフークは立派にラピスで店をやり、ハーシェルだっているしきっと毎日楽しいだろう。
きっとデヴァイでの窮屈な生活なんて、あの人にできるとは思えない。
その時、彼女が選んだ道が。
結局、結果オーライなのだ。まだ、終わったわけじゃないけど。
人生、終わるまでは何があるかは分からない。
でもきっと、レナとウイントフークが会って、私がここに、来て。
結局二人は、繋がった。
偶然なのか、必然か。
どこから繋がっているのか、分からない、運命の輪に。
私も巻き込まれているのだろうか。
「やはり、君は面白いな。」
その、イストリアの言葉で私は現実に戻ってきた。
私のぐるぐるをずっと眺めていたのだろう、何を考えていたのか、解ったのだろうか。
そんな、言葉を彼女は続けた。
「偶然か、必然か。無意味なのか、摂理なのか。君をあの、鏡で見た時からここへ来るだろうとは思っていたけれど。」
「だがね、その、運命の輪の「真ん中」にいるのは「君自身」だ。それだけは、紛れもない、事実。」
不思議な、色を宿す薄茶の瞳。
今迄何度も、そんな話をしてきた、されてきた私。
でも、その誰とも違う瞳の色と何故だかその中に吹く風が感じられて、やはりワクワクが勝つ。
「道は、きっとあった。しかし、選んできたのは君自身。いつだって、そうなんだ。君の運命の輪を回す方向を決めるのは、君だ。他の、誰でも、ない。摂理?あるかも、しれない。しかしね、神とはきっと不条理なものだよ。相当に相手をするだけ馬鹿らしいというものだ。」
少し、言葉を切って緑のお茶を飲み干す。
残った澱は、少し青い。
「私達は大きな運命の中には、いない。皆、勘違いをしている。誰かの為に回す輪なんて、持っていないんだ。一人一人、「自分の」運命の輪を持っている。隣の輪?バランス?並んで走る?自分が真ん中にいるのに自分の行きたい方向に行かなくて、何とする。誰が為に自分の輪が、あるのか。」
「周りを見る事は、必要だ。だがしかし、それは「皆、同じ方向へ回れ」とは違うのだよ。皆がバラバラに、ぶつからない様進むから「面白い」のだ。楽しまなくて、どうする?」
「君は、何の為に生まれた?人は、何の為に生きている?分からないよな。分からないから、面白いんだ。だからこそ、自分の行きたい方向に輪を回す必要があるんだよ。じゃなきゃ、納得いかないだろう、私達はコマでもなくおもちゃでもなく、意志を持って、持たされて生まれてきたのだから。その意志を以てして自分の輪を回す「権利」があるよ。時には努力と意志だけではどうにもならない、運命の悪戯も訪れるかもしれない。だがね?全てが、思う方向に転がるばかりでも、面白くないだろう?」
「神の意志など、余興だとでも思っておけばいいんだ。君は、君の輪を軽く、風の吹くままに転がし楽しむ権利がある。」
「時代は、否が応にも変わってゆく。君が、現れたからね。動き出したんだ。世界が。」
そうして一度、振り返るとまた棚から何かを取り出すイストリア。
私は全ての空気が、風向きが変わった気がしてワクワクなのか、ドキドキなのかソワソワしながら彼女の動きを見て、いた。
次に、何が出てくるのか。
きっとそれは、私を導く道標の一つだろう事が、分かるから。
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