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7の扉 グロッシュラー
雪の祭祀 私の光
しおりを挟むここにいる、全員が私を見ている。
私はやはり、少し緊張していた。
どうしたって、仕方がないと思う。
全部で、何人いるのかちょっと数えられないけれど、相当な人数。
緊張をほぐす為と、光の降りる場所の確認、見知った顔が見たいという色々な理由で、まずはぐるりと空色の人々を見渡した。
ここからは、私はある程度自由でいいと言われている。
私の役目は、祝詞を唱え、舞って光を降す。
それだけだ。
それ以外はどのタイミングで始めても、終わってもそれは任せられているので、とにかく自分を集中させて、高めなければいけない。
ふと、思い付いて手を上げ示し、フードを脱ぐ。
すると、指示していないが思った通り全員が私の真似をしてフードを脱いだ。
いい感じ。
少し口元が上がる。
ぐるりと周りを確認しながら、集中する。
一度実際どこにどの色を降すのか、確認しておきたいのだ。
フードを脱いだ事で、遠くの人も知っている人ならば誰だか分かる様になった。
ウェストファリア、クテシフォン、ダーダネルスは間に何人か挟みながらも並んで立っているし、顔だけ知っている神殿の下働きの人達、全く知らない男の人、…あっ、シリーだ。間に何人かいてルガやグラーツも見える。
色持ちは散らしているけれど、やはり上側と下側に多い。横にはネイアが多く並んでいる。
ネイアでも、色のあるラガシュはロウワと混ざって並んでいたりして、私はこの景色が段々楽しくなってきていた。この景色が、自分の思い描いていたものに近い事に気が付いたからだ。
そうだ。こんな感じ。
みんなが、身分がどう、とか気にせず普通に、ただそこに、いるんだ。
同じ、空色のローブを身に纏い並ぶ人々に、違いはない。
強いて言うなら、まじないの色が違うだけだ。
ブリュージュやビクトリア、シュレジエンも見える。
あっ、レナだ。しょっぱい顔してる。
大丈夫、流石に手は振らないから。
信用無いなぁ。
ハリコフ、モラバ、ニュルンベルク。
あの辺の並び、面白い。
で、知らない人が続いて、あー、バーグとナザレ、アルルとユルス。あの辺りはいい感じのグラデーションになる予定。うん。
つらつらとみんなの顔を眺める。
子供達はチラチラと視線を彷徨わせている子も多く、ロウワは流石に私と目が合う。
その違いが面白くて、多分私の顔は今、笑っているだろう。
でもきっと、これからみんなにはリラックスしてもらわなくてはならない。
緊張とか、失敗しちゃいけないとか、そんなんじゃ、なくて。
心を解放して。
扉を、開く。その、為に。
この、祭祀は楽しまなくちゃ、いけないのだ。
そのまま微笑を浮かべ、視線を移してゆく。
あっ。
見つけてしまった。
私の、金色。
遠くて、あまり表情までは分からなくて良かった。
ほんわりと暖かくなった自分の周りの空気を感じて、「感情とはこうも世界に影響するものか」と驚いたけれど、暖かさが嬉しくもあってやはり顔が緩む。
頬に、手を当てたいけど。
そこは我慢だ。
きっと上気しているであろう、頬の温度を感じながら、仕上げにもう一度、ふわりと回る。
軽い生地で作られた空色のローブがふわりと広がり、小さな石たちが再びシャラリと鳴った。
場は、整った。
「全ての光は 空から降る。」
思ったよりも通る、自分の声。
特に祝詞の前に言うべき言葉は、無い。
しかし私は全ての人が心の準備をする為に、話す必要がある事を知っていた。
何故かは、分からないけれど。
「あなたが。心を開くならばそれは。
即ち 美しい光が降りるということ。」
「全ては己の心のままに。」
もう一度くるりと回り、石をシャラリと鳴らす。
それぞれの顔を見ながら、心の準備を確認する。
私は、できた。
みんなは、どう?
大丈夫?
心の扉は、開けそう?
口には出さないが、きっと雄弁に語るであろう自分の顔をもう一度みんなに見せる。
(顎を上げろ。
この場を取り込め。)
何故、始まらないのか不思議な顔。
「わかった」という顔。
ワクワクしている顔。
不安そうな顔。
値踏みするような顔。
少し馬鹿にしたような顔。
信じてくれている顔。
変なものを見るような顔。
まだ?という顔。
しっかりと私を見ている瞳。
あ。
見ちゃった。
その金色を塗り替える為にまた、人々の顔をぐるりと見て、そのまま跪く。
それが、合図だった。
そのまま両手を広げ空を仰ぎ、スッと立ち上がる。
『祈れ 祈れ』
同時に始まる、祝詞。
私も口にしてはいるが、唱えるのは並んでいる者たち。
あくまで私は舞を舞う、もの。
みんなの言葉を聞きながら、くるり、くるりと舞いを始める。
『等しき 恵を 白い 大地へ』
本当に、白くなったここグロッシュラーの大地。
祝詞はやはり、意味があるのだなぁと実感する。
少しずつ全員の言葉が揃い始め、リズムがつく。
いつもの、ミストラスの祝詞に近い。
これはこれで練習したのだろうか。
『放て』
タイミングを合わせて両手を大きく振り上げる。
自分から何かが迸るのがわかる。
周囲の粉雪がさあっと渦を巻く。
『想え 歌え 踊れ』
ミストラスのリズムに更に節をつけ、重ねて唱えていく。
そうして上書きしていく。
全員の視線を感じながら、もっと、もっと祝詞に入り込めるよう動きを大きく、優雅に舞う。
緩急をつけ、祝詞の呼吸と舞を完全に、合わせた。
よし。
「掴んだ。」
全員の節を自分のリズムに乗せ、束ねたのが判る。
「ふふ」
ここからは私の独壇場だ。
さあ来い。
ここから「そら」が開くぞ?
『見えないものは 「そら」にある』
ほら みんな 上を見ろ?
開くぞ。開く。白いそらはどうだ?
お前たちには、どう見える?
『祈れ 静かに 凍える 日にも』
少し、寒いか?
暖かい色は、あの辺だ。
バーグとルガが赤。あそこに金黄があるな。
黄土も。
しかし。
凍らせねばならん。もう少し くうきをひやし
粉雪をふやし
氷面を創る。
わたしにひつようなのは
こおりの やいば だ。
青の、光は 何処だ?
『川を 涙を 凍らせ 穿て』
「凍らせ」で青の光を青のまじないの場所へ同時に飛ばす。
そこから反射して池へ落ちる、其々の光の粒。
そうして全員のリズムに乗った言葉が創る、池の面。
独特のリズムで練り上げた言葉に被せるようにふわりと舞い、振った手から再び青の光を飛ばす。
舞から溢れ出た様に、自然に見えるよう飛ばす、光。
小気味のいい音がシャリリと爆ける。
氷面から弾けた氷が白い世界に飛び散った。
もう少し、厚みが要る。剣には。
もっと、飛ばすか。
少しはこの光で「啓く」かも知れない。
前後の池に幾つか青の光を飛ばし、シャリリと薄氷を割っていく。
幾つかの光が辺りで発現したのが解った。
誰かの、扉が少し開いたのだ。
感受性が強いものがいるのだろう。
さあ、全員だ。
どのやつも、逃しはしないぞ?
『求めるものは 啓く チカラ』
自分だけリズムとカナを変えて歌う。
ここでもう一度絡め取り、纏め、締め上げもう一段氷を厚くする為だ。
音を被せ、また派手に回る。
さあ、次。
タイミングを合わせろよ?
『氷の』
よし。 キタ
水面の震えが止まり、厚みが一瞬でできる。
『刃で 雲を 』
それ、もう一度。
フイ、と手を振る。
ガシャリと大きな音がして厚い氷が割れる。
少し光が大き過ぎたか。
幾つか周りに当たったかも知れん。
そのまま飛んできた手頃な大きさの氷を一つ掴む。丁度、良いカタチ。
まるで糸で釣るように引き寄せた「氷の刃」を受け、一度静止し次の言葉を待つ。
『 斬り裂け 』
「フフ、ピッタリ。」
言葉に合わせて大きく一刀目を振り下ろした。
まず、真っ直ぐ。
直線で背後から足元まで。
「開け」、そらよ、心のままに。
同時に出た青の光と共に、ブワリと風が纏わり付き粉雪が舞い上がる。
青の光が空へ飛んだのが、分かる。
少し、明るくなったか?
『開放しろ 』
開いた?
開いた?
みんなの扉はどう?
『解放しろ 』
ほら
見て。
あなたがこの、光から感じるものは、なんだ?
二つの「かいほう」に合わせてくるり、くるりとそのまま刃を振り下ろし雲を切っていく。
始めの一刀で覗いた青い空を更に拡げたい私は、何度か刃を振るったけれども、それ以上の青は見えない。
青の本の言葉がチラリと浮かび、それならと作戦変更をする。
青は、見えた。
あとは光だ。
そら、いくぞ?
大きく振りかぶって持っている氷の剣を空へ帰す。空へ、放り投げたのだ。
「手伝って。」
そう言ってアキを一瞬外し、呼ぶ。
私の、石たちを。
「蓮、藍、宙、クルシファー、ビクス。」
(気焔)
よし、いけ。
左手を振り上げ剣に向かって光を撃つ。
その瞬間、光が、爆けた。
大きな、大きなガラスが地上に落ち割れたような爆音と共に氷に当たった光が爆け、光の粒が四方に散る。
光の粒か、氷の粒か。
そのまま其々が空に散り、光を放ち瞬き始め、お互いに干渉し合い揺らめくさま。
正にそれは、オーロラだった。
響めきと感嘆、畏れの入り混じる声と子供たちの、はしゃぐ声。
空から地上へ視線を移すと、空を見上げているものと、私を見ているもの、二つに地上は別れていた。
その、視線と共に声が、飛び込んでくる。
きっと、其々の、心の声。
確かに扉は開いている。 もう、一歩。まだ。
あと、一歩、必要なのは飛び込んできた声が、教えてくれる。
「変わりたい」
「怖い」
「あの子は、何?」 「変われない」
「ヨル 欲しい」
「まだ」 「抜け出したい」
「あれだ」 「奪え」
「ヨル 守る」 「手に入れる」
「変わるんだ」 「まだ」
「無理」 「できる やるんだ」
「俺も」 「私も」
「帰りたい」
「護る」
「「手伝おうか」」
そうね。やろうか。二人なら、きっと。
できる。
再び両手を上げて、空を仰ぐ。
アキはまだ私の手の中だ。
まぁこの状況だから、何とでも言い訳出来るだろう、多分。
「もう一度、みんな力を貸してね。」
目を瞑り想像する。
あの、隙間から覗く青。
今はまだ少しだけれど、きっとこうして重ねていけば、見えて来るはずの、未来。
さあ、先ずは ひかり を おろせ。
必要なのは、「なによりも美しい、圧倒的な光」だ。
「「いくぞ」」
うん。
心を合わせ、返事をする。
瞬間、目を瞑っている私にも分かるくらいの光が降った。
……………う…わ
「え?!」
「なに?」
「おお」
「凄い!」
私が自分で驚いたのと同時に、響めきと子供達の歓声が聞こえる。
さて。
何色が降ったかな?
私はゆっくりと、目を開けた。
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