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7の扉 グロッシュラー
雪の祭祀 始まり
しおりを挟むとうとう祭祀が始まる。
これまで色々と準備をしてきた事、大変だった祝詞の訳など、いろんな事を思い出しながら門に向かって進む。
大きな入り口からはもう、雪景色が見えている。
白い、世界。
普段は灰色と白の、この世界が真っ白に、なる。
白と言えばティレニアだよね………。
そんな事をぼんやりと考えながら段々と私の足取りはゆっくりになっていた様だ。
振り返ったダーダネルスに「ヨル。」と呼び掛けられて、気が付く。
気を取り直して、正面階段へ向かった。
「うわ……………。」
神殿の、入り口。
正面の階段上に出た私は、既に感動していた。
物凄く、綺麗。
想像以上の景色に、相応しい言葉が見つからない。
いつもは灰色の世界のここ、グロッシュラーは幻想的な雰囲気に包まれていた。
地面に薄く積もる雪で、空の雲と地上の境目がなくなったその景色は、私が想像していた雪景色の何倍も、美しかった。
何も無い、白い、世界。
そう、ここグロッシュラーはほとんど何も無い、世界だ。ここから唯一見える、建物は私の背後の神殿のみ。
何も無い、白の、世界。
それがこんなに、自分が異世界にいる事を実感させてくれるとは思っていなかった。
白い雪の中に浮いている様な、不思議な感覚。
高い所に立つ私は、その不思議な感覚を暫し、味わいながら辺りの様子を楽しむ。
大きな階段下に見えるのは、いつもと違った景色だ。
周りが白い所為か、今はきちんと水の色を湛える四角の池にはらはらと落ちて行く小雪。
その、水色の池をぐるりと囲む、空色のローブ。
前後合わせるとかなり大きな池だが、流石にここ、グロッシュラーの全員が立つと隙間なく周りを囲む事が出来ている。
少しずつローブに濃淡があり、それがまた空と雲を表している様でとても綺麗だ。
静かに、並ぶ人々は誰一人として言葉を発していない。
それが、自分の所為だと気が付くのに少し、時間がかかった。
えっ。
これ、私あそこに行けばいいんだよね?
ダーダネルスは私を正面階段の上迄エスコートすると、もう池の周りに並ぶ為、階段を下り進んでいる。
ミストラスの注意を思い出しつつ、ダーダネルスが列に収まるのを待って、私も歩を進める。
緊張する。
全員が、私を見ているのが分かるのだ。
そっと、つまづかない様に気を付けながらなるべく優雅に見える様に、下りて行く。
そこだけは口を酸っぱくして言われたから。
「あなたの一番の心配はそこですから。」
ミストラスのお小言を思い出して、少し笑みが出る。
笑っていた方がいいだろう。
これから、私は空に向かって、祈り、舞うのだから。
何故だか、これは悲しみや懇願、そんな感情の祈りではなく、微笑みや喜び、プラスのエネルギーで祈らなければならない事は、解る。
私の、まじないだから。
そう、考えると自然と笑みが浮かんできて、ニヤニヤしない様に気を付けていたらもっと可笑しくなってきた。
まずい。
これは授業中笑いたくなる現象…………。
チラリと並びに視線を投げる。
説明通り、神殿に近い方に青の家や元々青ローブの人たちが並んでいるので、馴染みの顔が見える。
ラレードと目が合って、澄ました顔をする事ができた。
作戦成功…………。
そのまま、池の左を通り、中央の通路迄進む。
どちらを通ってもいいと言われていたので、いつも通り左から行く。
これは好みの問題だけど。
歩きながら並んでいる人の顔を見ると、百面相になる事が分かっているので、出来るだけ真っ直ぐ前を見て、歩く。
青ローブなので、気焔が手前に並んでいる事は分かっていたが顔を見ると絶対おかしな顔をしてしまう事は分かっていたので探さない様にした。
多分、正解。
この、緊張の中あの金髪を見つけただけで、顔が緩む自信がある。
多分、終わりまで見ない方がいい。うん。
そのまましゃなりと進み、途中で気が付いた。
通路に、シンがいる。
??
もしかして?
あそこにいるという事は、多分祭祀を仕切るのがシンなのだろう。
そんな事すら聞いていなかった自分に苦笑しながら、少し安心してまた進む。
揺れるローブの石たちが、時々シャラリと音を立てる。
それ以外の音は、きっと水に落ちる雪の音だけだ。
いや、聞こえないのだけど。
聞こえそうな、静けさの中、池には美しい白い、小さな雪が降り注いでいる。
いいなぁ。
私も池に落ちる雪を、じっくり見たい。
そんな事を思いつつ、通路に着いた。
道を塞ぐ様に並んでいたミストラスが避けてくれる。
「しっかりな」というアイコンタクトを受け取り、頷いておいた。
反対側の通路を塞いでいるのは、知らない男の人だ。
もしかしたら、あの人がデヴァイから来た銀の家の人かな?
ミストラスと同じ位置に立っている事から、そう思う。そこから何人か目にシュマルカルデンが居るので、あの辺までは銀の家なのかもしれない。
案外余裕で観察をしている自分を客観視しつつ、シンの所へ向かった。
私が真ん中に到着すれば、何かしら挨拶が始まる筈だ。
そのままそそと進み、シンの前を通り越して通路の丁度、中央に立つ。
そうして立ち止まると、シンを見た。
「それでは。」
「雪の祭祀を始めます。今回ここにお集まり頂いたのは…………。」
一瞬、目が合った時ドキリとした。
瞳が、少し金色がかっていた様な気がしたからだ。
シンは私と目を合わせると、いつもの無表情のままくるりと全体を見渡し話し始めた。
朗々と響く、声。
気焔の「あの声」にも似た、よく通る、人を惹きつける声で話す彼を、私はじっと見つめていた。
というか、何故だか目が、離せなかったのだ。
祭主だからであろう、彼は一人、何時もの白いローブ姿で下には私のあの、白い衣装を着ているのが分かる。
ただ、赤はきっとまずいのだろう、下に着ているのは何か白い服だ。
フードを脱いで白い髪を顕にした彼は、小雪を積もるままに任せているので、灰色が混じる髪もすっかり真っ白に見える。
白い、彼。
私はシンが何か話しているのは分かっていたけれど、内容は全く頭に入って来ず、ただただ空色の中にポツリと浮かぶ白く、美しい存在を眺めていた。
思えば、この時既に私は夢現だったのかもしれない。
急に視界に赤が現れて、ピクリと身体が反応する。
シンが私を見た。
その赤で、新しい祭祀の意図の説明と始まりの言葉が終了したのだと理解した。
いけない。
すっかり、どこかに行ってたみたい。
ここからは、私の舞台だ。
流石にボーッとしながら務まるものじゃ、ない。
さて。
やるか。
ミストラスからは「とにかく優雅に」「想いがこもればよい」「あなたのいつも通りに祈りなさい」と、始めの一つ以外は私が得意な三点を注意点として言われている。
まずは。
ミストラスと目を合わせ「分かってますよ」の顔をした私は、「さてやるか」と出来るだけ優雅な顔をしてぐるりと全員を眺め始めた。
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