透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

何だか憂鬱な報告、の前に。

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明くる日の食堂。


私はラガシュへ報告へ行くべく、鼻息も荒くトレーを掴んでいた。

正直、あまり状況は芳しくない。
あまり、物事が解決もしていない。

しかし、色を降らせる事は決定したし、昨日シンと話して「やっぱり勉強しなきゃよく分からない」という結果に至った私は、とりあえず報告と言うか、相談というか勢いに任せて行っちゃえ作戦に出る事にしたのだ。

しかもさぁ、あの人の事だから、なんとなくだけど普通に終わらない気がするんだよね………。



最初にラガシュにカマをかけられた事が忘れられない私は、あの人の事をまだ警戒しているのだ。

だから、ちょっとだけ憂鬱………。

そんな事で、これからの出たとこ勝負に力を付ける為に勇んでトレーを持っている訳である。

うん。とりあえず腹ごしらえすれば、何かいい案浮かぶかも知れないしね?



「あ。」

食事を乗せ、さあどこに座ろうかと辺りを見回すと青いローブが見える。
あれはトリルだ。

よしよし、幸先いいぞ?

女子の人数は少ないので、あまり食堂でもかち合わなかったりする。特に、礼拝に朝出ているのは私だけなので余計だ。

「おはよう、トリル。」

「あ、ヨル。久しぶりですね?どうぞ。」

奥の方の長テーブル、そのまた端の方で食べていたトリルは私に向かい側を勧めると最近の様子を話してくれる。

「最近図書室で会いませんね?また新しい本が少し増えたんですよ。でも私の興味の無い分野の本でしたけど。一応目を通そうと思って奥の机で読んでると、ラレードがたまにしつこいんですよ………。ヨルはおかしな人に好かれるって、言われませんか?」

ん?ラレード?

ちょっと記憶が怪しいけど、トリルがこの話し方をしているって事は多分、あの青ローブの人だよね?
何だか意味深な青の家チームの…。

ラレードも、何か知ってそうな雰囲気だった。
結局あの後会っていないから、特に何を注意するって訳でもないんだろうが、きっと彼も青の家の限りは今後も関わるという事なのだろう。

セフィラの事もあるしね………。

また解決していない事柄がヒョイと目の前にぶら下がりモヤモヤしたが、パッパとそれを追い払って食事に集中する事にした。

折角の女子とのご飯だ。お喋りしない手は無い。


「トリルは最近どう?課題?進んでる?」

トリルは文字を研究している筈だ。
文字と、言葉。
彼女も青の家だし、今後きっと力を借りる事はあるだろう。あの、白い絵の本も気になる。
まだあの美しい文字をトリルは読めるのか、聞いていないから。

でもそれも、何もかも、祭祀が終わってからになるけど。

「私はもうライフワークですからね…。でも確かに、ここは本がべらぼうに多いので進みはいいです。比較対象が沢山ありますから。」
「そうなんだ。確かにいっぱいあるもんね………どこからこんなに持ってきたんだろう?」

すると、トリルはキョトンとした目で私を見た。

そうして当たり前のように、こう言う。

「ヨルは知らなかったんですね?あの、本はまじない石を核として本人が作るんですよ。」
「えっ?まじないでできてるって事?」

「そうです。だからピンキリなんですよ。金箔が使われているものから、紙束に近いものまで。あとはどれだけの石を使うかにもよりますけど。」

「ほぉ………成る程。」


言われてみれば、あの大きな本棚達に納められている本は沢山の種類があった。
私が主に調べるのは古語か祭祀、予言の本だ。
だからなのか、豪華な物が多かった様に思う。

確かに言われてみればトリルは色々な形態の本を見ていた。

大きな巻物っぽい物から、紙が紐で綴られたようなもの、表紙と中身が殆ど変わらない厚みのブワブワした本まで。


そういう事だったのか………。


あ。

だから、私は青の本が判るんだ。

でも、そうか。そうだよね。

今迄はまじないを込めて書いているのかと思っていた。何故だかインクの色も違うように見えたし。

「成る程ね………そのものだったか…。」



「やあ。ここ、いいか?」


私が一人唸っている間にトリルを固まらせていたのは、これまた久しぶりのランペトゥーザだった。







「久しぶりだね。進んでる?………どうしたの?」

完全に固まるトリルを横目に、朝食を食べ出したランペトゥーザ。

気が付いていない訳じゃ無いし、最初の説明会での行動からしても多分彼がここに座ればこうなる事は分かっていた筈だ。
でも、わざわざここに座ったという事は何か用があるに違いない。

トリルにそのまま食べるよう促しながら、彼に尋ねる。多分、この前のまじないの話ではないだろうか。

「いや、この間の話だが。」

「うん、そうかと思った。ごめんね?全然手伝えなくて。ちょっと祭祀が終わる迄は無理そう…。」
「ああ、解ってる。今年はなんだ、その昔の舞を復活させるんだろう?ちょっと楽しみなんだ。」

ん?昔の?復活?
また………聞いてないよ、ミストラスさん…。

私が一人遠い目をしていると、急にトリルが話し始めた。

「やはりですか?そうかな、とは思っていたんですがラレードにはその話を聞いてから会ってなくて。訊ける人がいるんですか?」

流石にこの変わり様にランペトゥーザも目を丸くしている。
多分、トリルが話すのを聞くのが初めてなんだろう。

興味のある事になると、違う人みたいになるからね………。

「………ああ、だから今年はあっちから来る客も多いらしい。銀も二つ、揃うからな。」
「そんなに………。注目されてるんですね。それにしても何故復活させる事になったのか、知ってますか?」

「…………いや。聞いていない。或いはミストラスなら知っているとは思うが。」
「そうですか…………。」

トリルは自分世界へ落ちて行き、ランペトゥーザは私に向き直った。
何だか二人の会話がよく分からない私は、キョトンとしてその青い瞳を見つめる。

「ヨル、気を付けろよ。気になる。」
「えっ。何が?」

「…………何となく。勘だが、銀の家が二つ来ると言うのはただ事じゃ、ない。僕が思うに、ヨルを見に来るのかも知れないぞ?」

「あ。私もそれ、思いました。」

急に戻ってきたトリルが参加する。

「え?何で?」

「だって。舞うのはヨルですから。」

「うん??」

「昔の祭祀ではきちんと舞っていたらしいですね。まだ全ては訳してませんが、ちょっと更に古い言葉なので………。もし、古い祭祀を再現したら、何があるのか、気になりませんか?」

めっちゃ、なるけど。

しかし、私よりも先に食いついたのはパンを頬張っていた彼だった。

「ぐっ。………すまん。えー、トリル?」
「…………。」
「普通に、話してくれ。ヨルみたいに。大丈夫だ。その、古い言葉って古語よりも古いって事か?」

「そう、です。」

ランペトゥーザの意図が分からないトリルは警戒しているが、多分大丈夫だと思う。
私は何となく、質問の内容が分かったからだ。

「僕は古い、まじないを研究しようとしている。しかし文字で行き詰まってるんだ。もしかして君なら………。」
「出来ると思うよ。って言うか、なんで気が付かなかったんだろ?適任者、いたね。」

そう私が言うと、トリルは少し表情を緩ませて私を見る。
頷いて、説明を始めた。


「実はね、私はランペトゥーザに協力する予定なの。だから研究に名前も入れてくれてるし。でも今のところ祭祀の準備で手一杯で、全然手伝えてないけど。」

「それでね、」

チラリとランペトゥーザを見ると、私の意図を察した様だ。
トリルの方を見て、きちんと座り直すトリルを手で制しながら話し始めた。

「僕は、古いまじないを研究するつもりで、今色々調べている。最終的に見つけたいのがこの島を浮かせている動力だ。まじないだと仮定して、今のまじないでは不可能だと思い、古い時代にはもっと強大な力を持つまじないが存在したのだと考えている。」

キラリとトリルの目が光る。明るい茶の瞳が美味しそうだ。

「しかし、地形やそれっぽい物が書かれた本は殆ど知らない言葉で書かれていて、それを訳す辞書なども探しているが今現在はお手上げ状態だ。」

既にノリノリに見えるトリルは、至極当たり前の質問をした。

「あの、誰かネイアには訊きましたか?」

「いや。始めに僕が「この島はまじないで浮いているのではないか」という仮説を立てた時点で、一番「あり得ない」と言ってたのはネイアだからな。辞書があるかどうかは訊いたがそれ以外は自分で調べている。」

確かにそんな事、言ってたな………。

それにしてもそんな探す事自体が難しそうな事になっていたとは。
うっかり私が他の色々にかまけている間に、ランペトゥーザも中々大変だった様だ。

しかしちょっと安心も、した。

だって隣で茶色の瞳がキラキラし始めたからだ。

「とりあえず、その本見てもいいですか?」

やはりもう本の事しか頭に無さそうなトリルは、そうランペトゥーザに食い付いて急に急いで食べ始めた。
多分、すぐにでも図書室へ行きたいに違いない。

「あ、ああ。この後、行くか?」
「はい!」

急にハキハキし出したトリルに目を丸くしたが、とりあえず「よかったね。」と言っておいた。

正直、羨ましいくらいだ。

私の事も後で助けてね………、トリル。


「トリルは古語の研究してるから。私も後で見て欲しい本があったんだけど、とりあえずランペトゥーザに譲ってあげる。」

そう言ってパチンとウインクすると、私も急いで食べ始める。全然、進んでいなかったから。

この後、私はアレがある。

何だか二人と話をして、元気が出た気がするのでこのまま突撃しよう。うん。


また私のウインクに青い目を丸くした彼だったが、何だかよく分からないと呟きつつも嬉しそうに食事を再開した。
まぁランペトゥーザは殆ど食べ終わってたけど。



そうして楽しい朝食を終えると、私達は連れ立って図書室へ向かった。
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