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7の扉 グロッシュラー
作戦支部長
しおりを挟む「ところで。」
徐ろに、白い魔法使いは解けて疑問を口にする。
「お前さんは、何故その様な光を降らせたいと?秘密にするのじゃなかったのか?」
確かに。
あまりにもすんなり話が進み、ウェストファリアにも訊かれないからすっかり説明するのを忘れていた。
何となく、私の中ではもうそれは決定事項で、やるのが自然な事になっていたからだ。
少し、落ち着いた色に戻った青緑の瞳をじっと見て、ずっと考えてきた事を話し始める。
その、私が降らせたいものがただの美しい光では無いのだ、という事を。
「多分、ウェストファリアさんなら解ると思うんですけど。」
そう、もしかしたら他のネイアには全く受け入れられないかもしれない、この話。
私は、隣の本の山に手を置き青緑の少し細まった瞳を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
「人、一人一人の価値は同じで。それは身分でもなく、力でもなく、勿論生まれた世界の違いでもないと思うんですけど。」
「だって、まじないは皆、同じ。ラピスにも力の強い者はいるし、石を継いでいる者もいた。デヴァイにだって力の弱い人もいて、力の為だけに貴石を利用する様な人もいて。そもそも、力の強さが価値の基準じゃ、ない。其々の、役割がある事を私はシャットで学びました。」
目の端で気焔が立ち上がったのが見える。
「それなのに、ここで、これだけ差別されているのって、おかしくないですか?ロウワを蔑みながら、力だけ奪うのは何故?貴石を利用しながらも、穢れていると決め付けている人に子供を産ませるのは何故?穢れていると蔑んでいる人達に自分達が使う物を作らせているのは、何故?…………多分、いや、確実に知っていると思うんですけどね。彼等には、彼等の、素晴らしさがある。穢れてなんか、………いないって。」
「まぁ、認めたくないんでしょうけど。」
白い魔法使いは何だかちょっと、愉しそうだ。
ゆっくりと瞬きするその青緑を見ると、分かる。
白い、静かなこの部屋は何の物音もしなく、ただ、自分の心臓の音と今私が伝えたい事が頭の中でわんわんと鳴り響いている。
言葉達が我も我もと訴えていて、私はきちんと話せているだろうか。
「私は、それを認めさせてやりたい。彼等が、見ない様にしてきたその「まじないに差はない」という事実、彼等は何ら劣っていないという事、きっと人々に平等に光は降り注ぐであろうこと。まずそれを事実として認めさせたい。きちんと、白日の元に晒すこと、まずそれからです。………誰にも否定出来ない、圧倒的な光を平等に降らせてやる。それを否定する事は憚られる様な神々しい、光を。」
段々と強く握っていた拳を、意識して緩める。
悔しさも、やるせなさも、何となく下向きなこの気持ちを、全部、そう、全てをとてつもなく綺麗な光に変えて消化するんだ。
そう、マイナスをプラスに変換する光。
それにしたいんだ。
「でも実は、この光の本当の目的はロウワの子達に「気付いてもらう事」なんですけど。」
一度話を切り、改めて白い髪、青緑の瞳、白の波打つローブと皺の多い手を、見た。
この人は、分かってくれるだろうか。
私の本当にやりたい事はネイアやデヴァイの人達を見返してやる事じゃない。ここからの、こと。
あの子達がスタートする為に、それが必要だということで本題はここからなんだ。
「彼等の、待遇を変えたいんです。一人一人が、人として、生きられる様に。私は、何が「人として」なのかちゃんとは解っていないかもしれない。まだ、世界の全てを知った訳でも、ない。でも、今の状況が間違っているのは、分かります。彼等だってもっといろんな事を知って、選択する、権利がある。」
「多分、彼等が自分で変わるのは今の環境では難し過ぎる。私だけが働きかけても、不足。それなら、周りが少しでも、変わるしかない。環境が、人をつくる。そう、思っています。この、扉を旅してきて。」
つい、ポロっと「扉を旅してきた」と言った私。
でも、多分、それは問題では無いのだ。私の正体がバレる事なんて、大した事では無いと思えた。
あの子たちが、未来を見られるなら。
白い魔法使いはあの時、言った。
『あとは、お前さんの仕事じゃな。私は、私の研究を続ける迄よ。』
そう、多分私の仕事は「あの子たちが未来を見る為に手伝う事、自ら変わる勇気を持てるようにする事」だ。
あの子達が、何度も、何度も自分の中にあった気持ちを殺してきた、殺さざるを得なかった、その過去を乗り越えて、また新しく希望を持てるようにする事。
自分の未来を見ること、考えること。
その当たり前のことが当たり前に出来るように、手伝う事。
私が決めるのではなく、彼等が、彼等の為に自分達の道を選べる様に、手伝う事。
人が幸せを追い求める事が「いけない事」であっていい筈がないのだ。
幸福を語る事が憚られる環境、虐げられていい人なんている筈がないのだ。
幸せとか豊かさって、誰かを踏みつけて味わうものではない筈なんだ。
あの子達が、一人一人の「人」として扱ってもらえるようになること。
その為に、何をするか。
どう、するのか。
私はこうして突き進むことしかできないし、苦手な事はお願いすれば良い。
そう、調整役はこの白い魔法使いだ。
そう、言うなれば作戦支部長だね………。
「私の研究」とやらにも、役に立つ事、間違いなしだしね?
少し、色合いが変化した緑青の瞳にスッと視線を戻して、続ける。
「その為の、「なによりも美しい、光」でなければいけない。」
「………みんなで、降らせる事ができた光、という事実を示すこと。あの子達や貴石の人達がいないと、降らない多色の光。様々な人が存在するからこその多色。そして今迄見た事のある何よりも美しい、この世のものとは思えない光を見て、「世界にはこんなに美しいものがある」という事を知って欲しい。あの子達に。まだまだ、知らない事やものが沢山あるのだという事。これからは、知る事ができるのだという事。私は、それがスイッチになると信じてます。」
一呼吸、おく。思いのまま吐き出して、きちんと話せているか心配になるけど。
チラリと金色の彼を振り返ると、やはり背後の本棚に凭れていた。座ってると落ち着かないのかな………。
でも、いつもの彼を見て安心する。
多分、大丈夫。ちゃんと、伝えるんだ。
「この、雪の祭祀でまずは一歩。そう、簡単には行かないでしょうけど、進んでみたいと思ってます。まずは、全員が現状の把握をする事。これまでの偏見と現状の認識のズレを直す事。」
一筋縄ではいかないだろうが、まず現状把握をしないと始まらない。
「差別や区別」が間違っているか、間違っていないか。それを決めるのは、私じゃない。
やはりそれも、彼等なのだ。
だってここは、彼等の世界なのだから。
ただ、私は現実を見てもらう事は出来る。
同じ様に並べて、「同じだよね?」「じゃあどうして違うと決めているの?」「どっちがいいとか、駄目とか何が基準で決めているの?」と問い掛ける事は出来る。
疑問を投げ掛ける。
問い掛けること。考えてもらうこと。そうして自分で決めてもらうこと。
それが出来れば、一番、いい。
「あと、いつから「ここ」が「こう」なのかは知りませんけど、昔は外で、祈ってたらしいですね?みんなで、外でやりません?礼拝室に入れるのに抵抗があるんでしたら、いいと思うんですけど………力も外の方が沢山受けれるみたいだし。」
これは青の本が教えてくれた。
私が「多色の光を降らせる」事についてウンウン唸っていたら、アドバイスしてくれたのだ。
古い、古い祭祀が行われていた頃はあの、天空の門と反対側の旧い神殿の両方で祈っていたらしい。
やはり、あの二つは対だったのだ。
本当だったら、そのやり方でやってみたいのだけれど一気に全部は変えられないだろう。
今回、もし成功したら次回はやれるかもしれない。
私としては、あの清浄な場所でみんなが祈って、光なんか降っちゃったら、すぐにでも空が見られそうな気がするのだけど。
私がその、新しい計画について一人ぐるぐると妄想を繰り広げていると、白い魔法使いは楽しそうに提案してくれた。
「さて。では役割分担じゃの。外への根回しは私と彼に任せなさい。お前さんはあまり首を突っ込まんようにな。ロウワの事については任せよう。必ず参加できる様、取り計らう。だが、慣れない故、彼等の方が心配じゃ。」
「そうだと思います。そこは私が。」
「うむ。私等は方々、根回ししよう。お前さんが自分の仕事を「そう」認識したのなら全力で協力しよう。そう、「力の色」に差は無いのじゃよ。人の、中身に差はない。どんなに身分が高くとも、澱んでいる者もいればどんなに貧しくとも宝石の様な者もいる。要は、心の持ちようよな?」
「はい!」
本当に、そう思う。
私の色は、心でくるくると色を変えるから。
「発案者が誰かというのは必ず「私」という事にしておけ。危険があるといかん。多分、祭祀の事はユレヒドールの管轄外だが耳には入るだろうからな。私ならそう簡単に手出しは出来ぬ。」
そんな………そんな事になっちゃう?
私の不安が顔に出たのだろう、ウェストファリアは安心する様、気焔にも声を掛けた。
「よく、見張っておるのだぞ?セイアは大概の者はただの生徒じゃが。一部を除いてな………。今回はいつもより客も増える。その上で、しかしあの子は勝手にさせておけ。その方が成功するじゃろう。お前さんと、私で動くぞ?」
「承知しています。」
ゆっくりと頷く気焔を見ながら、この二人の計画は凄そうだな…なんて呑気な事を考えた私。
そう、適材適所。
私は私のやれる事をやれば良い。多分、そっちに首を突っ込むと迷惑な筈だ。
もう、散々それは怒られているから。うん………。
チラリと青緑の瞳が茶の瞳に目配せをする。
そうして二人は何かを通じ合った後、「さ、今日はここ迄じゃ。」とウェストファリアが解散の時を告げる。
多分、もうすぐお昼。窓からの光が大分鋭く差し込んでいる。
確かに、お腹が空いてきた。腹時計は正確だ。
ウェストファリアは資料を片付け始め、気焔は私の背中をツイと押すと、「では、失礼します。」と言って禁書室を後にした。
うん?
そんな、早く出したいの?ここから?
そんな事を思いつつ、また本棚の森を抜けて行く。
やらなきゃいけない事は沢山あるけれど。
そう思い、会話を振り返りながら、図書室を出る。
鐘の音が、聞こえて来た。
深緑の絨毯を進む、白銀の靴。
私は一番の重要事項、「今迄見たこともない様な美しい光」は何を想像すれば降らせる事ができるのか、という楽しい悩みを、早速考え始めたのだった。
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