透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

その後の二人

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結局、神殿に帰ったと同時に夕食の鐘が鳴り
お腹が空いていた私にはいつもよりも良い音に聞こえた、鐘の音。


レシフェとは途中で別れ、そのままみんなと(とは言っても猫と虫)食堂へ行った。

正直、助かる。

だって私はまだ気焔の事を正面から見られないし、目が合った次の瞬間、自分に何が起きるか分からなかったから。


お弁当を食べ損ねたこともあって、夕飯はとても美味しかったのだけど、何だか胸が一杯でお腹はすぐに一杯になった。
勿体無い………デザートのフルーツを食べ切れなかったよ。





そうして部屋に帰ってきて、挙動不審な私はすぐに洗面室に逃げ込んだ。
まぁ、普通にお風呂に入りたかったのも、ある。
だけど何だか変な汗をかいた気もするし、いつもだったら寝る前に来る気焔が今日は夕食後からそのまま、私の部屋に来たからだ。

なんで。

いや、いいんだけど。

いいんだけど、私に逃げ場は、無い。


でももしかしたら、今日きちんと話し?をしておかないと今後に差し支える(主に私がだけど)事を分かっているのかなぁとも、思うのだ。

多分、暫くは挙動不審になる自信が、あるから。

事情を知ってる朝やベイルート、レシフェはまぁいいが神殿の面々に私達のアレコレは全く関係無い。
寧ろ、銀のセイアにとって挙動不審はかなり、まずい筈だ。
それもあって、きっとまだ居るのだと思う。
思うんだけど……………。
正直真相は、分からないけど。






あっ。

気が付いたら無駄に泡だらけになってる…………。

ルシアさんの石鹸は無限じゃないのにっ。
いかん、やはりすぐボーッとしてしまう………。


いつもの様に左手から洗おうと石鹸を泡立てていた筈なのに、いつの間にかボーッとしていた。
食事中も何度かボーッとして、朝に冷たい鼻水を足首に付けられて(あれ、冷たくて「!!」ってなる)我に返っていた私。

「やっぱり………。」

かなり、影響がある。

勿論、「アレ」をぶちかまされたのもあるけれど何だか身体が怠いのだ。
あの、暗闇から帰って来てから。

「でも大分…………。あゎゎ。」

「チカラ」を入れてもらったから、元気になったのだとは思う。
でも。
いちいちあわあわしてしまうのだ。
あんな………やり方するからぁぁぁぁ…………。


あ。
駄目だ。また泡だらけだよ。

ちっとも、進まない。



それでもなんとか、湯船にまで漕ぎ着けた。






「う、ゎ?」

少し遠くで、気焔の声が聞こえる。

多分、私の雲があっち迄延びているのだろう。
私の頭上から背後の壁で途切れているが、きっと向こう側に繋がっている、雲。
多分今日は何も言われないだろう。
まぁ、今お風呂だから注意しに入って来れないしね?

チカラを貰ったからか、心なしか金色多めの雲のキラキラ。キラキラ自体もいつもより、多いかもしれない。
水面に落ちるキラキラのパチパチも派手な気がして、ちょっとジェットバス気分だ。
泡が弾ける様な感触が気持ち良くて、結構リラックス出来る。

結構?

そう、いつもならば「滅茶苦茶リラックス出来る」と言う所なのだがやはり私にはこの後の事がある。

多分、もう一度、きちんと向き合わない事にはこの緊張感からは解放されないのだろう。

分かってる。

でもやはり、分かってたって、ドキドキはするものなのだ。
往生際が悪い私は、殊更ゆっくりお風呂を楽しんで、いた。





「しまった…………。」

のぼせる訳にはいかないので、仕方無く湯船を出て着替える、その時。

「こっち持って来ちゃった。」

寝巻きにしている私の古いワンピースや普通のパジャマの中から、何も考えずに掴んできたのはちょっと可愛らしいネグリジェタイプのパジャマだった。

普段、スカートがずり上がってくると寒いのであまり着ない、そのネグリジェ。
「いつか着てね♡」というエローラからのプレゼントだ。

「今日じゃない、今日じゃないんだよ………!」

ある意味、今日なのかもしれないけど、私の緊張を嫌でも高めるこのラブリーな外見。

「エローラさん…………。」

ちょっと呟いてみるけど、流石に布一枚で別のパジャマを取りに行く勇気は無い。
大人しく、着る。


髪をよく拭いて、どらいやーをしようと鏡の前に立つと意外と似合っている自分が、いた。

普段はどちらかというと所謂「女の子っぽい」とは掛け離れた自分。
しかし見た目が変化しているからなのか、私が成長しているのか。ネグリジェに、そう違和感がない鏡の中に少し見入ってしまった。


意外と、イケる。

え。でもさ、これ。
今日、「あの後だから可愛くしてる」とか思われたら、死ねる。
無理無理。
でもわざわざ着替えるのも、おかしいよね?
もう、なんでこれ持って来ちゃったんだろ??

偶然とは、恐ろしいものである。

「エローラのなんか、「念」とかかもしれないな………。」

くだらない事を呟きながら、お肌のお手入れも終わってしまった。
ここから出なければならない時が、来てしまったのだ。
出た方がいい?
いや、出ないのは無理でしょ。
いつかは出なきゃいけないなら、今出ればいいじゃん。
そうだ。
とりあえず、お茶でも飲む?
今どっちにいるだろう?ダイニング?寝室?

それにも寄るな………?


とりあえず、そっと様子を伺いながら扉を開けた。









あっ。いない。

ラッキーな事に、気焔は寝室にいる様だ。

そうしてカンカン言うヤカンを火にかけ始めた私。だがやはり、寝室の扉が気になって、落ち着かない。
見られている訳じゃないけど、見られている気がする。

ナニコレ。
あの、金の石の新しい技?
それとも、私の気の所為??


カチリと火を止め、考える。

多分、今お茶を入れてもゆっくりは、飲めない。
すると、茶葉が勿体無い。


行くしか、無いのか?


すると突然、寝室の扉が開きひょっこりと金髪が覗いた。

「依る。早う来い。」

「…………はい。」

うう、私の考えなんて、お見通しか。






寝室に入ると気焔はいつもの様に私をベッドに座らせ、自分は窓際に立った。

少し、いつもよりは離れている、距離。

しかし私もいつもの様に「もっとこっち来て」とは、云いづらい。


何となく前方が動いた気がして視線を上げる。

気焔は私のお気に入り棚を眺めていて、すっかり夜になった雲からの光は弱く、彼の顔は余りハッキリしない。
それに安心して、いつもの様に美しい金髪を眺め始めた。


一応、見れる様にはなったものの自分の全身が緊張しているのは、解る。



沈黙と共に緊張が積もり、もし今視線を投げられたら心臓が止まるかも、という頃。



私と目を合わせない様、気焔はスタスタと近づき隣に座った。
気を遣ってくれているのが、解る。

何も言わずに、私の膝の上の手を握った彼。

もう、駄目だ。

そう悟った私は、自分から彼の瞳をチラリと確認し伺う様な色を見て取るとそのまま腕の中に潜り込んだ。



くっ付いていれば、安心。

恥ずかしいけど、顔は見えないし。
「嫌がっている」と思われる事もない。
私も、体温を感じられて安心。
うん、一石二鳥。

そのまま、気焔は私を抱えやすい様体勢を変える。


大丈夫。
嫌じゃなかったよ?
嫌じゃなかった…………キャーーー!!!
言葉にしてはいけないこの破壊力!

てかマジで甘かったし。

なんで?
この人、甘いの?
キャーーーーー!




えっ。
ここからどうしよう。
このまま、寝る?

それじゃ何か解決してないな…。
ちゃんと、明日から普通に出来る様にしなきゃ。
どうやって………??
普通、って、なに。


そう言えば、朝とベイルートの気配は無い。
きっと気を使って何処かへ遊びに行っているのだろう。
寒く無いといいけど。




どうしたらいいかな?
どうしたら、スッキリする?
むず痒く無くなるかな………。
もういっそ…………。いやいや、………うん?
うん。

とりあえず、顔を上げた。
少し、この状況に慣れてきたから。

金の瞳は少し戸惑いがあるのが判る。
多分、私のことを心配しているのだろう。

なにを?
もしかして。
「あの人」の事?


ハッキリ訊いた方がいいのだろうか。

それとも?



もう、目を逸らす事がない私を見つめながらも言葉を待つ金の石。

でも。

彼は言った。


「吾輩、必要としているのは「お前」だけだ。」


と。


まぁ、「お前だけ」と言うのは語弊があるかも知れないけど。
だって、姫様が大事じゃない訳じゃないだろうから。


勇気を出せ。
真っ直ぐ、訊いてまた明日から頑張るんだ。


彼の服をギュッと握り、私と触れている部分の体温を確かめる。
この、馴染んだ感覚。

思えば人化した頃からずっと、「一緒にいて欲しい」と言った私、それを守っていてくれた彼。


今なら何故、自然とあの時あの言葉が口から出たのか、分かる気がする。

ここが、私の居場所で、一番落ち着く場所なんだ。スッと溶けて、馴染むんだ。

「フフッ」

素直に、真っ直ぐ伝えればいいんだ。
訊いても、いいんだ。
恥ずかしいけど、嫌じゃない。
本当は、もっと欲しい。
……………。
いや、それはまだ無理。
とりあえず…………。

「私のこと、好き?」

初めて、はっきり訊く。



あれ?
返事無いけど。



「好き、かと訊かれれば。」

「えっ。?」

「吾輩、「好き」とか言うものはよく分からぬ。だが。」

「お前を見る時のこの「何か」が他の者とは違う唯一だと言う事は判る。吾輩長らく「在る」がその様に「感じる」のは初めてなのだ。」


そうか。
この、金の石も。

永い、永い、時間ときを経てここに存在する、もの。

人の形を取っているから、当たり前のように感情があって、気持ちが揺れ動いて、好きだの嫌いだのが在ると思っていた。
でも、違うんだ。


確か気焔は「人の形になるのは初めて」と言っていた筈だ。
その前は、「どう」人と関わっていたのか分からないけど。
この石にとっても、これは「初めて」の事。


そう、思うと何だか急に安心してクタリとまた胸の中に収まる。

そうだ。
一緒に成長して行けばいい。
でも大分、私より優秀な気がするけど。


そう思うと、何だかもっと近づきたくなってモゾモゾと腕を撫でる私。

いいよね?
なんか、ちょっと、触りたいんだもん。


あ。
私、気焔に気持ちを訊いといて私の気持ちは言ってないわ。ん?だから?
だから、あの瞳なの?もしかして?

確かに。

私は自分で「気焔が好きだからキスされても嫌じゃない」のは知ってるけど、気焔は知らないよね?
そばにいて欲しいとか、一番じゃなきゃやだ、とか(今思えば色々言ってるな…………)そんな事は言ってるけど、肝心な事は言ってないな??


また、懐から顔を出す。

やっぱり。

彼の表情は、さっきと変わっていない。

「私は」、確認して安心したけれど。
多分、まだ、解ってない。この人。
もしかしたら、どうしたら自分が安心するのかが、分からないのかも知れない。

だって、人間だから相手の気持ちを確認したくなったり、「言葉にしなきゃ駄目」とか言われたりするけど。
そんな事、思ってないに違いないのだ。

ただ、真っ直ぐにそこに「在る」だけの金の石。

ただ、何か「想い」の様なものが自分に現れた事にまだきっと慣れていないのかも知れない?

何かを欲しいと思うこと。
大切だと、思うこと。


どうなんだろうな?
今、どんな状態?
なにを、思ってる?
「想い」が生まれるって、どんな感じ?

それを、ズカズカ訊く事は出来ないけど。
もしかしたらまだ、彼自身も知らない、彼の「想い」。あるかな?
眠っている「本当のこと」見つかるかな?



とりあえず、私は自分の気持ちを伝えてみる事にした。
何だかもう「恥ずか死ぬ」的な気持ちは何処かに行って、純粋に私の気持ちを伝えたいと思う。
それがきっと、彼の糧になるのが、分かるから。

「フフッ」

どんな顔、するかな?



私のぐるぐるを黙って見つめている、金の石。

何かを待つでもなく、ただ、大切なものを見る目で自分の事を見ている、その存在。
本当に、愛おしいと思う。

サラリとチクチクと、金髪に触れてから、真っ直ぐに美しい金の瞳を見る。

ああ、やっぱり。
何だろうな、この気持ちは。


ふと、旧い神殿で「美しいな」と思ってから暗闇になった事を思い出す。

ん?
駄目だよ?出てきちゃ。今は、私のターン。
出番が来たら、呼んであげるから。
多分、あの人の、ついの貴女。

そう、多分そうなんだ。

気が付いてしまった。私は。


きっと、あの人の元へついを届ける為に旅をしていると。


でもよく考えれば、今思えば、当然のことの様な気も、するのだ。

だって私は、姫様を探しに、来たんだから。

全てが集まった時、何が起こるのかは分からない。
でも、多分。
きっと、良い事のような気がする。

誰の元に届けたら良いのかも、何だかぼんやりとしている。

「あの人」が誰なのかも。

でも正直そこは、重要じゃない。

だってきっと、私と彼女は「同じ」だ。

帰りたい処があって、そこに、「在るべき場所」に帰りたいだけなんだ。



何となく、今は黙っておこう。
「気が付いた」って言ったら、何だか心配しそうな気がするし。



「あのね。」

やっと、始まった私の話を窺うように聞く、金の瞳。
心配させちゃったかな?

なんて言おう?

はたと、気が付く。
「どう」言えば、一番伝わる?

「好き」でいい?
うーん。微妙。
なんだろう。どう、言えば彼に一番、伝わる?


「あのね」と言ったまま止まっている私を見ている瞳が、少し揺れた。

駄目だ。
安心させなきゃ。


その時取った行動は今迄の私からすれば、凄かったと思う。


自然に、「そうしたい」と思って彼がしたのと同じ様に唇から「チカラ」を伝える。

そうしてゆっくり、微笑んで言った。

「大丈夫。私はあなたのもの。」



金色の頭を抱えて、ベッドに寝そべる。

「もう、寝るぞ?」

いつものセリフを今日は私が、言う。

彼の顔は、見えない。





普段の私からすれば、「誰のもの」なんて、思わないのだけど。
私は、私で、一人で真っ直ぐ進むのだけれど。

何故だか自然に、そう思えて、そう言って、今日は「私が」彼を抱えて眠るのだ。


そう、いつも私が、そうしてもらっている様に。
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