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7の扉 グロッシュラー
ロウワの運命
しおりを挟む「食堂はこっちだ。いつもありがとう。貴方には感謝している。」
そう言って私を踊り場から反対の扉へ連れて行く男性。
紺色の短い髪が歩みと共にフワフワしている彼は、何処かで会った様な気がするが思い出せない。
何処だったかな………。でも、「感謝している」?
何が?何かしたかな………??
男性のすぐ背後を朝が続き、その後ろに私。
後方でグラーツとハリコフがシリーに叱られている。悪いのは私だけど、シリーはそうは思っていないらしい。
子供達も、ゾロゾロと移動してきた。
朝がくっ付いている所を見ると、朝は彼の正体を知っているのだろうか。
その、踊り場の反対側にある食堂は、手前は幾つかテーブルが並んだ食事処で、奥が調理室になっている。
さっきまでの部屋よりやや狭い、その食堂。
「さ、みんな持って行って。」
紺の髪の彼の言葉に子供達が揃っていい返事をして、トレーを持って行く。
古い大きなテーブルが六つ。
それぞれに六脚ずつだろうか、椅子があり皆いつもの位置があるのかスムーズに座っていく。
「こちらへ。」
そう言うシリーに続いてトレーを貰い、食事を置いていく。
そのまま、朝のご飯が出てきて「あっ!」と大きな声を出してしまった、私。
あの人………。
見覚えがあるけれど、分からない筈だ。
彼はきっと………。
「あの、いつもありがとうございます。」
「いや、こちらこそ。丁寧にありがとう。貴方に悪気が無いのは分かっている。あの子達は少しね………。言っておくよ。」
やはり、彼はいつも朝のご飯を出してくれる食堂の人だ。この、赤茶の瞳。
いつもは頭巾にマスクで顔が判らないのだ。
道理で朝がついて行く筈だわ…多分、分かってたんだね。
その朝はもう既にすぐ側のテーブルの下でご飯を待ち構えている。
スッキリ納得すると、私も、伝える。
この、問題は私の、問題だと。
気持ちだけ、貰っておこう。
「お気遣いありがとうございます。…でも、私自分で謝ります。どうすれば、許してくれるか解らないけど。多分、それを探って行く事が解決になると思うので。」
そう、私が言うと彼は少し嬉しそうに笑う。
「君は思った通りの人だね。それならお願いするよ。手加減しなくていいから。」
えっ。
それ、どういう意味??
私がぐるぐるしていると「僕はテトゥアンだ。」と名乗った彼は食事をする様、みんなに告げる。
「「「良い食事を。」」」
そうして地階の朝食の時間が始まった。
ここでも同じだ………。
「いただきます」の代わりの、この言葉。
少し、ラピスを思い出して懐かしくなる。
テトゥアンはカウンターで皆の様子を見ながら何かを書いていて、私は側のテーブルに座っていたのでそれを眺めながら、食べる。
何書いてるんだろう?
そして、今日もご飯が美味しいな?
美味しい食事を食べて、少し元気を取り戻した私。
やっぱり、美味しいご飯は正義だ。うん。
メニューはパンと、スープとマリネの様なサラダのみ、上の食事よりは二、三品少ない。
でも正直、朝ご飯ならこのくらいでいいんだよね…。
チラホラと途中から来る子もいて、そう言えば地階には鐘が聞こえなかった事を思い出す。
いつも、ご飯は彼が直接知らせるのだろうか。
子供達がクスクス話しながら食べている他は結構、静かだ。いつもより少し、高く可愛い声の騒めきの中、パンにスープを付けて食べる。
上でこの食べ方は怒られそうでやった事がないからだ。
やっぱり、美味しい。
みんながどんな食べ方をしているのか、少しキョロキョロするが、きちんとお行儀良く食べている様に見える。
いつも、こうなのだろうか。
静かなのは、もしかしたら私がいる所為かも知れないけれど。
その中で私が一人、「美味しい美味しい」と言っているのでテトゥアンがちょっと笑って声を掛けてくれる。
「少し前から品数と量を融通してもらえる様になった。有り難いよ。」
うんうん、良かった。
予算は足りているだろうか。いざとなったら、私が石を作って売れば良くない?名案………。
「それは良かったわ。」
私が悪い顔でニヤリとしている間、代わりに朝が返事をしている。
テトゥアンに「君のご飯だったのか。」と少し驚かれながら、朝も挨拶をする。やはり、喋る猫を見るのは初めてらしい。
子供達は、造船所でいつも見ているので普通に朝と話す。それを見て、何だか感慨深そうなテトゥアン。
そういえば、彼は一体どういう人なのだろうか。
ロウワって、子供だよね…………?
この人は、大人だけどロウワが大人になったら食堂の人になるの?うん??そんな事、ある?
大体、ロウワっていくつからやってるんだろう?
子供達はいつもローブ無しだけど、ルガはしてるよね…11か12くらいかな?
そして20くらいで何処かに行くの?あまり年上の人がいないよね?何処?他の扉?まさか…………デヴァイ?
いや、どうだろう。でもデヴァイにも下働きの人っているよね…自分達でやると思えないもんなぁ。
うん?
しかし、私は気が付いた。
多分、パミールの所に侍女はいなかった筈だ。
部屋も、一部屋に洗面室だったし。
パミールは黄ローブだ。………ミストラス…は銀だし。あそこはちょっと、特別っぽいけど。
うーん?銀だけ?白も?前にベイルートさんに聞いた気がするけど、どうだったかな………。
隣ではシリーが食べ終わって、小さい子達の手伝いをしている。
顔見知りの子達が数人、同じテーブルに着いていてみんなさっきのやり取りで私が「ヨル」だという事は認識した様だ。あまり緊張せずに、食べれてるといいけれど。
向こうのテーブルでグラーツが「何で髪の色が違うんだ。」と言っているのがきこえて、ちょっと面白い。
いやいや、しかし私は今反省中なのだ。
また迂闊に能天気な発言をする事は控えたい。
しかし、思ったよりもお腹が満たされると元気になった自分がいて何だか少し、自分にがっかりしてしまった。
あんなに落ち込んだのに…。
いや、元気になるのはいい事なんだけど。
食事が終わると其々がトレーの片付けをして、食堂は静かになってきた。私もテトゥアンにお礼を言い、調理室の片付けをするという彼と別れる。
「でも、そろそろ戻らないと…………。」
そう、言うシリー。
確かに。
私は気焔に言わずにここにいるので何だかちょっと怒られそうな感じもしないでも、ない。うん。でもな………。
このまま、帰る?それは、嫌だな…。
一応謝罪はしたが、私の心は全く、晴れていなかったから。
そうしてまた遊び場に移動した、私達。
これから造船所へ行くのだろう、各々支度をしに見えなくなった子や、そのまま行く子もいるのか部屋の隅に荷物が置いてあるのも、見える。
全員支度が出来たらきっと一緒に出発するのだろう。
蟠りが残ったまま、帰りたくは無い。
意を決して、私はまた二人で話しているハリコフとグラーツに、近づいて行った。
私の姿が近づくと、少し身構える二人。
大丈夫かな…。ちゃんと、話してくれるかな?
しかし「嫌だが、無視はできない」という態度のグラーツが私の目を見る。
「なんだよ。」
「………いや。さっきはごめん。泣いたりして。」
そう、私がまた謝ると黙り込んだ、二人。
とりあえず近づいた目的を話す事にした。
「あの、何か困ってる事無い?さっきシリーの話をしてたけど、二人部屋でもやっぱり上の方がいいの?私は勿論、どちらでもいいんだけど。アルルが今度は一人で寂しくなったりしない?」
思い付く事を順に、ペラペラと並べる。正直、また的外れな事を言っているかも知れないが、そもそも何に困っているか分からないならやはり、訊くしかないのだ。
これで話してくれて、解決できればそれが一番だ。
「なんでもいいんだけど………。子供達の事とか?」
しばらく考え込んでいた二人は、顔を見合わせてハリコフが話し始めた。
「お前、上で同じフロアの男に会った事、あるか。」
「え?」
何を意図して、その質問をされているか分からなくて聞き返してしまった。
灰青の館で?男の子?エンリル??……………でも、あれは館の「前」だ。うーん?
「無い、かも?」
「ほらな。」
「やっぱり。」
「まじないか?」
「そうだろう。でもそうなると無理だな。」
「仕方ない。俺らで………。」
うん?何が?無理??
私の頭の中は「???」でいっぱいだ。
二人が何の話をしているのかは分からないが、何かをまじないでやりたいのは、分かる。
任せて?
怒られない程度なら、やるよ??
「ねぇ。何を、どうしたいの?教えて。」
二人は、顔を見合わせる。
「でも。」
「でもコイツは窓を作った。」
「………それは、あるな。」
だから、何を作るのよっ。
「お前、壁を作れるか?」
「えっ?壁??」
「ああ。多分、お前達の館には異性に会わないまじないがかかっている筈だ。俺達は、困っている。」
「何で?」
「いや………それは。俺達は「まだ」大丈夫だが、やっぱり男女が同じフロアだと問題が起こる事がある。もう、今はここに居ないが年長者になるとそれが増えるし、女が少ないからな。危険なんだ。」
「うんん??」
二人は、何だかそれ以上は言い辛そうだ。
クイ、と袖を引かれ私はシリーに部屋の端に連れて行かれる。
子供達は準備が出来た子から遊んでいて、あの二人はテーブルに落ち着いた。
朝は、子供達と遊んでいる。
私と、シリー二人は全体を見渡せる部屋の隅で、内緒話を始めた。
それは、ある意味起こるべくして起こっているロウワの問題の、話だった。
「元々、女の子は少ないんです。一人か、二人、多くても三人かな…。私は、もうここに来た時十歳だったんですけど。」
「子供達は小さい頃は地下の三階で男女に別れています。基本的には十二歳から、ロウワになります。ルガなんかは、器用で十一からやっていますけど。」
一呼吸置く、シリー。柔らかい茶の瞳がザフラを思い出させて、十歳から会っていないのかと少し胸がキュッとする。
「そしてロウワは大体、二十歳前後で身の振り方が決まります。その年頃になると、ここが狭い事もあって悪さをする男がたまに、います。多分、グラーツが言ってるのはこの事かな…。今は、年長者がハリコフしかいないので大丈夫なんですけど。フロアを分けたり、何か対策を取らないと以前から問題になっていた様です。ハリコフは、私より前からここに居ますから。」
シリーの表情から、これ以上訊かない方がいい事が分かる。きっとそれは女性が傷付けられた話で、ハリコフはシリーを守ろうと、そう言っているのだろう。ここの女性は貴石よりも、立場が弱いに違いない。
「そして身の振り方なのですが。私の様に侍女になって、気に入られればそのまま下働きになる者。」
「神殿の、何かの仕事の適性があって割り振られる者。」
「それ以外、二十歳を過ぎて暫く、何の才能も見出せなかった者は…。」
一呼吸ずつ、私の目を見て話すシリー。
反応を確かめながら話す彼女の話にじっと、聞き入る。
だがこの時の一呼吸で彼女がやはり、私のお守り係が向いている事が分かる。
そうして、この前置からも。
「落ち着いて、聞いて下さいね?私達は、受け入れています。もし、その様な結果になったとしても。」
うん?
そんなに、大変な事になるの?
奴隷的労働とか??
嫌だ嫌だ。それも、許せないな…………。
だが、意を決してシリーが話した内容はそんなものでは、無かった。
その証拠に、私はその後の、記憶が無い。
「力を石に移されて、消えます。」
その、言葉の後が。
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