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7の扉 グロッシュラー
変わること、変わらないこと
しおりを挟む「お前さんは色が変化することを、どう考える?」
徐ろに問うてきた白い魔法使い。
「変化すること」を「どう考えるか」?
「どう、「思うか」じゃなくて、「考えるか」ですか?」
何となく、答えが違う気がしてそう訊ねる。
クスリと笑って白い魔法使いは「お前さんはそうじゃろうな。」と言っているけど、どうなのじゃろうな?
「どちらでもいいが………そうだな。「どう、思うか」の方がいいだろう。「どう考えるか」は大して違いは在るまいよ。」
うん?
こんがらがってきたけど、「変化をどう思うか」だよね?
色が、変わる。
うーん?
でも私の色、変わるしな…………。
ある意味……………
「自然?」
「そうさな。しかし変化を望まなければ?」
「嫌ですね。変わりたくないのに変わるのは。」
「然り。しかし抗えぬ者も、多い。」
と、いう事は?
ウェストファリアは、「色がある事」を知っていてそれが変化するのは「塗り替えられている」って思ってるって事?
無理矢理?
誰が?
知ってるかな…………?
「誰が…………塗り替えるんですか?」
静かな部屋にハラハラと捲られるページの音だけが聞こえる。
一度翳り出すとどんどん迫る夜の気配に夕方が追いやられて、部屋は既に薄暗い。
静かに揺れる黄色の液体だけが、私達を見守る様に存在を示してしていた。
もしかして?
そう、私が考え出した頃ゆっくりと喋り出した。
「私には解らんが。」
うん?解んないの?
「変化をさせるものは個であり全であって有であり無でも在るもの。」
「…………。」
「始まりは、あったのかもしれぬ。だが、今となっては…………。」
「…………同調圧力?」
パッと、私の頭に思い浮かんだその言葉。
私が、嫌いなやつだ。
驚いた様に私を見るその青緑の瞳は、瞬間怪しい光を宿して細められる。
多分、思っている事は外れていなかったのだろう。同調圧力という言葉が、ここに在るのかどうかは分からないけど。
白い魔法使いは私を長椅子の方に促し、自分も資料を持って進む。
まだ、私は机の前にずっと立ちっぱなしだったからだ。
とりあえず二人で、フカフカのビロードに腰を落ち着けると、また話が始まる。
きっと、ここからが本番なのだろうけど。
「お前さん、自分の色が変わると思うか?」
「はい?」
「いや、何者かによって、或いは何かによって塗り替えられる事があると、予測出来るか?」
少し、考える。
多分、無いな…………。
「いいえ。」
「ま、そうじゃろうな。して、それが何故だと思う?」
うん?そうきたか?
「それが、何故か」?
えー。何だろう。
石が、力が在るから?
それも違うな………。
塗り替えられそうになったら抵抗するから?
でも、それでも塗り替えられる人はいるんだよね………。なんだろ。分からん。
強いて言うなら………。
「嫌だから?」
え。
何か笑ってますけど。駄目だった?
「何故、嫌なのじゃ?」
「えっ。そんなの嫌じゃ無いですか。私が何色になるかなんて、私が決めますよ。そんな、誰かに塗りつぶされるなんて………想像するだけでもブルッとしちゃう。無理無理。」
少し、潔癖の気があるのも関係しているかも知れない。
誰かに、勝手に自分の内部に干渉されるなんて耐えられない気がする。
外側ならまだしも、まじないの色ってめっちゃ内側じゃない?そんなの、無理無理。
オエってなるわ………。
「お前さんにとっては、それが普通なのじゃろ。」
あ。
その、ウェストファリアの一言で私は理解した。
そうか。
「普通」が違うんだ。
私の感覚は、ここでは異質だ。
ポン、とリュディアの言っていた事が思い出される。
「もう、決まってるの。帰ったら、結婚して子供を産んで一生カンヅメで暮らす事が。」
今思い出しても、オエってなる、この現実。
それが、デヴァイの「普通」。
そこで生まれた時から暮らす人々。
敷かれたレールの上を歩む事しか、許されていない。
そんな人達が、例え自分が塗り替えられるとしても抵抗するだろうか。
いや、出来るだろうか。
顎に手を当て、考える。
サラリと流れる白銀の髪が胸元で薄明かりに艶めいているのをじっと、眺めていた。
この、髪も瞳も。
勝手に変わっていくもので、そしてまた更に白くなるのかもしれないけど。
パッと森の白い女の子の事が浮かんで、少し身震いする。
あれは、未来の私?
白く、なってしまうの?
顔を上げずに、考えていた。
ウェストファリアは喋らないし、黄色のフラスコももう見えない。
ただ静かな薄暗い部屋で、少し動いているのは、私の胸にかかる自分の髪だけ。
心臓と、肺の動きと共に微かに艶が動く、美しい色。
この薄明かりだと白銀の筈の髪色が水色にも、見える。
でも多分。
「私は」、あの子にならない。
「私は」私の色を変えられる。
だって、「できる」もん。
何故かは、分からないけれど。
多分、それは、「私の」問題なのだ。
「できるのか」「できないのか」
それを、選ぶのは「私」だから。
他の誰にも、決められないから。
顔を上げると、青緑の瞳が静かに私を見ていた。
ただ、静かなその瞳に宿るものも、「時間」だ。
多分、彼が今迄してきた沢山の経験が積み重なった、もの。
それは何者も侵す事のできない静かな叡智。
そういうものが、尊いと心から思う。
「やっぱりカメラ欲しいな…………。」
ポソリと呟くけれど、きっとこの光と眼差しは写真では残せない。
「絵」ならできるかもね。
物凄い肖像画の職人とか、いないかな?
何かを残したいと思う事、美しいと思う時間、言葉にできない想い。
「そういうものが、芸術になるんだよ………うーん。」
急に語り出した私を、少し楽しそうに目を細めて見ている白い魔法使い。
少しの沈黙の後、ゆっくりと彼はこう言った。
「あとは、お前さんの仕事じゃな。私は、私の研究を続ける迄よ。」
そう言って立ち上がり、パッと灯りが点く。
ちょっと仕掛けを探して見渡して見たけど、やはり、何も見えない。
すぐに諦めて、またビロードの毛並みを流しながら言葉の意味を考えた。
私の、仕事?
それって何だろう?
さっき迄の会話を思い出す。
えーと。
「変化をさせるものは個であり全であって有であり無でも在るもの。」
だっけ?
でもハッキリと「同調圧力」だ、って、言った訳じゃ無いよね…。
でもな………私の頭にはそれがパッと、思い浮かんだ。直感、大事だよね…こういう時。
多分、そう。
「変化を望まないものも、いる」って言ってたし。リュディアもそうかもね………ん?でもあれは仕事の話だから、違うのか?
でも、元を正せば同じじゃない?
仕事が選べないとか、出来ないならまだしも(嫌だけど)まじないの色まで変えられるなんて…………。
いや、待てよ?
でも「誰か」が変えてる訳じゃ、無いんだよね?
「同調圧力」な訳でしょ?
ええ……………………またキタか…この無茶振り。
「同調圧力」って、全部じゃん。
どーすんの。
「何」がきっかけ?
「元」はあったの?
「変わらない」人もいるの?
「糸口」は、何処?
「できる」のか?
「私」に。
またきたよ………この問題。
お帰り、このぐるぐる。
無限ループ。この前はラピスだったよね?
うん。でも私だって、学んでない訳じゃないわよ?学習したもん。
とりあえず、「できるかできないか」じゃなくて「やる」事は決まってるのよ。
うん。
だから…………えーと、「私」は信じて、進む、と。
あとは「適材適所」…………。
何処から、何から?
本部長はどこまで考えてる?
まじないの、色を「塗り替える」?
壮大だな……………………。
でも、残念でした!
「色」は、得意分野です!
えーと。
とりあえず、糸口が見えないから決まってる事をこなそう。
一つ、見つけたんだ。糸口。
そう、それはあの白い魔法使いが示した、私のカードだ。
「風のカード」、それに描かれた美しくも繊細で不可侵の剣が一つ。
「あれ」だよ。「あれ」。
「あれ」で斬り裂くんじゃない?
剣なんて、何処にあるのか分からないけど。
でも「氷の剣」じゃなかった?
降ってくるの?コワッ。
で、風を巻き起こせばいいんだけど一人じゃ風を起こせない、って言ってた。
協力者ね………ここで、って事だよね………。
うーん。「人を見極める」って事ですか。
好き嫌いでいいかな?駄目かな………。
だってあの人とかあの人とか………。
いやいや、先入観禁止。
とりあえずデヴァイについての勉強も必要かもね。何か面倒くさいけど。
駄目駄目。
多分、脳みそ疲れてきたな………。
段々、頭の中がくだらない事になってきて自分の限界を知る私。
多分、お腹が空いてきたに違いないのだけれど。
明るくなった部屋から暗い窓の外を見て、もうすぐ鐘が鳴る事を知る。
既に白い魔法使いは自分の事に没頭していて、結局私を呼んだのは黄色の薬の話だったのだろうか。
その他の話のボリュームがあり過ぎて、胸は一杯だけれどお腹はちゃんと鳴った。
「ありがとうございます、また、来ます!」
「ああ。」
頷く様に動いた白髪を見て、そのまま扉を出る。
振り向きもしないのは想定済みだ。
本棚の森を抜けていると丁度鐘の音が響いて、またミストラスのベルを思い出したのだった。
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