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7の扉 グロッシュラー
浄化の焔
しおりを挟む七色の糸が入った房が揺れる、鍵を差し込んで扉を開ける。
テーブルの上にそれを置いて、玉虫色が潜り込んだことを確認するとローブをかけお風呂に湯を張り、着替えを出す。
お気に入り棚から一掴みのセージを、譲渡室からの葉の形を模した美しい皿に乗せ、火を付ける。
少し、部屋に香りが漂い始めると、ほっと息を吐いて洗面室へ入った。
何かに集中してる時は、大丈夫なんだけど。
隙間隙間で入り込んでくるしつこいモヤモヤに、悩まされていた私。
原因は、多分、アレだ。
あの、何とも言えない不快感。
突然加えられた強い力、それに為す術もなかった、自分。
勿論、アイツも悪い。
でも、自分も嫌なんだ。
出来ると思ってた。何かしら。
でも、全然、駄目だった。
その事実は私の心に確実に暗雲を落として、そして少しずつ蝕んでいたのだ。
兎に角気分を落ち着かせようと、ルシアの石鹸を何時もよりも泡立てて贅沢に洗う。
いつもの様に左手から洗って、そのまま髪も洗う。長い、髪を絡まない様に丁寧に洗っていると、今度は何だか落ち込んできた。
気になる→怒りが湧き上がる→少し恐怖→落ち込む→気分転換→気になる
このループをずっと、昨日のアレから無意識にやっていたらしい。
さっき、気が付いた。
昨日の夜は、気焔は見回りだったし私も気にしない様に、考えない様に、していたから。
「時間が解決してくれるのかな…………。」
ポソリと呟いてピンクの石を手に取る。
癒されたくて、小さな雲を出してみたけど心なしか紫と水色が多め。
それを見て、また少し落ち込むのだけれど。
湯船にキラキラと降る、何時もより小さな星屑をすくいながら考える。
次、あの人に会ったらどうしよう………。
会うよね………どっかで。ネイアだし。無視………はマズいかな?どうだろ………。
でも、普通に出来る気がしない………。
何だろな………大したことじゃない?悪戯だった?
でもな………嫌なものは嫌なんだよ………。
あ…………何かムカついてきたな………。
またループじゃん………。
はらりはらりと、降っていた星が少なくなってきた。
それを見て、お風呂から出てゆっくりお茶でもしようと決める。
きっと、セージで包まれた安心空間になっている筈だ。
寝室の扉も、開けてきた。
今日はぐっすり眠れる筈だ。
そう、やっぱり昨日はよく眠れなかった。
だから帰り道、ちょっと眠かったし。
白い魔法使いの話が面白くて、目が覚めたけど。
つらつらと考え事をしながら、身支度を整え髪を梳かす。
ピンクの雲を出した日は、髪に少し星が残ってラメが飛んでいる様になるのだ。
「何か、加工してるみたいだよね………。」
鏡に映る、自分の周りがキラキラして加工写真みたいだから。
「やっぱりまじない道具でカメラ、作れないかな?」
ブツブツ言いながら洗面室を出ると、待っていたのは毛色の違う、気焔だった。
「えっ?何で?」
開口一番、そう言った私にいつもの仕方のなさそうな目をした気焔。
え?私の所為??
何も言わず、扉を開けたままの寝室に引っ張って行かれる。
ベッドにポン、と座らされて気焔はその前に仁王立ち。
え。
怒られるやつ?
今??
「全く。心配させおって………。」
それきり、黙ってしまった気焔。
私は何に対して言っているのかも勿論、気になっていたのだけれど、まず、彼のアイデンティティーでもある(と勝手に私が思ってる)あの美しい金髪が変化している事が気になって、それどころじゃ、無かった。
いつもの透けた、金髪の代わりに薄明かりで見えているのは少し濃い目の橙の髪。
丁度、気焔のパンツを作った時染めた色に、似ている。髪だから、もう少し軽くてキラキラして、綺麗だ。
いやいや、綺麗………なんだけど、なんでこうなってるの?ん?それが………私の所為??
じっと黙って私を見つめている気焔から答えは聞けなそうなので、とりあえずぐるぐる、考える。
んー?何かしたっけ?
さっきの雲は、小さい雲だし………昨日………は、普通だったよね?レシフェ??でもオッケーしたの気焔じゃん………?
もしかして、あの池?
「目耳」、飛んでたかな………。
「で?何をした?」
「え?」
私のぐるぐるが長かったのか、気焔が先に喋り出す。
しかし、何を言われているのかやっぱり、分からない私。
「何か、しただろう。じゃなきゃ、こうはならん。」
んん?
じゃあやっぱり、この色の変化は私の所為なんだ…………。
私が納得したのと同時に、気焔はその時の事を話し始めた。
「嫌な予感は、した。お前がもの凄い速さで神殿に帰ってくる気配がして、慌てて迎えに行った。何かあったのかと、思ったからな。………だが。」
「飛んで来たのは、光だった。」
う…………。
「お前が飛ばしたであろう事はすぐに分かった。何処に飛ぶのか、見つかったらまずいと追い掛けようとすると、そのまま吾輩に吸い込まれた。」
ん?吸い込まれた?
「何故か、分かるか?」
え。私が教えて欲しい。
「そうか………。いやしかし………。ふん。」
え?なに?分かったの?
「いや、あの雲と同類かと思ってな。どうせ、あの光も何か考えていたら飛んだのであろう?」
………考えて…………?
うん?でも、そうかな………。まぁ。
「気焔の事」って訳じゃないけど、なんだろう?
「大切なもの」?
「大切なこと」?
そんな感じだったっけ?
髪を弄っていた手を下ろし、目の前の橙の髪を眺める。
なかなか、似合ってる。
でも………やっぱり気焔は、あの、金髪がいいな?
「大丈夫。薄くなってきたのだ、これでも。」
「えっ?ホントに?最初何色だったの??」
「ほぼ赤だな。フードがあって、良かったぞ?」
「確かに……………。」
赤かぁ………金髪が一番だけど、見たかったなぁ……………。
そのままボーッと、ある意味いつもの様に、私の目の前に立つ彼を見ていた。
窓を背に、薄雲からの明かりのみでも光る、彼は今日も綺麗だ。
今日は薄く透ける、シャットの空の様な、髪。
相変わらず燃える、瞳。
それに、今日は私の作ったパンツ。
静かに白い部屋に佇む彼は、今日も人ならざるもの独特の、空気を纏う。
ただ、その瞳からはいつもと違う、何かも感じられる。何だろう、橙だから?
手を引いて、隣に座らせる。
じっと目を見て、何も言うつもりが無さそうな事を確認すると徐ろに髪を撫で始めた。
うん?ちょっと、撫でにくいな………。
立ち上がって、新しい色の髪を、楽しむ。
やや、硬くなった気がしなくも、ない、その橙の髪は今日も元気にチクチクしている。
これで、焔を出したら色も違うのかな…?
橙?熱いかな?
そんな事を考えながら、ひたすら、撫でる。
不意に、そのまま腰を抱かれて「うぷ?」っとなったけれどそのまま髪を、撫でていた。
でもそのギュッと絡んだ腕から、思い出してしまった「あの感触」………。
急に止まった私の手を不審に思ったのか、手を離して私を膝に座らせた気焔。
ああ、ここなら大丈夫なのに。
何故、捕まってしまった?
ゾワゾワする身体が嫌で両腕を摩り始めた私。
苦い思いが、顔にも出ていたのだろう。
気焔は私の顔を覗き込んで確認する。
その時、小さな、火の粉が飛んだ。
急に大きな橙の焔がブワリと目の前に出て、「それ」が私をベッドへ横たえる。
「全て、燃やし尽くしてやろうか。」
そう、冷たい声で言う金の石。
私を包む焔は熱く、激しく燃えてまるで彼の心を表しているかの様なのだけれど、あくまで声は冷静だ。
冷静を、装っているのか?
それも、あるのかも知れない。
きっと、私を包むこの焔からは拭えないこの感触も伝わっている筈で、きっと彼はそれを燃やしてしまいたいのだろう。
この、激しく燃える変化した焔、その色と鋭い形。
私の光の所為もあるのか、それはいつもよりも、ずっと、熱く激しい。
でもきっと、この嫌なものだけ、「其れだけ」を綺麗に燃やす事は出来ないのだ。
出来るならば、やっているだろうから。
何らかの影響が私にあるのかもしれない。
きっと、勝手に望まない事はしないであろう、彼の優しさにこんな時だけれど嬉しくなる。
少しだけ、笑う。
「フフ」
苦虫を噛み潰した顔。
私の所為で、そんな顔、しないで?
ありがとう、怒ってくれて。
段々と熱くなる焔に身を任せていると、気持ち良くなってきた。
「ああ、このまま焼かれてもいいな………。」
スッキリ、するかも知れない。
するとフッと焔は止み、そのまま私は気焔にいつもの様に抱えられた。
胸の中でポツリと呟く。
「ごめんね………。」
何に、誤っているのかも分からない。
でも、何故だか涙が、出るのだ。
私の複雑な感情が分かるのだろうか。
そのまま、それもまたいつもの様にゆっくりと髪を撫でる、私の、金の石。
スッと、長い指で長い髪を梳いてまた戻り、絡んだ髪を解いてゆく。
そう、大丈夫。
嫌なものも、良いものも、全部持って、進むから。
それが、「私」だから。
だから。
今だけ。
甘やかして?もっと。
顔を出した私を見つめる金の瞳に、目を閉じる。
フワリとした感触が待ち構えていた瞼に降り、そのまま心地良く目を閉じていた。
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