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7の扉 グロッシュラー

世界の色

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神殿に戻ると、門の前に白いローブが見える。


レシフェとはその時点で別れ、「あ。店の話してない。」と思い出し独り言を言っていたのだけど、まぁ次回にするしか無いだろう。
何だか私が作った色石をウキウキと持って帰ったし。
ちょっと何か美味しい物でも融通して貰おうか………。


朝の後に続いて階段を上り、門まで進む。

近づいた時点でそれがダーダネルスだという事は分かっていたが、私を待っていたのかは分からない。
違ってたら恥ずかしいので、そのまま近づき目を合わせると微笑んでくれたので多分、私を待っていたのだろう。


「お帰りなさい。図書室でウェストファリアがお待ちです。」

そう言われて納得した私は、頷いて歩き出す白いローブが翻るのを目の端に映し、門を潜る。
ヒラリと翻る白生地に映える、黄色のライン。


そういえばダーダネルスは運営、採ってないね?

運営に、黄色のラインが多い事を思い出す。
そう気が付くと、何だかまたこの白い兄の様な彼の好感度が上がった私。
図書室でいつも面倒を見てくれる彼は大分側にいるのが馴染んで、もう殆ど緊張する事は無くなっていた。

「先程の男は?」

歩きながら、そう問い掛けてくるダーダネルス。
どう答えたものか迷ったが、きっとここにまた来る事も多いだろうと無難な答えを思い付いた。

「祭祀で使う物などを融通してくれる商人の様なものらしいです。私も少し、欲しいものがあって。」

そう言って、ニッコリしておく。
これで多分、それ以上は突っ込まれないだろう。その辺ダーダネルスはデリカシーがある筈だ。


そのまま寒々とした白い廊下を通り、深緑の館の扉を入る。

「もうすぐ、降るかな………。」
「そうですね。大分、近くなっているとは思います。」


丁度鐘が、鳴り響く。
ミストラスのベルを私が思い出しているとそのままダーダネルは食堂へ向かう。

そうして一緒に昼食を済ませて、図書室へ向かった。






深緑の大きな扉の前で白いローブを翻し扉を開け、入る様手で示す。

「ありがとう。」

そう言って図書室に滑り込むと、そのまま本棚の森を抜け奥の禁書室に向かった。






「失礼します。」

一応、ノックはしたが返事は無い。

この、あの人と同類の白い魔法使いにノックが必要なのかは判らないが、一応、体裁は必要だ。

もしかしたら、待ってるかも知れないし?


だが予想通り彼は、奥の机に向かったまま顔も上げずに返事もしていなかった。


とりあえずそっと開けた扉から中を覗き、大丈夫そうだと判断していつものビロードの長椅子に腰掛けて待つ。

勿論、気が付かない。

痺れを切らして青の本を一冊手に取ると「声、かけた方がいいわよ。」と本に気を遣われてしまった。

バレてますよ、ウェストファリアさん………。


呼び出しの内容が分からないと、やはり落ち着かない。
パタンと青の本を閉じ、テーブルにまた積み直すととりあえず机の方へ近づいてみる。
こっちの奥迄行くのは、何気に初めての事だ。


本の島を抜け、あちこちに積み上がる紙束と何かの実験の道具。
少しだけドライハーブや原石があって、心惹かれる箇所がある。しかし、モンセラットの所で怖い石に出会ってからは一応、用心深くなった私。
ちゃんと、許可がないと触らない様にして、ただしっかりと眺めながら奥へと進む。

古いが埃の無い本の山や積み上げられた紙類を見て、やはり定位置管理はされているのだと判る。
そのまま、どうやって声を掛けようかと白くて長い髪を見ながら近づいていった。
なんなら、今日こそ結んでみたらいいだろうか。


「ほう、ほう。」

急にサンタクロースの様になったウェストファリアに驚いて、少し飛び上がりそうになった。

「いいカードが出たぞ?」
「??」

そう言って振り返った白い魔法使いはどうやら私が入室した事に気が付いていた様だ。
そして、その上で、何かしていたらしい。

呼んでおいて、何してたんだろう?


「…………カード?」

そう、彼は「カード」と言った。

なんだろう、カードって。もしかして…………。

チラリと机の上を覗く。
白い髪の向こう側に見える、机の上は勿論、散らかっているのだけど少しだけ、手前にスペースがあって確かにカードが並んでいた。


「わぁ…………。」

そこにあったのは繊細で美しい、水彩画の様なカードだ。

思わずウェストファリアを無視して机の前までグイと進む。座っている彼の横に立ち、カードを覗き込んだ。

「風の、カードだ。」

そう、ウェストファリアが言う「風のカード」とは、タロットやトランプの様なカードで少し大きめのカードだ。

左右に伏せられた山が置いてあり、中央にその「風」が描かれたカードが置かれている。

それには「剣」が描かれていて、それを見た私の頭にパッと浮かんだのはあの雪の祭祀の祝詞の事だった。


斬り開く、って………。


宝飾品で飾り立てられ、金銀の鎖が巻き付いた一本の剣。
踊る風の背景は白から水、青、藍、蒼から紺へと段々と変化してまた舞い戻る風の動き。
幾つか瞬く星は金色で幾重にも光線を伸ばし存在を主張している。
しかし中央で飾られているその剣はあくまでも繊細で華美。
荒れ狂う風をものともせずそこに、悠然と存在する不思議な感覚。


なんだろう、このカード………。
本当に風が吹いてるみたい。


「綺麗…………。」

「気に入ったかな?」

「あっ。すみません!」

すっかり忘れて見入っていたが、私はこの人に呼ばれてここに来たんだった!
いかんいかん。でも、このカード素敵過ぎて欲しいんだけど……………。

「これはデヴァイに作者が居る。もし行く事があれば、手に入るじゃろうて。」
「えっ。楽しみです!」

当然の様にそう、答える私に少し青緑の瞳が動く。

「まぁ、いい。少し片付けをしていたら出て来たから、お前さんの事を占ったまで。しかし「風」とはぴったりだの。」

「ぴったり?」

「左様。風とは一人では、起こせぬもの。しかし自由で何処へでも、行けるもの。何かに影響を受け変化し、そしてまたその風で何かを変化させるもの。………お前さんが来てからはいい意味で風が吹いとるよ。」

…………そうなんだ………?

何か、したっけ?
影響?ああ、光を飛ばしたりしてドジったりはしたけど………。うん?それ?
いや、まさか………そんなの嫌だよ………。
もっとカッコいい影響がいいな………。
そんなの、あるかな?うーん?


私が一人、ぐるぐるしている間にその美しいカードは片付けられてしまい、もっと眺めたかった気持ちで一杯になる。しかし、私はカードを見せる為に呼ばれた訳では無いだろう。

そのままウェストファリアの動きを見ていると、何かの液体が入ったガラス容器を机に置いた。
薄い、黄色の液体が入っている。


また背を向けて何かの準備をしている白い後ろ姿を見ながら、その三角フラスコ的なものに入った液体を眺める。
何だろな?薬?


鼻に嗅ぎ慣れた香りが届いて、ウェストファリアが戻って来た。
多分、セージを炊いたのだろう。
何となく懐かしくなって「セーさんは元気かな」と考えていると徐ろに白い魔法使いは言った。

「して、お前さんは祭祀の時の光は何とかなりそうか?」

フラスコを手に持って、液体を振る。
キラリと中身が光った気がして注意深く彼の動きを見ていた。

ん?光?

「あ、一応、なんとかなりそうです。多分大丈夫だと思います。」

「そうか。なら、いいのだが。」

そう言ってフラスコをまた机に戻す魔法使い。
もしかして、その為の、何かなのだろうか。

「それって…………?」
「ああ。飲めば少しだけ光の色が変わるものだ。しかし、長くは保たん。必要なら、また言ってくれ。」
「………ありがとうございます。考えてくれてたんですね………。」

何だか白い魔法使いがそんな事まで考えてくれていた事が嬉しくて、つい「要ります」と言いそうになる。
でもきっと気焔の許可が出なそうだ。
多分、人のまじないを飲む事は許さないだろう。

そんな、気がする。


うん、怖いから辞めとこ………。
気になるけど。


でも、用事ってこれだけかな?

そう思いながら何かの作業に戻った白い魔法使いを眺める。

静かな白い部屋で風も無いのに揺ら揺らしている、薄い黄色の液体。
白い魔法使いは静かに何かを調べている様で、私の事を既にいないものかの様に扱う雰囲気が、逆に落ち着く。

これ、やっぱりまじないだから揺れてるのかな………?

じっと見ているとやはりキラリと光った気がして、何とも不思議な液体だ。
黄色の液体だから、飲むと光が黄色になるのだろうか。


「あの…………。」

訊きたかった事を思い出して、ふと口にするが白い魔法使いは反応を示さない。
ある意味想定済みのその態度に独り言の様に疑問を呟く、私。
多分、聞いているとは、思うのだ。
でも興味が無ければ答えない可能性は有るけれど。

「まじないの色って、どうなってるんですかね?ラピスでは人によって違うし、シャットでは橙、でもデヴァイでは違いますよね?友達一人の色しか知らないけど………どうなんだろう?でもここは灰色?黄色………うーん?」

質問しながらぐるぐるし出して、考え出した私は自分でも混乱してきた。
紙に書いた方がいいだろうか。

ちょっと、書くものを借りれないかとキョロキョロし出したところで白いものが動くのが見えた。
顔を上げるとウェストファリアが何やらメモの束を持って、机に戻りまた、資料を広げ出した。
どうやら、何かの表らしい………?

「これは私の研究だが。」

そう、前置きして見せてくれたその表には沢山の人の名前とまじないの色、住んでいる場所が書かれている。
しかし殆どはデヴァイ、グロッシュラー二つのもの。多少ラピスがあるが、これは拐われた子供のものかもしれない。
色について辿る、その細長い皺のある指を見て表を追う。

「これは手当たり次第私が見た、まじないの色を書き出しているものだ。見れば判る通り、色の違う者もいるが、偏っているだろう?同じ者も、多い。」

「これは始めに触ってから何年かして、また触れてみたものだ。変化しているのが分かるだろう?普通は変わる事は、無い。石が変われば或いは分からんがな?しかし、確実に時間が経てば経つほど、その世界の色に、染まる。」

「力の強い石はその程では無いが、影響が無いとも言い切れないとは思っている。何せ、実験をしているのは私一人で、そして私が死ねばこの研究をするものは無いだろう。…………時間がかかる研究だし、調べる事を好まない者も多い。」

「強い、石でもやはり時間というものには勝てぬのか。何かの意思を持っていても長く在ると、飲み込まれてしまうのか。色が揃うという事はいかなる事か。そして個々に色が違うという事はまた、いかなる事なのか。」


静かに語る白い魔法使い。

旧い神殿で感じた、時間の概念。

この人は違う事を研究しているのだけど、何か、共通点がある。


時間と共に変化すること。
変わらないものがあること。
しかしそれが遠い未来に変わらないとは言い切れないこと。
その変化を見届ける事がきっと、出来ないであろうこと。


白い煙が少し、燻る香りがしてセージが燃え尽きたのが分かる。


この人は…………。

「何故、色を………。」

また口から出ていた、私の問いに答えたウェストファリアの研究目的は意外なものだった。


「美しい、色に魅せられてな。」

「始めは母親の石じゃった。美しい色でな。何と言ったらいいのか。黄と赤の混じった様な、複雑な色。それが私が大きくなるにつれ、変化したのが、始まり。そうしてあそこでも、殆どの者が塗り潰されていった。」


その、色が翳る話と共に窓からの日も翳り、赤の時間が近い事を知らせて、いた。
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