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7の扉 グロッシュラー

変わり者

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「セレベスに捕まっていたのですか。心配しましたよ。」


そう言って私の隣に、いつもの様に座る白いローブの彼。
フードを外すと薄灰色の髪がサラリと流れ、そのいつもの色に安堵する。

「ダーダネルスの紐も、綺麗。」

そのローブの上で銀に見える髪を束ねているのは青の組紐だ。ミストラスといい、組紐は一般的なのだろうか。とても綺麗なので、ちょっと私も欲しいな………なんて思ってしまう。

「貴女に合わせて「青」にしました。」

え?

サラリと凄いことを言ったダーダネルスに、驚きを隠せない。

どうして?

発言に迷って、ただ彼の顔を見つめていると、優しい薄茶の瞳を細めながら言う。

「何となくですけどね。貴女は青っぽいんですよ。」
「…………青っぽい?」
「私は何故だか、人を色でイメージする癖があって。例えばウェストファリアなんかは白ですし、ミストラスは赤茶?臙脂?………貴女は青なんですよ。とても、美しい、青。」
「……………。ありがとう。」

なんだかよく分からないけれど、何かを知っていて言っている訳ではない様だ。
でも、素直にそう言われて嬉しく思う。


何かと疑わなければならない事が多い、この世界で何故だかそっと側にいてくれる存在は貴重だ。

白い魔法使いはたまに怖いけど、クテシフォンといい、ダーダネルスといい、白のローブとは相性がいい様な気がする。

多分、この人に他意は無い。

最近いつもこうして面倒を見てくれるダーダネルスが兄の様に思えてきた、私。
割と、居心地がいいのだ。ここは。


「それで?歴史をやっていたんですよね?何か疑問はありますか?」

そう訊かれて、「疑問だらけです」と思ったけどダーダネルスにも訊いてみようか。
彼の、世界の捉え方はどうなのだろうか。


「ダーダネルスは「神」って、どう思う?本当に、来たのかな?「別の扉」から?」

私のその質問に、少し考えている彼。

その間、青の組紐を観察して待つ。青から紺の濃淡で編まれているその紐はシンプルだけれど、だからこその職人の手の良さが解って、見ていて楽しい。
私も、出来ないかな?下手糞でも、編むのは楽しそうだ。

「「神」ですか………。」

ポツリポツリと話し出すダーダネルス。
何故だか彼は、歯切れが悪い。

「本当に神がいるのなら、「空」が存在すると思うのですけどね…。彼処も、ここも、閉鎖的過ぎる。」

うん?彼処?ここ?

「ああ、デヴァイも「空」が有りませんから。いや、「空」じゃなくて「外」が無いのか。」
「「外」が無い??」
「そうです。ヨル、は行った事がないのですね。ああ、そうですよね………。それは、良いかもしれません。だから、貴女は青いのだ。」

ん?ラピスの事かな?ダーダネルスに言ったっけ??

「彼処は、美しい檻なのです。中では何不自由無く、暮らせますが外には出られない。だが、それで皆、満足しています。私も来年には戻らなくてはならないが、気が重いですね。変わり者なんですよ、私みたいな者は。」
「………ダーダネルスが、「変わり者」………。」

そんなん言ったら私なんて変態か変人か、何だろ?いや、そんな話じゃ無い。
なに?外が無いって、どういう事??全然分からない。

「外が、無いの?外、に出れないの??」

疑問が大き過ぎて口からポロポロ溢れてくる。
しかし相手がダーダネルスなので、遠慮なく続く、思考の漏れ。

「えっ。外に出られないのが窮屈だからここに来たの?でもみんな一度は来るんだよね?でも帰りたい人は帰るのか………短い人もいるんだもんね………。地下都市みたいなもの??それとも………。」

「そうですね。地下、では無いんですが外は闇夜で出る者は誰もいません。出られない、とも思ってる。そしてそれを疑う者は、いません。」

「私達を常に覆う闇夜、ここは雲に覆われていますが昼夜があるだけいいですね。」

えー。デヴァイの謎、深まったんだけど。

分かるのは、ダーダネルスが現状に不満がある、って事だけ。
後は、何だかよく分からない。
イメージで言うと、「常に夜の世界」って事?
そんなの、私も嫌だな………。

「私は「神」がもしいるとしたら最低限「空」は残しておいて欲しかったですね。「全てを無に帰す」としても。ここは、大地、水、火は存在しますけど「空」が雲に閉ざされている所為で「風」は有りませんから。」

うん?何処かで聞いたな、その地とか火、水………。

あ、まじないか。

「風」が無い?
確かに風吹いてないかも??
気にした事、無かったな……………。

でも天空の門でフラッとしなかった?………でもアレは私がフラフラしてるだけか?うん??


「雲に閉ざされている」


ポン、とさっきのダーダネルスの言葉が頭に浮かんで、閃いた。

これじゃない?
「斬り開く」やつ。

「雲を」「斬り開く」?
確かに、パーーッと斬ったら青空、出そうだけどね?
どうやるんだろ?


「…………何かあれば、今度は私を探して下さいよ?」

ぐーるぐーるしている私の隣で、心配そうな声を出しているダーダネルス。
何で急にそんな事を言い出したのか、分からないけど気持ちだけは有難く、貰っておく。

「うん、ありがとう。」


新しい視点の意見を聞いて、ぐるぐるはしているけれど何となく方向性が見えてきた私は、嬉しくなって笑顔で、そう答えたのだった。





「依る?」

「ああ、お迎えですね。では、私はこれで。」


鐘が鳴るであろう、少し前気焔が私を迎えに来た。
珍しいな?ここ迄迎えに来るなんて。

資料を片付けてくれるダーダネルスにお礼を言って、青いローブの後に続く。

図書室にいる他の面々も皆、夕食に向けて片付けを始めていてセイア達が行き交う、図書室の扉付近。
珍しく気焔がまた私をぐっと、引き寄せて、私は「ん?」と頭にハテナが浮かぶと同時に「あっ。」と言って口を抑えた。


知ってるんだ。

ヤバ………。でも、怒っては、無い………?

きっと何処からか話を聞いたのかもしれない。いや、きっと「アレ」だ。あの時、気焔に話す様な人はいなかった。

見たんだ…………。

「目耳」がどういうシステムなのか分からないが、きっと報告に行ったのか、気焔が呼んだのだろう。きっと「あれ」を見たから迎えに来たに違いない。
警戒しているのだろう。
その、体勢のまま食堂迄歩いて行った。
ちょっと、恥ずかしいけど。


食堂ではいつもの奥の席に朝とベイルートが既に待っていた。ベイルートが「良かった。」と言っていたけど、何か知っているのだろうか。
もしかして、見てたのはベイルートさんかな………?


今日も何も言わなくても朝のご飯が出てくる調理の人に感謝しながら、とりあえず夕食だ。

この後どうなるのか、ドキドキしていた私は気焔の話に少しだけ、安堵と不安が過ぎる。
だから、迎えに来たのかもね………。

「今日はまた夜、見回りだ。よりにもよって今日か…………。」

私が寂しがると思っているのだろう。
まぁ、そうなんだけど。
だけど、こればっかりは仕方が無い。やはり怪しまれない為には、ここのルールに従わなくてはならない。

ミネストローネ風の、赤いスープを飲みながらそんな事を考えていると気焔はつらつらとお小言を言い始めた。

「きちんと朝と、ベイルートの言う事を聞くのだぞ?また、勝手にウロウロするな?」

「造船所でも一人になるな。子供でもいい、人の側にいろ。」

ふんふん。

この冬のメニューはいいよね………スープとも相性バッチリ。マッシュポテト?イモなのかな…これ。ちょっと甘いんだよね………。
シリーたちの所にも出てるかな………?
あっ。これも美味っ。

「き・い・て・る・のか!」

はい。聞いてませんでした。

でも、そんな事は言わないけどね?

「大丈夫。大人しくしてるよ。信用無いなぁ。」

「日頃の行いというやつだ。全く………。」

何だかまだブツブツ言ってるけど、私はゆっくりと、冬のメニューに舌鼓を打っていた。
夜、気焔が居ないのは寂しいけれどこうして来てくれて、やはり少し癒されたからだ。

何なら、シリーとちょっと話してから寝ようかな………。


シリーとは話し合いの末、基本的には私が呼んだ時に来てもらえる様にした。
びっくりしない様に、「目耳」に慣れてもらって、必要な時に飛ばす事にしたのだ。

何よりシリーにちゃんとお世話してもらう事になると、私の部屋の隣にいてもらう事に、なる。
まだ地下の様子が心配な私とシリーはその辺、意見が合致して、基本的には今迄通りみんなと下で生活をして、様子を報告をしてもらう事にしたのだ。

たまにお茶に呼んだり、部屋を掃除に来てくれる以外はお友達感覚である。
あと、祭祀に使う私のローブを何やら手直ししていると言うので、この所忙しくしている彼女を呼ぶのはやはり気が引けた。
うん、大丈夫。二人も、いるし。


そんなこんなでまた話を聞いていなかった私には更にお小言が追加されたのだけれど、「時間だ」と言う気焔を見送って無事解放されたのだった。

さ、部屋に帰ろう。
明日は、私休みだし。


基本的に礼拝さえ出れば、スケジュールは自分で決められる。
明日は私が勝手に決めている、休みの地の日だ。


さっき図書室で思い付いた、計画を実行するには最適な日なのだ。
うん。

そう一人で決めると、足取りも軽く白い廊下を横切って行った。






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