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7の扉 グロッシュラー
箱舟の秘密
しおりを挟むつつーっと、壁を撫でながら歩く。
不思議な感触。
つるりとした様な、それでいて、何かが引っかかる様な。
見た目は、普通の、壁。
私はシュレジエンと別れてから、一人箱舟の一階を歩いていた。
箱舟はそう、複雑な造りでは無い。
一階の部分に入り口があり、幾つかの部屋に区切られていて、私達がいつも内緒話をしているのは入って左に少し行った部屋だ。
入り口から左右共に、四つ部屋があって中々大きい船である。
いつもの小部屋は小さいが、そこそこ広い部屋もありどう違うのかはいまいち分からない。
大人数用だろうか?
そもそも、これで逃げるって………うーん?
箱舟自体は二階層で、上も大体が部屋だ。
まだ、何も無い、ただの部屋に区切られているがこれから何かになるのかどうかは私には分からない。
そして甲板の上に小屋があり、そこも小さな二階があって(ロフトみたいなものだけど)そこに私の石が置いてある。
普段は誰も出入りしないからだ。
最初に来た時にも感じたこの船の違和感に、ぷらぷらと歩いていた私は今日も気が付いていた。
なんだろうな………。
具体的に、「何が」おかしいのかは解らない。
でも、「何かが違う」のは、判るのだ。
うーん?
壁に手を当て、ペタペタ触ってみる。
うん?普通?
普通の壁って、どんな??
特段、変わった所は無い様に思える。
薄く、軽く、まじないが通った壁。
多分、デービスが作って、子供達が組んでいる、この船。結合に多少力を使うが、そこまで疲れるだろうか。
だって、素材自体にはまじないが入っているでしょ?
ルガが倒れた時の事を思い出していた私。
あの頃は不規則な生活と、不十分な食事だった。
それなら倒れるかな………まだ小さいし………?
うん?待てよ?
デービスが何か言ってたな?何だっけ………。
私がピンクの部分を直す、時。
彼は確か、何か言っていた。
「くっつけ」?いや、違う。
「繋がる」様に………だっけな?
でも、壁と壁を「繋げる」って事でしょ?
別に変じゃ無いよね。…………壁と壁。
待てよ?
始めに私がまじないを教えた時は、あの子達は何も「想って」いなかった。
ただ、力を使ってただけ。
何かを「想って」力を動かす事を教えたのは、私だ。
でも船を作る時だけ「繋がれ」って想ってるの?
意識してないだけかな?
デービスは、子供達にも同じ様に教えてるんだよね?
…………これか?違和感。
よく、分からない。
でも何となくおかしな感覚を確かめたくて、私は家捜しをする事にした。
そう、片っ端から船内を見て回るのだ。
とりあえず何か、見つかるかも知れない。
少しだけワクワクしながら、端から部屋を回っていく事にした。
「何も無いな…………。」
船の部屋は完成していないからか、扉のない部屋も多い。
調べは、すぐに済んだ。
何も、無いのだ。
おっかしいな~?
ここらで何か、秘密がどーんと出てくるんじゃないの?
期待が空振りに終わって、さてどうしようかと二階の端の船室で思案していた私は、背後に近づく人影に全く気が付いていなかった。
微かに空気が動く。
「やあ。何してるんだ?」
急に目の前に背後から赤い手が現れぐるりと私の肩に巻き付いた。
えっ。
いきなり強い力で捕らえられた私は動転して、固まる。
訳も判らぬうちにもう一方の腕も身体に周り、ギュッと、動けなくなる。
そのまま背後から耳元で囁く、男。
「君は何しにここに来たの?」
ハーゼルだ。
グロッシュラーに来てから力でこられた事が無い私は、完全に判断能力を失って、ただ頭の中を彼の言葉がぐるぐる回る。
一瞬で冷えた自分の身体が強張るのが、解る。
「君は何しに」?
なんで?どういう事?グロッシュラーに?
それとも造船所?
………結構、痛い。
…………駄目、呼んだら。
一瞬、金色の瞳が浮かんだがすぐに否定してまたぐるぐるする。
大丈夫、この人は別にここで何が出来る訳でも無い。
「「私に、害は加えられない。」」そう、思うとふと、心が凪いだが瞬間、小さく沸騰した。
「「離せ。」」
そう言った瞬間、頭の横で何かが少し弾けてハーゼルもふっ飛ばされる。
何だ、この男は。
気安く、触れおって。
「「お前に触れる事を許した覚えは無い。」」
そのまま呆然としているハーゼルを部屋に残し、私は廊下へ出た。
廊下を歩きながら段々、煩くなってきた心臓。
今更、捕らえられた恐怖が蘇って来た。
熱くなっていた身体がすぐに冷え、ジワリと襲う、拭えない感触。
嫌だ。気持ち悪い。
身体を払い、頭をフルフルしてみるけれど、消えない嫌な感触。
「ううっ。」
とりあえず、手近な部屋に入った。
「ああーーーー………。」
ローブを脱ぎ捨て、身体を摩ってみるけれどお風呂にでも入らなければ無理だろうか。
「あ。藍。お願い。」
パッと藍にお願いして、綺麗にしてもらうと幾分、スッキリした気がする。
多分、身体は、スッキリした。
でもこれ、心が結構やられるね………。
仕方が無い。
夜迄は我慢するしか無い。
とりあえず、自分の身体や服を確認して何ともない事を確かめると髪留めにも触れる。
多分、さっき弾けたのはアキだろう。
何となくそう思う。
多分、飛んで来そうなので山百合には触れない様にしておく。
「これでいいか………。」
放り投げたローブの上に、ゴロリと寝転び身体を包んだ。蓑虫の様になった、私。
ハーゼルめ…………。
急に悔しくなったけど、思い出したく無い。
頭の中に出てきた赤ローブをポイと放り投げ、天井を睨んだ。
「ハァ…………………。」
ん?随分と綺麗な天井だな?
わざわざ塗装したの?いや………そんな訳ないよね…。
私が寝転んで、見ているその天井は凡そ天井には相応しくない大理石の様に見える、艶々したもの。
所々、色が混ざった様な微妙な感じだが基本は薄い、灰色だ。少し、黄色っぽい箇所と白と………あそこだけピンクだな?可愛い。
ん?ピンク?
勿論、頭にパッと思い浮かんだのは私が作った船の一部。
あの、ピンクだ。
確か、シュレジエンとクテシフォンはピンクは存在しない筈だと、言った。私の、他には。
「あの時…………?」
デービスは念じながら作れと言った。
「繋がる」ようにと。
「それが、ここに流れてるって事………。だよね?」
私のピンクがここにある理由、それは多分。
「うーん。」
私の力だけ?みんなの力も………やっぱり?
ここに、伝わってるって事?
床、壁、扉を起き上がってペタペタと確認する。
まじないを通している筈のその素材達は、何らまじないの「厚み」が感じられない。
所謂、まじないで作られた物、まじない道具などは何かの波長や重さ、香りなど癖のある独特の雰囲気がする事が多い。
それに、これだけの大きさだ。
何も、感じないのがおかしい。
「だからか…………。」
多分、この部品は伝導する為の部品なんだ。
まじないを、この大きな何かに、溜める為の。
「これって…………石?いや、まじない道具かな………?」
天井に触れる事は出来ない。
脚立か何か、必要だ。
んん?でも甲板に出れば床…………いや、それなら今迄に気が付いてるよ………流石に。
何かで隠されているに違いない。
でもそれなら少なくともデービスは知っている筈だ。
ナザレは素材を作っているだけだろうが、知っているのだろうか。
「直接は聞かない方がいいよね…………。」
先に相談した方がいいだろう。
ちょっと、危険かも知れない。
もしかして、私が質問する事でデービスやナザレを困らせる事になる可能性も、高い。
一体、何処が大元?誰が、これを造らせてるんだっけ?
誰か知ってる………?
レシフェかな…………。
もう一度天井を見上げる。
灰色の大きな、何か。大理石の様にも見えるそれは、所々は白っぽく、灰色と、少しの黄色、私のピンクがほんの少し。
多分、他の部屋に入っていたら気が付かなかったかもしれない。
ピンクが無ければ、ただの綺麗な天井だから。
いや、こんな天井無いか…………。
「しかも。」
漠然と感じる、予感。
口に出すのも憚られるけれど、多分この船は飛ばないだろう。
何となくだけど、解る。
これは、ハリボテの、船。
彼等の、目指しているものは、何?
何処?
レシフェは気付いていなかったのだろうか。
「おーい、お嬢!」
その時、遠くからシュレジエンの声が聞こえて自分が探されている事に気が付いた。
そうだ。上に行くって言ってたんだった!
まずっ。心配してる!
少し、天井のピンクを振り返って銀のローブを拾うと、部屋から出て急いで上へ、向かう。
あ、そう言えばレシフェはここに来た事が無いんだ………。
多分、箱舟はデヴァイの秘密だった筈だ。
ラピス出身のレシフェはユレヒドールの右腕になってから、知ったと言っていた。
きっと、この船の異質さは触れてみなければ判らないだろう。それとも、私だけ………?
誰に訊けばいいのか、判らない。
とりあえずぐるぐるしている頭を整理しながらも、シュレジエンの元へ向かった。
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