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7の扉 グロッシュラー
ミストラス視点
しおりを挟む確かにその新しく入れてくれたお茶はスッキリとした飲み口だったのだけど、どちらかと言うとしっかりもしていて舌がキュッとする。
ちょっと濃い目のキレがいい、アッサムって感じ……………。
そんな事を考えつつ、ちびちびとお茶を飲む。
雲は綺麗だ。
ここは空が見えない代わりに空の表情を表しているのが、雲。
しかも空一面が雲なので色んな雲が見られるのは中々楽しい。
くっきりと濃い目の雲が重なる日もあれば
薄く白くただ一面に延びて覆う日もあり
その中に動物や魚が泳いでいるかの様に
追いかけっこをしている日もある。
今日は割と厚めの雲が入り交じった空で、白と灰の雲がどんどん後ろの薄い雲を追い越していくのをボーッと見つめていた。
そう、現実逃避だ。
だってミストラスは、結局の所何が言いたいのかイマイチよく分からない。
私を「そっち側」に誘っているのかとも思ったけれど「そんな事もない」みたいな返答だし、この底知れぬ沼が広がっていそうなこの人の背後に何処まで踏み込んでいいものか、私自身、よく分からないのだ。
正直、興味は、ある。
気になる事も沢山言ってたし。
そもそもやはり「空」があった事。
争いもやはりあって、戦闘訓練も未だ行われている。
そして、「存続」という言葉。
祈らなければ、終わるのだろうか。
それはもしかして、「予言」の所為?
私がもし、「破滅」ではなく「救い」の方であれば回避できる事?
…………でもまだ「青の少女」が私だって、100%決まった訳じゃないよね?
ね?
いや、うん、多分………。
ミストラスはお茶を飲みつつ、先程持ってきた本を読んでいる。
どうやら歴史と祭祀の本。
調べてみる必要があるだろう。
争いの理由はザックリ説明されたけど、本当にそんな理由で何も無くなるまで争ったのだろうか。
それに、神様が出てきたよ?
どういう事?神様って、ホントにいるの??
暫くお茶を飲みながら考えて、とりあえず聞きたい事を絞った私。
多分、なんとなくだけど歴史については自分で調べる必要があると感じたからだ。
さっき迄の、あのミストラスの雰囲気と目。
何かヤバかったよね?………なんだろう………変な宗教って言うか…長?の事なのかな。
結局、この人から感じた一番の印象は「長の為に祈らなければ世界は存続出来ない」という思いだ。
何が彼をそうさせてる?
そう、教えられてきたから?
まじない?カンナビー?
…………いや違うな。
「どうしましたか?」
「あっ。」
言われて気が付いたが、私はミストラスを正面からガッチリ睨め付けていたらしい。
特段怒っている様子も無いが、失礼である事は確かだろう。「すみません、」と言いつつ視線を彷徨わせる。
「あの…………。」
「はい、何でしょう?」
「何故…………何故、あなたはその、そんなに長の為に祈るんですか?」
その私の質問に嬉しそうな顔をしたミストラス。
意外だ。
よくぞ聞いてくれました、という顔をしている。何故長の事をそう、思っているのかを話す事が楽しい様だ。
「私が子供の頃、一度だけお会いさせて頂いたのですが。」
そこでピタリと止め私の顔をじっと、見る。
何故か、小さく頷くとまた話し出す彼。
私の反応を見ているのだろうか。
「少し、少しだけあの絵とは違っていたのですが、尊い御姿でした。…………それから、私はあの方に協力せねば、と思ったのです。私達の世界にまた、争いを持ち込まない為にも。」
………うん?
全然、分かんないんだけど。
私はミストラスが恍惚とした表情でいい事を語っている様な感じだが、実際の手懸りは何も言っていない事に気が付いていた。
はっきり言って抽象的過ぎる。「尊い御姿」だから、祈る、って何?
「あの、祈らなかったら、終わっちゃうんですか?それは、何故?」
はぐらかされているのか、元々教える気が無いのか、それとも本気でこの説明なのか。
嬉々として話すミストラスの表情からはどれも当たりの様な気がして、真相が判らない。
ただ、この質問なら判るだろう。
私が、どうすればいいのかは。
「それは分かりません。」
「へっ?」
いかん。またおかしな声が出た。
いや、でもこの場合は仕方が無いと思う。
私、悪くない。
「少なくとも「私は」そう思っています。其々がここで研究しているのは知っていますね?」
「はい…………。」
ミストラスの話はとても、興味深いものだった。
彼は長に会った時、直感的に「この方が世界を支えている」と感じた。そう思った原因についてはやはり何も語らなかったが、口ぶりからして秘密なのだろう。そしてその考え自体も、彼独自のものだと言う。
「私としてはもっと広まって欲しいものですが。」
不満そうにそう言う彼を見ている限り、やはり口止めされているか、言えない理由があるのだろう。
そもそも「秘密ですよ」と言っていたし、「長に会った事がある」事自体が銀の家の秘密なのかも知れない。
でもベオ様めっちゃ言ってた気がするけど………うん?私しか居なかったっけ?まじない迷路の中だったかな??
そして、結局彼が世界が存続しないと考える理由は長のそれらしいのだが他の人は違う様だ。
所謂、「予言」と「箱舟問題」だ。
基本的にデヴァイでは皆、予言を信じていてそれに対応する為箱舟をここで作っている。
ここなら場所もあるし、力も効率良く集められる。
そうしてその話の中でまた気になる事を言ったミストラス。
私も以前少しだけ頭の中を過った、その問題。
それは一族の血族婚問題だ。
彼は具体的にそれについて言及した訳ではないが、こう、言った。
「血が近い結婚の所為でまじない力が弱くなっている。」
「寿命が短い。」
静かな部屋の中、徐ろに立ち上がり近くの棚からベルの様なものを取り出す後ろ姿をずっと見つめていた。
今し方聞いた話を、どう消化していいか分からない私は、ぐるぐるしつつも、その薄灰色の髪を束ねている組紐がキラキラした銀糸を編み込んでいるのを発見していた。
窓からの曇った光を受けて鈍く光る、美しい薄灰と銀糸。
この人は多分、40代だろう。
自分の寿命の終着点が近くなった時、人は何を考えるのだろうか。
うんん?でもフローレスは多分、60過ぎてるよね?短いって?どの位?
しかしやはり、流石の私もそんなデリカシーの無い質問は出来なかった。
「あと、どのくらい生きれますか?」なんて、訊ける訳がない。
「長は、不死だと言われている。」
パッと、以前聞いた言葉が浮かんできた。
そうか。
だから………?
きっとそこまで長寿な人が居ないのだろう。
軽く見積もって80過ぎだとして………この計算、前もしたな?
でも多分、これは実際会わないと判んないかもね………。
長寿な人間なのか。
生きているのか、もしかしたら死んでいるのかも知れない。
ミイラみたくなって、祀られてるのかもしれないし?
多分、力がデヴァイだけでは足りなくてここで集めているのかも知れない。
世界を維持する為に?
うんん?ミストラスは祈って、長に力を送りたくて?でも祈ると力は石に溜まって…………舟になるんだよね?うん?実際どうなんだろう。
見た訳じゃないしな………。
何にせよ、調べなきゃいけない事が多過ぎるよ!
絶対何か忘れそう………。
すぐ側で鐘の音が聞こえて、今度こそ椅子の上で飛び上がってしまった。
「時間ですね。」
そう言ったミストラスの手にはさっき取り出したベルが握られている。
どうやら何処で鳴っているのか、と思っていた鐘は手動のまじない道具だったらしい。
時計を見ると、青の時間を少し、過ぎていたから。
立ち上がりお茶のお礼を言って、ミストラスがローブを取ってくれる。
「よく、学びなさい。資料だけは沢山あります。どれを選び、どの選択をするのかはあなた次第ですが。」
そう言ってフワリと私にローブをかけると自ら扉を開け、見送ってくれる。
意外とあの執事みたいな男の人は、出て来なかった。
フワリと廊下の少し温度の低い空気を感じて、ホッとする。
やっぱり緊張してたのかな………。
そうして顔を上げる。
何となく考えていなかった訳じゃないけど、廊下で気焔が待っていてちょっとびっくりした。
ミストラスに目礼すると「行くぞ。」と私を抱き寄せさっさと歩く気焔。
珍しいな………心配させちゃったかな?
背後から視線を感じつつも、振り返らずに濃灰色の絨毯を見つめながら、歩いていった。
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