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7の扉 グロッシュラー
祈りとは
しおりを挟む「「君」が何に祈っているのか、訊きたかったんですよ。」
そう言って、またお茶を一口飲んだ、ミストラス。
そのままじっと、私の目を見ている。
さっきまでは「あなた」と呼んでいた彼が「君」、と私の事を呼んだ時点で「私が何を考えているのか」を訊きたくてお茶に誘ったであろう事が、解る。
この人は何が訊きたいんだろう。
あまり迂闊に自分の事を話せない私は、またその赤茶の瞳をじっと、検分する。
この人は、何が、訊きたいのか。
どこまで話していいのか。
どんな、意図があるのか。
しかし先程と変わらぬ甘い茶の瞳を見て、少し息を吐く。
そもそも、普通に喋っていいんじゃない?
だって、家の事とか私の事とかじゃなくて私が「どう考えているのか」って事だよね?
何だっけ?
「「何に」祈っているのか………だっけ?」
「そうですね。」
ちょっと笑って、そう言った彼。
そこから始まる話は、凡そ今迄のイメージとはかけ離れた、中身だった。
「例えばですよ?私は、長に対して祈っています。小さな頃、一度だけお会いした事があるのですがやはりこの世界を支えてくれる方の少しでも力になれば、と思って祈っています。あ、これは銀の家の話なので他言無用ですよ?」
え。初耳で結構衝撃的な内容ですけど。
「支えてくれる」?
何で?自称神だから??
「礼拝堂には祈りの絵と、石があります。私達、デヴァイの民は物心ついた頃から絵に祈っています。そのまま、何の疑問も感じずに祈っている者もいるでしょう。」
「しかし「もっと強い力が欲しい」とか、「早くデヴァイに帰りたい」など願い事の様なものを祈っている者も、いるかもしれません。」
「何も考えず祝詞だけ唱えて、義務として遂行しているだけの者もいるかもしれません。それは、判りませんから。」
えっ。
それでいいの?そんなもの?
何となく、厳しく教育されてるイメージだったけど………?
「………それで、いいんですか?」
恐る恐る、そう質問した私にニッコリ微笑む、彼。
「いいんですよ。「祈って」くれれば。心の中迄は支配しませんから。そこは自由です。」
ヒヤリとする空気。
感じる違和感の正体に気付く暇を与えず彼は言う。
「私の仕事は「祈り」の時に力を奉納させる事。その中身は気にしません。ただ、「祈るという行為」をしてもらわなければ引き出せないので、そこは義務ですけれど。本当は、全員が心からこの世界と長の為に祈ってくれれば手っ取り早いんですけどね…。」
黒い。
何か底知れぬ闇を感じて、私は何も言えなかった。
とりあえず、自分が冷静でいられる様にきちんと座っている椅子、地面、足元に感じる絨毯の感触に意識を向ける。
多分私は苦い表情をしていたのだろう、それを見てミストラスはまた笑ってこう言った。
「何故あなたにこの話をするのか、不思議でしょう?あなたの力が強い、という事もありますが。」
「あなたは養子だ。デヴァイでの柵が無い。私には効率良く力を集める仲間、若しくは後継ぎが必要です。この、世界を存続させる為には。」
不思議だ。
私の心はどんどん不穏な空気に侵され始め、曇ってきているというのに部屋の空気は重くも無い。
多分緊張しているのも私だけで、彼からは寧ろ清々しい空気すら感じるのだ。
先程から感じている、違和感。
それは、私と彼との温度差なのだろうか。
それとも……………?
そこから口を閉じて、ただゆっくりとカップを口元に運んだり、私を見たり、何か考えている様な顔をしたりしている彼。
しかし、私の意見を聞く迄は自分から話す気が無い事が判る。
テーブルの上のカップに視線を落とし、考える。
「何に」祈っているか?
それを考えるんだよね?
なんか…………黒い事言ってた気がするけど…?
でも結局、ネイアだってセイアだって、やってる事はロウワと同じだって事?
あの石に、力を溜めてるんだもんね?
しかし今迄、私は「祈る事で得られる力を石に入れている」と思っていた。
それが、実は「祈る行為で力を引き出し石に移している」って事だよね?
みんなは知ってるのかな?
しかし実際、礼拝堂の石は変化してきている。多分、私以外でも気が付いている者はいるだろう。
しかももっと以前から祈っているネイア達からすれば、もっと目に見えて変化が分かるのかも知れない。
んー?
でもまぁ力を奉納すると考えればそう、異常な事でもない………?かな??
他の人が知っているかどうか、一体どういう仕組みでグロッシュラーや祈りの絵は存在しているのか。
聞きたい事は沢山あるが、多分私は「何に祈っているのか」を答えなくてはならないのだろう。
多分、そこからだ。
何が、始まるのかは分からないけど。
「何に」って、でも難しいな…………。
「何故」じゃなくて「何に」でしょう?
「対象」って事だよね………。うーーーん?
ぶっちゃけ、礼拝時私は何も考えていないに、近い。
だって、結構動作は難しく細かくて、早い。
祝詞は覚えたて。
そして隣から聞こえてくる、このミストラスの声。
あれがまたいいんだよな…………。
何処となく、他の人と違う、発音。
訛りのような、不思議な発音と抑揚、リズム。
「まさか…………。」
顔を上げた私を見つめる、甘い瞳。
あくまで優し気に見ている、その瞳を初めて怖いと思った。
多分、あれだ。
だから「彼の祝詞」だけ、違うんだ。
え。ナニコレどうする?
私、大丈夫?何でこんな時に限って誰も居ないの?ベイルートさん??
「取って食いやしませんよ。」
何だか楽しそうに私を見ているその様子にため息を吐いて、とりあえず問題を考える事にした。
まだ何も起きたわけでも無い。
気焔を呼ぶわけにもいかないし、それに私は部屋の隅に「アレ」の気配を感じていた。
多分、大丈夫。レシフェにお礼、言っとかなきゃ。
ん?それで「何に」、ね。
何でもないって言うと怒るかな………いや、怒りはしないか。でも何でもない訳でも、ないな?
ないかな?
そうだね…………。
やっぱり、グロッシュラーと、言えば。
「空」じゃない?
ここに来てから祈る時、大概空の事を思っている事に気が付いた。
天空の門、造船所、小さな天空の、門でも。
礼拝堂では正面に「あの絵」があるけれど、正直私は正面の細長く美しい窓から微かに見える、天空の門に向かっていると思う。
何だかそれが、しっくりくるからだ。
まぁ、間違いなくあの絵や石に対して、じゃないんだけど。
それにしても、私は力を奉納している感覚は全く、無い。でも感覚がないうちに吸い取られているのだろうか。どうなんだろうな??
とりあえず答えが決まって顔を上げると、ミストラスは本棚の前に立っていた。
いつの間にか移動していたようだ。
ここも、上等な絨毯の為殆ど足音はしない。
何かを探していた様だが、一冊の大きな本を持って戻ってきた。
部屋が広い為、ちょっと取って、座る、という距離では無い。
自分の手が届く範囲に物が置きたい私は「狭い部屋に慣れてるな………。」と思いながらも、彼が持ってきた本に釘付けだった。
だって何だかそれも、金の背表紙だったから。
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