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7の扉 グロッシュラー

ミストラスとのお茶会

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なんっか、違うんだよね…………。

何だろう………「何が」なのか、「何処が」なのかは、分かんないんだけど。



ある朝、礼拝後の冷えた、礼拝堂。

私は一人、白い天井を見上げ考えていた。


先日レナと会ってから少し、森での出来事を思い出した。
そこから紐付いていたのか何なのか、自分が移動した時の事も、何故だか思い出したのだ。


あの、中央屋敷の、長い廊下。
豪奢なその道を進んで行くと見える、もの。

仄暗い廊下の突き当たりに浮かび上がる、大きな石の扉の様な異質な、もの。

それは、灰色の静かな、玲瓏とした神殿の扉。

あの、口を開かせない神聖な空気と少し重い、場の感覚。
一度ひとたび祈る事さえ緊張してしまいそうなその佇まいを、この大きな空間からは感じないのだ。


そう思ってから、あの灰色の扉の前に立った時も「レナに聞いたのと違うな?」という違和感があった事を思い出す。

グロッシュラーの聞いていたイメージと、神殿の扉とのギャップ。
もしかして、グロッシュラーの生活の場と神殿とが違うのかとも、思っていた。
しかし、実際は神殿と生活の場は繋がっている。
ここの、長が居るあの城とは違うけれど。

ぐるりと上を見ながら回る。

無意識に耳の山百合に触れ、あの白く、気高くいてそして、何故か毒もある美しさを思い出す。
ピエロの手から離れた途端、ガラスの様に変化する、その様も。

「「荘厳」、ね…………。」

山百合の花言葉を思い出し、ポツリと呟く。

「どちらかと言うとここは、カラー………。」

山百合よりは、大分シンプルな感じだ。
ここも、悪くない。静かな空気が漂っているし、いい祈りの空間だと、思う。
良く言えばくどくなく、悪く言えば重みが無い。

少し、新しい気がするからかな?


「でもあの扉開けて、ここだったら何か違うんだよな…………?」


「ヨル…………?」
「ひょっ?!」

咄嗟に口を抑えたが、やはり変な声が、出た。


両の手を口に当てたまま、恐る恐る声の主を振り返る。
そこに立っていたのはミストラスだった。







何でこんな事になったんだろ……………??

始めはそう、思っていた。


あの後何故か彼は急に「お茶にいらっしゃい。」と言って歩き出した。

急な誘いにボーッとしていた私は、銀のローブが礼拝堂を出てから慌てて、小走りでついて行ったのである。
全速力で追いかけなかった自分を少し、褒めた。
うん。


ミストラス達ネイアの部屋は灰青の館の三階、私達の部屋の上にある。

薄々感じてはいたが、聞いた事が無かったネイアの構成。銀、白、黄、茶、赤、青。
礼拝や神殿の廊下でも、ミストラス以外の銀のネイアを見たことが無かったのだ。
それが、部屋に着いた時ハッキリした。

「うわ………広っ。」

思わず口から漏れた声は聞こえていたらしい。
少し、眉を潜められた気がしたがまぁ気にしないでおこう。それよりもこの部屋だ。
ちょっと、広過ぎない??


私の言いたい事が解ったのか、ミストラスはさらりと説明してくれた。

「元々、銀の家からは一人しか出さないのです。そんなに人数もいませんしね。その代わり待遇は約束されています。向こうに比べれば狭いですよ。」

何それ………良く分かんないけど、凄。


部屋の外、扉までは普通だった。
強いて言えば、私たちの部屋よりも少し、名を示すプレートが大きいくらいだ。

しかし到着と同時にその扉は私達を出迎える様に開き、無言で脇に控える男性がいた。
私達が部屋に入ると扉を閉め、ローブを預かりお茶の支度をしてくれている。

「ああ、あとはこちらでやる。」

そう言ってお茶のワゴンを彼から受け取るとミストラスは「どれがいいですか?お茶が好きだと聞きました。」と言った。

私はミストラスの部屋をどれだけキョロキョロせずに観察するかに全力を注いでいたので、その心惹かれる申し出に反応する迄に少し、時間を要した。


「ん………?あ、はい!…………いいんですか?」

「どうぞ。」

半ば呆れている様にも見えるが、もうその辺に関しては諦めてもらおうと謎の決断をして、私はとりあえずの重要任務を遂行する事にした。

それはお茶っ葉の選定なのだけれど。

えー。
可愛くない?このパッケージ。
全く媚を売る感じが無いこのシンプルさがまたそそるよね………色違いで沢山あるのもポイントだわ………いかん、顔がきっとヤバイ。
何しろ読める字で書いててくれて有り難いわ………まぁ商品なんだから当然だろうけど最近古語ばっかりやってるから、いや、こういうものに古語で書いてあっても可愛くない?いいな…………レナとの店で使おう。あの文字見た目がいいからね…それを言うならあの、「祈りの絵」の本の文字も美しかった。うん。
いやいや、お茶。お湯冷める。それは無理。
よし、色で決めよう。

そこで何となく、ミストラスの顔を見た。

もう、私に注意する事は諦めたのか彼は黙って私を見ている。
その、甘い茶の瞳。
いつもは厳格に見える彼の瞳が意外にも優しく柔らかな赤茶である事に驚いて、じっと、見つめてしまった。

うん、じゃあちょっと甘口にしよう。

五つ並んでいるうちの真ん中、赤の袋を選ぶと彼に伝える。袋は力の色、白以外の五色。何か関係あるのだろうか。 
たまたまかな?


意外にも慣れた手つきでお茶を入れる様子を見ていると、ミストラスもお茶がとても好きな事が判る。単純な私はそれだけで彼の好感度が自分の中で上がるのが、分かる。
お茶好きに悪い人は、いない。

きちんと蒸らし時間を取り、葉の丁度良いタイミングでお茶をカップに注ぐ彼を見て確信する。

絶対、美味い。

敢えて言おう、「美味しい」じゃなくて「美味い」だ。

茶器は部屋と彼のイメージにピッタリな、珍しいグレーの陶器。
色付けされているのか、不思議な質感だ。
カップを持つとそれが薄く焼かれた磁器に灰青色の色が被られているのが判る。

始めは何だか勿体なくて、少し眺めていたのだけれど「どうぞ。」と言う彼の声にハッとして熱いうちに飲まなければと逆に気が急く。
この、初めの一口が美味いのだ。


うーん。
いい香り。
確かに書いてある通り甘いんだけど、爽やかな葉の甘さなんだよね…こりゃいい葉だわ。高そう。
香りと、味、スッキリとした飲み口ときちんと味としても感じられる自然の甘さ。
堪らんな………このスッキリ感、緑茶にも近いよね…葉は結構、緑だと見た。
糞ブレンドみたいにギュッと凝縮されてるのもいいけど、この若葉感もやっぱり捨て難いよね…。

それにこの茶器。
一瞬色付きガラスかと思うくらいの艶と透明感、何だろなこれ…。誰?ロランに頼んだら作ってくれるかな?
このソーサーの形も可愛いし。部屋と合ってるよね………。他の茶器もあるのかな?

ぐるりと部屋を見渡す。

食器棚らしきものや、キッチンの様なものは見当たらない。

さっきの男の人があっちの扉に入って行ったから、あっちにキッチンがあるのかな?
どんだけ?広いのかな………行ってみたいけど無理だよね…。あの扉は洗面室かな?
あっちが寝室っぽいね。ちょっと意匠も違うし。
あれがクローゼットかな………めっちゃ気になる本棚あるし。
家具も落ち着いた茶だけど、この部屋は灰青感が強いね…壁紙も薄灰青だし。ここも髪の色と似てるよね?
え~………ホントはやっぱりまじない館なんじゃない??


入り口近くにスタンドがあり、私達の銀のローブが掛けられている。
私のは、黄色のライン。
ミストラスのは無地の、銀。
ああやって掛けてあると、きちんと個人用なのが判るその長さ。彼のローブは私のものより幾分、長いのだ。

テーブルに視線を戻し、持っていたカップを置く。
私の部屋も、パミールの部屋もテーブルは丸テーブルだがこの部屋のテーブルは四角い。
縁に彫られた飾りを観察していると、ふと、我に返って正面を見た。

そういや、キョロキョロするの我慢してたんだった。まず…………。


しかし彼も彼で、何か考え事をしている様だ。
その、視線がお茶のカップに注がれているのをいい事に私は彼の観察を始めた。

考えてみると、ローブ無しの姿を見る事はとても珍しい。
最近パミールの部屋でお茶をする事が多いからすっかり慣れた気でいたが、ミストラス以外の男性のローブ無し姿を見た事がない事に気が付く。

うん?気焔は…別か。

襟の高い灰色の服は彼の髪色より一段暗めの落ち着いた色。お別れパーティーでベオ様が着ていた服に似た、詰襟の服だ。脱いだ時は多分、部屋に気を取られて衣装を見ていなかったが、多分ヒラリとしていたからシンに作った様な長い衣装かも知れない。
神官らしい、きっちりした格好だ。

長い薄灰色の髪はきっちり一つに纏められていて、改めて見ると組紐の様な美しい紐で束ねられているのが、分かる。
髪と一緒に一本、肩から前に垂れているからだ。

いつもフードを被っているし、丸眼鏡の顔をしっかり見るのは多分、初めて。
思ったよりも、若く見える。

もっとおじさんだと思ってたわ………。

あの、厳格な印象と立ち振る舞いから私の中で「校長先生」くらいのイメージだったミストラス。
こうして実際、見てみるとうちのお父さんより多分若い。大人の男の人の歳なんて判んないよね………。


その時パッと茶の瞳が私を捉えて、ビクッと身体が反射的に動いた。


「あなたは「祈り」と言うものについて、どう思いますか。」
「…………「祈り」?ですか?」

急にそう訊かれて、戸惑った。

その私の顔を見て「ああ」と何かを思い出した様にミストラスは前置きをする。

「そもそも何故呼んだのか、話していませんでしたね。」

そう言ってテーブルの上で両手を組むと、彼は考える素振りを見せながらゆっくりと、話し出した。






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