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7の扉 グロッシュラー

小さな天空の門

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「ヨル、アレは絶対その気がないとやっちゃ駄目なやつ。」

「そうね…………。また後で何か、あるでしょうね。」

「まあ、祭祀が終わる迄は大丈夫じゃないですか?」


最後、トリルの慰めにならない慰めで締め括られた、女子達の駄目出し。

そう、私達はあのコンパクトの件でまたパミールの部屋で朝食後のお茶をしていた。
ついでにお化粧の件も話せるし、一石二鳥なのだ。


この前と違う茶器を愉しみつつ、パミールの入れてくれたお茶を美味しく頂く。
朝食後なので前回は爽やかな葉の香りがする紅茶だったけど、今日は少し甘い香りのするお茶だ。
香りだけが少し甘くて、味はさっぱりしているので食後に丁度いい。
ゆっくりと香りを愉しんでから、口に含む。

そしてやはり神殿の廊下は、寒かった。ここまで寒さが本格的になってくると、少し歩いただけでも寒さが滲みる。
少しずつ祭祀の準備が整っていく礼拝堂や廊下の様子を眺めていたら、すっかり身体が冷えていた様だ。

冷めない様、手も同時に温めながらカップからゆっくりとお茶を喉に流し込むと、冷えていた身体が暖まってきた。



少し前、気焔は「レシフェには伝えた。無理とは言わなかったから大丈夫だろう。」なんて曖昧な事を言っていたけれど、多分無理ならすぐに連絡が来る筈だ。今日迄何も無いので、多分大丈夫なんだろうと思っている。

「今日あたり、紹介しにきてくれると思うんだけど。」

そうみんなに説明しつつ、お化粧自体は当日になるのでもし、希望があれば決めておく様にだけ伝えておく。
多分、レナならパッと見で上手くやってくれるとは思うけど本人の「こうしたい」という希望があれば更に可愛くなるだろう。

うん、おめかしは久しぶりだね。
何だかワクワクするな…………。

壁にかけられた、パミールが着る予定のワンピース を見ながらそんな事を考える。
パミールのそれは、白い襟の付いたロングワンピースで丁度空色の美しい生地だ。
光沢はあるが織生地なのでタフタの様な感じだ。
とてもいい生地なのが分かるので、どこで作られたのかとても、気になった。
後で聞いたら教えてくれるかな?

しかし遊びじゃ無い事を思い出しつつも、またあいつの話が出たので、どんな場でも家の事が関わってくるのだなぁと改めて、実感する。

ダーダネルスにも聞いてはいたけれど、やはり祭祀での並び順が家の順になるという事。
それについて、年長組二人は少し心配している様だった。


「ヨル、あいつの隣でしょう?まぁ何も無いと思うけど、気を付けてね。」
「うん?何を?」

「昔は同じ色になる事があるって所から、恋が叶うとか結婚するとか言われてたのよ。勿論、非公式で、おまじないみたいなものだけど。」

うん?
おまじない?

おまじないを勉強している私としては、聞き捨てならないその、ジンクス。

これってそういう事だよね?~すれば、恋が叶う的なやつ。

それをそのまま質問してみる。
すると意外にもトリルが詳しく教えてくれた。
祝詞やまじない系の本をよく読むからだろうか。

それはとても興味深い、内容だった。


「元々、初めグロッシュラーの神殿には男性しか居なかったそうなんです。そして古の祭祀には、「空」があった。そして、「空」に祈っていたんです。」

思わぬ所から出てきた、ベイルートの話の続き。
ワクワクしながら耳を傾ける。
他の二人もこんなに詳しくは知らなかった様で、興味津々だ。

「まだ「空」があった頃は、勿論まじないの色も多色でした。光は、本当は色々な色があるって知っていますか?だから、人々のまじないの色も其々違ったんです。」

うん?じゃあラピスは空があるから、みんな色が違うって事なのかな??
確かにイスファはシャットの橙だって、木達は言っていたし、レナは灰色、ん?でもシェランは黄色っぽくなかった?
ああ………でも黄色はアリなんだ。力も強いしね…………。じゃあデヴァイも多色なのかな??
ベオ様は何色だったっけ?

私がぐるぐるしている間もトリルの説明は続く。

「そうして祈りを続けているうちに、少しずつ、女性も訪れるようになりました。あとは、貴石にも居ますしね。勿論、グロッシュラー全体で祈りますので、全ての人に光は注ぎます。」

「その時、色が同じだと結ばれる、と誰かが言い出したらしいんです?でもですね、これが「空」があった頃の話で…………。」

そう言って、一度みんなの顔を見るトリル。

私達が揃って頷くと、オチがやってきた。

「今は、「雲の空」なのでみんな同じ、色なんですよ。」

「なーんだ。」
「ガッカリ…………ロマンスが生まれると思ったのに…。」
「あれ?婚約者は?」
「いや、だからそれは…………違うんだってば!」


可愛いなぁ…………なんて思いつつも、ふとコンパクトの事にまた頭が戻る。

結局、気焔は「いい」と言っていたけれど、やはり返した方がいいのだろうか。

「ヨルがちゃんと断れるなら、貰ってもいいと思うよ?」
「そうね。あまり返す習慣は無いわね。そもそも駄目なら、受け取らないし。」
「うっ!それを言われると………。」


私達がワヤワヤしていると助け舟が、来た。

「でも彼はヨルがデヴァイ出身じゃ無いのを知ってますから。大丈夫じゃないですか?」

「「え?そうなの??」」

「うん、そんなわざわざ申告するような事でも無いから、いつ言おうか迷ってたんだけど………。」

パミールとガリアは一瞬驚いたが「成る程ね。」と納得してくれた様だ。
何が成る程なのかは、きっと聞かない方がいいだろう、うん。

二人は私の砕けた態度の他にも、やはり婚約者関係の事などの決まりをあまり知らない事が不思議だった様だ。

しかし、それに関して言えば色々な意味で「銀の家」は特殊だから説明がつかなくも、なかった。
そもそも数も少ないし、銀の未婚の娘が色々な所をフラフラしている事はまず、ないらしい。
外に出ると、すぐに目を付けられるからだそうだ。
それを聞いて、自分がここに来た頃にブリュージュ達にひどく心配されていた事を思い出した。

確かに。
銀の女子は気を付けろって、散々言われたもんな…………。
それでもまぁ全然、駄目だったけど。

自分のポンコツっぷりにちょっとゲンナリしたけれど、まぁ起こってしまった事は仕方が無い。
頑張って、上手く断る方法見つけるんだ!


しかし、それはあまり心配せずとも自ずと解決する問題だったのだが、それはもう少し後の話。




とりあえず私は午後の訪問に向けて、動き出した。







そろそろレシフェが来ると思っていたので午後は部屋で過ごすつもりだ。
昼食を済ませ、深緑の廊下を歩きながらその後の予定を考える。

レナが来るなら、お茶の支度だよね…ううっ、楽しみ!


しかし、私は祭祀の前に確かめておきたい事がある。

丁度この廊下を真っ直ぐ、二階への階段を上り正面に位置する、入った事のない大きな扉。
それは深緑の館の二階、ロウワ用の礼拝室だ。

何度か子供達とすれ違って、きっとここがロウワや造船所の子供達の礼拝室だと当たりを付けていた。
今は多分、まだ昼食の時間だ。
ぐるぐるしながら階段を上り辿り着いた、大きなスッキリとした装飾の無い扉の前に、立つ。

周りのモールディングだけは他と同じだが、シンプルな扉には何も書かれていない、プレートだけが存在を主張していた。
近づいて、消された痕などが無いかどうか確認するが、何も見つからなかった。
もし、以前何かあったとしてもまじないを使えば新品の様にする事は可能だろうと思い付き、調べるのは止めにする。

「ここって………入っても怒られないよね………?」
「そんな事言っているうちに、入っちゃえば?今なら誰も、見てないわよ?」

「やっぱり?…………いっか。」

ちょっと、見つかったら怒られるのか気になっていたがまぁその時はその時だ。
一応朝に階段の下を確認して貰って、自分は左右をキョロキョロする。

よし。

そうして私は見た目より軽い、大きな扉を引いた。




「わ……………。」

何だろう、この部屋。

凄く、落ち着く。


扉を開けて始めに目に飛び込んできた、アーチ。

あの、天空の門に似ている先が少し尖った形のアーチだ。
それが正面の壁に大きく造られており、そのままそれが窓になっている大きく、明るい空間。
運営の教室達を繋げたよりも少し、狭い位の丁度良い広さだ。

物は、何も無い。

いや、その小さな天空の門の前には石の台があってその上に乗っている石はある。
これは下の礼拝堂と同じで、力を溜める為にあるのだろう。
ただ、色は少し灰がかった乳白色で透明度もそこそこだ。
何となく、ロウワに使う石はケチっていそうなイメージだったが、そんな事は無い様だ。

兎に角その何も無い部屋は、礼拝堂と同じく白色で造られており意図的なのか、その石が載る台と窓への数段の階段が灰色なだけで後は全て、白い。


やっぱり、空気が綺麗。


そう感じて少し、大きく息を吸うと小さな天空の門に近づいて階段を上る。
階段と言っても、二段だけだ。

しかしその少しの高さで、ここが祈りの場なのだと示すこの部屋の空気が、私はすぐに気に入った。
しかも、ここには「あの絵」が無い。
それが関係あるのかどうかは解らないけれど、私にとっては意外と、あの大きな礼拝堂より落ち着く空間なのだった。

「何でだろう?逆に広過ぎると落ち着かないとかなのかな……………?」


ブツブツ言いながらも段を上り、その窓から外を、見る。

「やっぱり…………。」

ぼんやりとしていたその窓からは、やはり外は見えなかった。
そっと触れると、少しザラザラとした感触。磨りガラス的なものだろうか。
もしかしたら、ここから天空の門が見えるかもしれないと淡い期待をしていた私だったが、方向的にはもっと、ずっと左側の筈だ。
あの門は、礼拝堂の正面だから。

「ここと形が同じなら、関係あると思うんだけどな………。」

そう言いつつ、石を眺めてぐるりと台の周りをまわる。下の石よりは小さいけれど、やはり大きな石だ。
何となく、乳白色がモヤモヤしている気がしてじっと、目を凝らす。

「うーん?」

分かんないな?

折角だから、祈っとこ。


朝も、部屋の探索を終えて扉の前に座る。見張りのつもりだろうか。
きっと、私が今から祈るのが分かるのだろう。
欠伸をしながら、こちらを眩しそうに見ている。


小さな、天空の門の前に立ちそのまま深呼吸する。

本当はちゃんとポーズをして、跪いたり、する。

でも今日は天気がいい。
まぁ、曇ってるんだけど。

空が、明るいのだ。


出来るだけ全身に光を浴びたくて、下ろした手を少し拡げながら覚えた祝詞を呟く。

銀のローブで光を、受ける。

毎日の祝詞もまた、中々、私にとっては衝撃の内容だったんだけど。
小さく息を吸って、ゆっくり発音する。

この、不思議な音程とリズムが好きだ。




祈れ 祈れ


全てを 繋ぐ 青い 空へ

放て 想え 謳えうたえ 躍れおどれ

求めるものは 「そら」にある

紡げ 生み出せ まことの声を

泣け 怒れ 流せ 叫べ

真実は 己の内

行き着く者は 空をも 恵よう


解放しろ 開放しろ



くるりと回って、着地する。


だって、天気がいいし。

躍れって、言ってるし?

普段は、回れないし?


磨りガラスの向こうの雲を何となく確かめると、気が済んだ私はさて帰ろうかと振り返った。


「ぇえっ!」

え?ウソ?変な声出た!
何これ?どうする??
聞いてないんだけど!!!

「出てる!!」

慌てて石の向こう側に回り込んでローブで石を覆う。

何故って、石から光が、出ていたから。

また、あの天空の門で雲から光が差した様に、石から光線が何処かへ延びているのだ。


「え?ヤバ。どう?大丈夫?消えた?!」

ローブから薄く延びる光が見えて、自分の身体で遮る様に移動する。
ちょっとあったかい気がしてホンワカしたが、すぐに背後を振り返り光が透らない事を確認すると、ホッとそのまま石を抱え込んだ。

何なの、これ…………。


「聞いてないよ…………。」

「まぁ、流石にここまでなるとは思ってなかったわね。」
「大丈夫かな?外に洩れたと思う?」

丁度、扉の前に座っていた朝は頷いて、アッサリこう言った。

「バッチリ。」



その返事と同時に大きな扉が開き、私の心臓は跳ね上がったのだった。






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