透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

光の、色

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「お前さんも承知かと思うが。」

開口一番、挨拶無しにそう言った白い魔法使いは相変わらず本の山の向こうから、そう言った。


今日は薄曇りなのできちんと部屋の灯も付いて、白い柔らかそうな髪がよく見える。
私は話しながらも本から目を離さない姿を見ながら、また髪を結びたい衝動に駆られていた。

ウェストファリアはそのまま黙ってしまったので、きっと本に入ってしまったのだと思い、私もテーブルの上の山に目を移す。
そのままに積まれている、青の本を少し見てみようと思ったからだ。

どれにしようかと、私が並べておいた本が積み上げられているのをまた、並べ直しながら選んでいるとふと、疑問が湧いてきた。
ラレードは「白のおっさんから下がってくる」と言っていた。

だから、ラレードも青い本と青の本が違う事を知っているけど………うん?
ここにグロッシュラーの分、全部が揃ってるって知ってるのかな?ここにあったら、見れないよね?

青の本はこれで全部だって、二の本が言ってたけど青い本は多分、まだあるよね………。これだけ膨大な数の本、全てが集められるとは思えないしな?
それに、青の本と青い本の見分けは、ついてるのかな?

みんな青の本に別の説が書かれてるのは知ってるって………。青い本も、新説?
青い本と青の本に書かれてる内容………違うのかな?やっぱり。


ぐるぐるした後、チラリを顔を上げるとウェストファリアはまだ本を見つめたまま動いていない。
いや、正確に言えばページはめくっている。

ありゃ、まだだね………。

並べ終わった青の本に視線を戻す。
そういえばこれ以外の青い本は、ウェストファリアが本棚にしまっていた筈だ。

記憶を掘り起こしながら白い魔法使いが片付けていた辺りの本棚を見る。しかし、背表紙しか見えないのでイマイチハッキリしない。
しかしそんなにやる事を増やすわけにも行かないので、違いについては後で聞けばいいだろう。
とりあえず、何の気無しに手近にある青の本を手に取る。
そうしてページを、めくった。


「久しぶりだ。ディディエの本を見つけたのだね。」
「え?」

当然のように喋り出した青の本は何だか知らない人の名前?を言っているのだけれど、何の話なのかさっぱり分からない。
繰り返す様に、ポツリと呟く。

「ディディエの本…………?」

「そう、それはディディエが書いたものだ。あの子も見ていただろう?」

あの子も?見てた?

パッと頭の中に古いレースが思い浮かぶ。

セフィラの事か…………。
うん、見てたみたい。しかも、確かダーダネルスが読んでくれた最初の文………。

手に取った青の本をビロードの上に置くと、テーブルの本の上にちょっと置いておいたあの大きな本を取る。
読めない事は分かっているが、やはりもう一度見たくて表紙をめくった。

「この絵に祈りが集まる事で
     少しでもヴィルが救われます様に」

「…………ありがとう。」

私はあの美しい文字を見たかっただけなのだけれど、青の本が言葉を読んでくれる。
いや、読んでくれるというよりは、何となくだけどこの、話す事はないが不思議な本の代弁をしてくれている様に感じた。


「ヴィルって…………誰?」

何となくダーダネルスに聞くことが躊躇われた質問を呟く。
答えが返ってくるとは、思っていなかったから。

「それはこの絵の主に決まってる。」
「えっ。長の名前?」

「どうした?………ああ、その本か。」

急にウェストファリアが戻ってきたので飛び上がった私。
危うく、膝から大きな本が落っこちそうだった。
危ない、危ない。

しっかりと本を抱え直すと、とりあえず頭の中に急に飛び込んできた疑問をそのままぶつける。
この本を知っているという事は、この人は知っているんじゃなかろうか。

「あの、この本って…………?」

私が一度閉じた、大きな本を抱えながらそう言うと頷きながら答える白い魔法使い。何だか満足そうなのは気の所為だろうか?

「うむ。それはその、ほれ、今お前さんが持っている青の本に書いてある。まぁよく青の本に関係あるものを、この木を隠す森の中から見つけてくるものよ…。この絵の本の事も研究していたらしいぞ?祈りの絵についての本だが、何やら内容は長についてのラブレターの様なものらしい。」

「ラ、ラブレター???」

急に、余りにも予想外の言葉が白い魔法使いの口から出たので、素っ頓狂な声を出してしまった、私。


えっ。
ラブレター?
は?
長に??
んん?
でもまぁそういう事が無いわけでもないのか…?
え?悪の親玉…………?
うん??

全然、想像出来ない。

「最初に、書いてあるじゃろ?「ヴィルに、」と。」
「あ、それ、長ってヴィルっていう名前なんですか?」

「ああ、愛称じゃろうな。名前は「ヴィルヘルムスハーフェン」。」
「長っ!」

やば。ついつい素が…………。

それにしたって、長い上に物凄く、言い難そう。
絶対、噛まずに言える自信が、無い。

とりあえず座り直して、内容についても聞いてみる。

「この本に書かれている内容、分かりますか?私は全然、見た事無い文字なんですけど…………。」

「ラブレター」と言っていたので、知っていると思っていたのだがそうではなかったらしい。
どうやら、青の本を読まないと解らない様だ。

「いや。私は知らん。チラリとその本をめくっただけじゃ。余り祈りの絵に興味は無いからの。しかし、やはり青の本に出てくるからには読まねばならんのだろうが…。」

あまり、ラブレターはお気に召さないらしい。
まだここまで辿り着いていないのだろう、白い魔法使いは顎を擦りながらパラパラとページをめくっている。

まぁ、そりゃそうか。
長に向けた、恋文なんて読んで楽しいのはセフィラか私か、くらいじゃない?


一応、殆ど他人だけど何となく身内認識はしているので、多少、興味はある。
それに、私が悪の巣窟の親玉だと思っている人の事を、好きな人が、いた。

それだけでも何となく、事件だ。

ラブレターと聞いて驚いたのも勿論だけど、やはりいくら遠いと言っても「関係はある」のが事実。少し、人間らしい面が見えて安心したのかもしれない。
私だって、身内が悪人なのはやっぱり嫌なのだ。


少し、その金色の様な薄いベージュの表紙を眺める。
少し、興味が湧いてきたのだ。

どんな人なんだろうか。

私の中では、ケチョンケチョンの悪人な、デヴァイの、長。

しかしこの本の冒頭では多分女性が彼の為に「救われます様に」と書いているのだ。


もしかしたら。

彼には彼の正義や言い分があって、やっているのかもしれない。
逆に何も思想なども無くて、例えば周りの言いなりになっているだけなのかもしれない。
もしかしたら、生粋の悪人で贅沢三昧をしているのかも、しれない。

「まだ、分かんないよね…………。」

じっと、箔押しの表紙を撫でながら眺めていると少しだけ、また背表紙が金色に光った、気がした。何となく、私の声に応える様に。



「ところで。」

ハッとして顔を上げる。

ウェストファリアはまだ全然私のすぐ側に立っていて、全く気にせず独り言を言っていた事に気が付いた。
ここで確信したけれど、多分本達の声は聞こえていないに違いない。
だって、聞こえていたらきっとそれどころじゃない筈なのだ、この同類の彼は。


「お前さんも承知の事と思うが。」

部屋に入った時と同じ事を言われ、やっと話の途中だった事を思い出す。
大きな本をまた本の山の上に置いて、話を聞く事にした。

「祭祀の事だが、お前さん、自分の出す色は決められるのか?」
「はい??」

ウェストファリアの本題は、まじないの色の話だった。






「…………多分、出来なくないと思います。」

正直、やった事が無い。

ウェストファリアが言うには、祭祀は空からの力を受ける事ができる貴重な儀式らしく、全員で祈る事で更に受ける力が増えるのだと言う。


基本的に毎日の礼拝では祈りと共に「あの石」に少しずつ力を奉納しているらしいので、逆に言えば力を受けられるのは雪の祭祀と春の祭祀の年二回だけの様なのだ。
だから、グロッシュラーにいる、全員で、祈る。

ネイアも、セイアも、造船所もお城も貴石も、全部、全部なんだそうだ。

「それだけの祈りが集まれば、結果として光が降りる。祈りの場に其々光が差すのが祭祀の特徴なんじゃよ。だが、今回はお前さんがいるからな…………。」

そう言ったまま、また腕組みをして顎を摩り出したウェストファリア。
しかし、その顔に困った様な様子は見えない。

絶対、実験したいと思ってるな………。

そう、私が思って白くて長い髪をまた注視していると青緑の瞳がこちらを見て言った。

「いや、勿体なくて知らせんよ。」
「勿体ないって何ですか、勿体ないって…………。」

ブツブツ言いながら、光の色が決められるか考えてみる。

「あの、ちなみに灰色か黄色ならいいんでしたっけ?」

確かシュレジエンがそんな事を言っていたのを思い出す。
普通は、灰色の筈だ。
で、ネイアが黄色なんだっけ…………?

「そうじゃな………まぁでもお前さんなら黄色の方がよかろう。灰色では釣り合いが取れんでの。」

そうか…………確かにラインも黄色だしね…………。

じっと、自分のローブを見つめながら考える。
キラキラとした銀糸が今日も美しく波打っている中、流れる黄色のライン。

黄色の、光か…………。

うん?
でもそもそも、私から出る光っていつも何基準なんだろう?
この前はピンク…………あれは、空の色か。

そうしてふと、思い付く。

ん?空の色?変わらない………よね??
変わったらヤバくない?
でも、みんなで祈るんだから私が原因ってバレないんじゃ?だったら大丈夫?

いや、多分駄目だよね…………。

調べればすぐに分かる筈だ。きっと、前回迄は変化しなかった筈だから。
でも光が差すって事は、前に雲の隙間から薄明光線が差したみたいになるって事でしょ?
それが?
各祈りの場所に?
うわぁ……………絶対綺麗なやつじゃん、それ。
超見たい。
フフ…………なんかテンション上がってきたな…………?



「で?出来そうかな?」

ああ、また脱線してたわ…………。

「ご、ごめんなさい。多分、大丈夫だと思うんですけど…………。」

ウェストファリアにも、空の色が変わった事は言っていない。
言って、対処法を聞いてみるべきか。
内緒のままにするべきか。

悩むな…………。



「失礼します。」

急に扉が開いた音がして、振り返ると青いローブが見える。

「お前さんに禁書室の許可を出したのは失敗だったかな。」

突然現れた気焔にそんな事を言うウェストファリア。

ちょっと待って。
ここ、禁書室なの??

「言ってなかったかな?」

口に出してはいないのに、そう言って振り返った白い魔法使い。
この人、私の扱いに慣れてきたな………と思いつつも「もう、お昼?」と気焔に問い掛けた。


「ああ。行くぞ?」

そう言って扉に凭れて待つ、金色を眺め、少しホッとした私は持って来た本をまとめながら何か聞き忘れた事はないかとぐるぐるする。
意外と、捕まらないのだ、この白い魔法使いは。
あまりこの部屋の外では見かける事がない。



「空の名残がの…………見れるといいのだが。」

空の、名残?

奥の机に歩きながらそう、ポツリと呟いたウェストファリアの声を拾った、私。

「行くぞ。もう、鐘は鳴った。」
「え?そうなの?全然気が付かなかった。」

白から青にまた視線を移した私は、質問が今は思い付かなかったのでそのまま扉へ向かう。


扉を閉じる前に「では、失礼します。」と白い魔法使いを見ると、彼は何だか懐かしそうな目をして頷いていたのだった。









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