透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

図書室の面々

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それから暫く。

パミールに手配を頼んだ私はブリュージュから許可が出たと聞いて、早速レシフェに伝えようとしたのだけれど電話も無ければ手紙も出せる訳でもない。
結局、気焔に頼んで伝えてもらったのだけれど何だか「レナにお願いしたいの。」と言った時微妙な顔をされたのは気のせいだろうか。

また、五月蝿い面子が増えると思ったのかな?
勿論私達はきっと、会ったら五月蝿いには違いないのだけれど。




それからまた何日かして、の事。

今日はトリルと図書室で一緒に勉強する約束をしていた。
トリルは文字の研究をしているので、私が分からない所を聞く、と言うのが主な目的だけど。
もうすぐきっと、雪が降る。
この所の寒さから、毎朝ビクビクしている私は翻訳はしてみたもののラガシュが言っていた解釈と言うものがイマイチ分からない。

行き詰まっている私の翻訳を、トリルにチェックしてもらって解決の糸口を探る作戦だ。

そもそも、まだこれで合ってるのか確認もして無いんだけどね…………。

行き詰まっていると言うよりは、意外と好戦的だったあの祝詞の解釈を、どうしていいのか分からない、の方が近いかも知れない。もし、単語一つ違えば、また変わってくるかも知れない。言葉に詳しいトリルなら、知っていそうだと思った。




既に約束をしていたので、朝食後にそのまま図書室へ行こうと階段を上っていた私達。
借りている本は既に持って、階段を上っていた。

「トリルは文字をひたすらやってるの?そこから気になる文章とかも翻訳したり?」
「そうですね………結構古い呪文みたいなやつが面白いですけどね。一見、意味が無さそうな単語の羅列をどう解釈するか…………。」
「えっ。それじゃ、私の今日の祝詞の採点なんて打ってつけだね?やったね!」

「おい。」

「でさ、ちょっと語尾が違っててよく分からない所…」
「おい!そこの………ヨル。」

ん?
私?

知らない、男の声だ。

名前を呼ばれて振り向くと、階段の下にはあの、長ったらしい名前の嫌味な上級生がいた。
ランペトゥーザにいちゃもんを付けていた、あの銀ローブだ。

名前…………何だっけ?

ヤバい。私の長い名前キャパがオーバーしていて、興味の無い人を覚えていない様だ。


私が黙っていると、そのまま階段を上ってきた彼を見て「そういや、背が高いんだった」という事を思い出す。
私達はまだ階段の途中にいたので、邪魔になるかと上まで上ると、彼もついてきた。

「ちょっと、待ってて?」

一応トリルに声を掛け、そのまま彼の話を聞こうと振り返る。
すっかり名前を忘れている私は、なんて言っていいかも分からなかったので、そのまま彼の顔を「どうしましたか?」という顔で、見上げた。

やはり、大きい。


「…っ、これを。」

何故か自分よりも小さい私にちょっと躊躇いながらも、何かを差し出す水色の髪の、彼。
この前は何だかいけすかない態度だったけど、この髪はとても綺麗で、機会があれば外で見たいと思った。

きっと、外の光で見た方が何倍も綺麗だろうから。

あ、でも曇ってるんだよね…………。

「ヨル…………。」
「ん?」

深緑の絨毯を見て考え込んでいた私は、背後のトリルが声を掛けてきたので、珍しい、なんて思っていたがトリルが指差しているのは、私の前。
水色の髪の彼が、フードを脱いで頭を掻きながら何やら照れている様に見えるのは気の所為だろうか。

「なに?どうしたの?」
「ヨル、声に出てたよ。髪の事。」
「マジ?」

ついつい口から出た「マジ?」という言葉にトリルは興味深い目をしていたが、振り返った私はそれどころじゃ無かった。

もしかして、私が綺麗、って言ったからフードを脱いでるの??ウソ………。

「そうか………。今度前庭の池でも見に行こうか。あと、これを。」

「?」

何だか彼と外に行く事になっている気がするが、気の所為だと思いたい。
とりあえず、先程から私の前に差し出されている小さな包みを受け取った。
余りにも近くに「ズイ」と寄せられたそれを、断るのは何だか失礼に思えたからだ。

でも、それがまずかったらしい。

「何でしょう、これ?」
「で?いつならいい?」
「開けても…………?」
「なんなら今からでもいいぞ?」

中を見れば、貰っていい物かどうか分かるかも知れない。そう思って聞いている私と、全く噛み合っていない、彼。

背後でトリルはアワアワしていたらしいが、青ローブのトリルが割って入れる訳がない。


私が気付かないうちに階段には遠巻きに見物人が出ていたらしく、丁度通り道のそこは格好の舞台になっていた。


とりあえず彼が頷いたので、袋を開けて中を見る、私。小さな袋は可愛いピンク色で、この水色の彼の持ち物には見えない。

何だろう?
可愛いっぽい?

取り出してみると、どうやらそれは小さなコンパクトだ。

表面には浮き彫りの天使がラッパを吹き花に囲まれている繊細なカメオの様なものが付いていて、周りは金色のそれは、息遣いの感じられる細工が素晴らしいものだ。

勿論、「わぁ!」とその素晴らしさに感動していた私は、どうやら側から見ると「男性に物をプレゼントされて喜ぶ」というこの世界での了承を意味する事をしたらしい。

まぁ、それは後からガリアに聞いて青ざめたんだけど。

私は水色そっちのけでそのコンパクトを開けたり閉じたり、外側の細工を舐め回す様に観察したり、中の鏡の様子と何も入っていないツルリとした金の内側を確認し満足して、顔を、上げた。

そう、何も周りが目に入っていない私は、彼が私に更に近づいている事に気が付いていなかった。

「じゃあ行こうか。」

大きな彼の腕がパッと肩に周る。
その時やっと、事態に気が付いた。

え?まずい?
図書室?トリルは?

私が頓珍漢な事を考え、振り向くと奥の図書室の扉からトリルに連れられた気焔が出てくるのが見えた。

振り向いている私と、目が合う。

気焔が一瞬金の瞳になって「ヤバい」と思った私。
でも多分、私のその表情の変化を見た気焔はすぐに瞳を茶に戻すと「ちょっとそれ人間の速さじゃないよ」という早足で私達の前に回り込んだ。
よく、階段落ちないね?

私達が階段を降りようとしている前、数段下がった所に立ち塞がった気焔は思ったより冷静な声でこう言った。

「失礼します。彼女とは正式に婚約してるので、その手を離して頂いても?」

水色の彼は「フン」と鼻で笑っていたけれど、唯ならぬ金色の気配を察した様だ。
とりあえず、私の肩に置いていた手を離してくれたので私は気焔の背後にさっさと隠れる。

そう、緊迫したこの空気でも気になるくらい、階段にはギャラリーの騒めきが漂っていたのだ。


図書室の扉から出ている、沢山の頭。

階段下から普通に眺めているネイア達は、何か私達をサカナに楽しそうだ。

運営をやっているであろう教室からは、噂のニュルンベルクも顔を出しているし、きっと運営の授業中であろう生徒達の顔も見える。


え。どうしよう?
どうするのかな?気焔。

私が青ローブの背後でアワアワしていると、チラッと私を見た後にいつもの様に手を引いて普通に図書室へ向かう気焔。

あ、それでいいのね…………。

とりあえずどうしていいか分からなかった私は、そのまま手を引かれ、ついて行った。

図書室の扉の前で、トリルに迎えられる。
扉から、覗いていた人達はいつの間にかいなくなっていてトリルが開けてくれた扉の中に私達は滑り込んだ。




「うっわぁ~、なんだったんだろう、アレ。」

セイアが勉強できるスペースの奥、一人用の机に、詰めて座る私達。

みんなが勉強している広いスペースを通り過ぎた時、やはり注目を集めているのが判ったからだ。

気焔は図書室に入ると、「気を付けろよ?」と言ってトリルに私を預けると何処かへ行ってしまった。

夜怒られるかな…………。

そんな事を思いつつ、トリルとさっきのやり取りについて話す為に奥に陣取ったのだ。


「普通に、好意があるんでしょうね?銀ローブ同士だし、知り合いじゃ無かったんです?」
「うーん。私は養子なの。それでデヴァイからここに来た訳じゃないから………。」
「成る程。それで。」

トリルの「それで。」には養子だから以外の意味もありそうだが、何にしても私がお嬢様らしくないという事だろうから、敢えて突っ込むのは止めにする。

「まぁ、後であの二人に聞くといいですよ。覗いてましたから。」
「え?誰が?何処で?」

「うーん………何処行ったんでしょうね?図書室の扉から頭が出てたから、きっと問い詰めに来ると思ってたんですけど…。」

キョロキョロするトリルが探しているのはパミールとガリアの二人だろう。男の子が苦手だというトリルが、こんな探し方をするのはあの二人以外にない。

そりゃそうか…………ここも狭いだろうから、明日には全員知ってるかもね………。
気焔、大丈夫かな?


私がぐるぐると世間の心配をしているうちに、トリルは既に持ってきた本を開いていた。
ブツブツと何やら呟きながら書いている彼女の手元を見ながら、私も棚から取ってきた予言の本とメモ紙を広げる。
予言の本は、図書室の本だ。青と本だと多分、喋っちゃうから。
一応それはまだ、内緒なのだ。


一人用の机は、男の人が多いからだろうか、私達二人なら丁度座れるくらいの大きさでコソコソと話しながらやるには丁度良い。

私もページをめくると、「ねぇ、ここって…」とトリルに聞きながら、また翻訳を確かめ始めた。



途中、何度かダーダネルスが通りかかって声を掛けてくれる。
丁度、私とトリルが話終わったタイミングで話し掛けてくるので何処かで見ているんじゃないかと思い始めた、三回目。

何だか可哀想になってきて「ちょっと行ってくるね」とトリルに言い、席を立つ。

トリルは「うん。」と言いつつも顔は上げずに、何冊かの本を同時に開いている。
同じ単語の違う使い方について、調べているらしい。頷きながらそれを確認して、私も本を探す事にした。
もう少し詳しく、祭祀だけが載っている本が欲しかったのだがダーダネルスに訊けば丁度いいと思い付いたのだ。

あの大きな白いローブがグレーの大型犬に見えてきたのは内緒だ。
とりあえず席を立って本棚の間を抜け、キョロキョロ辺りを見渡す。
勉強スペースはすっかり静かになって、さっき迄私の事をチラチラ見ていた目はもう、見当たらなかった。
ホッとしてそのテーブルの間を抜け、あまり行った事のない奥に、行ってみる事にする。
少し毛色の違う本があるかも知れない。

足取りも軽く進んで行った。



「何ここ…………ヤバい。」

思わずポソリと呟いた、本棚の前。

どうやら奥にはやはり今迄と違った種類の本が並んでいる様で、そもそも本棚の段の幅が違うのだ。
大型の本も収納出来るようになっているそれは、重みに耐えられる様厚みのある板で作られていて空間全体が重厚感に溢れている。
そこにどっしりと並ぶ、色とりどりの本。
雑誌サイズの様なものから大型の図鑑の様なものまであって高さもバラバラに並べられているそれらは、何基準で並んでいるのかサッパリ、私には判らない。

「お困りですか。」

もう、突然声を掛けられても驚かなくなった、落ち着いた声。
やはりタイミング良く現れた彼は、私が一頻り本棚を堪能するのを待っていてくれた様にも感じられる。

やっぱり犬っぽいな…………。

そんな失礼な事を思いながら、今し方考えていた疑問を物知りな彼に訊いてみた。

「あの、ここは………どんな本が並んでいるんですか?」

敬語は辞めてくれと言われているが、流石に無理だ。彼は最上級生だし、見た目もかなり大人っぽい。最近は敬語を諦めてくれたのか、一々落ち込まれる事は無くなったのだけど。

「この辺りは美術本か、研究過程での図解、設計図などですね。見てるだけでも中々楽しめます。」
「好きなの?」

つい、普通に訊いてしまった。
彼が珍しく微笑んで紹介してくれたからだ。
やはりそれが嬉しかったのか、また柔らかく微笑んで教えてくれる。

「はい。私は礼拝の研究をしていますから、この辺りは礼拝堂や、神殿の造り、新しい神殿の棄却された案や祭祀の配置などが図解されているんですよ。何が何処に配置されるかの意味の図解と言葉の一致。もう、見てるだけで何時間でも楽しめます。」

ダーダネルスがこれだけ自分の事を話すのは珍しい。しかも、内容が私も聞いていてワクワクする様なものばかり。

まさか、こんな所に祭祀に詳しそうな人がいたとは…………盲点だったわ………。
しかも私の大好きな間取り系もあるって事だよね?
何ここ?パラダイス?
え?どれから見よう?選べない…………。
借りて行くか…………?
いやいや、祭祀よ、祭祀。


一人でワクワク、ぐるぐるして目だけを忙しく動かしていた私に、飛び込んできた一冊の、本。

少し離れた、奥の本棚に収まる一冊の本が、急に気になった。

腕組みをしたまま、スッと移動して本棚の前に立つ。

デカい。

何だか重そうな、大きな本だ。厚くはないが、大きなその本は背表紙が金色に塗られていて一際目立っている。大体、茶や深緑、臙脂が多いのでキラキラしたそれは遠くからでもよく、見えたのだ。

とりあえず出してみようと手に取ると、私が触れた瞬間、フッと輝きが消え背表紙が唯の金茶に変化したのが、解る。
その瞬間、これは青の本の類かと少し周りを警戒しながら取り出した。

薄い金色の様な、ベージュの様な表紙に箔押しの飾り文字が、美しい枠飾りに囲まれている。

何の本だろう。

いつの間にか隣に来ていたダーダネルスがその大きな本を持ってくれる。確かにスケッチブック程の大きさで、そう厚くは無いその本だが私が持って開くのは少々骨が折れるだろう。

それに、開いた時ダーダネルスが持ってたら喋らないと思うし。

そんな思惑があったが、そもそもこの本は青じゃ無い。
だから、喋るとは決まってないのだ。

開きやすい様、私に向けて本を持ってくれている彼に頷きありがとうを言いながら早速開いてみる事にした。

金の箔押しの文字を指でなぞる。

「これ、何て書いているのかな………。」

そう、独り言を言いながら表紙をめくる私にダーダネルスは普通に、答えた。

「これは「祈りの絵」の本ですよ。」

「祈りの絵?」

………って事は、まさか?


多分、あれだ。


そう思いながら、恐る恐る、ページをめくった。












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